特集 ここまで分かったエピジェネティクス 妊娠中の低栄養は子や孫に影響する!?

文/茂木登志子

「妊娠中の太りすぎは禁物」といわれてきたが、現在は、胎児期の栄養状態がその子が将来被る生活習慣病リスクに大きく影響する可能性があると、特に妊婦の低栄養・低体重が問題になっている。胎児のときのたんぱく質不足が将来、血圧のコントロール機能低下を招くという報告もある。母親の妊娠時の食生活が、遺伝子の機能を制御するエピジェネティクスに影響することが原因と考えられる。さらに母体の栄養状態は孫世代にまで影響を及ぼすことも明らかになっている。

日本栄養大学教授

加藤久典(かとう・ひさのり)

東京大学農学部農芸化学科卒業。1990年、同大で博士号取得(農学)。1991年、アメリカ・国立衛生研究所糖尿病部門客員研究員、1993年、宇都宮大学農学部助教授、1999年、東京大学大学院農学生命科学研究科助教授、2009年、同大総括プロジェクト機構特任教授、2017年、同大大学院農学生命科学研究科特任教授を経て、2023年から現職。2024年、日本アミノ酸学会学会賞受賞。一般書や専門書など著書多数。

かつて妊婦に対しては「小さく産んで大きく育てる」ことが推奨されていた。母子の健康に危険な影響を与える早産や緊急帝王切開、妊娠高血圧症候群などのリスクを減らすのを目的に、体重増加を厳格に制限する指導が行われていたのだ。

ところが日本では、生まれたときの体重が2500g未満の低出生体重児が、世界的に見ても非常に多く、それが問題視されるようになっている。また、近年の研究により、BMI 30以上の肥満の女性以外は、強い体重制限をしなくても上記のようなリスクがそれほど増えないことが明らかになった。

「痩せ」すぎを防ぐ適切な体重増加を推奨

「多くの知見から“小さく産んで大きく育てる”というのは誤りであったことが分かりました。妊娠中の栄養状態が、生まれてくるお子さんのその後だけでなく、さらに孫世代まで影響を与えるということが分かってきたからです」

こう指摘するのは、ニュートリゲノミクス(栄養ゲノム学)およびエピゲノム解析の専門家である日本栄養大学の加藤久典教授だ。長年にわたり「胎児期の栄養状態が、出生後の生活習慣病リスクにどう影響するか」というメカニズムをエピジェネティクス(エピジェネティクスとは何かについては後述する)の観点から解明してきた。

2006年に厚生労働省は「妊産婦のための食生活指針」を策定し、低体重(BMI 18.5未満)では9〜12㎏、普通(BMI 18.5以上 25.0未満)は7〜12㎏、肥満(BMI 25.0以上)はおよそ5㎏を妊娠中の体重増加指導の目安とし、著しく超える場合は個別対応することとした。

「しかし、これらの指針は行き渡らず、徹底されませんでした」

2021年3月、日本産科婦人科学会が新たに「妊娠中の体重増加指導の目安について」を公表した。妊娠前のBMIによって推奨される体重増加は異なるが、従来の基準値より3㎏下限値が上がった。続いて厚生労働省も「妊産婦のための食生活指針」を改定し、妊娠中の体重増加の目安が引き上げられた。以前よりも「痩せ」すぎを防ぎ、適切な体重増加を推奨する方向に転換したのだ(表1)。

表1 妊娠中の体重増加の推奨値に関するガイドライン(表中番号A~C)と最近の我が国における研究結果(表中番号D)

