特集 知られざる粘菌の世界 自他を「認識」する変形菌の非常識な生態

構成/飯塚りえ

変形菌は単細胞生物でありながら、1つの細胞のまま巨大化するという特殊な生態を持つ。さらに驚くべきことに、自己と非自己を正確に見分ける能力まで備えている。同種であっても出身の異なる個体は数時間かけて識別し、融合できないと判断すれば静かに回避する。直接触れずとも、分泌した粘液鞘のシグナル物質で相手を見分けることも可能。この自他認識の解明は、多細胞生物の進化の起源や「生物にとって自己とは何か」という根本問題への理解を深める鍵となる。

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程

増井真那(ますい・まな)

2001年、東京都生まれ。5歳で変形菌と出合い、6歳から飼育を、7歳から研究を始め、9歳から現在まで「変形菌の自他認識」の解明に取り組む。17歳で国際学術誌に論文が初掲載。16歳で著書『世界は変形菌でいっぱいだ』(朝日出版社)、20歳で『変形菌ミクソヴァース』(集英社)を上梓。受賞、講演、寄稿、メディア出演など多数。

変形菌は粘菌とも呼ばれ、変形菌(真性粘菌)以外に「粘菌」がつく生物として細胞性粘菌などがあります。それらは、昔は菌類とされていたことがあり、“菌”の名前はその名残で、現在では植物でも動物でも菌類でもない生き物、アメーボゾア(アメーバの仲間)に分類されています。

私が研究対象としている変形菌がすんでいるのは、ジメジメとして、日光が直接当たらない場所です。森の中はもちろん、街中の街路樹の根元、道路脇の排水溝にたまった落ち葉の中に変形菌を見つけることもあります(図1)。

図1 身近な場所に潜む変形菌変形菌は、豊かな大自然の中だけでなく、公園や道路脇など、私たちの身近な場所にも生息している。

1つの細胞のまま巨大化する

木の切り株や落ち葉にアメーバ状の変形菌が張り付いていることがありますが、これは「変形体」と呼ばれる形態で、活動し成長するときの姿です。ごく小さなものから数十㎝、ときには数mという巨大なサイズのものも見つかっています。自在に形を変える変形菌ですが、実は単細胞生物です。ヒトの体は何十兆もの小さな細胞が集まって構成されていますが、変形菌の変形体は、たった1つの細胞のまま巨大化しているのです。細胞膜に包まれた1つの細胞の中に、核や細胞質などが含まれているという点では他の生物と同じですが、変形菌は膨大な数の核を持ち、1つの細胞の形を自在に変えながらどこまででも大きくなれます。世界で一番大きな細胞の一つといえるでしょう。

変形体は普段、網目状の体を広げながら、時速1㎝ほどで移動し栄養を摂取します。口などないように見える変形体ですが、実は体の表面全体から細菌や菌類を食べることができます。またキノコなどに覆いかぶさって消化酵素を出すことで、ドロドロに溶かしながら食べることができます。

変形体の中は大忙しです。管状の体内の中では栄養や核が細胞の中を秒速1㎜ほどで流れています。この原形質流動は生物最速クラスの速度で流れ続け、変形菌はこの力で移動しています。非常に興味深いのは、この作用がヒトの筋肉と同じ原理に基づいている点です。ヒトの筋肉はアクチンとミオシンという2つのタンパク質が機能して収縮しますが、変形菌も同じタンパク質の働きで、寄せては返す原形質流動を生み出し移動します。ヒトと同じ仕組みで動いていることに親近感を覚えます。

栄養を摂取し十分に成長した変形体は、子孫を残すために「子実体」へと変身します。子実体の多くは小さなキノコのような形をしていて、内部には、ヒトの細胞とほぼ同じ大きさの10㎛ほどの胞子が何百万と格納されています。変形菌の子孫となる胞子は風に乗って飛散します。変形体の状態では、日の当たらない場所を好み生息していますが、子実体が大量の胞子を効率的に飛ばすには“表”に出る必要があります。子実体が日の当たる場所でよく見つかるのはそのためです。

