特集 知られざる粘菌の世界 〈巻頭インタビュー〉
考えることなく最適解を提示する単細胞

構成/飯塚りえ

倒木や腐葉土に広がる黄色いゼリー状の物体が変形菌だ。脳も神経系も持たないこの単細胞生物が、迷路を最短経路で解き、関東圏の鉄道網に酷似したネットワークを形成する。北海道大学の中垣俊之教授はこの振る舞いを実験で示してイグ・ノーベル賞を2度受賞、絵本『かしこい単細胞 粘菌』ではその驚きを子どもたちに伝えた。変形菌は「考えて」はいない。しかし局所的なルールの積み重ねが最適解を生み出す。その現象が導くのは「知性とは何か」という根本的なテーマだ。

北海道大学電子科学研究所教授

中垣俊之(なかがき・としゆき)

1989年、北海道大学大学院薬学研究科修士課程修了。製薬企業勤務後、名古屋大学大学院人間情報学研究科博士課程入学、1997年に学術博士。理化学研究所を経て、2000年、北海道大学助教授、2010年、公立はこだて未来大学教授、2013年、北海道大学電子科学研究所教授。2017〜2021年、同所長。専門は物理エソロジー。公立はこだて未来大学理事、中部大学フェローを兼務。2008年と2010年にイグ・ノーベル賞受賞。

木々の多い公園などを歩いていると、倒木や腐った落ち葉の上に、鮮やかな黄色のゼリー状のものが広がっているのを見かけることがあります。触れると少し粘り気があって、不思議な存在感があります。それが、私が今、研究室で飼育しているモジホコリという「粘菌」です。

変形菌と細胞性粘菌の2つに分類される

粘菌という名前を聞いたことはあっても、それが何者なのかを正確に知っている人は少ないかもしれません。

「五界説」とは、生物を、細胞構造や栄養摂取方法に基づいて「原核生物・原生生物・菌・植物・動物」の5つ(界)に分類した生物の分類体系です(図1)。これに従うと粘菌は「原生生物(プロチスタ)」というグループに入ります。真核生物、つまり核を持つ細胞からできている生き物のうち、動物でも植物でもカビやキノコといった菌類でもないもの、それがプロチスタです。ゾウリムシ、アメーバ、ミドリムシのような単細胞の生き物が代表的ですが、ワカメや昆布のような多細胞の生き物もこのグループに入ります。

図1 五界説生物を「原核生物・原生生物・菌・植物・動物」の5つに分類した体系。粘菌はこのうち「原生生物(プロチスタ)」に属する。近年の遺伝子解析により、このグループの多様性はさらに広いことが分かってきている。

近年、遺伝子解析の技術が飛躍的に進んだことで、プロチスタの遺伝的多様性がいかに広いかということが分かってきており、今後、研究が進めば、その分類がいっそう精査されていくと考えますが、粘菌はこの中でも研究の進んだ生物といえます。

粘菌は土の中や森の地面に積もった枯れ葉などの腐葉土層の中にたくさん住んでおり、大きく分けて、「変形菌(真正粘菌)」「細胞性粘菌」の2つに分類されます。変形菌と細胞性粘菌の最大の違いは、細胞が「融合」するのか、「集合」するのか、という点にあります。

変形菌は、胞子から発芽するとまず小さなアメーバ細胞が生まれます。これが分裂せずに細胞質だけを広げて変形体となります。核はどんどん増えますが、細胞としては1つのままです。同じ種類の変形体同士が出合うと融合して1つになる性質があり、条件が整えば数十㎝、m単位にまで大きくなります。

また、変形体は、内部の細胞質を体内の管の中で収縮・拡張させて移動します。アクチンやミオシン、つまり私たちの筋肉にも存在するタンパク質を利用して伸縮し、非常に規則的な周期で往復運動を繰り返し、巨大な単細胞を動かしています。カルシウム濃度の変動がこの周期を制御している点は、心臓の細胞が脈を打つ仕組みとよく似ています。

一方、細胞性粘菌は、普段は単細胞のアメーバとして個別に生きていますが、栄養が乏しくなるとcyclic AMP(cAMP)というシグナル物質を放出して仲間を呼び集め、数万もの細胞が合体して多細胞の塊を形成します。融合するわけではなく、それぞれの細胞は個別のまま塊として動き回り、最終的には「子実体」というキノコのような形になって胞子を飛ばします。細胞性粘菌も、アクチン、ミオシンといったタンパク質が個々の細胞が動くために使われますが、変形菌のような巨大な単細胞体にはなりません。