出典(団体名等) 体重増加の推奨値1 目的
A アメリカ医学研究所(IOM)(2009年) BMI<18.5(やせ):12.7~18.1㎏
BMI 18.5~25(普通):11.3~15.9㎏
BMI 25~30(overweight)2:6.8~11.3㎏
BMI≧30(肥満):5.0~9.1㎏
適正な出生体重3
B 日本産科婦人科学会周産期委員会(2021年度) BMI<18.5(低体重):12~15㎏
BMI 18.5~25未満(普通体重):10~13㎏
BMI 25~30 未満(肥満1度):7~10㎏
BMI≧30(肥満2度):個別対応(上限 5㎏までが目安)
妊娠中に注意すべき合併症のリスクを最も低くすること
C 厚生労働省4
「妊婦前からはじめる妊産婦のための食生活指針~妊婦前から、健康なからだづくりを~」
BMI<18.5(低体重〈やせ〉):12~15㎏
BMI 18.5~25 未満(普通体重):10~13㎏
BMI 25~30 未満(肥満1度):7~10㎏
BMI≧30(肥満2度以上):個別対応(上限5㎏までが目安)
妊娠中に注意すべき合併症のリスクを最も低くすること
D 日本で41.9万人の妊婦を調べた後ろ向きコホート研究 BMI<18.5(低体重):13.0~13.9㎏
BMI 18.5~25未満(普通体重):11.0~11.9㎏
BMI 25~30未満(肥満1度):8.0~8.9㎏
BMI≧30(肥満2度):5㎏でプラトーに達する
妊娠中に注意すべき合併症のリスクを最も低くすること
自己申告による妊娠前の体重を基に算定したBMI(㎏/㎡)を用いる。
BMI 25~30㎏/㎡は、アメリカではoverweight(WHOの基準ではpreobese)であり、BMI 30㎏/㎡以上からが肥満となる。
妊娠39~40週において、出生体重3000~4000gを目標として設定。
2021年度からはこども家庭庁で普及啓発等を推進。
日本人の食事摂取基準(2025年版、厚生労働省)より

母親の妊娠前の肥満度や妊娠中の体重増加量と、妊娠合併症や生まれてくる子どもの出生時体重との関連については、多くの研究報告がある。また、それらに基づいていくつかのガイドラインが策定されている。

加藤教授は、妊婦の痩せすぎを防ぐことの重要性を理解するキーワードとして、DOHaD説(Developmental Origins of Health and Disease)を挙げる。

「1980年代に生まれたDOHaD説は、胎児期や乳幼児期の環境が、その後の生活習慣病のリスクを決定するという考え方です」

生活習慣病は「成人以降の食生活や生活習慣が原因」とされてきた。だが、1980年代に英国の疫学者であるデビッド・バーカー博士は、低体重(低出生体重児)で生まれた人ほど、成人後に冠動脈疾患や高血圧、糖尿病で死亡するリスクが高いことを発見し、「出生時の体重という胎内環境の記録が、一生の健康を左右する」と提唱した。

「この説を裏付ける決定的な事例として知られるのが、第二次世界大戦末期に起こった“オランダの飢餓の冬”です」

生活習慣病になる確率が劇的に高い

第二次世界大戦末期の1944年冬〜1945年初頭に、ドイツ軍が、オランダのアムステルダムなどの都市部で、食料・燃料の輸送を厳しく封鎖した。当該地域の人々は深刻な食料不足に陥り、チューリップの球根を食べて飢えをしのぐほどで、約2万人が餓死したといわれている。

「2000年代に入って、その時期に妊娠中だった女性から生まれた子どもたちを数十年間にわたって調査した結果が発表されるようになりました。すると、深刻な食料封鎖の中で妊娠期を過ごした母親から生まれた子どもたちは、成長後に糖尿病や高血圧などの生活習慣病になる確率が劇的に高いことが分かったのです」

なぜ、栄養が足りない環境で生まれた子が、後に病気になるのか。加藤教授は、そのメカニズムを「倹約型プログラミング」という言葉で説明する(図1)。

図1 倹約型プログラミングのメカニズム母ラットの低たんぱく質食が胎児の栄養不足を招く。それが子ラットの、食塩感受性が高く、高血圧や脳卒中を発症しやすい体質をつくる。

「生物には、厳しい環境を生き抜くための生存戦略が備わっています。母体の栄養が足りないとき、胎児は『生まれてからも食べ物が少ないはずだ』と予測し、少ないエネルギーでも生きていけるような“倹約型プログラミング”を行って生まれてきます」

胎児は、受精卵からスタートして遺伝子情報に従って体をつくっていく。それだけではない。胎児は母親の体から環境情報を受け取り、調整しながら体をつくる。母親が飢餓状態なら、胎児は「世界は食べ物が少ない」と判断してエネルギーをためやすい体、そして代謝を倹約する体をつくるというわけだ。

「倹約型プログラムとなった子どもが、生まれてから予想外の豊かな食生活で育つと、倹約型プログラミングと実際の環境がミスマッチを起こします。つまり、キャッチアップ成長(catch-up growth)が生じます」

