「新型コロナ時空間3Dマップ」は、AIやビッグデータなどデジタル技術を駆使して開発されている新しいスタイルの疫学だ。感染状況の地域的なつながりが時間経過とともに地図上に表示されているので理解しやすく、例えば新型コロナウイルス感染第2波が大都市から地方に飛び火した傾向が見て取れる。近い将来、天気予報の雨雲レーダーのように、「感染の密度予測」といったアプリの可能性も期待される。
特集 科学は伝わるか 感染の推移を可視化する「時空間3Dマップ」の可能性
文/河﨑貴一
新型コロナウイルス感染の第3波が襲ってきた2020年12月上旬、「新型コロナ時空間3Dマップ」(以下、時空間3Dマップ)という“感染症流行地図”がウェブ上で公開された(https://nakaya-geolab.com/covid19-stkd/japan/)。開発を行ったのは、東北大学大学院環境科学研究科の中谷友樹教授と同大学院生の永田彰平氏、JX通信社(本社:東京)のグループである。
時空間3Dマップの最大の特徴は、新型コロナウイルスの感染状況が地図上で時間経過とともに可視化されているので、感染症の流行を時系列で全国的に捉えることができる。毎日の感染地図を“生地”として積み重ねた、洋菓子「ミルフィーユ」に似ている。
雲のように表示される感染発生の施設
感染が発生した施設があれば、地図上にぼやけた雲のように表示される。感染が発生した施設が多ければ、その地区の「雲」は厚みを増して色が変わる。発生の頻度によって、灰色の雲は4日に1施設程度の発生、青色の雲は毎日感染が1つ以上の施設で発生、赤色の雲は毎日5カ所以上の施設で感染発生がある状況、と色別されている(図1)。
時間軸は、初めて日本で感染者が確認されてからおよそ1カ月後の2020年2月中旬から、現在に至るまで伸びていて、毎日のように更新され続けている。毎日の発生状況は、縦軸(時間軸)方向に積み重ねられているので、感染の発生が続く地区は“雲”が立ち上っているかのように見える。日付のスライダーを操作して、特定の日付の発生状況を表示することも可能だ。
医療検査装置にヘリカルCTがある。体をらせん状にX線撮影するので、断層写真をスライドさせると、臓器や血管の形状をまるで3次元の体内を透視するように見ることができる。こうすると、変位部位や病巣を理解しやすくなる。
同じように、時空間3Dマップの縦軸(時間軸)を横から見ると、感染が急拡大した地域では雲が大きくなり、その雲が灰色から青色、そして赤色と変わっていくのが分かる。逆に、緊急事態宣言によって不要不急の外出が控えられると、その1~2週間後には感染の雲が次第にしぼむ。
中谷教授は説明する。
「新型コロナウイルス感染症では、感染者が新たな感染者を生み出した際の発症日の間隔が、およそ4~5日程度とされています。従って、灰色の雲でも時空間3Dマップ上で縦に伸びていれば、感染がその地域の中でつながっている可能性を示唆します。通常の2次元的な感染状況の地図と時空間3Dマップが異なるのは、この地域的な感染のつながりを観察できることにあります」(中谷教授)
東京から各地への飛び火を示唆
感染状況を時間経過とともに見ていくと、都市同士の発生状況を比較できて、ある地点から他の地点に感染が“飛び火”した可能性も推測できる。
さらに、時空間3Dマップの長所について話す。
「日ごとの感染地図やアニメーションのほうが理解しやすい人もいるかもしれませんが、新型コロナウイルスの感染状況を見るときに、時間と空間を同時に理解できることは非常に大事だと思います。
例えば、時空間3Dマップを横から見ると、第2波と呼ばれた感染拡大では、東京で感染者が増えてから、少し遅れて名古屋や大阪、九州地方で感染が発生した様子がよく分かります。これは、東京から各地へと流行が飛び火した可能性を示唆しています。実際に、ウイルスをゲノム解析した結果からも、6月に東京を中心に発生したクラスターで確認されたウイルスが、その後、他の都市に広がったと、概ね理解されているようです」
中谷教授が時空間3Dマップのデータの最小単位にしているのは、新型コロナウイルスの感染が発生した「施設の住所」である。ところが、報道で公表されるのは都道府県別の患者数に限られることが多い。各地の自治体から感染者数が公表されることはあっても、その地理的な単位や情報の形式もまちまちで、詳細なデータが公表されていないことも多い。それを、時空間3Dマップでは、どのようにして集計しているのだろうか。
「日本では、PCR検査で陽性になった患者の情報は、国が管理する情報システムに登録されるようになっています。しかし、そのデータを使って、保健所など都道府県よりも詳細な単位で、患者発生の情報が定期的に公開される仕組みにはなっていません。
そこで、国内外の災害・事故・事件・新型コロナウイルス感染者などの情報を収集・発信しているJX通信社に依頼して、感染者に関するビッグデータを提供してもらいました。企業や飲食店、医療機関、教育機関などの施設を運営している人が、患者が発生した時に、感染の拡大を防ぐために、『感染者が発生したので一時的に休業(閉鎖)します』などと情報発信します。それを、JX通信社の担当者が24時間体制で収集し、その情報をもとに業種や住所を特定し、AI(人工知能)の支援も受けながらデータを処理して、時空間3Dマップとして公表しているのです。私たちのマップは公的データではありませんが、地理的感染状況については、より詳細なものを示せているのです」
