忍び寄る吸血性昆虫 世界的人流の活発化で急増! トコジラミの「傾向と対策」

構成/渡辺由子

トコジラミは南京虫とも呼ばれ、日本でもかつては普通に見かけた、刺されるとやっかいな吸血性昆虫だが、殺虫剤の普及に伴い1970年代にはすでに繁殖は収束していた。しかし近年、世界的な人流の活発化で日本に持ち込まれることが増え、トコジラミ被害が再び増加している。刺されると強いかゆみを伴う皮疹が発症するが、1~2週間で良くなるという。宿泊施設の部屋から持ち帰ることが多いため、トコジラミが好む寝具周辺には衣類など荷物を置かないようにしたい。

兵庫医科大学皮膚科学講座教授

夏秋 優(なつあき・まさる)

1984年、兵庫医科大学卒業。1988年、同大大学院修了(医学博士)。アメリカ・カリフォルニア大学サンフランシスコ校皮膚科研究員、兵庫医科大学皮膚科学講座講師、助教授などを経て、2021年から現職。専門分野は衛生害虫による皮膚疾患、皮膚疾患の漢方治療。幼少期からの昆虫好きが高じて、自身の太ももを「皮膚レストラン」と称して実験台にし、50種を超える虫に刺されながら皮膚の様子やかゆみ・痛みの変化を観察、研究を続ける虫刺されのスペシャリスト。

トコジラミ(俗称:南京虫)は、世界の温帯域に広く分布する、主にヒトの血液を栄養源にする吸血性昆虫です。かゆみを伴う皮疹(トコジラミ刺症)により、皮膚科を受診するケースが年々増えています(図1)。また、トコジラミを捕獲するのが難しいために、トコジラミ刺症と確定診断できず、原因が究明されないまま、単なる虫刺されとして診療されているケースも多いと考えられます。

夏秋 優.Visual Dermatology, Vol.23 No.5: 486—491. 2024.を改変

図1 2013~2023年のトコジラミ刺症診療・相談件数夏秋教授が診療あるいは相談を受けたトコジラミ刺症の件数を集計。2023年5月以降、新型コロナウイルス感染症のパンデミックがほぼ収束すると、トコジラミの被害も一気に増加。今後も予断を許さない状況が続きそうだ。

トコジラミは、ヒトの衣類や荷物に潜んで移動し、生息域を広げてきました。感染症を媒介することはないのですが、繁殖してしまうと完全駆除は難しく、しかも近年では、一般的な家庭用殺虫剤であるピレスロイド系殺虫剤に抵抗性を持つトコジラミ(スーパートコジラミ)が世界各地で。2024年にオリンピックが開催されたパリや、韓国でのトコジラミ問題が大きくクローズアップされる事態となっています。また、新型コロナウイルス感染症のパンデミックがほぼ収束したことで、国内外の旅行者数が回復して人流が活発化するにつれ、トコジラミも各地で盛んに繁殖していると考えられます。

全国の自治体でトコジラミ駆除を呼びかけ、SNSでも話題になるなど、関心が高まる一方で、トコジラミをシラミやダニと混同するなど、正確ではない情報に振り回されているように感じています。そこで、トコジラミの生態、トコジラミ刺症の特徴、駆除について正しくお伝えします。

1匹でも爆発的な繁殖を招く恐れ

トコジラミは、「シラミ」ではなく、カメムシ目トコジラミ科の昆虫です。は退化しているので飛翔できず、人為的移動に頼っています。成虫(図2)は体長5㎜程度で色は茶色、幼虫(図3)は1~4㎜前後で白色~黄土色、1~5齢を経て成虫になります。通常は家屋内に生息し、昼間は室内の柱や壁の割れ目や隙間、寝具や調度品、カーテンなどの隙間、畳の側面や裏面などの暗く狭い場所に潜んでおり、夜間になるとヒトの体温や炭酸ガスなどを察知し、吸血のために出てきます。

