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SPECIAL FEATURE

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新時代の栄養学

265号(2021年1月10日発行)

栄養不良の二重負荷(Double Burden of Malnutrition)

1948年夏、第二次世界大戦後初となるオリンピック大会開会式の当日、開催地ロンドン郊外のストーク・マンデヴィル病院では、車椅子を利用する入院患者によるアーチェリー大会が開かれました。

呼びかけたのは神経科医で同病院の脊髄損傷センター所長だったルートヴィヒ・グットマン(1899~1980年)。ユダヤ人のグットマンは、大戦中ドイツから英国に亡命し、傷病兵を想定して設けられた同センターで、脊髄損傷患者の治療に取り組んでいました。

彼がとりわけ力を入れたのは、リハビリテーションにスポーツを取り入れることでした。スポーツをさせると、患者たちは残った機能を駆使してプレイすることに夢中になります。そして日々彼からかけられていた言葉のように、自分に残されたものに気がつくと、リハビリに積極的に取り組むようになり、それまでは考えられなかった社会復帰を可能としていったのです。この試みは障がい者スポーツの世界を開くきっかけとなり、後にグットマンはパラリンピックの父といわれるようになります。

長寿社会を迎えた今日、人それぞれ、障がいを抱えながら生きるのは特別なことではありません。「失ったものを数えるな。残されたものを最大限に生かせ」というグットマンの教えは、病やけがを経験し、年を重ねる私たちを、励まします。


スポーツ(sports)の語源は、「何かを運び去る」「つらいこと、憂いなどを解消する」を意味するデポルターレ(deportare)というラテン語です。それが「遊ぶ」「楽しむ」へと転じ、今では身体活動を表す総称となっています。体を動かし楽しく遊べば心身ともに気持ちよくなる —— 私たちはそのことを古くから知っていました。

しかし運動が健康を左右する重要な要素の一つと再認識されたのは最近のことです。生きるための食料が天候などの自然や環境に左右されていた時代、体や健康にまつわる最大の関心事は主に食べることや病気で、運動で健康になろうなどという発想はほとんどなかったのかもしれません。

ところが現代の先進国では、科学や産業の進歩で食料供給の心配はなくなり、逆に栄養の過剰摂取が大きな問題として浮上してきました。やがて肥満が生活習慣病の一因であることが明らかになってくると、「メタボ」を改善しようと食事を選び、積極的にスポーツや運動を行う人たちも増え、肥満問題は徐々に減るようになりました。ただ、この現象は健康意識の高い比較的裕福な一部の層に限定されていて、経済的に余裕のない層や、また、栄養に対する意識の低い層では、エネルギーを油と砂糖に頼る栄養価の乏しい食事による新しいタイプの肥満と低栄養が出現するようになったのです。

世界的な社会問題のキーワードは「二極化」、といいます。異なる人種や宗教、所得格差などさまざまな「二極化」が存在しますが、今号の巻頭インタビューで登場いただいた中村丁次日本栄養士会会長は、栄養学の分野でも、こうした過剰栄養の層と低栄養の層が混在する「栄養不良の二重負荷(Double Burden of Malnutrition)」が大きな課題として注目されると予測します。しかも、「栄養不良の二重負荷」は何も先進国に限った問題ではないようです。経済発展で所得格差が生まれた発展途上国でも同様の状況に陥りつつあり、さらに個々においても、若いときは過剰栄養で肥満、加齢ともにエネルギーは過多だけれども低栄養 —— 「栄養不良の二重負荷」はより複雑化しています。

「生命の維持」「健康増進」「疾病予防」という目的のために、どのように栄養を摂るかを中心に研究してきた栄養学は、時代に適応する多目的な科学であるべきと、中村会長は説いています。

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ヘルシスト 265号

2021年1月10日発行

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