特集 注目される性差医療 女性の健康管理をサポート——症状把握・受診支援アプリ

構成/渡辺由子

生物学的な性の違いを考慮した性差医療が注目されている。従来、男性を標準として研究や治療が行われることが多く、男女で症状の現れ方、治療への反応、副作用などの違いが見逃されてきた。性差医療は、それぞれの性に適した診断・治療・予防を行うことを目指す。女性と医療者をつなぐことで症状の情報が効率よく把握できる、症状把握・受診支援ナビゲーションシステムWaiSEが開発されている。性差医療のスペシャリストで、WaiSEの開発者でもある片井みゆき医師に話を聞いた。

政策研究大学院大学保健管理センター所長、教授/日本性差医学・医療学会理事長

片井みゆき(かたい・みゆき)

医師・医学博士。信州大学医学部附属病院内分泌代謝内科、アメリカ・ハーバード大学医学部リサーチフェロー(マサチューセッツ総合病院/ジョスリン糖尿病センター)、東京女子医科大学准教授を経て、2020年から現職。2022年から日本性差医学・医療学会副理事長、2024年から同理事長。性差を考慮した研究開発の推進において、2024年からAMED科学技術調査員、2026年からAMED課題評価委員を務める。

「性差医学・医療」とは、すべての世代と性別を対象に、疾患の背景にある①生物学的な性差(sex difference)、②社会的・文化的な性差(gender difference)、③ライフコースに伴う性ホルモン分泌の変動を考慮し、一人ひとりに最適な医療を提供するとともに、その研究を行う分野です。

日本では1990年代に性差医学・医療が導入

生物学的性差とは、遺伝的要因や内分泌的要因、身体・臓器・生理機能の違いなどによって形成される性差です。社会的・文化的性差とは、社会的・文化的・経済的背景や、経験、価値観などから形成される性差を指します。また、男女の性ホルモン(テストステロン、エストロゲン)は年代によって分泌量が変化します。ライフコースに伴い心身に及ぶ性ホルモン変動の影響を考慮することも大切です。女性においては、月経周期、妊娠、更年期、閉経等に伴う女性ホルモン(エストロゲン)分泌の変動が、メンタルヘルスや生活習慣病など、さまざまな疾患の発症や病勢に関与することが明らかになっています。男性も加齢やストレス等に伴う男性ホルモン(テストステロン)分泌の減少が心身のバランスや病気の発症に影響します。

性差医学・医療は、1980年代半ばごろからアメリカを中心に提唱され始めました。1960年代に妊婦が服用した薬剤によってサリドマイド薬害等が生じたことを受け、1977年以降世界的に、妊娠可能な女性を治験から除外する措置が取られました。その結果、男女共通の疾患においても男性のデータを女性に当てはめざるを得ない状況が生じ、女性におけるエビデンス不足を補う必要性から、性差に着目した医学が発展してきました。

日本では1990年代に性差医学・医療が導入され、2001年に鹿児島大学病院で性差医学に基づく「女性専用外来」が誕生しました。その後、「女性専門外来」として全国へと波及し、2006年には全国で400カ所以上の女性専門外来が開設されました。

私は内分泌代謝科専門医・指導医、甲状腺専門医、女性ヘルスケア専門医として、2003年から性差医学・医療に携わってきました。2007年には、東京女子医科大学東医療センターに日本初の「性差医療部」が設立され、その立ち上げから関わり、同部門の女性専門外来において、約10年間、性差医療に基づく診療に従事しました。

同外来では、大学附属病院の利点を生かし、13分野の女性専門医が連携し、性差とライフコースに配慮しながら女性の不調に向き合い、診療、研究、医学教育を行ってきました。多領域の医師が連携する包括的な女性専門外来は注目度が高く、それまで診断に至らなかった症状を最終診断へ導く存在として、多くのメディアに取り上げられました。「最後の」という思いで、日本全国そして海外からも患者が受診されました。

何カ月も予約を待って遠方から受診

患者の約半数は更年期の女性で、すでに複数の医療機関を受診し、「更年期の影響ではないか」「精神的なものではないか」と説明を受け、治療を受けても十分な効果が得られなかった方々でした。他の疾患の可能性を含めて診断してほしいという希望をもって受診されるケースがほとんどでした。

受診希望者の多さから何カ月も予約を待ち、遠方から受診される方が多かったため、私たちは可能な限り「最終診断へ導く」という使命感をもって診療に臨みました。当時、全国の女性専門外来では、前医で診断がつかなかった複雑な症例に対応するため、初診時に30分以上の診療時間を確保し、まずは女性の訴えを丁寧に「傾聴」することを共通のコンセプトとしていました。私が所属していた女性専門外来は、13分野の担当医師と医療設備も整っている恵まれた条件で、症状をしっかり聴取し、性差医学に基づいた鑑別診断を行った結果、いわゆる更年期症状や不定愁訴とされていた方々の約4分の1に、さまざまな疾患が見つかりました(図1)。

片井みゆき. 診療と治療, 98: 1079–1085, 2010.

