暮らしの科学 第49回 科学的に麺をゆでてもっとおいしく!

文/茂木登志子  イラストレーション/山崎瑶実

秋から冬は新そばや年越しそばなど、そばを食べる機会も多い。また、寒い日に食べる熱々のうどんは体を内側から温めてくれる。しかし、家庭で上手に麺類をゆでるのは意外と難しい。そこで今回は、家庭でもおいしく上手にできる“科学的なゆで方”を学んだ。

〈今月のアドバイザー〉山田昌治(やまだ・まさはる)。工学院大学先進工学部応用化学科非常勤講師。1953年生まれ。1977年、京都大学工学部化学工学科卒業、1979年、同大大学院修士課程修了。秋田大学鉱山学部資源化学工学科助手などを経て、1988年から製粉会社で小麦粉を原料とする食品の研究開発に携わる。2010年から工学院大学先進工学部応用化学科の教授を務め、2021年3月に退官。研究や講演、食品開発など、幅広い活躍を続けている。

うどんやそばの場合、家庭で麺類を味わうとなれば、保存性のある乾麺を買い置きして利用することが多いだろう。麺類に添えるつゆも市販品が多く出回っているので、実に手軽に味わえるはず。ところが意外に調理が難しい。特に乾麺をゆでる際に、思わぬ苦労をすることがあるのだ。

「たっぷりとした湯を沸騰させ、乾麺を入れて、沸騰状態を維持しながらパッケージの表示時間通りにゆでるのが、標準的なゆで方です。ところが、実際は沸騰まで待たずに適当な頃合いで麺を投入。その後はコンロの前に張り付いていなければならないので他のことはできないし、火加減がうまくいかなかったり、ちょっと目を離した隙にゆで汁が吹きこぼれたりしてしまう。差し水をすると、なかなか再沸騰しないで時間ばかりかかる。しかも、ゆで上がった麺の食感が良くない。あら、大変!という感じでしょうか?」

まるで千里眼のように言い当てたのは、名著『麺の科学』で知られる山田昌治さんだ。

「ゆで汁の吹きこぼれは嫌ですよね。コンロ周りが汚れるので、調理以外に掃除という余計な手間がかかりますから。私がかつて出演したテレビ番組のスタッフが、乾麺のゆで方で困るのは何かアンケート調査をしてくれたのですが、最も多い回答が吹きこぼれでした」

うどんでもそばでも、麺を入れて沸騰させ続けると、どんどん泡が発生する。泡の正体は、麺に含まれるデンプンが溶け出したものだ。しかもこの気泡、デンプンが硬い膜となるので壊れない。そのため、次から次へと湧き出る気泡は接合して体積が増し、鍋の外へとこぼれ出す。山田さんは、吹きこぼれの仕組みをこのように説明してくれた。

また、ゆで汁の沸騰を抑えるための差し水だが、沸き立っている湯がたちまち静まることから「びっくり水」とも呼ばれている。

「差し水をすると吹きこぼれが収まるのは、急激に湯温が低下するからです。しかも、温度が低下してから調理終了時まで、沸騰状態には戻りません。そのため、麺の食感が損なわれてしまうのです」

どうやらゆで上手になるためには、沸騰状態の維持というのが鍵のようだ。

科学的に「ゆでる」を解明

乾燥しているものを戻すには水分が必要だ。でも、乾麺を沸騰した湯の中でゆでるのはなぜだろうか? 

「麺の食感をよみがえらせるためです。デンプンので麺のモチモチ感が、そしてタンパク質の熱変性で麺のコシが出ます」

デンプンは、水と一緒に加熱すると、デンプンの間に水分子が入り込み、モチモチした粘りが出てやわらかくなる。これがデンプンの糊化だ。また、うどんのコシの源となるのは、小麦粉に含まれているグルテンというタンパク質だ。加熱により、熱変性で硬くなるのでコシが出る。

「もう一つ、沸騰状態を維持してしっかりゆでる理由があります。それは、おなかをこわさないようにするため、です」

山田さんは、次のように、その理由を説明してくれた。

「水に溶け出すタンパク質はアルブミンと呼ばれ、アミラーゼ阻害剤が主成分です。つまり、アルブミンは、アミラーゼのデンプン分解酵素としての働きをなくしてしまうタンパク質なのです。これを多量に摂取すると、おなかをこわしたり、最悪の場合は腸閉塞を引き起こしたりする危険があります。しかし、熱変性でその働きがなくなるので、沸騰調理が不可欠なのです」

デンプンの糊化は60 °C前後の加熱で起こるが、タンパク質の熱変性には沸騰状態が求められる。実は、吹きこぼれ対策に差し水をしてはいけないというのも、沸騰状態を維持するためなのだ。

