特集 スポーツの奥深さ 動脈硬化への運動効果を
予測するバイオマーカー

構成/大内ゆみ  イラストレーション/千野六久

動脈硬化は、加齢とともに動脈が柔軟性を失っていく現象だ。生活習慣などにより進行度に個人差があるが、たいていは適切な運動で進行を遅くすることができる。長期間にわたる中強度の有酸素性運動が有効だが、効果が出始めるまでに2カ月以上かかるため、動脈硬化が改善する前にやめてしまう中高年が多く、長く続けられるのはほんのわずかだ。そこで運動の効果を予測できるバイオマーカーの開発が進んでいる。効果が予測できれば継続意欲につながると期待されている。

立命館大学スポーツ健康科学部助教

藤江隼平(ふじえ・しゅんぺい)

2014年、立命館大学スポーツ健康科学部卒業、2018年、同大大学院スポーツ健康科学研究科博士後期課程修了(スポーツ健康科学博士)。日本学術振興会特別研究員(DC1、PD)、アメリカ・ミズーリ大学ダルトン循環器研究センター研究員、筑波大学体育系特別研究員などを経て、2020年から現職。研究テーマは、動脈硬化に対する運動効果を予測する血液バイオマーカーの探索、競技力向上のためのトレーニング・栄養摂取方法の開発、運動による動脈硬化改善効果に関与する分子機序の解明。

運動は健康にいい―これは誰もが知っていることでしょう。運動不足は生活習慣病の要因となり、中でも動脈の血管が厚く硬くなる動脈硬化は、世界の死亡原因の1、2位を占める虚血性心疾患、脳卒中(世界保健機関〈WHO〉調べ、2020年)の原因とされています。

動脈硬化は、肥満や糖尿病などの疾患が大きなリスクとされていますが、「ヒトは血管とともに老いる」といわれているように、健康な人でも加齢とともに進んでいきます。特に中高年になると、動脈硬化を起こすリスクが増大していくことが分かっています。女性は、若年~中年ごろまでは男性と比べてリスクが低いのですが、閉経によりエストロゲンが減少することで、動脈硬化のスピードが速まるとされています。この加齢とともに進む動脈硬化を運動により予防、改善し、健康寿命を延ばすことが私たちの研究の目指すところです。

改善を示すまでに約2カ月間を要する

動脈硬化の予防に効果的な運動の目安として、日本動脈硬化学会では、ウォーキング、速歩、水泳、ベンチステップ運動などの有酸素性運動を、中強度(楽である〜ややきつい程度)以上で、1日合計30分以上、週3回以上実施することを推奨しています。私たちが中高年を対象とした実験でも、週3回、45分間の中強度の有酸素性運動により、動脈硬化の指標である脈波伝播速(以下、動脈硬化度)が低下することが分かっています。

  • 脈波伝播速度:主に、血圧脈波検査により、2カ所の動脈で脈波を測定する方法が行われている。両者間の血管の中を血液が流れる速度(脈波伝播速度)が速いほど動脈硬化が進んでいることを示す世界基準の指標である。頸動脈−大腿動脈間の脈波伝播速度(cfPWV)や上腕−足首間の脈波伝播速度(baPWV)がある。

その一方で、動脈硬化度の低下は緩やかで、改善を示すまでには、約2カ月間を要することも分かりました。ここが運動による動脈硬化予防の壁だと考えています。というのも、皆さんの中にも経験のある人がいるかと思いますが、もともと運動習慣のない人が運動を始めても、継続するのは難しいものです。ブラジルで5240人を対象にフィットネスジムの継続利用率を検討した研究では、入会して2カ月継続利用できた人は53.5%、半年間は13.6%、1年間継続できた人はわずか3.7%でした。つまり、約半数の人は動脈硬化が改善する前に、定期的な運動をやめてしまうことが推測されます。そこで必要だと考えているのが、早期に運動効果を予測できるバイオマーカーの同定です。運動により動脈硬化が改善する前には、生体内で特定の遺伝子やタンパク質が、増えたり減ったりする現象が起きています。この特定の物質がバイオマーカーとなりうるわけです。

バイオマーカーで運動効果を予測できれば、運動に対するモチベーションの向上につながり、ドロップアウトを防ぐことが期待できます(図1)。また、運動の効果は、心肺機能や筋肉の量(筋量)などによって異なるため、バイオマーカーでの定期的な評価を基に、個人に合ったオーダーメイドの運動プログラムをつくることも可能です。

