野本教授の腸内細菌と健康のお話30 腸内フローラの多様性

イラストレーション/小波田えま

東京農業大学生命科学部分子微生物学科
客員教授

野本康二

「ダイバーシティ」というカタカナ英語が一般化するくらい、多様性の概念が浸透している。腸内フローラの網羅的な遺伝子解析では構成菌の種類の多少がα多様性として判断され、個体内の単純な菌種数を反映する指標から、これに菌種数の均等度も加味した指標まで用意されている。腸内フローラ異常をdysbiosis(ディスバイオーシス)と呼んでおり、さまざまな疾病に伴って生じるdysbiosisにおいてα多様性が低下する。例えば、抗生物質誘導下痢症の起因菌であるディフィシル菌(Clostridioides difficile)は、抗生物質による付随的な腸内常在菌の損傷(collateral damage)に伴うcolonization resistanceの低下により、本来の極めて低い腸内生息レベルから圧倒的な増殖を許されるとともに、増殖に伴って産生する毒素によって腸管に大きな障害を引き起こす。この状態では、当然、腸内フローラのα多様性は著しく減じていC. difficile腸炎に対する治療法として、十分な多様性を有する健常者の便微生物を患者の腸内に移植する方法(FMT)が世界的に一般化してい。また、以前には、プロバイオティクスは「腸内フローラのバランス改善により宿主に有益な作用をもたらす生きた微生物」と定義づけられていくらい、「腸内フローラのバランス」が肝心と考えられてきた。例えば、高齢化に伴うdysbiosisでは、ビフィズス菌などの嫌気性菌のレベルが低下し、一方で大腸菌などの腸内細菌科菌群の数が増加する、といったバランス異常が生じてお、多様性も減じてい。これを是正するためのプロバイオティクスの摂取が有効であ

  • 注1) colonization resistance:腸内フローラが有する、外在性微生物の腸内定着や内在性の微少なポピュレーションレベルの微生物の異常増殖に対する抵抗性。
  • 注2) FMT:Fecal Microbiota Transplantation(便微生物移植)。

ただし、腸内フローラの多様性が低下している状態は不健康なのか、というと一概にそうとも言えない。例えば、生まれて間もない新生児では、まずは腸内細菌科など通性嫌気性菌主体の比較的単純な菌叢が形成される。次に、下部腸管の嫌気化とともにビフィズス菌が最優勢となり、さらに成人型の極めて多様な嫌気性菌群を主体とする腸内フローラに移行する。ちなみに、帝王切開で誕生した乳児のdysbiosisを改善するために母親の便微生物を移植するという予備的な臨床試験が実施され、FMTを受けた乳児において通常分娩と同様に早期のビフィズス菌主体の腸内フローラの形成に至ったことが報告されてい

昨季、筆者の研究室の卒論テーマとして「健常成人の腸内フローラの恒常性」について研究してもらったが、この際にボランティアとなってくれた学生さんのうちの1人(Aさん)の腸内フローラの最優勢構成菌属として、Megamonas (ヒト腸内常在性のグラム陰性嫌気性菌で、Veillonellaceae科に属する)が検出された。しかも、十分に間隔を空けた3回のいずれの測定でもMegamonas属菌は常にAさんの腸内最優勢レベルを維持していた。さらに、調査した学生さんの中でAさんのα多様性は最低レベルであり、複数の個体間における腸内フローラ構成の類似度を示すβ多様性を見ると、主座標分析によりプロットされる位置がAさんと他の学生さんとはかなり離れていた。生活調査の結果から、Aさんは運動系の「部活」を行っていることが特徴的であったが、最近の中国のエリート陸上競技選手(平均年齢が21歳程度の男女で8年以上の各種陸上競技歴を有する)の腸内フローラの特徴として、より身体活動が少ない同年代の一般成人に比べてMegamonas属菌の割合が多いことが報告されてい。食事、年齢、運動、その他のさまざまな生活因子が腸内フローラの構成に影響を与えているが、Megamonas属菌が最優勢菌となっているような特殊な腸内フローラ構成を存立させる条件やメカニズム、さらには、健康に関わる機能性の有無などが明らかになることを期待する。

  • 注3) 主座標分析:腸内フローラという微生物生態系のβ多様性を視覚化する方法。試料間の相違度を2次元あるいは3次元空間配置する。より類似した試料同士は近く、類似度の低い試料はお互いに遠くに配置される。
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ヘルシスト 276号

2022年11月10日発行
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