特集 新時代の栄養学 現代の栄養問題を反映する「避難所」での食事状況

構成/飯塚りえ

災害時、日本の避難所ではどのような食事を摂れるのか —— 。ほとんどが、おにぎりや菓子パン、弁当といったところではないか。そしてこの「メニュー」が1カ月以上続けば、健康を害することは想像に難くない。厳しい状況下では、どうしても食が二の次にされてしまう。しかし食事は大切なことで、待ったなし。これからやってくるだろう災害に備えるためにも、食に対する考え方の根本的な見直しが必要だ。

国立健康・栄養研究所 国際栄養情報センター国際災害栄養研究室室長

笠岡(坪山)宜代(かさおか〔つぼやま〕・のぶよ)

1991年、東京家政大学管理栄養士専攻卒業。1997年、高知医科大学大学院博士課程修了。1999年、国立健康・栄養研究所入所。2001年、アメリカ・ハーバード大学医学部ベスイスラエルディーコネス医学センター訪問研究員。2007~2008年、アメリカ国立衛生研究所(NIH)国立がん研究所客員研究員。受賞歴に、日本栄養改善学会奨励賞、渡邉辰五郎奨励賞、日本災害食学会優秀賞、日本栄養改善学会学会賞など。

私は、東日本大震災が発生したとき、栄養士として避難所を訪れました。とにかく食事の状態が悪く、避難している方々が日に日に体調を崩していく。他のさまざまなことと同様に、災害の現場では食に関しても想像をはるかに超えた過酷な状況があることを目の当たりにしました。

東日本大震災ではまず、多くの避難所で食料が足りていませんでした。私は宮城県気仙沼市に行きましたが、69カ所の避難所のうち1週間経っても食料も水も一切届いていない所がたくさんありましたし、3週間経っても食事が1回しか届いていない所もありました(図1)。栄養失調に近い状況が目の前にありました。被災後1年半を経てからのアンケートでも、災害時に一番欲しいと思ったものは食料という回答が圧倒的に1位でした。

図1 東日本大震災の避難所における食事状況(4月上旬)2011年4月上旬、気仙沼市の全69カ所の避難所を調査。3週間経っても食事が1回の避難所が1カ所。1日2食の避難所もあり、避難所による格差も見逃せない。提供されるもののほとんどが主食で、肉、魚といったたんぱく源が1日1回も出ていない避難所が7.2%。1日1回という避難所を含めると30%以上の避難所の食事がこのような状態に陥っていた。果物はほとんど0~1回、牛乳、乳製品は全く出ない所が84.1%あった。

さらに提供される食品にも偏りがありました。菓子パンは消費期限が長く、被災地ではよく出されますが、2018年の西日本豪雨の災害現場では、朝食のメロンパンが3カ月続いているという情報が寄せられました。2019年の台風19号でも同様に、避難所では1カ月近く同じようなデニッシュを朝食にしていました。カロリーも栄養素も全く足りていないのが現状です。

圧倒的に不足するたんぱく質とビタミン類

その後厚生労働省は、私たちのデータ等も参照して(図2)災害時の栄養基準を作成しています。エネルギー(カロリー)とたんぱく質は、生命を維持するために不可欠ですし、水溶性ビタミンは体内にストックされませんから、摂取しないと早い段階で欠乏症になります。特にビタミンB群は炭水化物を体内でエネルギーに分解する際の補酵素として作用します。炭水化物が多い避難所の食事では、ビタミンB群は必須です。またビタミンCは新鮮な果物などに含まれるので被災地では摂りにくいのですが、ストレス耐性作用が大きく、これも欠かせません。

図2 東日本大震災の避難所における食事供給調査(発災約1カ月間)図1同様、気仙沼市の全避難における調査。炭水化物に偏った食事が続き、乳製品、肉、野菜が不足。1日に必要なエネルギー量が1800~2200㎉に対して、満たしていた避難所は29%。たんぱく質、ビタミンB1、B2、ビタミンCなども提供量が不十分であった。