図2 トコジラミの成虫カメムシの仲間であるトコジラミ。左は雄、右は雌。成虫の体長は約5㎜で茶色。南京虫とも呼ばれるが、中国の南京市との関連はない。

図3 トコジラミの幼虫左から1齢、2齢、3齢の幼虫で、色は白・黄土色。1~2齢の幼虫は、小さく、色も白っぽいため視認するのはとても難しい。幼虫も血液を餌としている。

繁殖については、雌1匹で一生の間に200~500個を産卵します。昆虫は動物と異なり、基本的に成虫の雄と雌が一度交尾して、雌が精子の塊を受精に蓄えれば、生涯にわたって卵を産み続けられます。そのため、交尾後の雌がたった1匹でも室内に持ち込まれ、そこが吸血できる環境ならば、ネズミ算式に大繁殖し、計算上は数カ月で何千匹にも増えることになるのです。生息場所の隙間に潜む虫体や、隙間に固着させた卵は、強力な掃除機であっても吸引することは不可能です。つまり、掃除が行き届いているかどうかなどの、居室の衛生状態とは一切関係なく、1匹でも持ち込まれると、爆発的な繁殖を招いてしまう可能性があります。

トコジラミは、眠っているヒトの露出した肌に、頭部の腹側にあるくちばし状の口器(図4)を刺して吸血します。私はトコジラミを飼育していた際に、毎週1回、1匹の成虫を自分の太ももにのせて吸血させ、15週間にわたってその様子を観察したところ、吸血時間は短くて7分間、長くなると27分間、平均15分間でした。吸血すると、腹部は血液でふっくらと膨らんで赤みを帯び、満腹すると口器を抜き、潜伏場所へと戻ります。と呼ばれる茶褐色の液状物を排泄するため、潜伏場所の近辺には黒いシミとして認められるのが特徴です(図5)。

図4 トコジラミの口器頭部の腹側にあるくちばし状の口器を皮膚に刺して、血液を吸う。吸血時に口器を何度か刺し変えるため、複数の丘疹が不規則に並ぶ。

図5 トコジラミの血糞トコジラミの栄養源は血液なので、排泄物は血液が混じった茶褐色の糞になる。トコジラミの生息が示唆され、潜伏場所の推測に役立つ。

気温22~27℃で活発に活動し、日本では4〜10月ごろがトコジラミにとって快適な環境であり、トコジラミ刺症の被害も増えます。飢餓にも強く、私の飼育経験では、無吸血で9月〜翌年3月の半年間生存していたことを確認しています。気温が低い時季は、代謝を落とし、すみかである隙間で休眠状態に入ります。高断熱・高気密の住居や宿泊施設では、エアコンで快適な温度環境を維持できますが、隙間の多い日本家屋ですと隅々までトコジラミの快適温度を保つのは難しく、冬場は繁殖活動が鈍くなります。

ダニやノミのように「ペットからうつる」のではと、心配する方が多く見られます。イヌやネコなどからも吸血はできますが、毛の長い種は吸血しにくく、ヒトのほうがはるかに吸血しやすいので、あえて吸血源とすることは、ほとんどありません。ペットのイヌやネコに限らず、皮膚に取りついた状態で移動することもありません。

トコジラミに刺されたときは、痛くもかゆくもないので、気づくことはありません。朝、目覚めたときには皮膚や寝具にトコジラミの姿はなく、被害を受けた感覚もありません。吸血されて2~3日後に、かゆみを伴う赤み(紅斑)や赤いブツブツ(紅色丘疹)が出現し、「何かに刺されたのかな?」と気づきます。トコジラミは就寝中に衣服から露出した部、前腕、手、足などで吸血するので、皮疹もそれらの部分に集中しています(図6)。吸血の際に口器を何度か刺し変える習性があり、狭い範囲に1~数個の不規則に配列した紅色丘疹が認められるのが特徴です。「トコジラミの刺し口は2カ所並ぶ」というのは俗説であり、正しくありません。刺し変えは、おそらく吸血した部位に貯留する血液が枯渇したため、新たな吸血部位を探す行動だと推測しています。

