特集 農業革命 都市の食と環境を支える——新たな転機を迎えた都市農業

構成/飯塚りえ

1968年に制定された都市計画法により、「市街化区域」における江戸時代から続く都市近郊農業の生産環境は劣化の一途をたどった。都市農業は農産物生産にとどまらず、コミュニティや環境保全、食育に深く関わり、食と地域を支える重要な役割を担う存在だ。東日本大震災などの経験を経て「都市近郊の農業を見直す」気運が高まり、2015年「都市農業振興基本法」が制定され、さまざまな障壁が取り除かれる。今では年間数万人が農業に参入を始めているという。

東京大学大学院農学生命科学研究科准教授

八木洋憲(やぎ・ひろのり)

東京大学農学部卒業、2005年、農学博士。農林水産省農業研究センター土地利用研究室、農業工学研究所地域計画研究室等を経て、現職。フィールドワークに基づく経営改善や農業をベースとした地域振興、農地の保全や活用への取り組みが高く評価され、『都市農業経営論』『水田経営の戦略と組織』(ともに日本経済評論社)が学術賞を受賞。2024年、カシオ科学振興財団の第42回研究助成を獲得。

日本の都市農業は、江戸時代からを見せていました。江戸という巨大消費地に野菜を供給するため、周辺の農村では都市近郊農業が盛んに行われていたのです。しかし、現在私たちが語る「都市農業」という概念が生まれたのは、昭和期に入ってからです。昭和初期の東京は、山手線の内側を中心に急速に都市化が進み、戦後わずか50年ほどで都心から半径50㎞内の「首都圏」の人口は、3000万人に達します。その過程で、「都市農業」という考え方が形成されていきました。

農業を続けるか宅地化するかの選択

東京圏では人口が増加した1960年代にニュータウン開発が急速に進んだこともあり、1968年に地域の用途を「市街化区域」と「市街化調整区域」に区分する「都市計画法」が整備されました。市街化区域は、おおむね10年以内に宅地化する地域と定められていたのですが、その中に多くの農地も含まれていました。現在では専門家の多くが、これを都市計画の失敗だと指摘しています。逆にいえば10年以内に宅地化できなければそれ以降は農地が維持されているということになり、そうした矛盾が混在する曖昧な状況の中から、都市農業というムーブメントが生まれました。

しかし1991年、今度は農地所有者が農業的土地利用を継続するか、そうでなければ宅地化するかの選択を求める改正法が策定、翌年に施行されました。後継者がいないなどの理由で宅地化を選択せざるを得なかった農地所有者は、宅地並みの固定資産税と約50%の相続税が課されることになり、当然のことながら大きな議論を呼びました。宅地化がかなわず、結果的に農地のまま所有していた場合だけでなく、家業や職業として農業を選択する農家に対しても、「農地になぜ税の特例を適用するのか」といった、税の公平性からの視点で批判がなされたのですが、明らかにゆがみのある制度でした。この法改正により、農家が減少していく一途をたどるのは当然の流れで、農業を続ける側にも多くの困難がありました。

相続税を支払う蓄えのない農家の多くは土地の一部を売って相続税に充てることになり、世代が進めば進むほど、ますます農地が減っていくことになります。大きな農地が切り売りされて宅地になってしまうと、農地への日照が妨げられたり、農薬を散布しづらくなったり、という都市農業ならではの困難がより深刻になってしまいます。

後継者がいなくても農地を維持できる

こうした中、2000年代に入り状況が変化します。バブル崩壊で宅地需要は減少し、経済の低成長時代、さらに東日本大震災を経て、「都市近郊の農業を見直すべきではないか」という気運が高まります。2015年には「都市農業振興基本法」が制定され、「これまで都市部では本格的な農業政策が行われてこなかった」という反省を踏まえて、農林水産省が、都市部の農地を「農村の多面的な機能発揮の場」として認め、それを基に基本計画を立て始めます。

2018年には、都市農業の流れを大きく変える法改正が行われます。それまで農地を所有している人は、「次の世代まで農地を維持していく」という前提で、生産緑地として使用する場合に限り相続税の納税猶予が適用されていました。しかしその適用範囲が拡大され、都市の環境向上に貢献するといった条件付きで「生産緑地として使用する人に賃借した場合」にも納税猶予が適用されることになったのです。この法改正によって、農地所有者は仮に後継者がいなくても農地を維持できるようになりました。他方、就農を望む人にとっては「親が農家でなければ農業ができない」という障壁がなくなりました。