図1 不定愁訴受診者の原因疾患内訳東京女子医科大学東医療センター女性専門外来で2007~2008年に受診した不定愁訴の約4人に1人は器質的疾患の原因が見つかり、深刻な病気が発見された例もある。

私たちの経験から更年期様症状の陰に隠れていた疾患で最も多かったのは、女性に頻度の高い甲状腺機能低下症や症でしたが、なかには急性白血病や悪性脳腫瘍など、生命に関わる重篤な疾患が見つかることもありました。これらの疾患は多岐にわたりますが、一般的な検査項目だけでは見つかりにくいという共通点があります。いずれも、通常の検査に加えて一歩踏み込んで、採血項目や画像検査を追加しなければ診断に至らない疾患でした。

女性は、更年期や月経の影響によって自覚症状が多岐にわたり(生物学的性差)(図2)、同時に複数の症状を訴えることが多く、その鑑別診断は女性専門外来であっても容易ではありません。特に、時間が限られた一般外来ではなおさらです。また、女性は主訴を周縁的に訴える傾向があること(社会的・文化的性差)も指摘されています。このような背景から、多数の自覚症状を有する女性では、症状全体を詳細に聴取することが限られた診療時間内では困難となり、鑑別診断に必要な検査へと進めていない傾向があることが分かりました。

日本産科婦人科学会雑誌 52, 2000.

図2 更年期女性が自覚する症状一覧と頻度女性が不調を訴えて受診する際の主訴は多彩だ。問診表に記入される主訴の数は、3~10個と多いとされる。限られた診療時間内で、どの症状が重要かを見極めるのが困難なため、更年期の女性の病気が見逃されやすい要因となっている。

患者側は、「言いたかったことを言えなかった」「話を十分に聴いてもらえなかった」と感じ、複数の医療機関や診療科を受診するケースも少なくありませんでした。こうした状況を改善する役割を、性差医学に基づく女性専門外来が果たしてきました。

一方で、多くの医療施設では、女性の経済的状況にも配慮し、保険診療で女性専門外来を運営してきましたが、診療時間が長いことから、患者数が増加すると採算が合わず、医療者側の負担が増大して、やむなく閉鎖する施設も目立つようになりました。

症状をより明確に言語化することが可能に

性差医学に基づく女性専門外来の取り組みは、精度と質の高い医療を提供する一方で、症状聴取のために一人当たりの診療時間が長くかかるという課題を抱えていました。性差医療をより持続可能な形で提供し、次世代の医療者へと継承していくための解決策として、情報通信技術(ICT)やAIなどのデジタル技術を活用したイノベーションとして、性差医療アプリの開発を着想しました。この研究開発は、2019~2021年度の日本医療研究開発機構(AMED)「女性の健康の包括的支援実用化研究事業」に採択され(図3)、女性診療を支援する「AI診断支援ナビゲーションシステム WaiSE」として開発されました(図4)。性差を考慮した技術革新をジェンダード・イノベーションと呼びますが、性差医療を実装したWaiSEは、まさにジェンダード・イノベーションの先駆例です。

図3 女性の健康の包括的支援実用化研究事業「AI診断支援ナビゲーションシステムWaiSE」は、2019~2021年度のAMEDの研究事業に採択され、片井教授を研究開発代表に、多くの研究者が参加してさまざまな意見を取り入れ、開発が進められた。

図4 AI診断支援ナビゲーションシステムWaiSE「WaiSE」は、性差医療の視点と女性専門外来で蓄積されたリアルデータを搭載。医師にとっても、鑑別診断に必要な検査項目を示すことができ、限られた診療時間を有効に使えるメリットがある。

女性専門外来で培われた問診・診断技術をアプリ上で再現するため、2007年から2017年までの約10年間に受診した初診患者5241人、延べ6万1983件の診療データを、個人情報を削除したうえで統計解析し、その結果を反映した女性特化型の診断アルゴリズムを実装しました。膨大なリアルワールドデータに基づいている点が、本アプリの最大の特徴です。加えて、性差医学の知見や文献検索結果も組み込んでいます。

