暮らしの科学 第50回 健康のために効果的な換気とは?

文/茂木登志子  イラストレーション/山崎瑶実

新型コロナウイルスの感染予防には換気が不可欠といわれている。だが、春先に心配なのが換気に伴う花粉の侵入だ。しかし、そもそも健やかで快適に暮らしていくために、なぜ換気をしなくてはならないのだろうか。そこで今回は換気について探ってみた。

〈今月のアドバイザー〉倉渕 隆(くらぶち・たかし)。東京理科大学工学部建築学科教授。専門は建築空気環境・換気設備。1982年、東京大学工学部建築学科卒業。同大大学院で博士の学位を取得後、東京大学工学部建築学科助手に。アメリカ商務省付属国立標準技術研究所(NIST)客員研究員を経て、東京理科大学に転じ、2003年から現職。空気調和衛生工学会賞論文賞など受賞歴多数。

今ではすっかり新型コロナウイルス感染予防対策として定着したかのような換気。しかし、実は以前から定期的な換気は推奨されてきた。そもそも、換気にはどのような目的があるのだろうか。素朴な疑問から解き明かすことにした。答えてくれたのは、換気に詳しい東京理科大学工学部建築学科教授、倉渕隆さんだ。

「建築基準法という、建物を建てる際に従わなければならないルール(法律)があります。そこには換気の目的が3つあるのですが、それらは私たちの生活や社会の変化に応じて定められてきました」

建築基準法が制定されたのは1950年だ。さまざまな建築物があるが、ここでは主に家庭の住まいを対象として話を進めよう。

「制定当初は、家を建てる際には、“必ず窓を付けて、換気しなさい”そして“窓が付けられない場合(例:地下室など)は、換気扇などの機械で換気しなさい”というルールが盛り込まれていました」

窓を開けて換気するという方法と、換気量の目安が示されていたのである。

「では、なぜ、窓を開けて換気しなくてはならないのか。窓を閉め切った部屋にいると、室内の空気が汚染されるからです」(図1)

図1 換気をしない部屋と換気をしている部屋私たちの身体から、そして日常生活の中から、さまざまな汚染物質が出る。気密性の高い室内にはそれらが滞留してしまう。健康で快適な生活には換気が不可欠だ。新鮮な外気と入れ替えて、ヒトも空気もリフレッシュしよう。

倉渕さんはその理由を次のように説明してくれた。ヒトは呼吸でCO2を排出する。その他にも、さまざまな分泌物を発し、体臭の原因ともなっている。それらが混じり合って、不快になることもある。例えばラッシュアワーの電車のように、狭い空間に大勢の人が長く密集していると、“人いきれ”で気持ちが悪くなったりすることがあるだろう。加えて、人が動けばフケや皮膚の角質が舞う。このような、いろいろな人体に由来する汚染物質が混ざった空気を外に追い出して、新鮮な空気を室内に呼び込む。これが“換気の目的”というわけだ。

窓が設けられない場合の代案として、換気扇などの機械換気設備による換気が規定されたが、これには“1人当たり、1時間に20㎥”という“換気量の目安”も設定されていた。

「今から120年以上前に、ドイツのマックス・フォン・ペッテンコーファーという衛生学者が、研究に基づいて“空気中のCO2濃度が1000ppm以上になるのは望ましくない”と提唱しました。それが世界的スタンダードになっていきました」

ヒトは呼吸でCO2を排出する。閉ざされた部屋にいると、室内のCO2濃度が上がっていく。CO2自体は、少量なら人体に直接的な害はない。しかし、これが1000ppm(100万分の1000)を超えるような換気の状況になると、他の分泌物によるニオイなどの影響によって感や頭痛、耳鳴り、息苦しさなどの症状を訴えることが多くなり、身体疲労度が増すといわれている。

発生量が既知の汚染物質については、許容濃度が定まっていれば、室内濃度をそれ以下に維持するのに必要となる換気量を計算で求めることができるので、建築基準法では、その計算式に当てはめて前述の目安を割り出したのだという。

社会の変化とともに

3つあるという換気の目的、残りの2つは法改正によって追加されたものだ。高度経済成長期の1970年に、新たに加わったのが “火気使用室の換気基準”である。

「団地というこれまでにない住宅が誕生しました。この新しい住まいの形態はコンクリート製で従来の住宅よりも密閉性が高まりました。ところが、生活様式は従来のままです。そのため一酸化炭素中毒事故が多発したのです」

炊事や入浴、暖房などのために、室内で火を燃やす。それまでの住宅は、隙間だらけだった。良く言えば、風通しのいい造りだった。ところが密閉性の高い集合住宅では、換気を心がけないと酸素不足になる。そのため、火を燃やすと不完全燃焼となり、一酸化素中毒が起こりやすくなったのだ。

「そこで火を使用する部屋には原則として換気設備を付けることが義務づけられました」

キッチンや浴室に換気扇などが付いているのは当たり前と思っていたが、こういう歴史があったとは!

