特集 「土壌」の謎に迫る! イネの健全な生育を支える「土壌」の多様な微生物

構成/大内ゆみ  イラストレーション/千野六久

イネは湿地帯で育つ植物であり、水田にすることで雑草の生育を抑えられて土壌管理がしやすくなる。また水田土壌は度が高く、肥料を与えずとも安定した収量を得られる。そのような要因がいくつか組み合わさり、日本では水田稲作が発展してきた。高い肥沃度を支えるのは土壌中の微生物。土壌中の有機物を分解し、無機態の養分を産生してイネの生育を促進する。一方、環境問題となっているのが分解産物であるメタンだ。CO2より強力な温室効果があるため対策は喫緊の課題だ。

名古屋大学大学院生命農学研究科教授

浅川 晋(あさかわ・すすむ)

農学博士。1985年、東京大学農学部農芸化学科卒業。農林水産省九州農業試験場研究員などを経て、2001年、名古屋大学大学院生命農学研究科助教授、2013年から現職。2021年、名古屋大学附属図書館副館長併任。専門は、水田土壌生態系に生息する微生物の生態、メタン生成古細菌、メタン酸化細菌など。

「イネは地力り、ムギは金肥(肥料)で穫る」。肥料が現在よりも高価だったころからいわれてきた言葉です。地力とは土壌の肥沃度のこと。肥料を与えなくても、イネはムギと比べて収量があまり低下しないことが、大正期から第二次世界大戦後にかけて行われた試験で明らかになっています。

微生物による有機態から無機態への変換

日本では、食用としてのコメのほとんどが水田で栽培され、畑地での栽培はごくわずかです。なぜ水田の土壌肥沃度が高いのか——その大きな理由として、土壌中の微生物の働きがあります(図1)。

図1 土壌中の微生物の働き植物の三大栄養素は窒素、カリウム、リンだが、有機態のままでは植物は吸収できない。微生物は有機態から無機態への変換者であるとともに、微生物バイオマスとして養分を貯蔵し、供給する役割も果たす。

水田でイネがすくすくと生育するためには、太陽の光、用水や雨などの水に加えて、肥料などの養分が必要です。イネに限らず、植物が吸収できる養分のほとんどは、無機態の養分です。土壌中で植物や動物の遺体、堆肥などの有機物を分解し、無機態へと変えるのが微生物なのです。

植物の三大栄養素は窒素、カリウム、リンで、肥料の基本成分になっています。特に重要なのが窒素で、土壌有機物中の窒素(有機態窒素)は、微生物によりアンモニアや硝酸などの無機態の窒素化合物に変換され、吸収されます。イネの場合、吸収する窒素は肥料由来のアンモニアの他に、もともと土壌中にある有機態窒素由来のアンモニアで、その量は窒素の全吸収量の約半分にも及びます。このため、有機態から無機態への変換という微生物の働きは非常に重要です。

さらに、微生物の体内には私たちヒトと同じくさまざまな栄養分が蓄えられており、近年、微生物バイオマスとして重要視されています。土壌中の微生物は死滅すると、体の中に蓄えていた窒素、リン、カリウムなどを放出します(図2)。イネが吸収するアンモニアは、主に微生物内のタンパク態窒素が分解されアミノ酸を経由して生成されます。この無機化には、水田の場合、枯草菌や納豆菌の仲間のBacillus属の細菌が寄与していることが分かっています。この微生物バイオマスの窒素量は、土壌の全窒素量の数%程度と少ないものの、活発に代謝されるため、無機態窒素の供給源として重要な役割を果たしていると考えられています。

図2 微生物バイオマスによる働き土壌中の微生物の死滅により窒素(N)、リン(P)、カリウム(K)が放出される。窒素とリンはさらに微生物により無機態に変換される。

カリウムについては、窒素やリンとは異なり、有機態の化合物は存在しないことから、長らく、微生物が関与しないメカニズムにより水溶性のカリウムになって、イネが吸収すると考えられてきました。しかし、私たちの研究では、微生物内のカリウムが死滅により放出されることが明らかになっています。しかも、カリウムを肥料として与えていない水田では、従来のメカニズムによるカリウムよりも、微生物由来のカリウムの量のほうが多いケースも見られ、微生物バイオマスとしての働きも大きいと考えられます。

湛水によって微生物の働きが変化

水田では、5月ごろに田植えが始まり、水が張られます。この状態は約100日間続き、収穫前に水を抜く落水が行われます。このサイクルの中で微生物の働きが変化し、イネの生育に適した状態が維持されています(図3)。

浅川晋. 田んぼの土づくりの主役は、酸素を使用しない嫌気性の微生物. にぎやかな田んぼ:イナゴが跳ね、鳥は舞い、魚の泳ぐ小宇宙(夏原由博編), p.74, 京都通信社, 2015.を改変

