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ヘルシスト 296号

2026年3月10日発行
隔月刊


土と内臓

春先、潤いを取り戻した植え込みの土を目にして、ホッとした気持ちになることがあります。

そんな足下の土の中で、何が行われているかをひもといてくれる一冊が『土と内臓—微生物がつくる世界』(デイビッド・モンゴメリー+アン・ビクレー著、片岡夏実訳、築地書館刊、原題:The Hidden Half of Nature: The Microbial Roots of Life and Health)。

地質学者と生物学者の夫妻が、念願の新居の庭を荒地から生命のあふれる場所へと変えた土壌改良と、がんと診断された妻が取り組んだ食生活の見直しを軸に記された本書は、時々の政策や経済と絡む科学の歴史や科学者たちを振り返りながら、近年著しく研究が進む微生物の世界を読みやすく紹介していて、2016年の刊行以来、版を重ねています。

夫妻は、土の中の根と人間の内臓は似ていると解説しています。そしてその健康のために、人間は配慮した抗生物質の処方を心がけ、毎日3食の、野菜が多めで、多様性とバランスを考え精製炭水化物を外した食事を摂ること、土壌であれば度を越した消毒を控え、有機物を与えて土壌生物を繁殖させに保つことを勧めています。私たちは、植物と人間の健康を下支えする微生物群衆と、どう戦うかではなく、どう協力するかに努めるべきだ、と。

読んでいて温かな気持ちになってくるのは、だんだんと分かってくる多様な微生物たちとの関わりの中に、有害なものを排除したり、栄養を導いたり、情報を交わし、代謝産物を手渡してくれたりという、生きているもの同士の助け合いのようなものも感じて、見えない味方を、心強く思うからでしょうか。

生も死も、敵も味方もすべて一体につながる循環の中で、今私たちはここに生きている。黒々と柔らかそうな土を見てホッとするのは、自分の中の何かが、土の中のそれに感応するからなのかもしれません。


地球の土は単なる岩石が風化してできた物質ではなく、長い年月をかけて気候、地形、生物活動などの影響を受けながら形成される生きた複雑なシステムで、生命活動の基盤として私たちの生活に欠かせない役割を果たしています。

土壌には細菌、菌類、原生動物、線虫、ミミズ、昆虫など、膨大な数と種類の生物が生息して三次元的な団粒構造と呼ばれる仕組みをつくっています。そこには無数の隙間が存在し、その空間では空気と水が適度に保たれているため生物は生きていける―こうした巧みなメカニズムが土の中で機能しています。

これらの生物は、落ち葉や、動植物の死骸などの有機物を分解して団粒構造を維持するとともに、栄養素を植物が利用できる形に変換していきます。植物は土壌から栄養を得て成長し、それが草食動物、肉食動物へと続き食物連鎖が形成されます。土壌を起点とする栄養循環がうまくいかなければ、生態系は成り立ちません。食物の95〜98%は直接的または間接的に土壌に依存していることを考えると、土壌はまさに生命の基盤なのです。

地球上の土壌は農業利用の観点(アメリカ農務省の土壌分類体系)からはわずか12種類に分類されますが、巻頭インタビューに登場いただいた、『土 地球最後のナゾ』(光文社新書)の著者でもある藤井一至博士によると、大さじ1杯の土には1万種以上の微生物、100億個以上の細菌が生息し、その種類や相互作用、機能の大部分は未解明のままです。土壌はさらに鉱物、有機物、生物、水、空気などが複雑に絡み合い常に変化していて、化学反応や物理的プロセスを完全に理解し、一般的な法則を見いだすことは極めて難しいといいます。

宇宙や深海に匹敵するほどの未知の領域として、土壌の研究は続いています。土は「地球最後のナゾ」というほかありません。

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