21億年前、原始的な細胞が細菌を取り込んでから真核生物とミトコンドリアの共生関係は始まった。以来、ミトコンドリアは細胞小器官の一つとしてエネルギーの産生をはじめ、生命活動を支える重要な役割を担い、健康に深く影響を与えている。運動機能障害や神経変性疾患などとも深く関わっていることが知られ、さらに老化やアルツハイマー型認知症との関連も注目されている。独自のDNAを持つミトコンドリアを生命の根幹を追究する手立てとして、近年、さまざまな研究が進んでいる。
特集 ミトコンドリアの存在感 〈巻頭インタビュー〉
生命活動の根幹を支える細胞小器官の祖先は細菌だった
構成/飯塚りえ
ミトコンドリアは、真核細胞の中にあるオルガネラ(細胞小器官)の一つです。真核細胞とは核を持つ細胞で、この細胞構造を持つ生物を真核生物といいます。ヒトを含むすべての動物、植物、酵母やカビなどの菌類などがこれに属します。ヒトの場合、1つの細胞当たり数百から数千のミトコンドリアを持っています。細菌やシアノバクテリアなど核を持たない細胞は、原核細胞といって、細胞の中にオルガネラがありません。
ミトコンドリアが興味深いのは、元々は別の生き物が、いわば“合体”してできた器官だということです。
元々は酸素を利用しない嫌気性細菌
酸素が存在しなかった太古の地球には、酸素を必要としない細菌が生きていましたが、そのうちシアノバクテリアが光合成を始め、その廃棄物として大気中には酸素が放出されるようになりました。そしてその酸素を使って高エネルギーを生み出す好気性細菌が出現します。この好気性細菌を、核ができつつあった別の細菌が飲み込み、分解することもなく、逆に飲み込まれた細菌が宿主を侵食することもなく、宿主細菌内で共生するようになりました。
好気性細菌を取り込んで宿主となった細菌は、元々は酸素を利用しない嫌気性細菌でした。好気性細菌を取り込んだことで、酸素を使って高いエネルギーを獲得するすべを得たのです。21億年前に起きた革命的なイベントです。
好気性細菌を飲み込んだ細菌は、核ができて真核細胞となり、取り込まれた好気性細菌はミトコンドリアへと進化しました。取り込まれた好気性細菌は、アルファプロテオバクテリア綱の菌だと考えられていますが、宿主となった細菌については、よく分かっていません。
ミトコンドリアは進化の過程で、多くの遺伝子を失っています(図1)。
Vafai SB, Mootha VK. Nature, 491: 374-384, 2012.
図1 ミトコンドリア共生の過程置き換えられないものだけを残しつつ、共生の過程で多くの遺伝子を捨て、合成されたタンパク質や脂質を戻す仕組みを確立した。
ミトコンドリアは、元々は細菌として自立していましたから、細胞と共生する以前には数千個の遺伝子を持ち、増殖に必要なタンパク質も自身で合成していました。しかし、別の細菌に取り込まれた後、好気性細菌から遺伝子が細胞核に移行したり、他の細菌から遺伝子が取り込まれたり、共生のために新しく遺伝子が発明されたりして、ミトコンドリア自身は不要な遺伝子を捨ててしまいました。ヒトのミトコンドリアには1000種類以上のタンパク質がありますが、共生の過程で、これらのタンパク質の多くは、遺伝子が宿主の核に移行し、宿主のサイトゾルで合成されてミトコンドリアに戻ってくる仕組みができました。
ミトコンドリアの遺伝は母系
現在、ヒトのミトコンドリアには13種類のタンパク質を合成する遺伝子が残っています。これらの遺伝子がすべて核に移行しなかった理由は不明ですが、ミトコンドリア内で合成されながら他のタンパク質と複合体を作るといったプロセスがないと機能することができないのかもしれません。
生物の構造にはゼロから新しく作られる部分と、既に存在する鋳型からコピーして作られる部分とがありますが、ミトコンドリアは後者の良い例です。細胞核が持つDNA(核DNA)、つまり設計図があってタンパク質やRNAといった部品を作ることができたとしても、それを組み立てる装置を持つミトコンドリアがいないと、新しいミトコンドリアを作ることができないのです。今日の細胞はすべて、太古の昔に存在した細胞が複製、分裂してきたものであるように、真核細胞と共生するように進化したミトコンドリアもずっと受け継がれてきたわけです。従ってミトコンドリアのDNAを調べれば、核DNAとは別の形で生物の進化の過程をたどることができます。