「専門店は200 容量などの大きな寸胴鍋でゆでますから、カップ1杯(200 )程度の水を加えても沸騰状態に影響しません。しかし、家庭で使う鍋の容量はその50分の1程度でしょう。4 ℓ程度の湯にカップ1杯の水を注いだら、急激に湯温が下がります。私の研究における実験データから、下がった湯温は沸騰状態に戻らないことが明らかになりました。したがいまして、くれぐれも差し水はしないでください」

標準的なゆで方のポイントは3つ。①大きな鍋にたっぷりのゆで水を入れ、②沸騰したら麺を投入し、③吹きこぼれないように火加減する。「ゆで時間」の目安は、外袋に表示された時間だ。だが家庭では大きな鍋がなかったり、火加減が難しくて吹きこぼれたりするのが、悩みではないだろうか。

喉越しと香りを生かすゆで方

ここで、ふと、疑問に思った。うどんは小麦粉、そばはそば粉が主原料のはず。これまでの説明は、うどんとそばの共通事項なのだろうか?

「もちろん、そうです」

原料が違うのに?

「ところがですね、色はそばだけど味はうどんだった、なんていうそばもあるのですよ。そば粉100%ではボソボソしてしまうので、小麦粉とかヤマイモのすりおろしなどの“つなぎ”を用いるという話を聞いたことがあるでしょう。乾麺を購入する場合には、必ず材料表示を確認してください。使用量の多い順に記載されることになっているのですが、そばなのに小麦粉が筆頭原料になっているものが少なくありません」

山田さんによると、理想はそばの香りが生きる“二八”。つまり、小麦粉2割、そば粉8割だという。

「そばの魅力は、喉越しと香り。喉越し良くゆでるには、2 のゆで水にオリーブ油大さじ1を加えることです。油が麺をコーティングして喉越しを良くします」

香りを生かすゆで方のコツは、ゆでる前に浸漬することだという。ゆでるというのは、水を麺の内部に浸透させ、さらに加熱によってデンプンの糊化とタンパク質の熱変性で、おいしく食べられる状態にすることだ。しかし、加熱時間が長いとニオイ物質が揮発してしまう。そこで、加熱時間を短縮して香りを逃さないように、事前浸漬を考えついたのだという。

「10分程度を限度にあらかじめ浸漬し、その後、沸騰した鍋に入れて表示時間の半分を目安にゆでます。喉越しを良くしたい場合には、油の添加もお忘れなく」

余談だが、山田家のキッチンにおいては、餃子と麺類(うどん、そば、パスタ)だけは、山田さんがシェフを務めることになっているそうだ。実験時点ではゆで水1 に大さじ1の食用油(植物油)を添加したが、キッチンでの実践例から2 のゆで水にオリーブ油大さじ1が導き出されたという。

環境負荷を減らすゆで方

山田さんは最近、うどんとスパゲッティについては、“少ない水分量での蒸しゆで”を推奨しているという。どんな方法なのだろうか?

「鍋に500 の水を入れ、沸騰させます。そこに乾麺100 gをバキッと半分に折って、バラバラと入れます。すぐに蓋をして、外袋に記載された表示時間通りにゆでます。焦げついたり、吹きこぼれたりしないように、様子を見ながら火加減を調節してください」

火を止める頃には、水分は蒸発してほとんど残っていない。鍋底に麺がこびりつかないように、すぐに引き上げるのがコツだ。スパゲッティはそのまま、うどんも冷水でヌメリを取れば、あとはお好み次第。山田さんは、蒸しゆで直後のうどんにパスタソースをからめていただくのもオススメだという。

それにしても、なぜ、こうした方法を考案したのだろうか?

「熱湯で麺をゆでると、どうしてもデンプンが溶け出す“ゆでどけ”が起こります。このゆで汁は、すべて排水として家庭の台所から流されます。このゆでどけ排水を減らしたいと考えたからです」

貴重な水資源を大切に使い、水質汚染につながる排水を減らす、“環境に負荷をかけない調理科学”が必要な時代になっていると、山田さんは言う。

「SDGs(持続可能な開発目標)として“2030年までに達成すべき17の目標”が挙げられています。私たちがおいしく食べて健康であり続けたいように、家庭の台所でも、この地球が100年経っても元気でいられるように努めることが大事ではないでしょうか」

乾麺の長所は、保存性があることに加え、いつでも必要な分量だけゆでて食べられる利便性だ。山田さんに学んで、私たちも環境に負荷をかけない調理を心がけたい。まずは乾麺のゆで方から実践してみよう!

冷凍麺の解凍は電子レンジがベスト!