図3 微生物による還元化水が張られ、酸素がなくなった土壌中では、嫌気性の微生物により、さまざまな物質変化が起きる。また、田面水に生息するシアノバクテリアは、大気中の窒素からアンモニアなどの窒素化合物をつくり出す(窒素固定)。

湛水により土壌が水で覆われると、大気から入ってくる酸素が少なくなります。酸素を用いて代謝を行う好気呼吸の微生物が酸素を消費していくため、田んぼの表面の水(田面水)と接する最表層以外の土壌は次第に無酸素状態になっていきます。

すると、微生物は発酵や、硝酸イオン、マンガンや鉄の酸化物、硫酸イオン、CO2など酸素を含む物質を酸素の代わりに利用する嫌気呼吸による代謝を行うようになります。発酵や嫌気呼吸で得られるエネルギーは好気呼吸よりも少ないため、有機物の分解速度が低下し、土壌中の有機態窒素の含量も増加します。その量は土壌の種類によって差はありますが、畑よりも多いというデータがあり、水田の肥沃度の高さを示す根拠の一つとなっています。

また、微生物の発酵や代謝で、酸化物から酸素が取り除かれる(還元される)ことによって、土壌に良い変化をもたらします。例えば鉄は、畑など酸化状態の土壌では、三価鉄として存在します。養分として重要なリンは、三価鉄と結合すると、水に溶けにくいリン酸第二鉄となって、植物はほとんど吸収することができません。しかし、水田では二価鉄に還元されるため、結合していたリンが離れることで水に溶解され、イネが吸収できるようになるのです。

こうした土壌の還元化は、土壌の水素イオン濃度(㏗)にも影響します。水稲にとって最適な㏗は、弱酸性~中性だといわれています。酸性やアルカリ性が高い土壌でも、還元が進むと、有機物分解に伴う水素イオンの生成と、鉄の還元による水素イオンの消費が釣り合って、㏗が中性に落ち着くという研究結果が報告されています。

また、水稲は畑作と異なり、基本的に連作が可能であることも、土壌の還元化が関与しているとされています。これは主に、糸状菌など好気性の病原菌が少なくなるためと考えられていますが、疑問も残ります。なぜなら、同じく湛水土壌で育つレンコンやクワイでは糸状菌による連作障害が起きるからです。

では、なぜ水稲に連作障害が起きないのか。イネは根腐れを起こさないように、地上に出ている葉や茎から酸素を取り込んでいて、根からはわずかながら酸素が漏れ出ています。このことから、私たちは根の周りにある鉄が酸化されることにより、殺菌効果のあるフリーラジカが生じている、もしくは好気性の原生動物が病原菌を捕食しているという2つの仮説を立てて、研究を進めているところです。

  • フリーラジカル:電子対をなしていない単独の電子(不対電子)を持つ原子や分子で、非常に不安定なため、反応性が高い。

良い方向にばかり働くとは限らない

土壌の還元化の他にも、湛水ならではの微生物の働きがあります。それは、田面水に生息する藻類のシアノバクテリア(ラン藻)です。シアノバクテリアは光合成により生育し、大気中の窒素からアンモニアなどの窒素化合物を合成します(窒素固定)。その量は1作期間に1ha当たり26kgという実験結果があり、イネに必要な肥料の窒素量が1ha当たり約100kgであることから、その役割は大きいといえます。

一方で、微生物がイネにとって良い方向ばかりに働くとは限りません。イネに悪影響を及ぼす現象に対し、これまで日本の土壌研究者が土壌中の成分や微生物の働きなどを解明することで、解決策を見いだしてきました。例えば、まだ肥料が高価だった昭和初期には、窒素肥料の硫酸アンモニウムの効果が悪いという問題が起きていました。前述のように水を張った後は、土壌中の微生物の酸素消費が活発化しますが、しばらくすると安定し、土壌の最も表層の部分は田面水からの酸素が浸透して酸化的状態になります。ここに硫酸アンモニウムなどの窒素肥料を与えると、硝酸化成菌と呼ばれる微生物がアンモニウムを酸化し硝酸へと変えます。土壌粒子は陰イオンのため、同じく陰イオンの硝酸とは吸着せず、すぐに下層の還元状態の土壌へと移動します。この還元層では、有機物を酸化してエネルギーを得る脱窒菌が硝酸を直ちに嫌気呼吸に利用し、窒素ガスへと変換します。つまり、せっかく与えた窒素肥料が窒素ガスになり大気へと逃げてしまうのです。

