発症率6.5%のくも膜下出血は、脳梗塞や脳出血と比較すると発症頻度が低い脳卒中だが、死亡が3分の1、重い後遺症が残るケースが3分の1と、重篤な疾患として知られている。大半は脳動脈瘤の破裂によるもので、発症数は、40代前半以降で女性が男性をわずかに上回り、60歳を超えると女性が圧倒的に多くなる。閉経後の女性で増加していることから、女性ホルモンの急減が関わっているとされる。脳動脈瘤には高血圧や喫煙が強く関与するため、生活習慣への留意が最善の予防だという。
特集 注目される性差医療 高齢女性のくも膜下出血はエストロゲンの減少が一因
構成/渡辺由子
脳卒中は、主に動脈硬化により脳の血管のしなやかさが失われ、詰まったり、破れたりして障がいが起こる疾患の総称です。脳血管が詰まるか、破れるか、破れる場合はどの血管が破れるかによって疾患が区別されます。脳内の血管が詰まる「脳梗塞」、脳内の細い動脈が破れて脳内に出血する「脳出血」、脳の表面の血管にできた瘤状の膨らみ(脳動脈瘤)が破れて、脳とくも膜の間のくも膜下腔に出血する「くも膜下出血」です(図1)。
(イラスト提供:イメージマート)
図1 脳卒中の原因と分類脳の表面の血管にできた動脈瘤が破裂し、脳とくも膜の間に血液が広がって脳を圧迫するのがくも膜下出血だ。前兆が乏しいことが特徴。
発症すると死亡が3分の1
現在、国立循環器病研究センターが運営する日本脳卒中データバンク事業では、国内130カ所以上の施設が参加し、急性期脳卒中患者の臨床情報を登録し続けています。1999年から2018年末までの20年間で登録された19万9599例の情報から、一過性脳虚血発作、網膜虚血症例を除いた脳卒中患者16万9991例のデータをまとめた「日本脳卒中データバンク2021」によると、脳卒中の発症頻度は、脳梗塞が74.0%、脳出血が19.5%、くも膜下出血は6.5%でした。くも膜下出血は発症頻度の高くない疾患ですが、発症すると死亡が3分の1、命を取り留めても重い後遺症を残すのが3分の1、社会復帰できるのは3分の1です。身近な人のくも膜下出血が原因の突然死に接する方は意外と多く、発症頻度の低さに反して、人々に強烈な印象を残す疾患だと思っています。
くも膜下出血の80~85%は、脳の表面の血管にできた動脈瘤(図2)の破裂によって起こり、他に脳動静脈奇形や外傷も原因となります。脳動脈瘤は、主に脳血管の壁が先天性や炎症などの原因で弱くなった部分に血流の負荷がかかることで瘤が発生します。無症状なので気づかれにくく、脳ドックや他の検診で行った画像検査で偶然発見されることもあります。なお、脳動脈瘤の発生部位には、性差が見られます。総頸動脈から枝分かれした内頸動脈にできる脳動脈瘤は女性に多く、特に眼動脈分岐部に隣接する内頸動脈にできるのは、90%以上が女性です。
(イラスト提供:イメージマート)
図2 脳動脈瘤脳動脈瘤は、脳血管の壁が炎症などで弱くなり、血流の負荷がかかって、瘤や風船のように膨らんでできる。日本の人口の2~6%が未破裂脳動脈瘤を持っているとされるが、無症状のため、気づかれにくい。
血管のしなやかさの維持には、女性ホルモンのエストロゲンが関与しています。そのため、女性ホルモンの影響が少ない男性に動脈硬化の発生が多く、動脈硬化が原因の脳梗塞や脳出血は男性のほうが女性よりも多くなっています(図3)。女性については、閉経によりエストロゲンの分泌が急減すると、男性と同様に動脈硬化が進み、高齢になるにつれ、脳梗塞と脳出血でも女性患者数が増えて、男女比は約1対1になります。
国循脳卒中データバンク2021編集委員会 編集. 脳卒中データバンク2021, p.23,中山書店, 2021.より転載
図3 脳卒中の年齢別性差脳卒中の病型ごとの発症時年齢と性別の分布から、脳梗塞と脳出血では発症のピークの年代を過ぎると、女性のほうが多くなることが分かる。しかし、くも膜下出血では40代前半以降、女性のほうが多い。
ところが、くも膜下出血だけはその特徴が当てはまりません。40代前半以降は女性のほうがわずかに上回り、60歳を超えると圧倒的に女性のほうが多くなって、男性の4倍以上に達する年代も見られます。閉経後の女性で発症が増えるのは、エストロゲンの急減が関与していると分かりますが、「40代前半以降で女性のほうが多い」「女性(≦44歳)は男性よりも発症率が高い」のは、エストロゲンの関与だけでは説明できないことから、他の原因について議論が続いています。