そして21世紀になって、3つ目が加わった。発端は、1970年代から1980年代初頭にかけて起こった2度のオイルショックにさかのぼる。

「石油価格が高騰し、ビル空調のランニングコストも急上昇しました。その対応策として、欧米では換気量を減らしてしまいました」

規制緩和によって、ビル内のCO2濃度が1000ppm超になるのを許容してしまったのだ。すると、このように運用を変更したビル内にいると気分が悪くなる、頭が痛くなるといった体調不良を訴える人が多数発生した。シックビルディング症候群だ。

「日本では規制緩和しなかったので、ビルではシックビルディング症候群は起こりませんでした。ところが、住宅で欧米のシックビルディング症候群と同じことが起こってしまったのです」

シックハウス症候群だ。1990年前後から、社会問題となっていった。高気密化した住宅内で、建材や家具などから発生する化学物質による室内空気汚染が原因であることが明らかになっていった。シックハウス症候群の背景には、生活様式や建材などの変化もあった。暖房の房はもともと部屋を意味するが、従来の住宅の暖房はこたつや火鉢などによる局所的な方式であった。しかし、次第に部屋全体を温める文字通りの暖房方式に移行していったが、これを効率的に行うためには建物の密閉性を高め、無駄な換気をなるべく少なくするのが都合が良い。建物の密閉性が高くなると隙間風は減って、室内の暖房効率は向上するが、換気の減少によって、建材から発生する化学物質の濃度は高くなっていった。

「そこで2003年、シックハウス症候群の対策として、内装に化学物質を発生する建材の使用面積を制限するとともに、いわゆる24時間換気システム導入が義務化されたのです」

賃貸や持ち家、戸建てや集合住宅などに関係なく、2003年以降に建てられたすべての住宅には必ず24時間換気システムが設置されている(図2)。

図2 24時間換気システムの種類2003年以降に建てられた家には、機械換気による24時間換気システムの設置が義務づけられている。機械換気の方式には、「給気と排気に機械を利用する方法」「給気のみ機械を利用する方法」「排気のみ機械を利用する方法」の3通りがある。いずれの場合にも、給気口と排気口や機械の手入れを怠ると、換気の力が低下するので、定期的なメンテナンスが必要だ。

「24時間換気システムというのは、ゆっくりと家全体の空気を入れ替えて循環させていく換気システムで、約1時間で室内の半分ほどの空気を入れ替えるようになっています」

24時間換気システムにはうれしい副産物もあった。集合住宅の浴室など水回りのカビ発生が抑制できたのだという。

「以前はキッチンや浴室などは窓開けによって換気できるように外壁側に配置されていました。しかし、近年は機械換気が一般的となったので、建物の中心部に位置する間取りになっています。湿気がたまりやすいので、カビ発生に悩むようになったのですが、これらの水回りの換気扇を24時間換気とすることが、期せずしてその対応策になっていたというわけです」

新型コロナウイルス感染予防の換気

このように、家の中で健やかに快適に生活できるようにと、換気の目的も方法も少しずつ変わってきた。そこに今度は感染予防のための換気が加わった。その換気方法として、冷暖房が不要な中間期には窓開け換気が推奨されている。多くの住宅で24時間換気システムが導入されているはずなのに、なぜ、窓を開ける必要があるのだろうか?

