特集 「土壌」の謎に迫る! 〈巻頭インタビュー〉
生命活動を支える基盤「地球の土」とは何か

構成/飯塚りえ

地球の土は、表層部の岩石が風化してできた鉱物に水や空気、有機物、無機物、微生物などが含まれる複雑な構造体で、土壌とも呼ばれる。長い年月をかけて気候、地形、生物などの影響を受けながら形成される土壌は、生態系をつかさどり、生命活動を支え、食料生産の場として生活に欠かせない役割を果たす、生きているシステムだ。しかし人間の活動が活発化するにつれ、また、気候変動の影響も受けて劣化が著しい。地球の土をどう維持するか——重要な課題として認識されつつある。

福島国際研究教育機構
土壌ホメオスタシス研究ユニット ユニットリーダー

藤井一至(ふじい・かずみち)

土の研究者。1981年、富山県生まれ。京都大学大学院農学研究科博士課程修了。博士(農学)。森林研究・整備機構森林総合研究所主任研究員などを経て、2025年3月から現職。カナダ極北の永久凍土からインドネシアの熱帯雨林までスコップ片手に世界、日本の各地を飛び回る。『土 地球最後のナゾ』(光文社新書)で第7回河合隼雄学芸賞、『土と生命の46億年史』(講談社)で第41回講談社科学出版賞を受賞。著書は他に『大地の五億年』(ヤマケイ文庫)など。メディア出演も多数。

土は食料生産の基盤であり、私たちの生命活動と深く関係していますが、「土とは何か」ということは、あまり知られていません。

例えば、月にもパウダー状の砂があります。月の砂は地球の土と違い、粘土を含んでいません。水がないからです。粘土は、岩石中の鉱物が化学的に風化して生成されたものがほとんどで、岩石から溶け出した成分が濃縮し、シリコンとアルミニウムと酸素、水素がスクラムを組んでできる微小な粒子です(図1)。0.002㎜以下と極めて小さく、月にはそこまで細かい砂はありません。月では、太陽光による加熱と冷却で岩石が膨張・収縮を繰り返すうちに砕けた、小麦粉サイズの砂がありますが、生物も存在しないため、地球の土のように動植物の死骸や微生物が混ざった複雑な構造にはなりません。火星には、かつて水があり、岩石内の鉄と反応して鉄さびが形成され、赤い砂が表面を覆うようになりましたが、ここにもやはり有機物はなく、つまり、月と火星にある砂はどちらも岩石の風化によりできたもので、生命活動が関与していない無機質な粒子(レゴリス)です。

図1 粘土の構造シリコンとアルミニウムからなる粘土鉱物(例:雲母)の構造。シリコン(Si)の層がアルミニウム(AI)の酸化物を挟んでスクラムを組むような構造をしている。シリコン層の隙間のサイズに近い、カリウムイオン(K)、セシウムイオン(Cs)がぴったりと吸着し、粘度が上がる。

月や火星と同様に、地球には土が存在しませんでした。しかし岩石の成分が雨水に溶けて濃縮され、微小な粒子になり生物が活動を始めたことで、地表環境は少しずつ変化していきました。地球誕生から41億年後、今から5億年前のことです。微生物や植物は成長し、やがて死にます。その死骸の大部分はCO2として大気中に戻りますが、約1%は分解されずに地中に残ります。このわずかなが、何千年、何万年と積み重なることで、有機物を含む土が形成されていくのです(図2)。

図2 土の成り立ち落ち葉が地面に落ち(❶)、多様な微生物がそれを分解。多くはCO2として蒸発するが、わずかに残った微生物の「食べ残し」が土になっていく(❷、❸)。

人工的に土を作ることは実現していない

土壌学において、土は、岩石が崩壊して生成した鉱物成分と生物由来の有機物、そして無数の微生物が混ざり合ってできた複雑な構造体を持つ物質と定義されています。そこには生物活動もあり、常に生成と分解が同時進行している「環境」そのものともいえます。これを広義の土と区別して学問的には「土壌」と呼んでいます。ただ、土という用語が一般的であることから、ここでは土として話を進めたいと思います。

地球の土は、主に地表から1〜2m程度の深さまでを指します。一般的に岩石が風化し、動植物の死骸が混ざり合った「土壌層」はこの範囲です。土は微生物やミミズ、植物の根が活動する場所であり、その下の「岩盤(基岩)」と区別します(図3)。

