特集 農業革命 メタンの排出を抑制しつつ収穫量を上げる技術開発

構成/大内ゆみ  イラストレーション/千野六久

地球温暖化の主な原因とされる温室効果ガスは二酸化炭素が75%を占めるが、実はメタンの地球温暖化係数は二酸化炭素の約25倍にも及ぶ。湿地やウシなどのげっぷが発生源として知られているが、世界で約10%、日本では約40%が水田由来のメタンだ。アジア各国は水田稲作を採用しており、その人口が増加傾向にあることを考慮すると、水田からのメタン排出は決して無視できない。持続的なコメ生産のためにも、メタン発生を抑制しつつ収穫量を上げる技術開発は待ったなしだ。

東京農業大学応用生物科学部教授

犬伏和之(いぬぶし・かずゆき)

1984年、東京大学大学院農学系研究科農芸化学専門課程修了。農学博士。国際稲研究所グラデュエートフェロー、東京大学助手、三重大学助教授、国際協力事業団 ハンガリー・テシェディックシャムエル大学農水環境学部技術指導専門家、千葉大学教授、同大園芸学部副学部長などを経て、2022年から現職。千葉大学名誉教授グランドフェロー。日本学術会議連携会員など。研究テーマは循環型農業と土壌の役割解明、温室効果ガス代謝と土壌肥料。

地球温暖化の原因となる温室効果ガスには、二酸化炭素(CO2)、メタン(CH4)、一酸化二窒素(N2O)などがあります。温室効果ガスの総排出量中、最も多いのが二酸化炭素で、次に多いのがメタンです。二酸化炭素が約75%を占めるのに対しメタンは約18%と、二酸化炭素よりも排出量が少ないものの、温暖化への影響を示す地球温暖化係数は、二酸化炭素の約25倍もあり、決して無視できない温暖化効果があります。

日本の発生量の約4割が水田由来

メタンの主な発生源には、湿地や貯水池などの他に、ウシなどの動物のげっぷや水田があり、私たちの食に大きく関わっています。地球上の産業活動でのメタン発生量のうち約1割が水田由来であるとされ、コメの生産量が多い日本においては、その割合は約4割にも上ります(図1)。また、日本のみならず、世界の半数以上の人々がコメを主食とし、特に人口が増加しているアジアの国々では水田面積が拡大していることから、メタンは世界的に増加傾向にあります。メタン発生の抑制は、地球環境と調和し持続的なコメ生産を可能にするために喫緊の課題となっています。

国立環境研究所. 日本国温室効果ガスインベントリ報告書(2024年)を基に作成

図1 日本における各分野のメタン排出量の割合(2022年度)日本のメタン排出量は稲作からが44%と最も多く、家畜のげっぷに伴う排出、家畜排泄物管理に伴う排出が続く。

日本では古くから、水田からポコポコと発生する気泡を「ワキ」と呼び、何らかのガスが発生し、それが稲の生育に悪影響を及ぼすことが経験的に分かっていました。ワキには、高濃度のメタンが含まれていますが、メタンそのものは稲にとって、さらにいえば人体にも無害で、有害なのはメタンとともに発生する硫化水素です。こうしたガスが発生するのは、土壌中の微生物が有機物(炭素を含む化合物)を分解した結果であり、温室効果ガスの問題が出てくる前から、水田土壌の研究が行われ、なぜ水田からメタンが発生するのか、以下のようなメカニズムが明らかになっています。

水がなければメタンもなくなる

土壌中には多種多様な微生物が存在していますが、田んぼに水を張ると、土壌中の酸素が少なくなり、酸素がない環境下で生存する古細の一部が活発化して、メタンを作り出します。作り出されたメタンが、主に稲の茎や根の空気の通り道であるを介して、葉身(葉の中心部分)と葉鞘(葉身と茎の接続部分)から、さらに一部は気泡として、大気中に放出されるのです(図2-A)。

  • 古細菌:細菌とは区別される原核生物で、高熱・高塩濃度下など特殊な環境で生育する細菌の総称。メタン生成細菌、高度好塩菌など100種類以上が知られている。

つまり、水がなければメタンもなくなります(図2-B)。このため、日本では「中干し」を活用した対策が進められています。中干しは最高分げつ期(茎数が最も多くなる時期)ごろにいったん水を抜き、土壌を乾かすという水管理法で、夏の暑い盛りに行われることから「土用干し」ともいわれています。もともと中干しは、硫化水素や有機酸など稲にとって有害な物質を抑制して根の成長や耐久力を高めるとされ、一般的な水稲栽培におけるプロセスの一つとなっています。

