特集 スポーツの奥深さ 〈巻頭インタビュー〉
楽しく練習を重ねていけば「運動オンチ」は克服できる!

構成/渡辺由子  イラストレーション/千野六久

「運動オンチ」だからと体を動かすことを嫌う人は少なからずいるのだが、もともと「運動神経が悪い人」は存在しない。思い通りに体を動かせないのは、体験から得られる神経回路の蓄積が少ないからだ。苦手意識が負のスパイラルを生み、運動をますます嫌いになってしまう。苦手意識を克服するにはその逆をいけばよく、楽しいと思える環境で根気よく練習を重ねていけば必ず上達するし、さらに楽しくなる —— それがはっきりと体感できるのが運動やスポーツのなのだ。

日本女子体育大学学長/東京大学名誉教授

深代千之(ふかしろ・せんし)

東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。鹿屋体育大学助手、スポーツ医・科学研究所副主任研究員を経て、1993年、東京大学教養学部助教授。2004年、同大大学院情報学環准教授。2008年、同大学院総合文化研究科教授。2020年から現職。1999〜2005年、国際バイオメカニクス学会理事、2015~2021年、日本バイオメカニクス学会会長、2017~2021年、日本体育学会(現・日本体育・スポーツ・健康学会)会長など、要職を務める。

運動が「苦手」「嫌い」という人は、少なくありません。「自分は運動神経が悪いから、スポーツは何をやっても下手」「親に似て運動オンチだから、運動は苦手」などと、運動に対する「好き、嫌い」や「得意、不得意」を、「生まれ持った才能」や「遺伝」といった要因を理由に説明するのをよく聞きます。しかし、生まれつき運動神経が悪い人はいません。「運動神経が悪い」「運動オンチだ」は俗説に過ぎず、自分の思い込みが運動嫌いや運動下手を醸成する要因であることを、強調したいのです。

運動神経の伝導速度に個人差はない

「運動神経」「運動オンチ」とは、何でしょう。例えば、手首を曲げるには、脳から前腕の筋肉を動かす電気信号が神経を通じて送られ、それによって、手首を曲げる動作ができるのです。運動神経とは、運動の指令が脳から筋肉まで送られ、動作につながるまでの神経回路のことで、誰にでも備わっているシステムです。それならば、「運動が得意な人は、脳から筋肉に情報を伝える伝導速度が速いに違いない」と思うかもしれませんが、伝導速度に個人差はなく、遺伝にも左右されません。

日常生活の小さな動きも、スポーツにおけるダイナミックな動きも、仕組みは同じであり、どれも身体運動です。日常生活においてペンで字を書いたり、箸で物を食べたりするのは、赤ちゃんの頃からできるわけではなく、成長に伴って日々の生活の中で練習を続けることで、誰もがペンや箸を徐々に使えるようになるのであり、遺伝や才能とは関係ないことが分かります。利き手が右手の場合、幼い頃から右手で繰り返し練習してきたから、右手で字を書き、箸を使えるのです。利き手と非利き手は、生まれたときに決まっているのではなく、練習を繰り返した側の手が利き手になるということは、意外と知られていません。

子どもの頃に自転車に乗る練習をして、乗れるようになり、しばらく自転車から離れて乗らない年月があったとしても、再び乗ることができるのは、体が覚えているからです。自転車に乗るための体の各部の筋肉の動かし方を覚えているといっても、筋肉に動作を記憶する能力はなく、自転車に乗るための動きの神経回路は、最初に大脳から直接手脚の筋肉に送られ、その後練習によって神経回路に修正が加えられ、小脳に格納されます。自転車に乗るための練習により、神経回路に電気信号が繰り返し通り、獲得した神経回路は小脳にしっかりと記憶されるのです。しばらく時間が経過しても、小脳に記憶された神経回路を通って、必要な筋肉に次々とタイミングよく電気信号が伝わり、自転車を乗りこなすことができるというわけです。

でも、「スポーツでは、何をやらせてもうまい人がいる。まさに、運動神経の良しあしを左右する遺伝や才能ではないか」と、反論されるかもしれません。確かに、自転車に乗れるようになるまで練習するとき、数回でできる人もいれば、100回かけてようやくできる人などさまざまです。これは個人差の問題であり、「自転車に乗れるようになった」という結果は同じです。