こうしたメカニズムが解明された後は、肥料がアンモニアとして定着するように還元層、あるいは全層に施肥する方法が開発され、窒素肥料が効果的に施用できるようになりました。

また、硫酸還元菌が硫酸アンモニウムの硫酸イオンを還元することによって、イネの生育に害を及ぼす硫化水素が生じます。ただし、硫化水素は鉄が還元されてできる二価鉄と反応し硫化鉄となって無害化されます。そのため、鉄が十分に含まれている水田では問題にはなりませんが、鉄がもともと少ない土壌や、老朽化水田など鉄が少なくなった水田では、夏ごろまでは順調にイネが生育していても収穫前に生育が悪化する「秋落ち」が起きます。秋落ちに対しては、鉄を含む土壌改良資材の施用、深耕により下層にある鉄を上層に移動させる、落水による土壌の酸化などによって改善が可能になっています。

逆に鉄が多すぎても、二価鉄をイネが過剰に吸収してしまい、生育が悪くなります。この現象は日本ではほとんど見られず、熱帯の盆地にある水田など土壌中の鉄含量が多い水田で起こり、収穫が皆無になるケースもあります。対策は、落水や排水により土壌を酸化的にすることですが、水の流れを管理するためのの敷設など大規模な土木工事が必要です。

稲作からのメタン排出量は総排出量の44%

また、稲わらや麦わらの施肥は昔から行われている方法ですが、発酵していない新鮮なものを大量に使うと、微生物による有機物の分解過程がスムーズに進まなくなり、中間代謝産物である有機酸が土壌中に蓄積してイネの生育障害を起こすことがあります。微生物による有機物の分解は、酸素がある状態では速やかにCO2に代謝されますが、無酸素状態にあっては、酢酸やプロピオン酸、酪酸などの脂肪酸、芳香族のカルボン酸などの中間代謝産物を経て、CO2やメタンに代謝されます。中でも芳香族カルボン酸は低濃度でもイネの生育に与える影響が大きく、暖かい地域の水田で起きやすいことが分かっています。現在では、こうした代謝物がたまらないように、わらを堆肥にしてから施用する、あるいは湛水前に土壌に混和してあらかじめ分解してから施用するなどの対策が行われています。

前述した代謝過程で問題となってくるのが、最終分解産物であるメタンです。メタンはイネの生育には影響しませんが、CO2よりも強力な温室効果があり、近年では大きな環境問題となっています。特に、日本では稲作からのメタン排出量が人間活動による総排出量の44%と最多です。水田から発生するメタンは、水田土壌に生息するメタン生成菌と呼ばれる嫌気性微生物によってつくられ、イネの中にある空気の通り道を介して放出されます。そこで、メタン生成菌の働きを抑えるために、最高分げつ期(茎数が最も多くなる時期)ごろにいったん水を抜く中干しや、湛水状態と落水状態を数日置きに繰り返す間断などの水管理により土壌を酸化的にする、堆肥化したわらを施用するなどの対策が進められています。

また、水田土壌中の酸化的な部分には、メタンを酸化してCO2にするメタン酸化菌が生息しています。私たちは、高い活性を持つメタン酸化菌を見つけて、メタンの発生抑制に活用しようと、学外の研究機関とも協力して研究を進めているところです。この方法だとCO2の放出量が増えるのでは?という疑問が生じるかもしれませんが、そもそもメタンの多くはイネが光合成して取り込んだCO2に由来します。そのため、メタン酸化菌によりメタンがCO2に変換されてもプラスマイナスゼロの収支になるため、CO2の放出量の増加にはつながらないと考えられます。

これまで述べてきたような水田土壌で生息する微生物は、興味深いことに落水して土壌が酸化的になっても、種類や数は大きく変化せず、安定して存在することが分かっています。そして翌年、湛水されると微生物は再び活動を始めます。しかし水田から畑に転換し、酸化状態が1~2年以上続くと、水田土壌に特有な微生物の数が減少し、種類も変化します。そのため、コメの生産を抑える場合、一定期間ごとに水田と畑を入れ替える田畑輪換が行われることがありますが、こうした微生物の変化も考慮する必要があるでしょう。

現在に至るまで、水田土壌の微生物がもたらす現象のメカニズムの解明が進んでいますが、一つひとつの微生物の働きなど、未知の部分はまだたくさんあります。日本を含むアジアの主食であるコメの生産を安定的に持続させるためには、さらなる微生物の同定や詳細なメカニズムの解明が重要です。これからも従来の菌の培養などの手法に加えて、DNA・RNA分析なども活用しながら基礎的研究を進め、イネの生育の向上とともにメタン発生抑制など環境保全にも取り組んでいきます。

(図版提供:浅川 晋)

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2026年3月10日発行
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