胎内で栄養不足だった赤ちゃんに、生まれた後に豊富な栄養が与えられる。すると、体は遅れを取り戻そうとして、急ピッチで体重や身長を増やす。すなわちキャッチアップ成長とは、低栄養や病気などで一時的に成長が遅れた個体が、栄養状態の改善後に通常より速い成長を示して、元の成長曲線に追いつこうとする現象だ。

成長の遅れを取り戻す自然な反応であり、一見、順調に成長しているように見える。だが、この急激な追いつきが将来の健康に悪影響を及ぼすという。

「なぜなら倹約型プログラムとなった省エネモードの体に、急激に大量の栄養が流れ込むと、内臓や代謝機能が追いつかず、インスリン抵抗性などが生じやすくなるからです」

栄養素の中でも、臓器をはじめとした体をつくる栄養源であるたんぱく質の摂取量は、DOHaDに関連する影響が強いことが知られている。加藤教授は、ラットを用いた実験で、妊娠中のたんぱく質制限による影響を調べた。

「脳卒中易発症性高血圧自然発症ラット(SHRSP)を用いた実験において、妊娠中の母ラットたちにたんぱく質を半分に減らした餌と普通の餌をそれぞれ与え、生まれてきた子ラットたちを大人になるまで飼育しました。そして、大人になった子ラットたちに、それぞれ食塩水を与え、血圧の変化と生存率を比較しました」(図2)

Otani, L. et al. Biosci. Biotechnol. Biochem. 68, 488–494 (2004)より改変

図2 食塩負荷後の血圧と生存率SHRSPを用いた実験では、低たんぱく質食と普通食の母ラットから生まれた子ラット、そして孫ラットに、それぞれ10週齢から食塩水を飲ませた。妊娠中に低栄養だった母ラットから生まれた子も孫も、血圧が高くなりやすく、早く死んでしまう。

孫世代まで血圧が高くなり早く死んでしまう

実験の結果、非常に明白な差が出た。

妊娠中の母ラットの栄養状態が悪かったグループの子ラットは、普通の餌で育ったグループの子ラットに比べ、食塩水による血圧上昇が顕著であった。

また、妊娠中の母ラットの栄養が良かったグループの子ラットに比べ、低栄養だったグループの子ラットは脳卒中を起こす時期が早く、しかも一気に死んでしまうという厳しい結果が出た。

さらに、生まれた子ラットが妊娠して普通の餌を食べていても、その上の世代の「おばあさん」が妊娠中に低栄養だった場合、孫の世代まで血圧が高くなり、早く死んでしまうことが分かった。

「つまり、胎児の頃に低栄養である場合、塩分に対する弱さ(食塩感受性)は、孫の代まで受け継がれるということです」

なぜこのようなことが起きるのか?

「調べてみると、妊娠中にたんぱく質の少ない食事を与えられたラット(SHRSP)の子の腎臓や副腎において、血圧を下げたり血管を守ったりする役割を持つアンジオテンシン受容体type2(At2r)が減っていることが分かりました」

母親のおなかの中で成長する胎児の頃のたんぱく質不足が、出生後も「血圧を上手にコントロールする力」を弱めてしまう原因の一つになっていると考えられるのだ 。

再び疑問が生じる。なぜこのようなことが起きるのか?

「食事によるエピジェネティクスと考えられます」

これは、食生活が私たちの体のDNAの塩基配列(遺伝情報)を変えることなく、遺伝子の発現スイッチ(機能)を後天的に制御する仕組みを指す。

「遺伝子自体は変わらない。しかし、食べ物や栄養素、あるいは、いつ食べるかといった習慣で、遺伝子の発現スイッチがオンになったりオフになったりするということです」

研究では、腎臓に存在するアンジオテンシン受容体type2という遺伝子では、胎児期に低たんぱく質の環境にさらされることで、DNAのメチル化(遺伝子の働きを調節するスイッチ)と呼ばれる化学的な変化が起こり、その結果として遺伝子の働き(mRNAの発現量)が変化することが確認されたという。

加藤教授はもう一つ別の例についても説明してくれた。

「胎児期の栄養不足により、腎臓にあるPtger1という遺伝子内のDNAメチル化の状態が変化。このメチル化の変化で、Ptger1が過剰に働くようになりました。成長してから食塩を摂取すると、過剰に働いたPtger1の影響で、体内のナトリウム調節がうまくいかなくなり、結果として高血圧になりやすくなったと考えられます」