一つには、男性よりも女性のほうが血管が細く、血流の負荷が大きく、脳動脈瘤発生のリスクが高いことは確かです。さらに、自分の結合組織への攻撃で血管が損傷することも、くも膜下出血発症の原因に考えられています。私たちの体は、同じ形態や機能を持った細胞の集まり(組織)で成り立ち、結合組織は体の臓器や構造を支えて、組織や器官の間を埋める役割を担っています。皮膚、筋肉、血管、内臓など、あらゆる場所でその構造を補強しているのが結合組織です。体内でつくられた抗体や細胞によって、結合組織が攻撃される自己免疫疾患が、全身性エリテマトーデスや関節リウマチなどです。免疫の力は女性のほうが強いといわれていますが、強すぎるあまりに、自らの組織を攻撃してしまう側面があると考えられます。血管壁の結合組織の脆弱性は、脳動脈瘤の発生を高め、破裂のリスクも高めます。これらの要因が複雑に関与し、くも膜下出血だけは若年層から女性のほうが多いのではないかと考えられています。
くも膜下出血の重症度は、主に発症したときの意識障がいの程度によって決まり、昏睡状態になるほどの重症例では、治療ができない場合もあります。治療は、発症当日に起こりやすい再破裂を防ぐためにも、破裂部位を特定して緊急手術を行います。手術の方法は2種類あり、開頭して破裂した脳動脈瘤の根元をクリップで挟み、血流を遮断して破裂部位を塞ぐ「開頭クリッピング術」と、鼠径部の大腿動脈からカテーテルを挿入して、カテーテルを通じて脳動脈瘤の内部にコイルを詰めて血液の流入を止める「血管内コイル塞栓術」です。
発症後4~14日は脳血管攣縮が起こりやい
2018年ごろまでは開頭クリッピング術が多く、6~7時間かかる大手術を行っていました。最近では、デバイスの進化や術者の技術向上などにより、手術時間が2時間程度で終了する血管内コイル塞栓術が増えています。
出血を止めつつ、くも膜下腔に広がった血液や血腫などを取り除き、脳にかかる圧を正常に保つようにして、脳の環境を整えます。ただ、外科手術を無事に終えても、安堵はできません。発症後4~14日程度の間に、脳の血管が収縮して血流が阻害される「脳血管攣縮(スパズム)」といわれる現象が起こりやすくなり、しかも女性に多いという研究報告があります。スパズムは無症状の場合がある一方で、意識障がいや言語障がいを招く頻度は約30%ともされ、最悪の場合は脳梗塞で死亡することもあるので、注意が必要です。
スパズムによる脳虚血を防ぐには、以前は、通常よりも多くの輸液を点滴し、循環血液量の増加(Hypervolemia)、意図的な高血圧(Hypertension)、血液希釈(Hemodilution)にするトリプルH療法で脳の血流改善を行っていました。現在は、2022年1月に承認されたスパズム抑制効果のある「クラゾセンタンナトリウム」を点滴で投与し、スパズムによる脳梗塞発症が減少していることを臨床で実感しています。注意したいのが、以前のトリプルH療法でも体内に水分が貯留し、肺水腫や心不全を引き起こすことがありましたが、クラゾセンタンナトリウムも尿の排出が抑えられ、肺水腫の合併症リスクなど、以前のトリプルH療法と同様の状態になりやすいので、体重管理などで体内の水分量をコントロールすることが必須です。
くも膜下出血の予後については、脳梗塞では血栓回収術などが飛躍的に発展し、予後の良好な症例が増えているのに対して、劇的な改善には進んでいません。残念ながら、現在も発症した患者の3分の1は死亡、という数字は変わらず、脳外科医が努力している割には、依然として致死率の高い疾患です。
では、くも膜下出血の予後のポイントは何かというと、発症した当初の重症度(一次脳損傷)です(図4)。前述したように、発症して意識のない昏睡状態では治療の適応とならない症例もあり、予後は多くで“悪い”と考えなければなりません。
Ikawa F, et al. J Neurosurg Psychiatry, 92: 1173–1180, 2021.より転載