図1 運動効果を予測できるバイオマーカー動脈硬化の改善を示すまでには、約2カ月間かかり、運動を継続できないことが動脈硬化予防の壁。早期に運動効果をバイオマーカーで予測できれば、運動への意欲を高めることが期待できる。

有酸素性運動が動脈硬化を改善するというメカニズムは完全には解明されていませんが、これまでの多くの研究で、有酸素性運動が血管の一番内側にある血管内皮細胞からの一酸化窒素(NO)の産生を促し、血管平滑筋に作用して血管が拡張することにより、動脈硬化度は低下することが報告されています(図2)。

図2 有酸素性運動の動脈硬化改善のメカニズム詳しいメカニズムは未解明な部分もあるが、有酸素性運動が血管の内皮細胞に対して、一酸化窒素の産生を促す作用がポイントとなる。

バイオマーカーの候補として研究を進めてきたのがアドロピン(adropin)という生理活性物質(ホルモン)です。アドロピンは褐色脂肪組織、白色脂肪組織、肝臓、大動脈、小腸、心臓、腎臓、骨格筋、脳、肺、など、複数の組織に発現しています。脂質代謝や糖代謝に関連し、加齢とともに低下するといわれています。血管内では、アドロピンは内皮細胞や平滑筋に発現していて、NOを産生することが分かっています。血管の硬さが分かる特殊な顕微鏡を用いて行った実験では、ヒトの大動脈の血管内皮細胞にアドロピンを添加すると、NO産生の増加を介して血管内皮細胞の硬度が低下することを証明しました。

老齢化マウスを用いた実験では、有酸素性運動により、大動脈内アドロピン遺伝子の発現が増え、血液中のアドロピン、動脈血管内のNO産生が増大し、血管拡張機能も上昇していました。この結果により、アドロピンの増加が加齢に伴う血管内皮機能の低下を改善させる分子メカニズムに関与することも分かりました。加えて、アドロピンの遺伝子を欠損させたマウスでは、通常のマウスと比べて、動脈血管が硬化していたという実験結果も得ています。

筋肉の活性で分泌されるホルモン

また、私たちは健康な中高年や肥満者など、ヒトを対象とした臨床研究も行っています。これらの研究では、有酸素性運動により血中のアドロピンが増加するとともに、NO産生も増加し、動脈硬化度が低下していました。以上のようにアドロピンは、基礎研究や臨床研究において、有酸素性運動による動脈硬化の改善に関与していることが明らかになっています。

さらに現在、バイオマーカーとして、私たちが注目しているのが、マイオカインの一つであるアペリン(apelin)です。マイオカインとは、骨格筋から分泌されるホルモンで、ここ20年の間に研究が進み、現在20種以上のマイオカインが発見されています。それまでは、血管に作用するのは血管から分泌される物質というように、各組織で分泌される物質がそれぞれの組織の機能に関与するといわれていました。ところが、マイオカインは骨格筋から分泌され、血液を介して、脳や血管、腸、肝臓、腎臓、膵臓など全身のさまざまな他臓器に作用することが分かっています。

つまり、運動が良いとされているのは、例えば脂肪が燃焼して痩せるといった間接的な理由もありますが、運動による刺激で筋肉が活性化して分泌されるマイオカインが全身に良い影響をもたらすためと考えられてきているのです。中でもアペリンは若い頃に多く、加齢とともに低下するものの、有酸素性運動で血液中に増加することが分かっており、動脈硬化の改善に関与する可能性があることが示唆されています。

実際に私たちのこれまでの動物実験や中高年を対象とした研究でも、アドロピンと同じく、有酸素性運動によるNOの関与と動脈硬化の改善が示されています。しかしながら、習慣的な有酸素性運動において、アドロピンやアペリンがどのタイミングで増え始め、動脈硬化の改善に関与するのかについては、検討されていませんでした。

そこで私たちは、健康な中高年(平均66歳)を対象とし、運動群17人、運動をしない群(コントロール群)16人にランダムに振り分けて、アドロピンやアペリン、NOの血中濃度の変化を検討する研究を行いました。男女比は、運動群が7:10、コントロール群が6:10で、女性は閉経から5年以上経過している、つまり動脈硬化のリスクが上がっていると考えられる人を対象としました。両群とも、運動の有無以外は、いつも通りの生活をしてもらい、研究前後のアンケート調査・活動量調査で変化がないことを確認しました。