東日本大震災の後は行政の備蓄も増えつつあり、私たちの調査なども参照されて、食事の提供に関するさまざまなガイドラインも改定されました(図3)。最初はパンやおにぎりでしのいでも、なるべく早く炊き出しを始めて、温かいものと少しでもおかずを出す。お弁当になるとおかずが増えてくるので栄養バランスを整えましょう、となったのです。

図3 災害時の栄養支援の流れ炊き出しは、温かい食事が提供されるうえ、やり方次第でお弁当で足りない栄養を補うことができる。材料の確保や調理器具、調理者といった条件を整え、素うどんや具のないラーメンなどから始め、栄養面を充実させることが必要。

炊き出しは温かいのですが、必ずしも具だくさんの豚汁などが出せるわけではありません。最近は、業者さんの手配も早くなって、2018年の西日本豪雨では翌日からお弁当を出した避難所もありました。

ところが最近の私たちの調査では、お弁当が出てもエネルギーとたんぱく質は満たされる一方、ビタミンB1、Cに関しては全く満たしていないことが分かってきました。私たちもお弁当が出るようになるのが一定のゴールと考えていたのですが、ほとんど揚げ物というお弁当のメニューが落とし穴だったのです。2019年に東日本を襲った台風19号の際のある避難所の食事は、唐揚げ弁当、唐揚げ弁当、唐揚げ弁当、コロッケ弁当、フライ弁当、ようやく次の日にしゅうまい弁当というメニューで、それではビタミン類が不足するのも当然です。その後、野菜ジュースや常温で保存できる牛乳等を足してほしいなどと伝えました。

被災の経験がない人の中には「非常時だからおにぎりや菓子パンばかりでも仕方がない」「多少の栄養が偏っても一時の話だ」と考える人もいるでしょう。避難所にいる方ですら、食事への不満は黙って我慢してしまうことも多々あります。

しかし菓子パン、おにぎり、揚げ物の弁当という食事が、2カ月、3カ月と続いたら、基本的な栄養を満たすことができないだけでなく、その後の健康にも長く影響することになるのです。

例えば、糖質や脂質の多い避難所での食事が引き金となって、生活習慣病を発症する方もいらっしゃいます。被災後少し経つとお菓子の支援が増え、避難所の各所に山盛りのお菓子が置かれるようになります。自由に食べることができるので、子どもたちはそこで「お菓子食べ放題」という習慣をつけてしまいます。仮設住宅に移ってからもその習慣が抜けずに肥満になったり、虫歯になったりするのです。

避難所の食事は、体だけでなく心にも影響を与えていました。先だって、被災した学校の先生にお話を聞く機会があり、被災後、カレーライスが食べられなくなった生徒がいることを知りました。避難所でカレーライスばかり出ていたようで、被災のつらい思いと毎日続いたカレーライスの体験がリンクしてトラウマになってしまったようなのです。似たような話はいくつも聞きました。もし、避難所の食事がもう少し楽しいものだったら、と思わずにはいられません。

本当に足りないものは食への意識

私は東日本大震災の避難所で、おじいさんが疲れ切った顔でお弁当を受け取り、地べたに座って一人でうつむきながら食べ始めるのを見たときは、涙が出そうになりました。「これは、食事とは言えない」と強く感じた瞬間です。

水にも不自由し、乾燥気味の菓子パンと、冷たいおにぎり、油の多いお弁当という食事が10日間も続けば、「我慢」が生まれます。「我慢して摂る食事」は楽しくありませんから、美味しくもありません。やがて食欲がなくなり、食事を摂らなくなる人が出てきます。ただでさえ栄養が不足した状態ですから、深刻な悪循環なのです。

食事が栄養素を満たしているのは当然のこととしても、メニューが豊富で食べる楽しみがあったり、食卓を囲んで会話をしながら楽しく食べたりという側面は、食事におけるプラスαの要素ではなく、生きるうえで欠かせない要素なのです。避難所だからといって置き去りにされてよいものではありません。

避難所の食事は、どうしてこのようなものになるのでしょうか。私が今感じているのは、支援の仕組みと体制を充実させる必要性はもちろん、各人の普段の食事への意識あるいは想像力が足りないのではないかということです。

