特集 「歯と口」の健康 いつも気になる! 7つの「よくある質問」

構成/渡辺由子

1989年に、80歳になっても歯を20本以上保とうという「8020運動」が厚生省(当時)と日本歯科医師会によって提唱され、今では、歯に関する意識はかなり高くなってきている。最近は、歯肉(歯茎)、舌など口内の環境や状態が心身の健康に深く関与しているということで、口腔への関心も高まりつつある。そこで、口全体について、日頃から感じている7つの代表的な「よくある疑問や心配」について、日本歯科医師会の小山茂幸常務理事に答えていただいた。

日本歯科医師会常務理事/山口県歯科医師会会長/こやま歯科医院院長

小山茂幸(こやま・しげゆき)

1985年、広島大学歯学部卒業後、同大学病院口腔外科勤務。1991年、山口県周南市にこやま歯科医院を開業。2015年から山口県歯科医師会会長、山口県高等歯科衛生士学院学院長。2016年から日本歯科医師会常務理事。

Q親知らずは何のためにあるのでしょうか?

Aヒトは左右に7本ずつ、上下合わせて28本の歯が生えており、7番目の奥に10代から30代の頃に生えるのが「親知らず」です。正式には「智歯」「第三大臼歯」、歯科治療では「8番」と呼んでいます。

大昔は、食料を狩りや採集で得て、動物の肉や木の実などの硬いものを食べる生活でした。発達した大きな顎と丈夫な歯で嚙みちぎり、すりつぶして食べるには、親知らずも必要で、真っすぐ生えそろっていたことでしょう。しかし時代が進むにつれて、調理方法が発達し、どんどん軟らかい食べ物を得られるようになると、多数の丈夫な歯と発達した顎は必要がなくなります。次第に顎が小さくなり、真っすぐ生えるスペースがなくなって、正しい位置と向きで生えることは少なくなりました。斜めに生える、歯肉に埋もれたままで生えないケースが増えており、ヒトの進化の過程における、退化現象の一つだと考えられています(図1)。

図1 親知らずの実例顎が小さくなると親知らずの生えるスペースが狭くなるため、横向きに生えることが少なくない。上下の写真の右端に見えているのが、横向きに生えている親知らずである。

斜めに歯肉からちょっと出ているような親知らずは、歯ブラシが届きにくいので汚れがたまりやすく、前の歯(第二大臼歯)との間の溝で細菌が繁殖して「智歯周囲炎」を起こしやすくなります。「親知らずが腫れた」というのは、この炎症のことです。そのため、炎症を繰り返して悪化させないためにも、抜歯が勧められます。親知らずの抜歯は、位置や向きによって困難なケースでは、大学病院等の口腔外科を勧められる場合があります。

Q乳歯のむし歯は、永久歯が生えてくるので心配する必要はありませんか?

A乳歯の下の顎の骨の中には、永久歯の卵といわれるものがあり、成長して歯の形になり、乳歯の根は吸収されて永久歯へと場所を引き継ぎ、永久歯が生えてきます。そのため、乳歯がむし歯になって根の先にむし歯の原因菌がたまると、根が吸収されなくなり、すぐ下にある永久歯が正しい位置に生えない、出てこられない、ということが起こります。もしも乳歯のむし歯が悪化して抜歯すると、周囲の歯が動いてそのスペースが狭くなり、乱杭歯になるなど、永久歯の歯並びに影響を及ぼします。また、乳歯のむし歯がひどかった場合には、永久歯にエナメル質形成不全などの悪影響がみられることがあります。乳歯だからといって軽視せずに適切な処置を受けることが大切です。

乳歯は、嚙むことで栄養の効率よい吸収や、嚙む動作による脳の発達への影響、言葉を覚える時期に正しくきれいな発音で話せるようになるなどの役割があり、成長するうえで大切な歯であることは間違いありません。生まれたばかりの乳児には、むし歯の原因菌は存在しないので、どこから来るかというと、保護者からの口移しの食事やキスなどともいわれています。保護者にむし歯が多いと、子どももむし歯が多いとするデータや、乳歯の時期にむし歯の原因菌が口腔内に定着すると、成人してからむし歯になりやすいというデータもあります。

一方で、小学生頃までは保護者が歯磨きなど口腔衛生に気をつけているので、小学生のむし歯の本数は減少傾向で、2021年の調査では1人当たり0.63本です。しかし、中学生以降から生活スタイルが変わってくると、ややおろそかになってむし歯の本数はわずかですが増える傾向があります。

Q舌に歯型がつくけれど、大丈夫ですか?