最終的には2カ所の餌場を最短で結ぶ

私が長年の研究対象としてきたのは、変形菌の一種モジホコリです。研究室で実際に飼育しており、その姿は、日々変化していきます。変形体は、系のような爽やかな香りがする、と感じる人もいれば、薄れた畳のにおいのようだ、と言う人もいます。

私は、この変形菌の研究で、ノーベル賞のパロディとして知られるイグ・ノーベル賞を、2008年と2010年の2度にわたって受賞しました。

最初の受賞につながったのは、迷路を使った実験です。この実験では、4㎝四方ほどの変形菌をあらゆる道に広がるように全体に置きます。1匹の変形菌が迷路全体に広がった状態です。次に、ある2カ所にだけ餌を置きます。すると変形菌はまず、餌がない、行き止まりの道からすぐに体を引き上げていきます。行き止まりでなくとも、なかなか餌にたどり着かないルートでは、伸ばした管が段々と細くなり、最終的には切れてしまいます。変形菌は、2カ所の餌場につながるすべての経路に管を作るのですが、それが次の段階では次第に、遠い経路から体を引き上げ、最終的には2カ所の餌場を最短の経路で結ぶのです。

繰り返し実験を行いましたが、約半数の試行でほぼ最短経路を実現する結果が出ました。実験の観察によって、管を伸ばすときには、原形質の量が多ければ太くなり、少なければ細くなって最終的には切れてしまう、というルールがあることが分かりました。変形菌にとってみれば、1つの個体を維持させつつ、体内の通信効率を最大化するために、できるだけ太く短い管を作ることが最もコストを抑えられます。そこで、餌のある場所に多くの原形質が流れるほど管は太くなり、流量の少ない経路は自然にされます。つまり全体最適は、局所的なルールの積み重ねから自発的に生まれてくると考えられました。この観察は後に、管内部の流量によって管の太さが変化するというルールに従う数理モデル(粘菌アルゴリズム)の定式化につながっています。

2000年の論文では、迷路の最短距離を進むという点に絞って発表しています。迷路は「知能を測る標準的な試験」として社会的に広く認知されていることもあり、目に止まったのだと思いますが、論文の基となった実験では、変形菌のさまざまな振る舞いを観察していました。餌の量によっては最短距離を取ろうとせず、経路が遠かったり複数になったり、あるいは変形菌が2つに分裂してしまったりといったばらつきを見せていました。

これらの知見を経て、次に発表したのが粘菌ネットワークと関東の交通網の関係です。迷路の最短距離を導き出すなら、粘菌に交通網を作らせてはどうだろうかと考えたのです。この論文で2度目のイグ・ノーベル賞を受賞しました。

実験では30㎝四方の寒天プレートに関東地方の地図を描き、主要都市に相当する場所に餌を置きます。山間部や河川・海などの障害物にあたる所には、変形菌が嫌う光を当てます。そして変形菌を東京駅の位置に置いて観察を始めたところ、変形菌は、各都市の餌を効率よく結ぶネットワークを形成していきました。驚くことに、そのネットワークは、関東圏の実際のJR路線図と非常によく似た形になったのです(図2)。この結果について、私は「変形菌がすごい」というよりも、むしろ「交通網が変形菌に近いのがすごい」という感想を持ちました。変形菌は純粋に餌を求めて最適解を導き出したのですが、人間が決める交通網には、利益誘導や政治的な力関係など、思惑が生まれているはずです。にもかかわらず関東圏の鉄道網が、意外にも変形菌のアルゴリズムに匹敵するものになっていたことに感心したのです。

(画像提供:公立はこだて未来大学 髙木清二准教授)

図2 変形菌が導き出したネットワークと関東圏の実際のJR鉄道網実験で変形菌によって作られたネットワーク(左)と、関東圏の実際のJR路線図(右)。経済性・迂回性・効率性の3点において、両者は高い一致度を示す。

この実験の本質は、「なるべく短くつなぐ」という経済性だけでなく、「路があること(故障時にもつながっていられること)」と「全体として効率よくつながること」の3つの要素を同時に、自然な形で実現していることにありました。インフラとしての鉄道網が持っていてほしい3つの性質を、変形菌はバランスよく達成していたのです。

この変形菌のアルゴリズムをコンピュータシミュレーションに応用することも進んでいます。流量が多い所の管が強化される、というシンプルなローカルルールを方程式として書き出すと、都市の規模や予算の制約に合わせた最適ネットワークを導き出すことができたのです。電力網や避難経路の最適化など、実用的な応用研究で採用されていました。