風に乗った胞子は、時に成層圏まで達し、大陸間を横断することもあるといわれています。そうして適した環境に落ちた胞子は発芽し、「粘菌アメーバ」といわれる小さなアメーバが生まれます。粘菌アメーバは単細胞で活発に動き回りながら増殖します。この段階では「交配型」と呼ばれる、性のようなものがあります。種によって交配型の数は異なり、1つの種の場合は、ほぼクローンとして増え、2つの種は相手を選んで接合します。中には720通りもの交配型を持つ種もあります。

生き方の理解は更新され続けている

相性の合うアメーバ同士は接合し、遺伝的に新たな存在となり、再び変形体を形成します。接合前後で、生物学的には別のものとなるのです。この新たな変形体は栄養を蓄えながら成長し、およそ1週間で0.5〜2㎜ほどの大きさになります。さらに成長を続け、そして再び変身して子実体を作る——といった流れを繰り返すのが変形菌のライフサイクルです。

ここまでお話ししてきましたが、変形菌という生き物は、実はまだよく分かっていないことだらけです。例えば変形体から子実体に変わるきっかけは、「飢餓」と「光」とされていましたが、必ずしもそうではないことが最近の私の研究で分かってきました。変形菌の基本的な生き方の理解は更新され続けています。

同じ形や表情を二度と見せることなく、時にダイナミックな変身を遂げる。変形体の動きや生き方、そして「無限の造形美」は、私をはじめとして多くの人を魅了しています。さらに、アメーバ状の変形体から粒状のプルプルとした未熟な状態を経て、乾燥し成熟した子実体に変化するまではわずか8 時間ほどです。一夜にして、1つの変形体が大量の子実体に変身する様は劇的で驚かされます。

種ごとに異なる個性があり、その姿は観察していて飽きることがありません。変形体たちと暮らしてきた私には、彼らがまるで表情や仕草を持つかのように感じられます。向かい合って相談しているように見えたり、驚いて「逃げろ」と慌てているような形になったり、だらんと脱力した格好をしていたり——そんな視点で見る変形体はとても愛らしく見えます(図2)。

図2 イタモジホコリの豊かな表情さまざまな動きを見せる変形体を見ていると、愛着が湧いてくる。

変形菌の魅力は変形体だけではありません。子実体は種によって形や色が多様で「森の宝石」とも呼ばれ、熱心なコレクターがいるほどです。シャンパングラスのような形をしたサカズキホコリ、鮮やかな水色のアオウツボホコリなど、種ごとの多様な姿は、圧巻です(図3)。

図3 多様な子実体の魅力変形菌の子実体は種によって形態が大きく異なり、球形、糸状、サンゴ状など多様な構造をとる。内部には胞子が形成され、成熟すると風によって散布される。

私は、6歳から自宅で変形菌の変形体を飼育しながら観察や実験を繰り返していました。最初は変形体が餌を探す行動を種ごとに観察していましたが、やがて興味は変形体と変形体が出合った際の行動に進みます。そしてあるとき、変形体同士が互いを見つめ合うかのように動きを止め、対話をしているようなシーンに遭遇しました。それは、「変形菌の自他認識」という、私の現在の研究テーマが生まれた出来事でした。

自他認識といってもイメージが湧かないかと思いますが、プラナリアなど、切断しても再生し増殖する生物は、何種か存在しています。しかし変形菌の変形体は、“他者”と融合して1つの自分になることができるのです。そのとき変形菌は、他者と融合してもなお自己のままなのか、それとも新しい自己となるのか。そもそも他者の細胞を自己の細胞に取り込むことができるのは、なぜなのか。観察で生まれたこのような疑問は、私の研究の基盤となっています。

小学3年生で始めたこの研究はその後も続き、変形菌は融合できる相手とできない相手を正確に識別していることを実験から明らかにしました。変形菌には自他を見分ける力があるのです。私の研究はこの力の仕組みと意義を理解することを目的にしています。

変形菌の自他認識において、想定できる他者は、①分裂した自己、②同じ種類の変形菌でも出身地が違う別の株(同種異個体)、③異種の3者です。これらについて、自他認識行動を観察/分析しました。