うどんもそばも、冷凍麺は、生麺をゆでてから-30 °Cくらいで急速冷凍させたものだ。ゆっくり時間をかけて凍らせると、0 °C前後で含有水分から氷の結晶が大きくなり、すると麺の組織を破壊して食感を損ねるからだ。「同じことが解凍時に起こります。急激に解凍しないと、0 °C前後で氷の成長を促す温度帯が生じるので、食感が損なわれてしまいます」と山田さんは説明する。冷凍麺の外袋には、電子レンジ解凍と沸騰した湯でゆでるという2通りの表示がある。山田さんは「電子レンジがベスト」と断言。そして、その理由を次のように説明する。「電子レンジは、食品内部の水分を振動させることで中心部から加熱します。氷が成長する温度帯を速やかに通過できるので食感を損ねません」。実は、電子レンジ解凍で麺がボソボソになってしまったことがある。それを伝えると「外袋開封後、どのくらい経過していましたか?」と山田さんに問われた。2週間、いやそれ以上経過していたかもしれない。「家庭の冷凍庫は-20 °Cくらいに設定されています。そのため保存中に水分子が動いて乾燥してしまうので食感が損なわれます」。そして「開封後は乾燥を避けるために一つずつラップフィルムかアルミホイルに包み、冷凍用の保存袋などに入れて、1週間以内に食べ切ることを推奨します」という助言を得た。

乾麺をゆでてみた!

山田さん考案のゆで方で、うどんとそばをゆでてみた。

〈うどんの蒸しゆで〉

フライパンに水500 を沸騰させて麺1束(100 g)を投入。バキッと二つ折りにするのを忘れて、長いままゆでてしまった。吹きこぼれないようにコンロに張り付いて火加減を調節しなければいけないのは標準のゆで方と同じ。しかし、ゆで水排出はほとんどなく、環境への負荷は少ないのを実感した。ツルツル、シコシコ、食感も大満足!

〈そばの事前浸漬&時短ゆで〉

そば粉8割の乾麺を購入。1人分の1食として80 gを、10分間水に浸してから沸騰した湯に投入し、火加減しながら、外袋表示時間の半分となる5分間ゆでた。事前浸漬した麺はうどん並みの太さに膨れ上がり、フニャフニャで、指で触るだけで潰れそうな感じだった。加熱したら溶けるのではないかと心配したが、仕上がり時にはそばらしい太さに戻っていた。水でヌメリを洗い流すと、まさに日本そば。

【コラム】うどんの文化麺類学

やわらかい博多うどん

うどんはコシが強いもの、というのは思い込みだ。全国各地にはさまざまな味わいのうどんがある。例えば、福岡県の博多うどんはやわらかい食感が特徴だ。

「うどんは、すいとんから進化しました。太くてやわらかい食感の博多うどんは、進化の上流にあると考えられます」と山田さんは言う。うどんが日本に伝来した経緯には諸説あるが、山田さんは「遣隋使や遣唐使が日本にもたらしたのではないでしょうか。遣隋使や遣唐使が最初に上陸したのが博多です」とその理由を説明する。

讃岐うどんよりコシがあるのは?

この問いに「稲庭うどんです」と山田さんは即答した。例えば糸やひもでも、1本では弱いが、何本かをねじり合わせると、ロープのように頑丈になる。これと同じようなことを工程に取り入れているので、手間はかかるがコシの強いうどんになるのだという。

さらに山田さんは「あまりにもコシが強いので、麺を太くできません。だから、うどんと言いつつ、冷麦のように細いのです」とも教えてくれた。

伊勢うどんは飲み物!?

幅広の太麺でやわらかい食感が特徴の伊勢うどん。たまり醬油にだしを加えた濃厚なつゆにからめていただく、独特の味わいだ。まるで飲み物のようにツルツルと喉を通っていく。「江戸時代に、一生に一度はお伊勢参りをしようと、伊勢神宮参拝が流行しました。歩きに歩いて、やっと伊勢に到着する頃には疲れ切っています。そういう人にエネルギーになるものを食べさせてあげないといけません。それで、嚙まなくて食べられるような形態のうどんになったのではないでしょうか」と山田さんは考察する。

薄く幅広の麺もうどんの仲間

麺の幅にも個性がある。名古屋の名物として知られるきしめんは、一般的なうどんとは異なり、麺が平たい形状をしていて厚さも薄い。

「それ以上に平たい幅広の麺があります。小麦の産地として知られる群馬県のひもかわうどんです」と教えてくれた山田さん。帯のように平たいひもかわうどんは、麺の幅もさまざまで、中には10 ㎝を超えるものもあるそうだ。薄いせいかコシは弱いが、ツルツルと滑らかな喉越しが特徴だという。

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ヘルシスト 271号

2022年1月10日発行
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