運動群では、自転車エルゴメーター運動(自転車こぎ)による有酸素性運動を中強度で、1日45分、週3日の頻度で8週間、継続してもらいました。すると運動群では、アドロピン、アペリンの血中濃度が徐々に増加し、4週目には両者とも運動開始時期よりも統計学的に有意に増大していました。その後、6週目にNOが増大し、ともに動脈硬化度は低下していきました(図3)。NOの増大と動脈硬化度の低下が同時期なのは、NOの代謝が非常に早い(短時間である)ことが関与していると考えられます。

図3 アペリンのバイオマーカーとしての可能性健康な中高年を対象とした研究では、運動を開始してから4週目で増加するアペリンに、バイオマーカーとしての可能性があることが分かった。

アドロピン、アペリンとNOの相関をそれぞれ調べてみると、特にアペリンがNOの変化に関与していることが分かり、バイオマーカーとして有用であることが考えられました。アペリンは、唾液で測定した研究も報告されており、糖尿病の血糖を測定する装置のように1滴の血液、さらに唾液で測定することができれば、誰でも運動効果を簡単に確かめることができます。

しかし、アペリンをバイオマーカーとして実用化するためには、アペリンが動脈硬化の改善に至るメカニズムの解明が必要です。そのため基礎研究も重要で、現在、アペリンの遺伝子を欠損させたマウスを用いた実験や、ヒトの血管内皮細胞においてアペリンの効果を検討する実験などを計画しています。

現在のところ、アドロピンよりもアペリンのほうがバイオマーカーとして有用であることが推測されますが、被験者数を増やせば異なる結果になることも考えられ、さらなる研究が必要です。結果によっては、アドロピン、アペリンのどちらかではなく、両者を合わせたバイオマーカーも考えられます。

そして、アドロピン、アペリンよりも早期に、運動により変動する物質が存在する可能性も否定できません。バイオマーカーとしては、可能な限り早くに変動を捉えられる物質が理想的です。そうした物質を発見することにも、現在のアドロピン、アペリンの研究と並行して取り組んでいくことが必要でしょう。

好きな運動なら継続しやすい

これまで有酸素性運動による効果を中心に述べてきましたが、いわゆる“筋トレ”と呼ばれるレジスタンストレーニングによる効果を検討することも重要だと考えています。レジスタンストレーニングは、加齢に伴い低下する筋量や筋力を改善するうえで有効な運動だとされています。ただし、動脈硬化との関連については、有酸素性運動よりもそのメカニズムが不明な部分が多く、近年になって血管への作用が研究され始めています。

例えば、日常的に高強度のレジスタンストレーニングを実施している高齢者では、加齢に伴う血管の老化をさらに促進させるという報告がある一方で、高齢男性を対象に中強度のレジスタンストレーニングを実施した研究では、動脈硬化度への影響はないという報告があります。レジスタンストレーニングが動脈硬化の抑制に効果があるのかは、まだ明らかになっていませんが、その効果は運動強度によって異なり、高強度では好ましい影響を及ぼさないと考えられます。また中高年では、強度の高いレジスタンストレーニングは体への負担が大きいため、まずは低強度で検討する研究を進めているところです。

また、ストレッチ運動によっても動脈硬化度が低下するという報告もあります。例えば、中年男性や中高年女性を対象とした研究では、4週間のストレッチ運動が有効だという結果が出ています。別の報告では、ストレッチ運動をもっと長期間実施すべきという結果も報告されていますが、いずれにしても習慣的なストレッチ運動が動脈硬化度を低下させることは明白です。

私もそうですが、有酸素性運動よりもレジスタンストレーニングを好む人もいます。自分が好きな運動様式のほうが運動を継続しやすいはずです。また、体力が低下した人や障がいがある人など、有酸素性運動やレジスタンストレーニングの実施が難しい場合は、ストレッチ運動が適しているでしょう。運動様式によって、適するバイオマーカーが異なるのかどうかはまだ分かりません。マイオカインでは、アペリンのように有酸素性運動で増えるホルモンの他に、レジスタンストレーニングで増えるホルモンも報告されています。

どんな運動様式であっても、健康寿命を延ばすためには、動脈硬化改善に対する運動効果のメカニズムを明らかにし、バイオマーカーを同定することが必要です。そのために、これからも基礎から臨床まで研究を進め、運動と動脈硬化の関係を追究していきたいと考えています。

(図版提供:藤江隼平)

この記事をシェアSHARE

  • facebook

掲載号
THIS ISSUE

ヘルシスト 281号

2023年9月10日発行
隔月刊

特集
SPECIAL FEATURE

もっと見る