A普段は気にも止めない舌の位置ですが、口を閉じたとき、上の前歯の裏の付け根のポコッとした丸い膨らみ(切歯乳頭)の「スポット」と呼ばれる部分に舌先がわずかに付いているのがよいとされています。そのときの上下の歯は嚙み合わせることはなく、わずかに隙間があり、決して嚙み締めてはいません。

舌の側面に歯型のギザギザがつくことがあり、その原因は舌が下がっている「低位舌」、歯を嚙み締めている「くいしばり」、「舌のむくみ」が考えられます(図2)。低位舌は、舌や口の周りの筋肉が衰えて、常に舌が下顎に落ちている状態で、舌の側面に下顎の歯型がつきやすくなります。加齢に伴い、足腰の筋肉が衰えるのと同様に、筋肉の塊である舌の筋力も低下します。低位舌は、睡眠時無呼吸症候群とも関係し、就寝中は舌が下がって気道が閉塞して、いびきをかくなど一時的に無呼吸になります。

図2 舌についている歯型舌の側面に、ギザギザした歯型がついている状態で、むくみや舌の筋力の低下、くいしばりなどが原因と考えられる。

歯をくいしばると、舌は上下顎の歯に押し付けられるために歯型がつきやすくなります。原因の一つはストレスで、無意識に長時間くいしばってしまいます。くいしばりは、歯がすり減るだけでなく、歯周病の悪化、知覚過敏、歯根破折などさまざまな悪影響が表れます。

舌がむくんで大きくなり、歯型がつくこともあります。塩分の摂りすぎなど、顔がむくむのと同様の原因が考えられるので、食生活に注意してください。

低位舌やくいしばりによる舌の歯型を防ぐには、舌をスポットに収めることを意識することです。そして、舌の筋肉を鍛えるトレーニングの実践をお勧めしています。日本歯科医師会のサイト(https://www.jda.or.jp/oral_frail/gymnastics/)では、さまざまなトレーニング法をご紹介しています。

Qマスク着用でドライマウスが増えているのでしょうか?

A「ドライマウス」とは、唾液の分泌量が減り、口腔内が乾燥した状態のことで、唾液の減少により、乾いたものが食べにくい、しゃべりにくいなどの症状が現れることがあります。唾液は1日に1~1.5ℓも分泌されており、口腔内の潤いを保つほか、歯周病、むし歯などを防いで衛生環境を守るなど、大切な役目を果たしています。

ドライマウスの原因には、ストレスや喫煙、飲酒などによって唾液の分泌量が減ることが確認されています。口呼吸もドライマウスの原因で、ある調査では、口呼吸の人の割合は12%で、マスク着用により2倍以上に増えていることがわかりました。他に、利尿作用のある降圧剤、花粉症などの抗アレルギー剤、抗うつ薬など、服用薬の影響もあり、薬を多用する傾向のある高齢者は注意が必要です。

ドライマウスを予防するには、よく嚙むことです。よく嚙むと脳に刺激が行き、「嚙んでいる」と認識されて唾液が分泌されます。唾液になる成分である水分の摂取、頰や耳下腺・顎下腺・舌下腺のマッサージなどもお勧めします。

Q舌がんは増えているのでしょうか?

A口腔内で発生する口腔・咽頭がんで一番多いのは舌がんです(図3)。他の口腔・咽頭がんとの合計では、30年前に比べて4倍近くに増えています(図4)。

図3 舌がん舌がんの発生場所は、舌の横の縁の部分(舌縁)が最も多く、約8割が舌縁にできるとされている。口内炎として放置されやすく、発見時には進行しているケースも少なくない。

図4 口腔・咽頭がんの罹患数と死亡数の年次推移舌がんを含む口腔がんは顕著に増加している。高齢化の進展に伴い、60代以降の高齢者に多いが、最近は10代、20代でも増えている。

舌がんの多くは、舌の表面を覆う扁平上皮細胞ががん化します。好発部位は、舌の横の縁の部分(舌縁)で、潰瘍と硬いしこりを伴うことがあります。自覚症状は、扁平上皮細胞がんのために痛みを感じやすく、しびれを訴えるケースもあります。舌がんの発症原因のリスク因子は、喫煙や飲酒などの刺激物、刺激の強い香辛料、むし歯などで歯がとがって舌に当たる刺激なども考えられています。特にタバコに含まれるニコチンやタールなどの発がん性物質や熱の影響が指摘されています。

鏡などを使って自分の目で確認できるがんなので、早期発見の割合が多く、その場合の予後は良好です。しかし、口内炎は1、2週間で自然治癒するのですが、舌がんを口内炎と思い込んで放置していたり、市販の薬を塗り続けていてもなかなか治らず、受診した結果、舌がんと判明し、進行しているケースが少なくありません。もしも心配な場合は、ぜひ歯科や耳鼻咽喉科を受診して、口内炎との鑑別診断をしてもらうことをお勧めします。