①は、出合うとすぐに融合します。接触した部分に太い管を形成し、手をつないだように1つの細胞になります。完全に同じ遺伝情報を持っているので、当然と言えば当然です。

興味深いのは②です。同種異個体同士は融合できるのでしょうか。産地の違うイタモジホコリの変形体同士で実験すると、出合った際にじっくりと考え込むような様子が見られました。場合によっては3時間ほどとどまり、融合できない相手と判断すると、静かにお互いを回避していきます。日本各地の5つの産地から同じ種類の変形菌を採取し、総当たりになるよう組み合わせて検証したところ、10組のうち9組が融合できず、1組だけが融合できました。変形菌は同種であっても、正確かつ厳格に相手を識別しているのです。

③の異種同士は当然、融合しません。しかし興味深いことに、融合しないどころか、相手のことを認識することすらできないようなのです。モジホコリとアカモジホコリで実験すると、両者が出合っても相手を無視して移動を続けるため、絡み合ったり、相手に乗り上げたりしてしまいます。融合したり、回避したり、捕食したりすることはなく、無視して通り過ぎていくのです。同種の変形菌を細かく識別する仕組みがあるのに、異なる種の変形菌は、そこにいるかどうかさえ見分けられません。研究が進むにつれ、変形菌の自他認識行動がますます不思議に思えてきます。

直接触れなくても相手を見分けられる

ところで、変形体には眼に相当する器官が備わっていないのですが、どうやって出合った変形菌のことを見分けているのでしょう。しかも場合によっては、出合うと、相手から1㎜ほどの距離でじっと考え込むように動作を止めている例がよく見られます。

そこで私は変形菌の分泌物に注目しました。変形体は細胞がむき出しになっているのではなく、粘液鞘と呼ばれる、分泌した粘液に包まれています。ここに互いを認識する物質が含まれているのではないかと考えました。

粘液鞘だけを集めて変形菌を出合わせる実験をしたところ、融合できる相手の粘液鞘には侵入していき、融合しようとするかのように動き回りました。一方で、融合できない同種異個体の粘液鞘はきれいに回避しました。つまり、粘液鞘には自己の情報を発する何らかのシグナル物質が含まれていると考えられます。変形体は直接触れなくても粘液を介して相手を見分けることが可能で、このような非接触型の自他認識は、より早く相手を識別できる仕組みだということも分かりました。

改めて見ると変形菌の自他認識の仕組みは「融合できる可能性がある同種を正確に見分けている」ともいえます。生物にとって、他者を受け入れることは大きなリスクを伴う事象であり、免疫系など、基本的には非自己を侵入させない仕組みを持ちます。他方で変形菌は、同種のみを識別するという、他者を受け入れることに特化した仕組みを発達させてきたと捉えることができます。さらに、回避する場合は数時間かけて判別しますが、融合するときは数分から数十分です。生物の一般的な常識に照らせば「本当に融合していいのか」という判断にこそ時間を費やすはずです。

しかし、変形菌はむしろ「本当に融合できないのか」を丁寧に判断している点が非常に興味をそそります。融合は、子孫を残して増殖するうえで不可欠ではありません。にもかかわらず、なぜこのような仕組みを獲得したのかなど、変形菌には未解明の部分が多く、さらに研究を進めているところです。

地球上の生物は単細胞生物(細菌など)から多細胞生物(動物、植物など)へと進化してきました。その進化の過程にいるのが、アメーボゾアに属する変形菌です。この不思議な生物の生態を解明することで、なぜ多細胞生物が登場したのか、そもそも生物にとって自己とは何かといった、生物学の根本的なテーマへの理解が深まるかもしれません。

生物はそれぞれ“見ている世界”が違っており、だからこそ環境への適応もさまざまな形で進化してきました。適応の仕方に優劣があるわけではありません。変形菌は身近でどこにでもいる生物ですが、人間とはまったく違う世界に生きています。生物の進化においても、生物学にインスピレーションを与えるという意味でも、とても重要な生き物だと考えています。

(図版提供:増井真那)

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2026年7月10日発行
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