神経回路をたくさんつくってきた結果

個人差が現れる要因として、「すぐにできるようになる人」というのは、それまで生きてきた中で似たような運動をした経験があり、そのときにつくられた神経回路が小脳に記憶されているため、例えば初めてバドミントンのスマッシュ動作をしようとしたとき、昔のボール投げの神経回路をすぐに引き出せて、体を動かすことができると考えられています。つまり、いわゆる「勘の良い人」は、後天的な環境の中でさまざまな動きを経験したり、練習を積んだりして、小脳に体の動きに関わる神経回路をたくさんつくり、動きの「巧みさ」を獲得してきた結果だといえます。

一方、運動が苦手な人の多くは、後天的な環境での体験で得られた、体の動きに関わる神経回路の蓄積が少ないことが考えられます。必要なときに引き出せなかったために、「思い通りに体を動かせないから、運動はおもしろくない」ので、「運動が苦手」になってしまうのでしょう。

後天的な環境の中で、3歳から8歳くらいまでは「ゴールデンエイジ」と呼ばれ、神経細胞が発達し脳が活性化する年代で、さまざまな動きを身に付けて、新しい神経回路のパターンを蓄積するのに適した時期とされています。しかし、ゴールデンエイジの間にさまざまな動きを経験する環境がなかったとしても、「大人になってからでは、運動に取り組むには遅い」ということは、決してありません。子どもの頃に比べれば、体重が増えたり、筋肉量が減ったりすることで、体の動きを身に付けるまでの練習回数が増え、時間がかかることもありますが、練習さえ積み重ねれば、必ず上達していくのが運動なのです。

サッカーや野球やゴルフなど、スポーツのトップアスリートの巧みな動きにはほれぼれします(図1)。「うまい!」と感心する動きとは、自分の体の筋肉や関節、筋力などを自由自在に操れていることの証しですが、その動きを獲得するために、彼らはコツコツと練習を積み重ねています。

(写真:アフロ)

図1 スポーツのトップアスリート地道な練習で獲得した、無駄のない巧みなパフォーマンスで競い合うアスリートたち。

近年、トップアスリートの動きの目標に貢献しているのが、「スポーツバイオメカニクス」です。解剖学や生理学、力学を応用して、体の動きを解析する研究分野で、この30年ほどで飛躍的に発展してきました。

その昔、短距離走の練習では、速く走るには「ももを高く上げて、腕をしっかり振る」といわれてきました。コーチやアスリートの経験に基づいた試行錯誤的な方法で、タイムが上がったのは、その方法がたまたま合っていたアスリートだけで、科学的に証明されている方法ではありませんでした。

現在は、スポーツバイオメカニクスによって上手な人の動作を分析することで、どのように力を発揮して動作をつくっているのかが理論的に解明でき、その情報を基に、上手な人の動作に到達できるような練習メニューをつくり、コーチやアスリートに提案することができます。私は、日本陸上競技連盟・科学委員として日本短距離チームのサポート活動を行うなかで、スポーツバイオメカニクスを基に、日本人選手の輝かしい活躍を支えてきました。

さまざまなスポーツにおいて、躍動感のあるダイナミックな動きをするうえで共通し、連動している4つの要素があります(図2)。①体幹を中心に股関節を使う。②体幹のひねりを利用する。③反動を利用する。④ムチ動作で、エネルギーを腕や脚に伝える。

図2 ダイナミックな動きの4要素スポーツにおいて重要な「躍動感のあるダイナミックな動き」をするうえで、共通する4要素は、あらゆるスポーツで連動して行われる。4要素を使ってスムーズに体を動かせるようになることが上達の肝だ。

上達するにはドリルを地道に続けること

正しいフォームや技術を学ぶ有効な方法の一つに、「ドリル(反復練習)」があり、私は子どもからお年寄りまで、この方法を勧めています。トップアスリートと同様に、適切なドリルを地道に続けることで、無駄な動きのない巧みさが身に付き、運動の上達につながると考えています。

ほんの一例ですが、体幹とバランスを整えるドリルを紹介します(図3)。いずれもドリルを始める前に、ケガ予防のためにも準備運動を入念に行い、ドリルは疲れたらやめるということを基本に、体を休ませながら、ぜひ実践してください。

【体幹の使い方ドリルの一例】

すべてのスポーツの基本となる、体幹の使い方ドリルでは、普段意識しづらい背骨を大きく使うことで全身のバランスの調整にもつながる。

●お尻歩き

地面にお尻をついた状態で、膝を曲げ、お尻を左右交互に浮かせながら、お尻で歩くように前進する。前進した分、後進する。体幹をひねり、骨盤の動かし方を身に付けることができ、背骨と体幹を意識することでバランス感覚も鍛えられる。