もう一つ、変形菌の興味深い振る舞いに、「時間の記憶」があります。

通路状の溝に変形菌を置き、気温25℃、湿度90%という彼らにとって快適な環境に置きます。1時間後に温度と湿度を急に下げると動きを止め、10分後に元に戻すと再び動き始めます。これを3回繰り返し、次の1時間後には環境を変えませんでした。しかし、100回の試行のうち約半数の変形菌が、まるで「変化が来る時間だ」と読んだかのように1時間後に自ら動きを止めました(図3)。外部からの刺激がないにもかかわらず、変形菌は「1時間後に変化が来る」というパターンを体の中に刻み込んでいたかのような振る舞いをしたのです。

(イラストレーション:斉藤俊行)

図3 「時間を記憶」する変形菌快適な環境と不快な環境を1時間置きに切り替える操作を3回繰り返したところ、4回目は環境を変えなかったにもかかわらず、約半数の変形菌が1時間後に自ら動きを止めた。脳を持たない単細胞生物による、時間パターンの保持を示す実験。

粘菌のこれら一連の実験は、神経ネットワークを持たない粘菌があたかも知性を持つかのように感じさせるかもしれません。しかしそれはあくまでも「原生的な知性」であって、言語や意図といった類いではなく、ほぼ反射です。

その場のルールを愚直に繰り返した結果

知性とは何か、を考えるうえで参考になるのが、ノーベル経済学賞を受賞したアメリカのハーバート・サイモンの考え方です。彼は、企業の意思決定を研究する中で「限定合理性」という概念を提唱しました。人間は完全な情報と無限の計算能力を持つ「合理的な存在」ではなく、限られた情報と能力の中で、ある程度納得できる判断を下しながら行動している、というものです。このサイモンの考え方を借りて粘菌の行動を解釈すれば、粘菌が複雑な行動を取ることも、結局は環境の複雑さを反映しているに過ぎないといえます。

粘菌が最短経路を導き出したのは、流量の多い管を太くするだけというその場のルールを愚直に繰り返した結果です。これは、厳密な計算の代わりに経験則から妥当な答えを導き出すヒューリスティクス(発見法)と呼ばれる考え方に通じます。ネットワークの最適解を全組み合わせで解くのは不可能です。仮に交差点1つで3通りの選択肢があるとすると、交差点が2つなら3×3で9通り、10個なら約6万通り、20個なら約35億通りと、交差点が1つ増えるごとに必要な計算は増えていきます。交差点が200個ともなれば、スーパーコンピュータを使って計算し続けても、到底終わりません。

カーナビは「ダイクストラのアルゴリズム」という手法で地図を階層化し、近似解を素早く出す工夫をしています。粘菌の「計算」はそれとも違います。全組み合わせを計算するのでも、地図を階層化するのでもなく、ただ現場でのルールを繰り返すだけで、実用に足る答えを素早く出します。むしろ人間がパッと地図を見たときに「なんとなくこう行けばいい」と感じる大局観に近い、と私は思います。迷路を解いても、鉄道網を描いても、粘菌は「考えて」はいません。しかし、依然としてその振る舞いが最適解を生み出しています。そのギャップこそが、粘菌研究の最も興味深い点ではないかと感じています。

知の原型は細胞にある

粘菌の研究を通して、私は「知性とは何か」という根本的なテーマを問い続けてきましたが、今、「知の原型は細胞にある」という一つの考えに至っています。研究の根底には、単細胞生物の原生的なものから、人間の高度なものにまで、どのような進化の道筋をたどって「知性」が生まれてきたのか。その経路を系統的に捉えたいという思いがあります。

近年は東北大学の石川拓司教授らとともに「ジオラマ行動力学」という新たな研究領域を立ち上げ、2021年には学術変革領域研究にも採択されました。自然に近い複雑な環境の中に粘菌のような原生生物を置き、どのように情報処理を行うかを観察・定式化しようという試みです。

生物の行動研究には「走性」という概念があります。刺激があると引き寄せられる、あるいは逃げる、という最も基本的な反応です。粘菌でいえば、好きな刺激は餌や特定の化学物質、嫌いな刺激は光や乾燥、有害な化学物質などです。

ジオラマ行動力学では、まず「好きな刺激が1つ、嫌いな刺激が1つ」という最もシンプルな状況から始めます。次に「好きな刺激が2つあったらどちらへ向かうか」「好きなものと嫌いなものが同時にあったらどうするか」「刺激が一定時間で消えたり現れたりしたとき、予測的に動けるか」というように、段階的に環境を複雑にしていきます。そうやって実験室の環境を少しずつ野外に近づけていくことで、生き物が複雑な状況にどう対応しているかの本質に迫ろうとしています。知的な情報処理が、細胞を作っている物質の動きとしてどのように実現するのか。その問いの答えはまだ分かりません。分からないなりに、粘菌をはじめとした原生生物を手がかりに、知の原型を探る研究を続けていきたいと思っています。

(図版提供:中垣俊之)

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