図3 地球の構造と土壌層土は、地球のごくわずかな表層に存在する資源。

人類が将来宇宙で暮らすことを考えて、NASAでは火星や月での土作りの研究を行っています。生物のいない宇宙では、まずコケのような強靭な植物を持参して栽培し、死骸を微生物に分解させて、鉱物と有機物を混合させる循環プロセスが必要となります。

しかし宇宙には微生物がいません。私たちも、NASAが開発した火星や月の砂を模した素材を入手し、宇宙空間を耐え抜いたコケ(北海道大学・藤田知道教授らが実証)を使って、どんな微生物がそこに加われば土が作れるのか、という研究に取り組んでいますが、容易ではありません。ゼロから人工的に土を作る技術が確立されていない最大の理由は、土壌中の微生物の複雑さにあります。大さじ1杯の土の中には、100億個以上の細菌がいて、種類にして1万種以上の微生物が存在しているともいわれています。1万種以上の微生物が互いに分業・連携し、初めて植物の死骸の分解が可能になります。どんな微生物を選抜すればよいのか、まだ研究中です。納豆菌や乳酸菌のように、自然界から単体で取り出して人間の目的通りに扱える菌は、まだごくまれで、全体の1%もないでしょう。

土壌のもう一つの重要な特徴は、その構造にあります。土は単なる粉の集合体ではなく、微生物の分泌物や粘土鉱物、有機物が絡み合って橋を架け、三次元的な構造を作っています。これを「団粒構造」と呼びますが、団粒構造の中には無数の隙間があり、そこに空気と水が保持されます(図4)。ミミズなどの土壌動物が土を食べ、として排出することで、この構造はさらに発達します。この仕組みが多い土では、水はけと保水性の両立が可能になります。この構造の内部でのみ生存できる微生物は、土壌から取り出されると本来の働きを失います。

図4 団粒構造団粒構造の有無による土壌の違い。左は団粒が維持され柔らかく、粒子の間に隙間が豊富にある。右は団粒が崩壊し、緻密で固く詰まった状態。この構造の違いが植物の生育環境を大きく左右する。

園芸店で売られている培養土を見ると、「人間は土を人工的に作っている」と思いがちです。しかし、実際にはすでに土として出来上がったものを集めて調合したものに過ぎません。土を人工的に作ることは、まだ実現できていないのです。

日本は海外の土に依存している

土や砂は重要な資源です。例えば半導体の基板となるシリコンには99.999999999%(イレブンナイン)という高純度の二酸化ケイ素が必要です。日本の砂はシリコンとアルミニウムが結合していて半導体用には適していないため、高純度の砂は中国からの輸入に依存しています。半導体の製造技術がどれほど高くても、原料となる砂が国内にないという問題を抱えているのです。他方で、砂は建築材料としても大量に消費されています。山の岩石が風化し、川や海岸に堆積することで砂は毎年生産されていますが、砂を原料とするコンクリートの需要量はその2倍に達し、供給が追いつかない状況です。

また日本の土はアルミニウムとケイ素が結びついた状態で存在しており、これを分離するには膨大なエネルギーが必要です。そのため国内の原料だけではアルミニウムを製造できず、海外からのボーキサイト輸入に多くを依存しています。日本ではアルミ缶のリサイクルが活発に行われていますが、これは国内にアルミ資源がないことと深く関わっています。

そして、資源としての土の大きな役割は、食料生産です。私たちが口にする食べ物の95〜98%は、最終的に土から生まれています。野菜はもちろん、牛肉も、牛が食べる草が土で育つ以上、元をたどれば土の産物です。近年注目される植物工場は、水や栄養分を再利用できる利点がありますが、多くのエネルギーを必要とし、栽培できる作物も高価格なサラダ用の葉物野菜などに限られます。毎日の主食を支えるには、太陽光、雨、微生物の働きを活用できる露地農業が欠かせません。

日本は、食料の多くを輸入に頼っており、それは同時に「海外の土」に依存していることを意味します。数年前、ファストフード店のフライドポテトが一時販売休止になった出来事は、象徴的でした。日本で日常的に食べられているポテトは、カナダやアメリカのな土壌に支えられています。もしその地域が干ばつや洪水、日照不足に見舞われれば、収穫量は減り、フライドポテトが消えるリスクがあります。

酪農も同様です。乳製品といえば北海道のイメージがありますが、牛が食べる飼料の多くは海外から輸入されています。カナダの永久凍土帯で森林火災が起き、煙によって短い夏が日照不足になると、南部のプレーリーで牧草の生産が落ちます。また、さらにその南部のアメリカの肥沃な土地でも水不足が起きればトウモロコシや大豆は育ちません。こうした環境変動は日本の酪農にも直結しており、チーズやバターの価格上昇につながります。つまり、日本の食卓は遠く離れた国々の土壌環境と密接につながっているのです。

