野本教授の腸内細菌と健康のお話20 微生物的観点から和食を読み解く

イラストレーション/小波田えま

東京農業大学生命科学部分子微生物学科
動物共生微生物学研究室教授

野本康二

和食は、2013年に「和食;日本人の伝統的な食文化―正月を例として―」としてユネスコ無形文化遺産に登録されている。日本固有の変化に富んだ四季や地勢的特徴がもたらす食材の多様性は、和食の大きな特徴の一つである。和食の構成要素までは特に定義づけられていないが、「一汁三菜」とか「飯・汁・菜(おかず)・香の物(漬物)の組み合わせ」は日本食の基本的な構成を示している。先日、農林水産省の食文化室の方々とお話しさせていただく機会があり、専門の微生物学的観点から和食の構成要素としての発酵食品と食物繊維について考える良い機会となった。

和食における発酵食品としては、酢、味噌、醬油、漬物(必ずしもすべてが発酵を伴うものではないが)、納豆や魚類を発酵させたものなどが定着している。自然発酵により増殖する微生物はプロバイオティクスの定義からは外れるものの、我々は習慣的にさまざまな発酵食品から乳酸菌や酵母を摂取している。筆者の最近の共同研究の一つでは、「果物と野菜を自然発酵させたジュース」の微生物生態を調べている。興味深いことに、例えば、リンゴ、キウイ、バナナ、パイナップル等の果物とトマト、ニンジン、キャベツといった野菜を任意の組み合わせで混合し、適宜の水を加えて密閉容器内で3日間ほど室温で静置しておく(特に糖などは加えない、1日1回程度搔き回す作業がある)と、どの組み合わせでも、決まって乳酸菌と酵母の共発酵状態が構築される。乳酸菌としてLactobacillus plantarumLeuconostoc属菌などが、酵母としてワインの発酵時によく検出されるSaccharomycesHanseniasporaPichiaといった属の菌種が増殖して、発酵のピークにおけるこれらの菌数のレベルは1㎖あたり108程度に達する。こういった発酵微生物は発酵開始期から検出されるので、基材である果物や野菜に由来すると考えられる。発酵基材の組み合わせによる若干の違いはあるが、発酵産物として乳酸や酢酸が産生される。過発酵は、酸度の上昇やアルコール発酵につながり、従ってジュースとしての飲用に適する期間は限られている。生きた微生物を摂取するという観点から、自然発酵を利用した食品を自前で作成する際には、まずは先行して安全に実施されているマニュアなどを遵守すること、用いる容器や水が十分滅菌されていること、適切な発酵を誘導する環境(温度、湿度)などの注意が必須である。

タマネギやゴボウといった野菜の外皮は通常は廃棄されてしまうが、筆者は、これらを再生利用している企業の方々との共同研究を行っている。これらの植物外皮には極めて豊富に食物繊維が含まれており、ヒトの便に加えて培養すると、便中の微生物により代謝されて高濃度の有機酸が産生される。産生される有機酸の濃度や酢酸、プロピオン酸、酪酸、コハク酸などの比率は、提供される便によって異なるので、興味深い。現在、これらの食物繊維を資して増殖する微生物の同定を行っている。プレバイオティクスは、「これを摂取した宿主の腸内微生物が利用した結果、宿主に有益な作用を及ぼす物質」と定義されている。和食には、野菜、根菜、海藻、キノコ類など食物繊維を含む多様な食材が用いられるが、食物繊維は基本的に難消化性であり、腸内フローラによる利用性とその結果としてのプレバイオティクス的な効能は興味深い研究ポイントだと考える。

近年一般的になっている持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)では17の具体的な到達目標が掲げられている。以上の研究は、特に目標3「あらゆる年齢のすべての人の健康的な生活を確保し、福祉を促進する」および目標12「持続可能な消費と生産のパターンを確保する」に相応するものと心得て進めている。

  • 注) 資化:微生物が自らの増殖や機能の発現に必要な物質を産生するために、環境中の栄養素を利用すること。
  • *1 農林水産省HP.「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されました!
    https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/ich/
  • *2 江原絢子.ユネスコ無形文化遺産に登録された和食文化とその保護と継承.日本調理科学会誌, 48: 320-324, 2015.
  • *3 岩田麻奈未.ベジフル発酵ジュースとレシピ. 日東書院本社, 2018.
  • *4 Gibson GR, Hutkins R, Sanders ME, Prescott SL, Reimer RA, Salminen SJ, Scott K, Stanton C, Swanson KS, Cani PD, Verbeke K, Reid G. Expert consensus document: The International Scientific Association for Probiotics and Prebiotics (ISAPP) consensus statement on the definition and scope of prebiotics. Nat Rev Gastroenterol Hepatol, 2017 Aug;14(8):491-502. doi: 10.1038/nrgastro.2017.75.
  • *5 国連開発計画(UNDP)駐日代表事務所HP.
    https://www.jp.undp.org/content/tokyo/ja/home/sustainable-development-goals

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ヘルシスト 266号

2021年3月10日発行
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