図4 退院時予後不良率を予測井川氏らの研究グループは、くも膜下出血の重症度の判定に用いる国際的スケール「WFNS(World Federation of Neurosurgical Societies:世界脳神経外科学会連盟)分類」に基づき、重症度と年齢による予後予測の可視化に成功した。発症時の重症度が予後に大きく影響することが分かる。
「くも膜下出血発症のサイン、前兆はあるのか」とよく質問されますが、前兆と言える前兆がないのがくも膜下出血の特徴です。ほぼまれな前兆として、動眼神経の近くに脳動脈瘤があり、それが動眼神経を圧迫してまぶたが下がる眼瞼下垂を起こすことがあります。眼瞼下垂を発症した患者が「これは、ちょっとおかしい」と歩いて来院し、画像検査で脳動脈瘤が増大し切迫破裂と診断されることがありました。
医学の教科書に、くも膜下出血の症状として「バットで殴られたような痛み」という記述がありますが、私たちの臨床での経験においては、バットで殴られたような激痛どころか、頭痛のないくも膜下出血という症例もありました。非常に軽症のくも膜下出血もあり得るということです。
脳動脈瘤の発生には高血圧や喫煙が関与
以前は、「脳ドックで破裂していない動脈瘤(未破裂脳動脈瘤)を見つけて治療すれば、くも膜下出血の発症率は減る」といわれてきました。無症状の未破裂脳動脈瘤は、日本人の2~6%が有しているとされています。日本はMRIの普及率が世界一なので、多くの方が脳ドックや画像検査を受けられる機会があり、偶然に未破裂脳動脈瘤が発見される件数が年々増えています。私たちの研究グループでは、未破裂脳動脈瘤について調査研究を行いましたが、脳ドックで未破裂脳動脈瘤が発見されるのはごく一部であり、氷山の一角でしかありません。調査では、400~500人の未破裂脳動脈瘤を治療しないと、1人のくも膜下出血を減らせないことが分かりました。
脳ドックを受けて見つかる未破裂脳動脈瘤は、ほとんどが4㎜以下の小さいもので、破裂する前に積極的な治療介入を行うべきか、議論が分かれるところです。未破裂脳動脈瘤の治療に際して、脳動脈瘤の大きさ・形状・発生部位により、慎重に検討して治療を決定しますが、合併症(脳出血、記銘力障がい、片麻痺、失語、死亡など)のリスクも考慮し、担当の医師とよく相談して、ガイドラインにのっとった治療が妥当だと思われます。
脳動脈瘤の発生には、高血圧や喫煙が強く関与しています。私は患者に、「未破裂脳動脈瘤を持っていることは日常生活を改善するきっかけと捉え、運動や生活習慣などの改善に生かしていただきたい」と伝えています。
臨床現場では、この20~30年でくも膜下出血の患者数の減少を実感しています。脳神経外科学会や厚生労働省が発表する患者数を当たっても、やはり日本のくも膜下出血の患者数が減っていることが示されています。しかし未破裂脳動脈瘤を有する人のうち、治療するのは0.5~1%未満に過ぎず、未破裂脳動脈瘤の治療数の増加がくも膜下出血患者数の減少の主因とは考えにくいでしょう。
そこで考えられるのが、脳動脈瘤の発生やくも膜下出血発症のリスク因子である、高血圧・喫煙についてです。実際に、近年は薬剤や生活習慣の改善による血圧コントロールが進み、喫煙率も下がっています。さらに脂質異常症の改善薬であるスタチン系薬剤の使用は増えており、スタチンは抗炎症作用があるため、脳動脈瘤の破裂を抑制するという報告もあります。
私たち研究グループは、くも膜下出血の詳細な疫学データを持っている島根県・高知県・青森県・秋田県の医療施設の協力を得て、くも膜下出血の発症頻度を調べたところ、2000年から2015年にかけて減少が認められ、特に女性で減少していたことが分かりました。脳動脈瘤の発生やくも膜下出血の発症のリスク要因について、女性は特に高血圧や喫煙の影響を受けやすいという研究報告があり、高血圧治療や禁煙の効果が、女性により顕著に表れているのではないかと考えています。
女性の平均寿命は男性より長く、高齢者の女性人口が多くなるため、今後はくも膜下出血患者数の男女差はさらに大きくなることが予想されています。くも膜下出血については、前兆から捉えることが難しく、発症したときは昏睡状態に陥っていることがあり、予後も厳しい状況です。脳動脈瘤の発生やくも膜下出血を発症させないように、日々の生活習慣を見直し、改善につなげることが最善の方法だと考えています。