図2 水田におけるメタン生成、酸化、放出酸素が少ない土壌中では、メタン生成菌(古細菌の一部)がメタンを作り出す。メタンは空隙を通り、葉身と葉鞘から放出される。

中干しの期間は、地域によって異なりますが約1週間程度で、この期間を延長することにより、メタン発生量が削減できることが、農業環境技術研究所(現・農業・食品産業技術総合研究機構)が中心となって実施した実証試験で明らかになっています。この試験では、北は山形県から南は鹿児島県までの9地点で、通常の中干し期間を前または後ろに3~14日間(平均6日間)延長して、メタンの排出量を観測しました。観測方法には、稲に箱をかぶせて密閉空間にし、メタン濃度を測るチャンバー法が用いられています。その結果、通常の中干しが行われた区域に比べて、中干し期間と再び水を張った後のメタン発生量が大きく低減し、一作当たりのメタン発生量は平均で30%も削減されました。

ただし、こうした効果があったのは稲わらや麦わらが肥料としてすき込まれている区域で、そうではない区域ではメタン削減効果はあまり認められなかったことが報告されています。稲わらや麦わらは肥料として有効ですが、微生物によって分解されやすく、メタン発生量が増加することが分かっています。

コメの収穫量では、増加した区域もあれば、減少した区域もあり、平均3%の減収が見られました。収穫量は生産者にとって最も重要であり、地域や品種によって適切な中干しの延長期間を設定する必要性が示唆されました。コメの品質はというと、多くの地点において中干しの延長によって、通常の中干しよりも成熟した種子(もみ)の割合が向上し、タンパク質含量が低下したことが報告されています。一般的に、コメのタンパク質含量が低いと食味が向上するという傾向があります。

このように、単にメタンを抑制すればいいというわけではありません。加えて、土壌が酸化状態になることによりメタンは抑制されますが、逆に二酸化炭素と一酸化二窒素の量は増加します。ただし、二酸化炭素と一酸化二窒素の増加による影響よりも、メタンの削減効果のほうが大きいと考えられます。この実証試験でも一酸化二窒素の量が増加しましたが、問題にならない程度と報告されています。

それと同時に問題となりうるのは、土壌の酸化状態が強まると、人体に有害なカドミウムが土壌に溶け出すことです。これを稲が吸収することで、コメ中のカドミウム濃度が高まる可能性があります。土壌中にカドミウムなどの重金属含量が多い場合、中干しの影響に留意し、それぞれの土壌の特性を見極めることが必要です。

こうしたトレードオフの関係はあるものの、中干しの期間延長はメタン発生の抑制効果があることは確かです。地域の実情を踏まえて、対策を進めていくことが望まれます。中干しの期間延長の他にも、稲の栽培中に水を張る・抜く、を繰り返す「間断」や地下に排水路を造ることで水はけを良くする「排水」にも、メタン削減効果があることが分かっています。

肥料として製鋼スラグを用いる方法を開発

前述したように、コメ生産の持続化は日本だけの問題ではありません。これまで私は日本とともにアジアの国々でも、さまざまな実証試験を行ってきました。例えばインドでは、水田を常に水を張った状態にせず、灌水と排水を繰り返すという節水栽培を試験したところ、常時水を張った状態に比べて、メタンの排出量を約半分から3分の2まで減らせることができました。

しかしながら、中干しや節水栽培などは細やかな水管理が必要で、灌漑施設が整っていればこそ、可能な対策です。東南アジアでは、灌漑施設が整備されていない地域が多く、いつでも必ず水が来るという保証はありません。こうした地域では、水を止めるということへの不安が大きく、水管理による対策は困難です。

そこで、肥料として製鋼スラグを用いる方法を開発し、2007年以来、タイ、インドネシア、フィリピン、ベトナムの4カ国の水田で試験を行ってきました。製鋼スラグとは、鉄を製造する過程で生産される副産物で、石灰と二酸化ケイ素(ケイ酸塩)を主成分とし、酸化鉄などが含まれています(図3)。もともと日本では、ケイ酸塩肥料として稲作にも用いられており、酸性土壌の改良、倒伏や落穂の予防などさまざまな効果があります。