砂漠化は気づかないうちに進行する

世界で農地として使われている肥沃な黒土は、100年で約1㎝程度しか増えないといわれており、人間の一生のスケールではほとんど増えません。一方で、過剰な耕作や開発、森林伐採によって、黒土は短期間で失われます。日本で使われる小麦は、カナダ、アメリカなどから多くを輸入しています。これらの地域では約100年前までは、肥沃な黒い土が草原の下で厚く保たれていました。しかし小麦やトウモロコシの畑にするために土を耕したことで黒土が風食・分解によって減少し、現在はその厚さが半分以下になっているといわれています。土の「余力」は表面からは見えず、土壌の劣化により収穫量が少しずつ減る「砂漠化」は気づかないうちに進行します。収穫量が落ちて初めて気がつきますが、余力を使い果たしたときには回復が難しい状態になっていることも少なくありません。

さらに北米は水が乏しい地域でもあるので地下水をくみ上げて農業用水としていますが、かつて海底だった地域の地下水には塩分が多く、表土に塩分が集積すると、植物の生育不良や枯死を引き起こす「塩害」の原因となります。毎年、岩手県と同じ面積が、15秒ごとにはサッカーコート1枚分の土地が、塩類集積による耕作放棄地になっているといわれています。長い時間をかけて自然がつくり上げた肥沃な土壌を、私たちの食料生産のために消費しているのです。

アマゾン熱帯雨林の伐採も深刻な問題です。豊かな原生林の消失と引き換えに拡大しているのは、栄養の乏しい赤土の農地です。そこで放牧された牛や、そこで栽培されたトウモロコシや大豆を食べた豚や鶏も日本に輸入されています。アマゾン熱帯雨林の伐採は、遠く離れた私たちの食料システムとつながっているのです。また、東南アジアでも熱帯雨林を切り開いて、厚さ3㎝ぐらいしかない肥沃な表土でトウモロコシなどを育てた結果、粘土質の黄色い土だけが残るという状況になっています。それが原因で隣の熱帯雨林を切り開くという悪循環が起こっており、土を持続的に管理できないことによって、暮らす場所そのものが失われていく状況になっているのです。

アメリカの農務省は1935年に土壌保全局(1994年に「自然資源保全局」に改称)を設置し、以来、さまざまな施策を展開しています。中国でも食料の安全を確保する観点から、黒土を「耕地のジャイアントパンダ」と呼んでその重要性を強調し、2022年に「黒土保護法」を制定しました。世界的に、「肥沃な黒土をどう維持するか」は、国家にとって領土をどう守るかというのと同じぐらい重要な課題として認識されているのです。

日本の場合、食料自給率が低いとされていますが、少なくとも米の生産力は十分にあります。

日本は雨が多く温暖な気候のため、岩石の風化が進み、粘土質の土壌が豊富です。世界的には恵まれた環境です。この土のおかげで日本は古くから土器文化があります。縄文時代からドングリをアク抜きして煮て食べたり、魚を鍋料理にして食べたりする煮物文化が発達しました。「柔らかい食べ物を好む」という日本人のにも影響を与えています。

山が多く平地が少ない日本ではまた、ごく限られた平地でずっと米作りを続けています。これが可能なのは、総延長40万㎞、地球から月までの距離とほぼ同じといわれるほどの長さの用水路・排水路を網の目のように張り巡らして、山から流れてくる栄養豊富な水を供給しているからです。私たちは秋に稲穂がこうべを垂れる光景を当たり前のように思っていますが、それは土と水に恵まれた環境があってこそ成り立っているのです。

日本の農業は、コストや規模の面では海外に比べて圧倒的に弱いとされていますが、強みは持続性です。カリフォルニアの米生産の歴史は100年程しか経っていない一方で、日本の米栽培は数千年も続いています。山や川が多く、農地面積が狭い代わりに、山には雨や雪が降り、毎年土壌に栄養分が供給されます。

先に触れたように、日本の酪農もファストフードも、世界のどこかの土に負担をかけていることがあります。裏を返せば、日本での持続可能な農業を増やすことは、他国の土に負担をかけずに食料を増やすことでもあります。こうした農法を継続できるイノベーションが必要ですし、私たち一人ひとりが、自分の食事はどこの土でどのように生産されたのか、考えるようにしていきたいものです。

(図版提供:藤井一至)

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2026年3月10日発行
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