ミトコンドリアに関しては、不思議なことがたくさんありますが、ミトコンドリアが母系であることは、代表的な「ミトコンドリアの不思議」です。ヒトのミトコンドリアのDNAは13種類のタンパク質を合成していると先述しましたが、それらはすべて母親由来なのです。
まず、受精時に精子由来のミトコンドリアはほとんどが削除され、受精卵に入ったとしても父親由来のミトコンドリアは、速やかにオートファジー(ミトコンドリアの自食作用)等により分解され除去されてしまうことが報告されています。卵子と精子、それぞれのミトコンドリアのDNAはもちろん異なりますが、分解される側の精子由来のミトコンドリアに除去されるべき目印があるのでしょうか。生物のスタンスからすると、DNAが多様になれば病気のリスクが下がるなど環境の変化に対応しやすいはずです。にもかかわらず、一方のDNAだけを維持するという仕組みをミトコンドリアが持っているのは大変興味深い現象です。
ミトコンドリアの機能は多岐にわたりますが、最もよく知られているのは、エネルギーの産生でしょう。ヒトのミトコンドリアの場合、取り込んだ栄養と酸素を利用して、毎日、そのヒトの体重と同程度のアデノシン三リン酸(ATP)を産生しています。細胞の中の発電所といわれるゆえんです。こうしてエネルギーの大量生産に成功したおかげで、真核細胞はそれまでのおよそ20倍ものエネルギーを作れるようになり、それが多細胞生物への進化を助けることにもなりました。
ミトコンドリアのATP産生は、水力発電に例えられます。ダムが水の落差を利用して電力を生産するように、2枚の膜で囲まれた構造を取っているミトコンドリアは、その内膜の内側と外側で水素イオンの濃度の差とそれに伴う電位差を生じさせ、この濃度の勾配を利用して水素イオンの流れをつくります。水素イオンの通路には、 “タービン”の役割を果たす酵素があり、水素イオンが流れるとタービンが回るように内膜でエネルギーの通貨たる、ATPが産生されます。
これ以外にも、ミトコンドリアの大きな機能として鉄硫黄クラスターの産生があります。ミトコンドリアがエネルギーを産生する過程で、電子伝達系の酵素の補因子として鉄硫黄クラスターが必要だからです。鉄硫黄クラスターは、ミトコンドリア内ではクエン酸回路やDNAの維持にも必要ですし、ミトコンドリアの外でも遺伝子発現を制御するなど、生命活動に不可欠な多くの役割を担っています。
そもそも鉄硫黄クラスターは、生命が発生した細菌のときから酵素が必要としていた補因子ですから、自身で産生する仕組みはそれぞれ持っていました。それが、ミトコンドリアと共生した途端に、2種類も必要ない、とばかりに産生をミトコンドリアが担うようになりました。それ以外にもアミノ酸や脂質の代謝の一部も、ミトコンドリアに任せてしまいました。飢餓状態になったときには、脂質からエネルギーを作るのもミトコンドリアの役割です。
少量のDNAを漏出するというシグナル
ミトコンドリアは、こうして宿主との共生を模索しながら21億年かけてこれだけ形を変え、互いになくてはならない存在になりました。ATPや鉄硫黄クラスターの産生は、劇的に進化するための大きな要素でしたが、その後も共生の関係において、さまざまなところで互いを利用した機能を発明しています。
例えば、ミトコンドリアのDNAが自身の膜をすり抜けて外に出てくる、という現象があります。ミトコンドリアのDNAは、ミトコンドリアの機能に重要なタンパク質を作るために必須です。そのDNAが外に出てくるのは、重大なことです。しかし重大だからこそ、でしょう。これを非常事態宣言のシグナルとして使うようになりました。極端な例としては細胞のアポトーシス(自死)の誘発が挙げられます。ミトコンドリアから、DNAだけでなくタンパク質も出てきて「死んだほうがいい」という宣言をするのです。
さらに最近の研究において、「DNAが少し出てくる」例が報告されています。細菌やウイルスに感染して免疫応答を起こす必要がある、といった場合に「少しだけ」DNAをミトコンドリア外に漏出するというシグナルを使うのです。しかも、免疫応答が引き起こされた後は、ミトコンドリアは平常時の状態に戻ります。共生している間に、普段とは違う現象を起こすことによって細胞全体、あるいは個体が応答する仕組みも発明したのだろうというのは、非常に興味深い点です。