図3 製鋼スラグ(ケイ酸塩肥料)日本国内でも肥料として用いられている製鋼スラグ。未利用資源の有効利用にもつながる。

この製鋼スラグがなぜメタン発生抑制につながるのか、その鍵は水田土壌中の酸素還元過程にあります。水を張っても土壌表面近くには若干の酸素があり、酸素下で生きる微生物が活動し、二酸化炭素を作り出します。これらの微生物は、土壌中にある酸化鉄(三価鉄)により、活性化されます。時間の経過とともに酸素がなくなってくると、酸化鉄は酸化していない二価鉄へと変化します。さらに時間が経過すると、メタン生成菌が活発化して、メタンが発生します。

つまり、メタンは酸素還元過程の最終段階で発生しており、酸化鉄が多い状態では二酸化炭素が増えて、メタンの発生が抑制されることが分かっています。タイ、インドネシア、フィリピン、ベトナムの土を使った実験でも、鉄が多ければ多いほどメタンの排出量が少なくなることも確認されました。

ベトナムで実施した実証試験では、水を張る前の水田に製鋼スラグをき、田植え後定期的にチャンバー法によってメタン濃度を測定しました。その結果、6地域における17作期中11作期で、製鋼スラグを施用しなかった区域に比べてメタン排出量が減少し、夏と春で違いがあるものの、20~40%のメタン削減効果が得られました(図4、5)。また、収穫量も17作期のうち14作期で増加し、肥料としての効果も認められました。

図4 ベトナム水田でガスを採取する様子水田を歩くと土壌中に酸素が入り、メタンが抑制されるため、橋のような通路を作り、チャンバーを用いて、メタン濃度を測定。

伊藤公夫. 新日鉄住金技報 第399号,148-152,2014、Kazuyuki Inubushi.
Soil Science and Plant Nutrition,Vol.67 No.1, 1-9, 2021を基に作成

図5 製鋼スラグがメタン排出量と収穫量に与える影響ベトナム北部4試験地、南部2試験地におけるメタン排出量と収穫量。メタン削減効果が見られない地域や、作期によっては収穫量の増えなかった地域もある。

メタンは大気中にとどまる時間が短い

一方で、収穫量があまり上がらない、もしくは低下した地域もあります。それらの土壌を調べた結果、二酸化ケイ素がもともと多いことが確認されました。このように二酸化ケイ素、石灰や鉄が多い土壌では、メタン削減や収穫量増加の効果を得られないことが推測されます。また、石灰が必要以上に多くなると土壌のアルカリ化が過剰になるなど、土壌中の有機物のバランスが崩れて、作物に悪影響を与えかねません。やはり土壌の特性を調べたうえで、実施することが重要だと考えます。

さらに、製鋼スラグの中には有害物質を含むものもあり、品質管理も重要です。ベトナムの実証試験では、日本の大手製鋼企業の協力を得て、質が良く肥料として有効な製鋼スラグを用いており、ベトナム国の認証も得ています。

日本のように灌漑施設が整備されている地域では、中干し期間の延長による対策、水管理が困難な地域では製鋼スラグによる対策が有効だと考えています。しかも、メタンは他の温室効果ガスに比べ、約10年と大気中にとどまる時間は短いため対策の効果が表れるのが早く、温室効果ガス削減の切り札として期待できます。

一方で、メタン削減対策は生産者にとって負担になるのも確かです。中干し期間の延⾧については、国より交付金を得られる制度があります。

また、温室効果ガスの排出削減量をクレジットとして国が認証するJ-クレジット制度の対象であり、生産者は、認証されたクレジットを企業などに販売することで収益を得ることができます。

こうした国内における取り組みも重要ですが、国際研究機関や他国との連携によりグローバルに進めていくことも必要だと考えています。かつての教え子である留学生たちが、自国に戻り、製鋼スラグを用いた対策をはじめとしたメタン削減対策に取り組んでおり、人と人とのネットワークが大切なことを実感しています。

コメは私たちの健康を支える食文化であり、青々と広がる水田は私たちの心のよりどころともいえる原風景です。また、気候変動に左右されるコメの収穫量は、販売価格に影響し、私たちの生活にも影響を及ぼします。コメの安定供給を維持するためにも、メタン削減対策は必要です。

今年6月、日本では温室効果ガス・水循環観測技術衛星(GOSAT-GW)が打ち上げられました。この衛星では、世界中の温室効果ガスを観測できます。その観測結果を見据えながら、これからもメタン削減とともに、稲の生育、コメの収穫量や質・味の向上を目指し、研究を進めていきます。

(図版提供:犬伏和之)

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2025年9月10日発行
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