具体的な事例も多彩です。私の知る限りでも、ワイン用のブドウを栽培する農家、納豆作りを目指して大豆を育てるために農地を借りる新規就農者など、従来の農業の枠を超えた広がりを見せています。

都市農業と地方の農業とでは形態が大きく異なります。都市農業の特徴の一つに、さまざまな品目を少しずつ作付けする「多品目」があります。例えばキャベツの産地では、キャベツの収穫期は毎日キャベツだけを大量に収穫して梱包し集荷場まで運ぶという作業が延々と続きますが、都市農業ではそうした風景は、ほぼありません。20〜40品目を一軒の農家で作り、本当に簡易的な小屋のような所で多種類の野菜を売って、一定の収益を上げています。それで経営が成り立っているのです。

こうした傾向は1970年代後半~1980年代に始まり、都市に近づけば近づくほどその傾向が強くなりますが、これにはさまざまな理由があります。例えば広い面積に単一作物だけを作付けしている場合、作業の効率化のために高額な大型機械が必要になりますし、病虫害が発生した場合、全滅するリスクも高くなります。しかし、多品目を少しずつ作付けすれば大型機械を使わず人の手で育てられますし、複数の種類の植物をコンパニオンプランツとして混植することで、病害虫の発生を抑える効果が期待できます。もちろん多種類の作物を少量ずつ作付けするのは、1種類を大量に作るよりも手間がかかり、効率は悪いのですが、農業ボランティアに手伝ってもらうなどの取り組みも行われています。

デジタル化で都市農業は身近な存在に

近年は情報通信技術(ICT)の導入も進んでいます。庭先直売所にカメラを設置し、クラウド経由で在庫状況を配信するアプリ「見えベジ」、東京都東村山市の直売情報発信アプリ「ロカスタ」などが登場し、消費者はスマートフォンなどで直売所の様子を確認できるようになりました(図1)。SNSやウェブサイトを活用する農家も増え、都市農業はデジタル化によってさらに身近な存在になりつつあります。またそうしたものに関わることで「何が求められているか」「何が売れるか」が可視化され、農業に携わる方たちの意識も変わっていっているようです。

図1 地域の直売所などを支援するICTの仕組み1「見えベジ」は、農家の庭先直売所に設置したカメラで売り場を撮影し、自動で送信された画像をホームページ上で見られるアプリ。直売所の様子は「チョクバイGO!」を通じて確認できる。消費者にとっては、今、直売所にどのような商品があるのかが、生産者にとっては売れ行きが、それぞれリアルタイムで分かる仕組み。
https://veggie.co.jp/
2「ロカスタ」は、地産地消を推進する自治体向けのサービス。ユーザーは、設定した自治体内の直売所を探したり、地場産品を飲食できる店舗、農林水産業を体験できる事業者の情報を入手したりすることができる。
https://pr-c.locasta.jp/

都市農業と地方の農家のもう一つの大きな違いが、収入の形態です。都市農業では直販が収入の大きな柱になっていて、その割合は都市に近づけば近づくほど高くなります。スーパーでよく見かける直売野菜コーナーがありますが、そうしたところ5カ所ぐらいに出荷したり、週に数回、学校給食用に卸したり、庭先に直売所を設けたりと、5〜8割ぐらいの農家がなんらかの形で直販に取り組んでいます。

都市農業は、非常に収益性が高いことも特徴です。その代表が、観光農園や体験農園です。野菜作りでは植え付けや草取りなどの作業も大変ですが、圧倒的に手間がかかり多くの人手を必要とするのは収穫作業と、その後の選別や袋詰めなどの作業です。そこを利用者に任せ、しかも代金が得られるのですから、非常に収益性が高いわけです。それができるのはやはり、たくさんの人が集まる都市圏だからであり、人口密度が高い所では100人中1人が来てくれれば一定の所得が得られることになります。