図6 トコジラミ刺症の頸部の皮疹トコジラミは肌が露出している部位を中心に吸血行動をとるため、頸部、前腕、手、下腿、足などに紅色丘疹や紅斑が不規則に並ぶ。

感染症罹患のリスクはない

皮膚症状は、口器を刺して吸血の際に注入する唾液腺物質に対するアレルギー反応によって起こります。初めて刺されたときは、アレルゲンである唾液腺物質に対する感作が成立していないので無反応ですが、何度か刺されると、遅延型アレルギー反応として皮疹が現れます。しかし、初回に多数のトコジラミに吸血された場合は、1~2週間で感作が成立し、その後は吸血されていないのに、突然丘疹がたくさん出現する遅発反応と呼ばれる現象が起こることがあります。これは吸血部位にわずかに残った唾液腺物質に対する、自然再燃現象と考えられています。例えば、1~2週間前に旅行に出かけ、その後に出現する性皮疹の原因は、旅先の宿泊施設でトコジラミに刺されたことにあるのかもしれません。

トコジラミが繁殖すると、多数のトコジラミが毎晩入れ代わり立ち代わり刺しに来るため、刺される個数が非常に多くなり、新旧の皮疹が混在して、「常にかゆくて眠れない」と不眠を訴えるケースもあります。また、刺され続けると即時型アレルギー反応として、吸血直後からかゆみを伴う膨疹が出現するようになります。ところが、数千匹のトコジラミが生息する部屋に居住しているような状況で、刺される頻度が非常に高い場合、次第にかゆみや腫れなどの皮疹が目立たなくなります。これは、繰り返しアレルゲンが生体に侵入することで、アレルギー反応が減弱する「減感作」という現象です。ただし、皮膚反応の出現やその変化には、個人差があります。

皮疹自体は、市販の虫刺され用外用薬の塗布や、そのまま経過観察するだけでも1~2週間で軽快しますが、かゆみや炎症反応が強い場合は、ステロイド外用薬の塗布や抗ヒスタミン薬の内服などを行います。トコジラミは、マダニ媒介感染症のような感染症のリスクはなく、その点で怖い虫ではありませんが、居室でトコジラミが大量に繁殖している場合、根本的な治療法といえるのは、駆除しかないのです。

アレルギー反応を誘発する唾液腺物質には、吸血の過程で血液が固まらないようにする凝固阻止成分や、口器を刺すときに痛みを感じさせない麻酔成分など、さまざまな成分が含まれていると考えられています。どの成分がアレルギー反応の原因となるかは未解明ですが、今後の研究で解明されることを期待しています。

トコジラミ刺症の診断を確定し、完全駆除するには、まずトコジラミの存在を確認することが必須です。しかし、トコジラミ刺症の患者の多くはトコジラミに気づかず、ましてやトコジラミを捕まえて受診時に持参するケースはほとんどありません。成虫や4㎜前後に成長した4~5齢幼虫であれば視認は可能ですが、1~2齢幼虫は小さく白っぽいので、見つけることは困難です。トコジラミは意外と足が速く、ゴキブリほどではないものの、吸血を終えるとサササッと潜伏場所に戻ってしまうため、成虫であっても実際に見つけることは非常に難しいのです。

そこで私は、トコジラミ捕獲について、「ウソ寝(寝たふり)作戦」を提唱しています。夜、寝室の布団の上で、肌を露出した状態で横になり、照明を消して、およそ30分間横になります。その部屋に一定数のトコジラミがいれば、まずヒトの発する炭酸ガスに誘われて、生息場所の隙間から出てきます。約30分後に照明をつけると、寝具の上や皮膚に、吸血のために出てきたトコジラミがいるので、ほぼ確実に捕獲できます。1回で虫体を捕獲できなかったからといって、その部屋にトコジラミが生息していないとは、限りません。ウソ寝作戦は、数日~1週間置きに3回程度行ったほうが、確実性が高まります。1匹でよいので捕獲し、ポリ袋などに包んで受診の際に持参することで、トコジラミ刺症の診断が確定し、その後の駆除に役立ちます。