ところで、ミトコンドリアは、教科書でもよく知られており、豆のようなイラストもなじみがあるかもしれません。しかし、実際は、細胞の中に単体で存在するのではなく、ひも状に融合したり、ときにバラバラになったりしながら絶えず動き回っています(図2)。そして、自身の損傷箇所を修復したり、損傷が激しい場合は、ミトコンドリアが丸ごと分解されたりしながら増殖しています。
図2 酵母細胞内のミトコンドリア細胞内に並ぶ黄色の部分がミトコンドリア。分裂に伴って伝播していく様子も捉えた。
2枚の膜で囲まれているミトコンドリアには、外膜、内膜、そして水溶性区画の膜間部と内腔にあたるマトリックスの4つの区画が存在します(図3)。各区画では膜の内外で起こる生化学反応が適切に行われるよう、各区画固有のタンパク質が働いていますが、これらのタンパク質は外から取り込まれたり、マトリックスで作られたりしてから各区画に正しく移行します。外膜や内膜の脂質も外から運ばれて、ミトコンドリア内で膜間を移動し、さらに適切な脂質に変換されて、タンパク質の働きを助けています。私たちの研究室では、こうしたミトコンドリアのタンパク質や脂質の運搬システムを研究しています。
(図版提供:イメージマート)
図3 ミトコンドリアの内部構造ミトコンドリアの内部構造は、2枚の膜で囲まれている。外膜、内膜、水溶性区画の膜間部と内腔にあたるマトリックスの4つの区画で構成される。
先に触れたように、ミトコンドリアは自分自身をコピーしながら作られていくオルガネラです。既に存在するミトコンドリアが拡大し、分裂することで増えていきます。ということは材料がどのように運搬され、どのように処理されているかを知ることは、ミトコンドリアがどのように自分自身を作り、その健康を保っているか、細胞が持っているミトコンドリアの「生合成と機能維持」の仕組みを知るための鍵となります。こうした仕組みが分かれば、ミトコンドリアが健康に保たれ、細胞の健康が維持され、ひいては私たちの健康を維持する仕組みの理解にもつながるのではないかと考えています。
老化による機能低下との関係
実際、ミトコンドリアの研究が進むにつれ、さまざまな疾患との関わりが見えてきています。ミトコンドリア病はミトコンドリアでエネルギーが作れなくなり、運動機能障害や内臓の障害が出る疾患として知られています。それ以外にも、例えば、神経変性疾患はミトコンドリアの品質管理と結びついていることが分かってきました。老化やアルツハイマー型認知症との関連も注目され、広く研究されています。
元気なミトコンドリアを増やす、ミトコンドリアの活性化には、プチ断食やウォーキングなどの有酸素運動が有効とされています。正常な働きを維持するには、適切にミトコンドリアを補充する必要がありますから、細胞機能そのものが正常に維持され、タンパク質や脂質の適切な補充が行われる必要もあります
数百から数千という細胞内のミトコンドリアは、さまざまな状態にあり、活性の盛んなものもあれば、機能不全のものもあり得ます。そして機能が低下したミトコンドリアの割合が増えてくると健康に影響が出てくるわけです。逆に言えば、元気なミトコンドリアの量を増やせればいいのですが、一方でミトコンドリアには自身の量をモニタリングして、減りすぎたり増えすぎたりしないように制御する仕組みもあります。量の調整に関しては、さらに研究が必要ですが、タンパク質や脂質の輸送、機能化、品質管理による生合成、すなわち産生のメカニズムはかなり明らかになってきました。そこで、この量を調整する仕組みと、産生の引き金の部分に働きかけることができれば、一時的にミトコンドリアを増やすことが可能になるかもしれません。
超高齢社会において、いかに健康寿命を延ばすかということに、関心が集まるようになりました。老化による機能低下を調べていくとミトコンドリアに行き着くことが多いことから、近年になって一気にさまざまな研究が進んできています。
加えて、ミトコンドリア研究が広がる理由の一つには、長い進化の過程で、「こんなことにも使える」「あれにも使おう」とミトコンドリアの機能がどんどんと細胞によって発明され、もはや私たちの細胞はミトコンドリアの存在によって最適化されている、危機管理ができている、といった具合にミトコンドリアに大きく依存していることが分かってきたからでもあります。進化生物学のような視点からも、あるいは、さまざまな疾患や老化といった現実的な問題にも、ミトコンドリアは次々に新しいテーマを提供してくれています。
今後も各分野で新しい発見が続くことでしょう。