日本の都市農業は、海外と比較して、消費者との密な関係に特徴があります。日本の農地は、歴史的経緯と税制上の制約から複雑な形で残っています。そのため、農家は比較的小回りの利く販売形態が可能です。海外の研究者は「日本の直売所は驚くほど充実している」と評価することも少なくありませんが、確かに欧米では広場のようなスペースで定期的に開かれる「ファーマーズマーケット」はあっても、日本ほど充実した直売所は少ないですし、生活協同組合のような宅配の仕組みも日本ほど充実していません。

都市農業には、農村の多面的機能の発揮の場という側面も特に色濃く表れています。農産物の生産以外にも、交流の創出や食育、地産地消、環境保全といった生活を豊かにする機能を提供しているのです。

その一つが、子どもたちが地産地消を体験できる「食育」の場としての機能です。自身の住む地域で収穫された野菜を食べることは地産地消の理解につながりますし、学校給食に地場産物を使用することで生きた教材として活用することもできます。都心の子どもたちは生産の現場に触れる機会が少ないので、工場見学と収穫体験などを組み合わせて行っている学校も多くあります。

「都市農業の特徴の一つが多品目であること」と先述したように、子どもたちが多彩な食材、地元で採れた新鮮なものに触れることは、豊かな食を育むうえで大きな意味があります。特に採れたての新鮮な野菜の味は、言いようのないおいしさです。地元の新鮮な野菜を食べたことで、苦手だった野菜が好きになったという話もよく耳にします。

地域のコミュニティづくりに、都市農業が大きな役割を果たしている面もあります(図2)。効率的な大型農業ではなく、多品種を細かく作ることで、人とつながっていく仕組みが成立しやすいのです。農業協同組合などが開設している直売所で販売しているのは比較的小規模な農家の方が多いのですが、そういった場でのつながりから、近隣で後継者が見つかるケースもあります。福祉事業者が経営に参入した体験農園では、福祉施設の利用者が農作業を行う場を提供するケースが増えて、地域住民との交流にもつながっているようです。コロナ禍で農園に出ていって作業することが精神衛生上良かったという話も聞いています。

(写真提供:わくわく都民農園小金井)

図2 都市農業の様子わくわく都民農園小金井は、東京都が運営する多世代交流の体験の場として、2022年に開設された。生産緑地の貸借制度を活用し、都市農地の保全と高齢者・障がい者の活躍、多世代交流を目指している。東京都、小金井市、生産緑地所有者、観光まちおこし協会の4者協働で運営し、地域の児童、生徒、福祉施設利用者、高齢者などが日々、農業を楽しむ場となっている。1顔がすっかり隠れるほどの大きな大根を収穫。2おやつにする食材を洗う。3大学の水田を借りてのこども農園の活動。土をならし柔らかくする代かき。力仕事も皆で協力して行う。4地域の農家が種まきの方法などを参加者に指導。56シニア農園利用者が農家の畑で行う援農。この日は学校給食用のジャガイモの出荷を手伝う。

こうした多面的な機能を農家側が発揮して都市住民が享受するだけではなく、交流による相互作用があることが重要で、それが農家のモチベーションにもつながります。こうした仕組みは農家の誇りを支え、次世代への継承意識を高める要素にもなっています。

ただ、全体には農地の貸し借りにミスマッチもあり、農地面積を人口1400万人で割った東京都の農地面積は2000年の7.4㎡から2022年には3.9㎡と半減しています(島しょ部を除く)。今後、人口減少が進んでも、農地面積はそれほど回復しないと見込まれています。そうした状況を改善するために、最近は農地の公有化が少しずつ行われており、宅地を農地に戻すという開墾も行われています。

その反面、日本の人口全体が減少しているにもかかわらず、新しく農業を始めたいという人は大きく減ってはいません。最近20~30年でいえば、増加傾向が続いており、年間何万人という人が新しく農業に参入しています。圧倒的に人口が集中している都市部にも、都市での生活よりも農業に価値を見いだす人が多く存在します。都市農業は、そうした人々に多様な価値を提供する場となっています。消費者にとっても、都市農業は、身近な食料生産の場である農業に間近に触れることができる貴重な場です。農業のリアルを知ることは、今後の私たちの食を考えるうえでも大切な経験となると考えています。

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ヘルシスト 293号

2025年9月10日発行
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