WaiSEでは、更年期を含む成人女性が、スマートフォンやタブレットで年齢や月経状態を入力し、自覚症状をタッチパネルで選択することで、症状の組み合わせに基づいた疾患候補、疾患の説明、鑑別に必要な検査、受診すべき診療科が提示されます。女性が実際の問診で用いる表現を再現し、医学専門用語を日常的な言葉に置き換えるなど、直感的に操作できる設計としました。これにより、女性が自身の心身の状態を把握し、より明確に言語化することを可能にしています。

WaiSEは、女性自身の健康管理を支援すると同時に、女性と医療者をつなぐジェンダード・イノベーション「女性のためのヘルスケア・アプリ」です。医療者側にとっても、患者が事前に症状を整理していることで、的確な情報を効率よく把握でき、鑑別診断や検査計画の立案を支援し、性差医療の考え方を学ぶのに有用なツールとなっています。

AMEDにおけるWaiSEの研究開発は2021年度に完了し、2022年に更年期を含む多彩な症状を自覚する女性の心身状態を的確に把握し、健康管理、受診勧奨、医師の診療を支援するオンラインシステムとして特許を出願しました。

その後、WaiSEの活用場面を検討する中で、企業などから健康経営の中で活用したいという声が数多く寄せられました。これを受け、2023年度には経済産業省のフェムテック等サポートサービス実証事業に採択され、健康経営の現場で日常的に活用できる機能を追加した「WaiSE WORK」を開発しました。

WaiSE WORKは、産業医や管理栄養士がアプリの中で常に伴走しているような設計とし、利用者がその日の生活状況や体調に応じて、リアルタイムにアドバイスを受け取れる仕組みとしています。こうした日常的なサポートは、性別を問わず、すべての働く人が利用できるものとして開発しました。

WaiSEおよびWaiSE WORKの普及は、更年期などに伴う体調不良による離職・休職の予防やプレゼンティーイズの軽減に寄与し、健康経営の推進をはじめ、社会全体に幅広い波及効果をもたらすと考えています。

  • プレゼンティーイズム:(presenteeism:疾病就業)従業員が心身に何らかの健康問題を抱えながら出勤し、パフォーマンスが低下した状態。

性差の視点は有効な思考のアプローチ

性差医学・医療が日本に導入されて30年以上が経過しました。研究や診療の現場では徐々に浸透してきましたが、すべての医療者が十分に理解しているとは言えないのが現状です。一方、世界の医学・医療において、性差の視点はすでに不可欠なものとなっています。

国際的な医学・科学雑誌では、「SAGER(Sex and Gender Equity in Research)ガイドライン」に基づき、研究の計画段階からの性差への配慮の有無を明らかにすることが必要となり、それなしには投稿自体ができなくなってきました。こうした国際的動向を受け、日本でも2025年10月からは、AMEDへの研究費を応募する際は、全課題において性差を考慮したか否かとその理由を記載することが必須となりました。

全国どこでも、誰もが性差の視点を踏まえた医療を受けられる体制を整えるためには、医学教育が極めて重要です。医師をはじめ、最終的にはすべての医療職が対象となります。現時点では、性差医学は医学教育モデル・コア・カリキュラムに明確に位置づけられておらず、大学によって導入に温度差があります。

私は大学での性差医学講義を20年以上担当してきましたが、性差の視点は、患者の背景の理解や鑑別診断、その後のフォローアップにおいて、極めて有効な思考のアプローチです。患者のライフコースを踏まえて疾患リスクを考えることで、診療の質は大きく向上します。医学知識の基盤を築く段階で性差を学ぶことにより、診療の引き出しが増え、実践力は確実に高まると感じています。

同時に、患者や市民に対する啓発、すなわちヘルスリテラシーの向上も欠かせません。例えば骨粗しょう症は女性に多い疾患ですが、その背景には閉経後の女性ホルモン低下という性差があります。骨密度を高めるために最も重要な時期は閉経後ではなく、むしろ若い年代です。現在の傾向である若年女性の低体重に対して、閉経までに十分な栄養状態を維持することが、将来の骨折予防につながるという理解を促すことが必要です。

学校教育では、保健体育で男女の体の違いを学びますが、多くは月経や妊娠までにとどまり、閉経後の体の変化について学ぶ機会はほとんどありません。「教わらなかったから知らない」という状況を避けるためにも、人生全体を見通した体の変化を学べる教育体制が必要だと考えています。

女性も男性も共に生涯を通して健康を保ち、少子化、更年期等による労働力の損失、健康寿命の延伸といったさまざまな社会課題に向き合うためにも、性差医学に基づき、性差とライフコースの視点を踏まえた診療環境、労働や社会環境の整備が不可欠です。私たち医療者がこれまで蓄積してきた知見や経験を、診療にとどめることなく、教育や社会へと還元していくことが、今後ますます重要になると考えています。

(図版提供:片井みゆき)

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