これまで「高血圧は生活習慣や遺伝のせい」と考えられてきたが、この研究成果は「胎児期の環境が、高血圧の個人差をつくる一因である」いう新しい視点を示している。

短絡的な「フードファディズム」に警鐘

これまでに述べてきたことから、妊婦への栄養指導について、改善すべき2つの課題があると加藤教授は指摘する。

1つ目は、妊娠中の栄養摂取の目標値の設定をより適切にすることだという。例えば、妊娠中のたんぱく質は、母体の血液や胎児の細胞分裂・発育に必須だ。そこで厚生労働省の「日本人の食事摂取基準(2020年版)」では、18歳以上の女性の推奨量(50g/日)に加える形で、妊娠中期は+5g、妊娠後期は+25gの追加摂取が推奨されている。

「たんぱく質の測定には、窒素出納法(窒素の出入りの量を基にする方法)と指標アミノ酸酸化法(アミノ酸の代謝量に基づく方法)があり、前者はたんぱく質の必要量がかなり低く見積もられることが指摘されています。厚生労働省が示す数値は窒素出納法によるものなので、従来のたんぱく質の必要量はかなり低すぎる可能性が示されているといえます」

また、胎児の正常な発育に特に重要なビタミンである葉酸は、DOHaDの視点からも非常に注目されている。だが、日本の場合、基準値と実際の摂取量のいずれもが低いことが問題となっている。

「適切な摂取の設定に関しては、DOHaD研究の成果を反映させて是正していくべきではないかと考えています」

2つ目は、一律的な栄養指導を、未来型に進化させることだ。つまり、加藤教授が描く未来の栄養学は、個々人のデータを基にした「精密な指導」にある。

「例えば、妊娠中期とか後期という区切りで一くくりにする今の栄養指導は、一律型です。しかし本来は、個人の遺伝子タイプと現在の体の状態を突き合わせて、最適な栄養を提供するのが理想です。これをプレシジョン・ニュートリション(精密栄養)と呼びます」

近年、個人の遺伝子情報を解析するサービスは身近なものになりつつある。例えば、アルコールに強いか弱いかといった身近なものから、血中の鉄分量やアレルギーのリスクまで、自分の「土台」を知ることができるという 。

「遺伝子(ゲノム)の情報は一生変わりませんが、エピジェネティクスや腸内フローラ、睡眠、運動などのデータは刻々と変化します。これらをリアルタイムでモニターし、AIなどで解析して、そのときのその人に最適な食事を導き出す。そういう栄養指導が広く実現できるようになるといいと思います」

しかし、そこには「コスト」という大きな壁が立ちはだかる。一人ひとりに合わせた食事指導や、病院などでそれに基づく食事を提供するのは、人件費も手間もかかるからだ。

「まずは病気の方の食事、あるいはアスリートのような高いパフォーマンスを求める分野から実装が始まるかもしれません」

それでも加藤教授は未来型栄養指導の実現・普及に期待を寄せる。一方で、テレビ番組やインターネットを介した情報で「これが健康にいい」と紹介されると、翌日には店頭からその食材が消えるという現実がある。こうした短絡的な「フードファディズム」に対し、加藤教授は警鐘を鳴らす。

「何かが体にいいと言われると、そればかり一生懸命摂るのが今の風潮ですが、それは問題です。ベースとなるバランスの良い食事があって、その上に体に良いものを積み重ねていくことが大事なのです」

では、そのためにはどうしたらいいのか。

「教育を通じてエビデンスを伝えていくことは、非常に重要です。また、自分の遺伝子の性質を知り、今の状態を知ることも大事です。そうすることで、病気を未然に防ぎ、健やかな一生を送るための対策が立てられるからです。それはまた、自分自身のためだけでなく、子や孫のためでもあるのです」

管理栄養士が一人ひとりの背景に寄り添い、科学的な根拠に基づいた個別栄養指導を行う。コストや技術の課題はあるが、エピジェネティクスとプレシジョン・ニュートリションに基づく、そんな未来型栄養指導が望まれている。

(図版提供:加藤久典)

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2026年5月10日発行
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