JX通信社は、国内外の災害・事故・事件などのリスクを企業・公共団体、メディアなどに発信したり、自動電話による世論調査などを行っている。同社は、主要なデジタルメディアへの発信とともに、大学や研究機関と連携した防災情報活用に関する取り組みなどの実績もあるので、データには信頼がおけると言っていいだろう。
東日本大震災でも地震時空間マップを作成
では、この時空間3Dマップをどのように使えば、感染拡大の予防や防止に効果を上げられるだろうか。
中谷教授は、こう考えている。
「感染対策をされる専門家の方には、時空間3DマップをPCR検査結果のデータと併せて見ていただいて、流行状況を考えながら対策の判断材料に使っていただきたいと思います。店舗の営業制限をどの範囲で実施すべきかどうか、どのエリアで外出をしてもらわないようにするかなどです。
例えば、東京の都心付近で、毎日、一定の範囲内で5件以上の施設で感染が発生していれば、そこは感染が起きている場所か、感染が起きてしまった場所か、そこに行けば感染する可能性が高い場所を意味しています。そのエリアでは、できるだけ人を動かさないで、感染をその地区に閉じ込めておく必要があると思われます。また、街角での検査の機会を増やしたり、ワクチンを接種する自由度があれば、その地域での早い接種を検討してもいいかもしれません」
中谷教授が、地図と時間を組み合わせた3次元の時空間マップを開発したのは、今回が初めてではない。東京都立大学では理学部地理学科で学び、立命館大学の准教授(のちに教授)時代には、同様な時間地理学の手法を応用して、「東日本大震災の地震時空間マップ(quake3D)」を作成した。
「アメリカの地質調査所のデータをもとに、東日本大震災前後の地震の震源地と規模を時空間マップのように解析すると、興味深いことが分かりました。2011年3月11日、マグニチュード9.0の最大の地震が発生しました。作成した3Dマップでは、東日本大震災以後、東北地方の沖合で広域にわたって余震が群発しているのが分かります。それらとは別に、同じ時期に、山梨県と新潟県あたりでも、地震が派生して起きていて、時空間3Dマップの雲のように縦に連なって見えます。地震の発生状況を地図上で時間経過を追って見ていくと、これまで分からなかった離れた地域での地震の群発の連動が視覚的に分かるようになりました」(図2)
この地震時空間マップのような3次元マップは、研究者からは「一般の人には分かりにくいのではないか」と危惧されたが、学生からの反応は良好だった。それもあって、一般の人にも見て理解してもらいたいと、今回の時空間3Dマップをウェブ上で公開したという。
そのほかに、中谷教授は時間地理学の手法を性犯罪防止のための研究に応用して発表した。「京都市内で認知された強姦・強制わいせつ事件の時空間的集中と近接反復被害」(京都府警)と「警視庁子ども・女性の安全対策に関する有識者研究会提言書」(警視庁)に収められた「予防医学の考えに基づく犯罪予防」である。
京都市内の性犯罪の研究では、中谷教授は次のような“傾向と対策”を指摘している。一例を挙げると、被害者が「16歳未満」の場合では、学校と自宅の間の児童・生徒の生活圏で発生するケースが多く、下校時の夕方にピークがある(図3)。
ただ、繁華街のある都心部では、より遅い時間帯でも多発している。また、比較的短期間に特定の地区で集中的に繰り返す傾向が強い。この対策として、地区に応じて注意する時間帯を絞ったパトロールや、犯罪が一度認知されれば、迅速に周辺地区の再犯に注意し、犯罪対策を進めることが有効と指摘する。
また、東京都内の性犯罪では、新宿では夕方以降、発生が続き、深夜から未明にかけては、23区内では犯罪が発生するエリアが広がることを指摘。さらに、24時以降、郊外市街地の周辺駅で性犯罪が多発したことを時空間マップで明らかにした(図4)。
「この地域の駅の周囲には少し離れた丘陵地に多くの住宅地があります。深夜に駅から住宅地まで歩いて帰宅途中に女性が被害に遭っている状況が示されているように思われます。科学警察研究所の研究者が行った検討でも、被害者が駅を出てからの人の動きと犯罪が関係していると指摘されています。
深夜に女性が歩いて帰るというリスクが性犯罪につながっているのなら、街灯を増やしたり、深夜バスを運行させたり、深夜料金とは逆に自治体が助成して“深夜割安タクシー”の制度をつくったり、駅にタクシー用の電話を設置するなどの環境を変える対策を検討してもいいのではないでしょうか」
雨雲レーダーのような感染の密度予測
今回、時空間3Dマップを開発すると、新型コロナウイルスが感染拡大する状況や、交通機関等を通じて大都市から地方都市や周辺都市に飛び火する傾向が見えてきた。
中谷教授は言う。
「ある時期に、発生している状況を見て、その情報から短期的には次のどの地域に拡大する可能性があるかは、ある程度見通すことができます。今後は、スマホの天気予報の雨雲レーダーのように、感染の密度予測の注意報としてアプリで出せる可能性はあります。
そのエリアに該当する人は、不要不急の外出はやめましょうと注意を喚起する。今の感染状況を知るための情報を整備することが、新型コロナウイルスの感染予防と感染を縮小させるために有効だということを、時空間3Dマップを見ながら考えていただきたいと思います」