●逆手投げ

利き手と反対の手でボールを投げることで、体の左右のバランスを整え、体幹を安定させることができる。

【バランス調整ドリルの一例】

体のバランス機能を高めることで、自分の体をコントロールし、無駄のない動きが身に付く。

●手バランスくずし

2人で体重をかけ合いながら行うドリルで、相手の動きを感じながら、押し引きするタイミングの感覚を養う。

●2個まりつき

2つのボールを同時にドリブルする。両手の力が同じになるように意識しながら、手の真下でボールを弾ませるようにする。利き手と非利き手の力の入れ具合など、同じ力やタイミングになるバランスを鍛える。

●お尻歩き
投げ出した脚の膝を曲げて、お尻を片方ずつ上げて前進。目線を前に向け、下を向かないようにする。前進した分、後進。頭を上下左右に動かさないようにする。

●逆手投げ
利き手と反対の手でボールを投げる。脚は踏み込みやすいように自然に開き、投げる側と反対の腕は前方に伸ばす。脚を踏み出し、体幹をひねってボールを投げる。踏み出した前脚の膝はあまり曲げず、体が前へ行こうとする勢いを止める。

●手バランスくずし
2人で向かい合い、手のひら同士で押し合う姿勢をとる。脚の位置を動かさずに押し合う。手のひらに体重をかけ、どちらかの脚の位置がずれるまで続ける。転倒しないように注意する。

●2個まりつき
姿勢を真っすぐに保ち、ボールを両手のひらで持つ。2つ同時にドリブル。ボールを押す両手の力のバランスをとりながら、2つのボールを同じタイミングでドリブルする。

図3 ドリルの一例

運動でより早く上達するための7つのルールを紹介します。①何度も繰り返す反復練習が上達の基本。②動作一つひとつの意味を理解して練習する。③練習に行き詰まりを感じたら、休みを取る。④動きのコツをつかんだときは、何度か繰り返して、成功体験を脳により強く記憶させる。⑤体を動かしていないときもイメージ練習する。⑥良い動作は、他のスポーツにも応用してみる。⑦脳に悪い動作パターンが定着しないように、結果をしっかりと振り返り、修正する。

中高年世代では、ある日突然、一念発起して運動を始める方が少なくありません。始める理由の一つに、「生活習慣病を指摘され、病気を悪化させないために運動を勧められた」というのがあります。健康維持や病気予防のために行う運動は、長続きさせるのが難しいもので、それは運動そのものを楽しく感じられないことに原因があります。「1日8000歩、歩きましょう」と言われても、義務感でやるのはおもしろくありません。ところが、例えばゴルフ好きの人なら、カートに乗らず18ホールを歩き通せば、8000歩どころか、7〜8㎞は歩けてしまいます。好きなこと、興味のある運動は、苦にはならないのです。

そこで、運動を長く続けるコツは、自分がおもしろいと思うことを見つけて、楽しめる工夫を取り入れることです。歩数や距離から運動量を測るのではなく、草花や木々を観察するなど、五感を使いながら楽しんで歩いた結果、「運動量が上がった」というのであれば、長続きにつながります。

乗り越えた達成感は楽しさを倍増させる

また、他人と比べて、「自分はうまくできなかった」と考えるのではなく、ちょっと前の自分と比べてみることです。上達した変化を確実に実感できるよう、小さな目標をたくさんつくり、一つひとつ乗り越えてみるのも、運動やスポーツを楽しむポイントの一つです。サッカーのリフティングで、1回しかできなかったのが、練習を続けていると5回になり、10回になり、いつしか何十回もできるようになった。手の届く目標を設定し、乗り越えたときの達成感は、楽しさを倍増させてくれます。

そして、練習を積み重ねてみると、動きがスムーズになったり、うまく動けるようになる瞬間があります。例えば、ゴルフでは何回かに1回は、思い通りのショットを打てるときがあれば、「お、うまくいった、次はこうしてみよう」などと、練習へのモチベーションがぐっと上がるでしょう。練習を繰り返して、脳に筋肉への動きの指令を伝える道筋ができ、それをしっかりと定着させていけば、いくつもの成功体験につながります。

以前の自分と比べて、「どれくらい変わったか」がはっきりと分かるのが、運動やスポーツであり、それが醍醐味でもあります。何歳になっても自分を変えるきっかけになる運動を、ぜひ生活に取り入れ、楽しんでいただきたいと考えています。

(図版提供:深代千之)

この記事をシェアSHARE

  • facebook
  • line
  • mail

掲載号
THIS ISSUE

ヘルシスト 281号

2023年9月10日発行
隔月刊

特集
SPECIAL FEATURE

もっと見る