
本コラムでは「腸内フローラと健康」に関わるトピックを筆者の経験も絡めて紹介してきたが、初回(247号/2018年1月10日発行)から本号まで足掛け9年にわたる執筆内容を振り返り、この領域の研究や開発の今後について考えてみたい。
これまでの本コラムで最も強調したポイントの一つは、「定着抵抗性(Colonization Resistance:CR)」である。食物などを介して経口的に摂取されたコレラ菌や腸管出血性大腸菌といった腸管病原菌は、腸内に到達するや、CRをいともたやすく突破し、爆発的に増殖して特有の腸管毒素を産生することにより下痢などの障害を発生させる。また、侵襲度の高い手術や薬物治療を施された患者においては、CR能の低下を伴う腸内フローラ異常から、内在性の腸内微生物の生体内侵襲(バクテリアルトランスロケーション)やさらなる感染性合併症が引き起こされることも知られている。一方で、既存のプロバイオティクスは、健常成人が多くの生菌を摂取しても、大概の場合は腸管内で増殖したり定着したりすることはない。「腸内に生きて到達する」から進めて、「腸内に到達して定着することにより持続的に機能を発揮する」ことをプロ(シン)バイオティクスに期待してよいのではないか? さらに、内在性の機能性細菌を含む「次世代プロバイオティクス」や「便微生物移植」を用いて腸内のCRを効果的に制御する手法の開発に期待する。
毎年、春遅くから秋にかけて、玄関先のかんきつ系(レモン、ライム、日向夏、金柑など)の鉢の葉に、アゲハの幼虫がいくつも付いているのが見つかる。とにかく食欲旺盛で、短期間でよく育つ。本誌261号でチョウ幼虫の植物葉の狭食性に腸内細菌が関与する可能性があると述べたが、「やっぱり、ありそうだよな」と思い返す。食は、昆虫類や我々人類を含めた幅広い生物種と共生する腸内微生物の構成や機能の発現に大きな影響を与えており、食物繊維を含むプレバイオティクスの作用にたびたび言及した。これらを基質として腸管局所において腸内微生物群が産生・分泌する酢酸、酪酸、プロピオン酸などの有機酸は、独自の抗菌性を発揮するのみならず、腸管環境の改善や腸管上皮バリアの統合性を維持、強化する。さらに、有機酸は、腸管局所だけでなく、我々の組織に発現している特有の受容体を介して、全身的に恒常性維持作用を発揮する。
プロバイオティクスの免疫(生体防御)機構への働きかけに焦点が当たるようになってきている。プロバイオティクスの概念を最初に提唱されたメチニコフ先生(Ilya Ilyich Mechnikov)は、自然免疫系の発見によりノーベル生理学・医学賞を受賞されている。筆者が本コラム執筆を開始して以降、2018年および2025年に日本の免疫学者(本庶佑先生:免疫チェックポイント阻害因子の発見とがん治療への応用、坂口志文先生:末梢性免疫寛容の発見と確立)が同賞を受賞された。このような免疫や生体防御機構の研究の進展に伴い、必然的に、プロバイオティクスの生体防御機構への働きかけについても明らかとなってきた。さらに、作用点となる自然免疫へのプロバイオティクスの刺激について、菌種や菌株に特異的な刺激因子や構造が明らかにされれば、プロバイオティクスのより適正な評価が可能になると考える。
これまでたびたび紹介してきた、プロ(プレ)バイオティクスの国際学術機関であるISAPPは、腸内フローラやプロバイオティクスへの関心が世界的に高まっていることを受けて、ますます積極的な活動を展開している。本年のISAPPの年次総会が10月に東京にて開催される。アジアでは、2018年のシンガポールに次いで2度目となるが、本領域の研究者との交流を通じて新鮮な情報や考え方にさらされることを楽しみにしている。そして、毎年開催されている東京農業大学主催のオープンカレッジなどの機会を通して、腸内フローラやプロバイオティクスの新たな「すがた」や「はたらき」をご紹介したいという思いは尽きない。
- *1 野本康二. 分子微生物学の進歩で見えてきた腸内フローラの「すがた」. ヘルシスト, 247: 32, 2018.
- *2 野本康二. プロバイオティクスはなぜ腸内に“定着”しないのか. ヘルシスト, 252: 32, 2018.
- *3 Yokoyama Y, Nishigaki E, Abe T, et al. Randomized clinical trial of the effect of perioperative synbiotics versus no synbiotics on bacterial translocation after oesophagectomy. Br J Surg, 101: 189–199, 2014. doi: 10.1002/bjs.9385.
- *4 Fukaya M, Yokoyama Y, Usui H, et al. Impact of synbiotics treatment on bacteremia induced during neoadjuvant chemotherapy for esophageal cancer: A randomized controlled trial. Clin Nutr, 40: 5781–5791, 2021. doi: 10.1016/j.clnu.2021.10.004.
- *5 野本康二. 次世代プロバイオティクスを探る腸内嫌気性菌の培養法. ヘルシスト, 270: 28, 2021.
- *6 野本康二. 腸内細菌の日和見性. ヘルシスト, 290: 28, 2025.
- *7 野本康二. 可能性が広がりつつあるプロバイオティクス. ヘルシスト, 249: 32, 2018.
- *8 野本康二. パンダとも害虫とも共生する微生物. ヘルシスト, 261: 28, 2020.
- *9 野本康二. 微生物的観点から和食を読み解く. ヘルシスト, 266: 28, 2021.
- *10 野本康二. プレバイオティクス雑考. ヘルシスト, 292: 28, 2025.
- *11 野本康二. 生体防御に貢献している腸内有機酸. ヘルシスト, 271: 28, 2022.
- *12 野本康二. 栄養、代謝の視点から見る腸内フローラと健康の関係. ヘルシスト, 248: 32, 2018.
- *13 野本康二. 外来異物と戦う最前線 腸内フローラと生体防御. ヘルシスト, 259: 32, 2020.
- *14 野本康二. 腸内フローラによる免疫修飾. ヘルシスト, 283: 28, 2024.
- *15 Gordon S. Phagocytosis: The legacy of Metchnikoff. Cell, 166: 1065–1068, 2016.
- *16 野本康二. プロバイオティクスの作用機序——生菌と死菌. ヘルシスト, 260: 28, 2020.
- *17 野本康二. プロバイオティクスの菌種と菌株——どちらが大事か. ヘルシスト, 277: 28, 2023.
- *18 野本康二. プロバイオティクスの新たな戦略に向けて. ヘルシスト, 285: 28, 2024.
- *19 ISAPP ウェブサイト. What We Do. What’s New. https://isappscience.org/
- *20 野本康二. ISAPP初のアジア開催とプロバイオ研究最新報告. ヘルシスト, 251: 32, 2018.
- *21 東京農業大学/株式会社農大サポート. 東京農大オープンカレッジについて. 東京農大オープンカレッジウェブサイト. https://noudaisup.sa-advance.com/about/