Q舌が白っぽくて心配なのですが……

A舌が白っぽく見えるのは、口腔内の粘膜の上皮細胞が新陳代謝によって死に、剝がれ落ちて舌の表面に集まったからで、コケのように見えることから舌苔と呼ばれています。通常は、飲食で咀嚼し、舌を動かし、唾液が十分に分泌されていると、自然となくなっていくのですが、飲み込む力が落ちてきた高齢者や、軟らかいものを嚙まずに飲み込む、唾液の分泌量が低下、口腔内の乾燥などで、舌苔が付着しやすくなります。

舌苔を放置すると、口臭や味覚障害の原因になり、細菌が誤って気道や肺に入ると誤嚥性肺炎などを招くこともあり、舌のケアが必要です。できれば歯ブラシではなく、専用の舌ブラシで、1日に1回、優しく手前に4回程度拭うように行います。舌の表面には、味を感じる大切な器官である味蕾があり、過度な力で磨くと傷つくこともあるので注意しましょう。

図5 舌苔舌苔は、口腔内の古い粘膜や食べかす、細菌などの固まりで、口腔内の不衛生、ドライマウスなどが原因で増えやすい。舌ブラシなどで適度なケアを行い、衛生に保ちたい。

Q歯磨き剤や歯ブラシ、種類が多すぎて選び方がわかりません!

Aまず歯ブラシについて、選び方の基準は、使用する人の「几帳面か」「器用か」「歯を磨くときの力が強いか」がポイントになります。これは、歯の磨き方に関係する重要なポイントで、その人に適した、歯の汚れの刷掃効率を良くする歯ブラシを選ぶことに尽きます。

例えば、歯科医院で歯磨き指導を受け、その通りに歯を1本1本、細かく10分、20分かけて磨く几帳面な人は、ヘッド部分の小さいタイプのほうが、1本の歯にきちんと当たり、刷掃効率も良くなります。反対に、ガシガシと1分間も磨かずに終わらせてしまう人に、ヘッドが小さいタイプでは、刷掃効率は悪いし、何より歯磨きが苦痛になってしまいます。それならば、大きめのタイプを選んだほうが多くの歯に当たり、刷掃効率も上がります。これは器用さにも関係することです。

歯ブラシのブラシ部分の硬さについては、本来は歯ブラシを軽く持ってシャカシャカと軽快に磨くことが勧められ、ブラシが硬めでも歯が摩耗することが少ないと考えられます。しかし、力強くガッシガッシと磨く人に、硬めのブラシでは歯の摩耗につながるので、軟らかめのほうがよいでしょう。歯ブラシは、必ずしも「ヘッド部分が小さければよい」「ブラシは硬いほうがよい」のではなく、自分の性格、器用さ、力加減をよく見極めて選びましょう。

歯磨き剤は、いろいろな効能がうたわれていて、何を選べばよいのか迷いますが、まずフッ化物(フッ素)入りを勧めます。むし歯や歯周病の原因となる歯垢や歯を溶かす酸の抑制、歯質の強化が期待できます。そのうえで、自分は歯周病なのか、むし歯なのか、ホワイトニングをしたいのか、治したいことや希望によって、薬効を含む歯磨き剤を選べばよいと考えています。

なお、歯磨きは、むし歯や歯周病の原因菌が増えるタイミングで磨くのが効果的です。就寝中に最も増殖しやすいので、寝る前に念入りに磨いておけば、それほど細菌は増殖しません。そして、起床直後・食後(朝食後・昼食後・夕食後など)の計5回行うのが理想的です。以前は、「飲食により、歯のカルシウムが酸によって溶け出しても、唾液で再石灰化される。食後30分以内の歯磨きは、その働きを妨げ、歯が削れてしまう」といわれていました。強酸性の飲食物で歯のカルシウムが溶け出す酸蝕症という症状もありますが、むし歯は歯垢で増殖している細菌が飲食物の糖を分解して産生する酸が原因なので、食後すぐに磨いたほうが予防できます。日本小児歯科学会、日本歯科保存学会、日本口腔衛生学会など各学会は、「食べたらすぐ歯を磨くほうがよい」とする見解を出しています。食後の歯磨きは、さっと汚れを落とす程度でもよいので、ぜひ続けてください。

歯ブラシや歯磨き剤の選び方、歯磨きの回数などについては、かかりつけの歯科医院で、歯科医師や歯科衛生士に歯磨き指導をしてもらいながら、自分に合った器具や方法について一緒に考えたり、アドバイスを受けたりしてほしいと思っています。


日頃疑問に思われていることについてお答えしてきましたが、何より伝えたいのは、「歯と口の健康が、体の健康に役立っている」ということです。私たちは食べるとき、「捕食」「嚙みちぎる」「咀嚼する」「飲み込む」という4つの動作を行っています。そのうちの一つでも欠けると、健康を維持することはできません。その中で、「歯」や「口」は重要な機能を担っています。人生100年時代において、歯の重要性を知ることは、歯を大切にすることにつながり、ひいては健康な体を支えてくれることを忘れないでください。

(図版提供:こやま歯科医院)

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2023年3月10日発行
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