そして今回、新型コロナウイルス感染症の感染拡大を防止するために、リスクの高い人々が隔離されていた宿泊所の食事が、避難所の食事と変わらないということを知って、答えが見えたような気がしました。

つまり、ライフラインが途絶え、材料の調達もできないといった避難所で質の高い食事を提供するのが難しいことは、ある程度理解できます。しかし都心にあるような宿泊所の場合、食材の調達も、調理も可能でした。そのような条件でなお、朝はおにぎりや菓子パン、夜は揚げ物の弁当だったというのです。症状がないという人も今後、発症する可能性がありますし、軽症であればなおさら、しっかりと栄養を摂って備えなくてはなりません。もし食事を提供する側に少しでも「菓子パンばかり続いたら飽きるな」「焼肉弁当が毎日続くと野菜が足りないな」などと、食事を摂る側の立場で考えられる人がいたら、メニューが違っていたのではないかと思います。

私は10年ほど災害と栄養というテーマで調査研究を続けてきました。このテーマは、世界的にも研究が少なく、最初に着手したときは、参考にできる論文が和文、英文含めて2報しかありませんでしたが、東日本大震災での状態を見て、絶対に必要だと考え、以来、「災害栄養」という用語で必要性を訴えてきました。しかし10年を経て、災害と栄養というのは特殊なテーマではなく、私たちの日常的な食の問題がぎゅっと詰まっていることが見えてきました。食事情が悪くなれば体調の悪化は顕著であって、生活習慣病の問題と重なります。また同じメニューが繰り返し提供される背景には、普段、選択肢が豊富で、自ずとバリエーションのある食事が摂れる日本にあって、栄養への意識が薄らいでいるという問題も隠れているように思います。

場所によってはワインを出す避難所も

最後に、視察したイタリアのモデナやベルガモの避難所の現場を紹介したいと思います。

イタリアの避難所は1カ所で大体250~300人くらいを収容しています。避難所には、運営する団体のオフィス用のコンテナのほか、1~2家族で入る個別のテントが用意され、ザコ寝をしないようにベッドも設置されます。これとセットで、トイレ、シャワー、それにキッチンカーのコンテナも配置され、早い段階である程度の生活ができるようになります。その日のうちに温かいパスタが提供され、場所によってはワインを出す避難所もあります。食堂も設置されて、被災した人も、行政やボランティアのスタッフも、誰もが一緒に食事を摂ることができるのです(図4)。

図4 キッチンカーによる支援

感心するのはトイレです。調理者がノロウイルスなどに感染しないよう、キッチンコンテナには専用のトイレが付いているタイプもあり、被災者とは別になっています。そういうところまで、きちんと配慮されているのです。この支援体制は国が主導して、全土にわたって普及しています。

視察のとき、イタリアのボランティアスタッフに、「あんなに大きな地震の後、あっという間に高速道路を復旧させた日本人が、どうしてここに視察に来るの?」と言われました。イタリアでは、15年前に被災した橋はまだ直っていないというのです。「では食事はどうしてこんなに簡単に提供できるのか?」と尋ねると、「当たり前じゃない! 相手は人間だ。待ったなしでしょ?」と言われて、はっとしました。食事や睡眠など、生活への基本的な支援こそ、本当の人道支援なのだと気づかされました。イタリアの様な仕組みを整えるのは、「日本では夢のまた夢」といわれていたのですが、2019年の台風19号では、宮城県・丸森町とボランティア、NPO団体が連携してキッチンカーを活用して具だくさんの元気鍋をその場で作って皆さんに提供する取り組みが行われました。日本でもイタリアン・モデルを実現できると確信しています。

日本では、今後30年以内に70%の確率で首都直下地震や南海トラフ地震など巨大地震が発生するとされています。まず各家庭での備蓄は必ずしていただきたい。そして、私たちは、災害時に適切な食の支援が迅速にできるよう、災害時用のメニューの普及や食品の開発、食の支援の仕組みを整えていきたいと考えています。

(図版提供:笠岡〔坪山〕宜代)

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2021年1月10日発行
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