一般的に寝床に入って消灯すると、10~20分後くらいで眠りに入り、寝入りばなから90分間ほどは深い睡眠に入るとされています。その時間帯にトコジラミが刺しに来ていると考えられますので、刺されたことに気づかないばかりか、夜中にトイレで起きたときや朝起きたときには虫体が見つからないのは、当然のことです。寝床に入り電気を消して10~20分後くらいで、トコジラミが潜伏場所から吸血しに出てきて、10~20分ほど吸血するなら、約30分後に照明をつけることで、トコジラミを見つける確率が高くなると考えられます。

トコジラミ刺症と思われる症状があるけれど、虫体を確認できていない方は、ぜひウソ寝作戦を試してください。

衣類などは大きなポリ袋に入れる

トコジラミを居室で繁殖させないためには、「持ち込まない、持ち出さない、持ち帰らない」ことが何よりも大切です。多くの人が利用する宿泊施設を利用する場合は、持ち帰らないための方策を取ります。寝具の周辺には荷物や衣類、書類などを置かないようにすること。トコジラミは夜間吸血に来て、吸血後は潜伏場所に戻るので、その通り道に荷物などがあると、潜り込む可能性が高くなります。そこで、荷物や衣類などは大きなポリ袋に入れ、寝具から遠い、部屋の入り口付近に置く、ポリ袋がない場合は、照明をつけた洗面所や浴室に置きます。

自宅でトコジラミが発生した場合には、まず殺虫剤での駆除を行います。ピレスロイド系殺虫剤抵抗性のスーパートコジラミに有効な殺虫剤が、3種類販売されています。メトキサジアゾン(オキサジアゾール系)とプロポクスル(カーバメート系)はスプレータイプで、生息場所や通り道と思われる場所にあらかじめ噴霧することで、そこを歩いたトコジラミの体に殺虫成分が付着して死滅する、残留処理効果のある「待ち伏せ式」の製剤です。ブロフラニリド(メタジアミド系)は、密閉した室内に有効成分を充満させて駆除する「式」殺虫剤で、1回の処理で数カ月から約1年間の駆除効果が期待できます。燻煙式は使用前に火災報知機や精密機器類のカバーが必要で、精密機器類や衣類に潜んでいる場合は、効果が表れにくくなります。ブロフラニリドを配合したワンプッシュタイプ(定量噴射式)も登場し、使用前のカバーなどは不要で、簡便なことから、トコジラミの定着や発生予防ができると注目されています。

私見ではありますが、寝室には燻煙式を使い、壁や畳の隙間にはスプレータイプを併用、台所やリビングなどはスプレータイプやワンプッシュタイプを使用するといった、使い分けが効果的ではないかと考えています。

しかし、このような効果的な殺虫剤を使用しても、完全な駆除が難しい場合は、トコジラミの生態をよく知っている、害虫駆除の専門業者に依頼するのがよいでしょう。日本ペストコントロール協会や自治体に相談すれば、信頼できる事業者を紹介してくれます。徹底した駆除処置には1部屋当たり約10万円かかると考えておいたほうがよいでしょう。「1部屋1万円でやります」などと格安をうたう事業者は、施工後に法外な金額を請求されるかもしれず、まず信頼できないと考えてください。

なお、絶対にしてはいけないのは、トコジラミが発生した宿泊場所は、衛生状態が悪い、と決めつけることです。繰り返しになりますが、もしも旅行者が交尾済みの雌を1匹持ち込んだら、大繁殖は免れません。それは自宅でも同様です。トコジラミの発生は、清潔・不潔で決まるものではなく、「トコジラミを持ち込まない、持ち出さない、持ち帰らない」を守ることで防げるのです。

(図版提供:夏秋 優)

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2025年3月10日発行
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