「換気の悪い閉鎖空間では、飛沫がふわふわと滞留し、感染リスクが高まるからです。新型コロナウイルス感染予防の換気は、エアロゾル排出のために行います」

新型コロナウイルスの感染経路の一つが、エアロゾル感染だ。エアロゾルとは空気中を漂う微粒子とその周囲の空気の混合物を意味し、感染しているヒトから出る飛沫はウイルスを含むエアロゾル粒子である。換気が不十分な部屋にはエアロゾルが滞留する。そんな室内で長時間過ごしていると、感染リスクが高まる。家庭内感染のリスクが高まるのは言うまでもない。そのため、換気によってエアロゾルを屋外に排出する必要がある。窓を開けての換気は、効率よく外気を取り込んで室内の汚れた空気といっきに入れ替えようというわけなのだ。

「暑い夏や寒い冬は、エアコンなど冷・暖房設備の使用が欠かせません。こういう時季の住宅の換気対策としては、4人程度の居住者人数であり、感染者と同居している可能性が低いのであれば、24時間換気システムをきちんと運転させることでよいでしょう。24時間換気システムがない場合、風上と風下の窓を5~10㎝程度開放し、自然換気を行うことが考えられます。一方、感染リスクを下げるためには換気量は大きければ大きいほど良いので、春や秋など気温が穏やかな時季には、窓を大きく開放して大量の換気を行うことが考えられます。同居者に感染者がいて、自宅療養している場合などでは、感染者の滞在している部屋は季節によらずこの方法を取ることが望ましいといえます」

ここで倉渕さんは注意を促す。

「窓を開けても、風が通る道をつくらないと、換気はできません。空気の入り口と出口を確保してください」

例えば、対角線上に入り口と出口を設けると、空気の通り道ができて、換気効率が良くなるという。

注意事項は、まだある。住居に備えられている24時間換気システムを効率よく稼働させるための鉄則だ。

「24時間換気システムも、適切に運転されていればいいのですが、稼働スイッチをオフにしている場合があります。24時間稼働させてください。また、メンテナンスを怠ってはいけません。フィルターや給気口を定期的に掃除しましょう」

花粉アレルギーのある人は、すでに臨戦態勢に入っている時季だ。換気に伴って外から花粉が侵入するのではないかと不安に思う人も少なくない。環境省の「花粉症環境保健マニュアル2019」によると、花粉飛散シーズンに窓を全開にして換気すると大量の花粉が室内に流入するという。花粉の最盛期に実験を行ったところ、3LDKのマンション1戸で、1時間の換気をした場合、およそ1000万個もの花粉が屋内に流入した。しかし、窓を開ける幅を10㎝程度にし、レースのカーテンを付けると、屋内への流入花粉をおよそ4分の1に減らすことができたという。花粉シーズンでも新型コロナウイルス対策で窓開け換気をする場合には、このようにカーテンを花粉のフィルターにする方法も一考の価値がある。もちろん、流入した花粉は床やカーテンなどに付着するので、カーテンの洗濯と床掃除をこまめに行うことが前提だ。

給気口のフィルターもチェック

「24時間換気で外気とともに花粉が侵入してくることについては、換気量がそれほど大きくないのであまり心配には及びません。むしろ、フィルターが汚れて目詰まりしている場合が多く、空気が通りにくくなって、そもそもきちんと換気されていないことが問題となります。こまめなメンテナンスが必要です」

空気清浄機の使用はどうだろうか。

「室内の空気をきれいにするという点では、効果があります。花粉対策には、空気中の0.3㎛(マイクロメートル)以上の粒子をほぼ100%捕集することができる高性能のHEPAフィルターを備えた空気清浄機がいいでしょう。例えばスギ花粉は直径約30㎛なので、フィルターが花粉をキャッチしてくれます」

新型コロナウイルスの大きさはおよそ0.1㎛といわれているが、これが単独で浮遊しているのではなく、ウイルスよりもかなり大きな飛沫に含まれて浮遊している。従って、HEPAフィルターを備えた空気清浄機を使えば、ウイルスを含む飛沫除去には効果が期待できるという。

「換気は室内の空気を室外の空気と入れ替えることです。空気清浄機は空気中の微粒子を除去する効果があるので感染性エアロゾル粒子の捕集に一定の効果が期待できますが、換気のように室内の空気を外に排出しているわけではないので、その効果は換気ほど確実とはいえません」

従って、コロナ禍における花粉対策としての空気清浄機は、24時間換気ないし窓開け換気と併用するのが適切ということだ。

1950年の建築基準法から始まった換気の解説は、2022年の最新鋭空気清浄機でひとまず締めくくる。換気がいかに私たちの健やかで快適な生活に不可欠なのか理解したが、同時に私たちの生活自体がこの70年余りの間にどれほど大きく変わったかということも教えてくれたようだ。

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ヘルシスト 272号

2022年3月10日発行
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