
糖質も脂質も敵ではない! 栄養とは動的なネットワーク
私は、長いこと「健康的な料理」にはほとんど、いや、まったく興味がなく、見た目が華やかで、ワクワクする料理、特にフランス料理とワインが大好きだった。
子どもの頃の私にとってのごちそうは、年に1度、家族で行く外食だった。当時は、今のようにファストフード店などはなく、食事は母の手料理を毎日食べるのが普通だった。小学校低学年は、その頃住んでいた釧路にあった洋食店、「トキワグリル」に行くのが楽しみだった。4年生で札幌に引っ越してきてからは、確か狸小路の近くにあった「スコット」という、洋食レストランに年に1度行った。
白いテーブルクロスに普段使わないフォークとナイフ、よそゆきの服を着て行くレストランでの食事は、家族で行ったいくつかの旅行よりも鮮明に覚えている。
レストランに行くのは、必ず年末だった。たぶん、12月には父のボーナスが出るので、年に1回の贅沢をしようということで、母が好きだったレストランに行っていたのだと思う。
トキワグリルで私が選んでいた料理は、断然エビフライだった。家では見たこともない何本もの大きな尾頭付きのエビフライと、添えられていたタルタルソース。サクサクのエビフライにタルタルソースを付けて頬張ると、とにかくおいしかった。一緒に出てくる洋皿に盛られたライスをフォークの背にのせて上手に食べることに全神経を集中させた。
レストランスコットは、オードブル、メイン、デザートの3品のコース料理だった。もっと豪華なコースもあったと思うが、一番、手頃なコースを選択していたと記憶している。メインは1㎝ほどの厚さの丸い筒状のパセリバターとレモンの輪切りがのった牛ステーキ、前菜は、ある時は生ハムメロン、ある時はエビのカクテルだった。生ハムメロンは、果肉をくりぬかれた半割りのメロンに、ボール状の果肉とともに生ハムが盛り付けられていた。エビのカクテルは、平らな皿の上にカクテルグラスがのっていて、グラスの中には、少し辛いトマトベースのソース、カクテルグラスの縁には、ぐるりとゆでたエビがアクセサリーのようにひっかけてあった。びっくりするくらいおいしくて、一度食べてからは、ずっとエビのカクテルを食べていたように思う。コース料理には、ライスかパンのどちらかを選べたが、私は断然パンだった。柔らかいロールパンにバターをたっぷり付けて食べるのがお気に入りだった。
我慢して食べるのは何かが違う
私は、とにかくおいしいものが大好きだったが、「おいしい」よりも「健康的な」食事に興味を持つきっかけになったのは、母のがんだった。
最初に分かったときは、初期のがんだった。年齢的なこともあり、手術ではなく、放射線治療を行うことになった。当時、どんな食事が良いのかといった情報は少なく、母は書籍か何かで見つけてきた食事法を始めた。それは、料理を限りなく無塩で作り、毎日大量のにんじんジュースを飲む、というものだった。ごく少量の味噌を使った薄すぎる味噌汁、副菜の野菜は塩、醤油なし、主菜もほぼ食材の味のみだった。見るからにおいしくなさそうな食事を「まずい」と言いながら食べる母を見て、何かが違うのではないか、と違和感を持ったものだ。おいしくないものを我慢して食べるよりもおいしいものを普通に食べたほうがいいのではないか、と言ってみたが、母は、まったく聞く耳を持たなかった。
母のがんをきっかけに「健康的な食事」の定義を知りたくて、あれこれ探した。その結果、どうやら「バランスの良い食事」というものが、健康的な食事である、ということを理解した。じゃあ、そのバランスの良い食事の定義とはなんなのかと調べたが、どうにも腑に落ちない。主食、主菜、副菜をそろえましょうと書かれているものが多かったが、その理由がよく分からなかった。どうやら、その理由を学ぶためには、栄養士養成校に行かなければならないということが分かった。食事は、誰にとっても毎日のことなのに、学ぶための場所は、なぜ専門家向けにしかないのか、そんなのおかしいじゃないか。
私は、どうしてもバランスの良い食事の謎を知りたかった。いったい何を食べれば健康になれるのだろう、その理由は何だろう、悩んだ末に、その謎を解明すべく、会社を辞め大学院に入学した。2013年4月のことである。
大学院での研究の世界で学んだのは、栄養とは動的なネットワークであるということだ。糖質も脂質も、敵ではない。体全体のネットワークをいかに、きちんと回すことができるのか、食事はそのためのもの、その目的のための設計図なのだと理解した。
バランスの良い食事とは何か。
健康情報があふれる現代に必要なのは、全体を見てバランスをとる、つまり俯瞰できる視点だ。健康的な食は、とかく○○を食べると○○に良い、○○に効く、と薬のように語られがちだが、食事と薬は別物だ。薬は「○○に効く」を実現するために副作用ありきで設計されている。いわば毒をもって毒を制す、という観点である。食事はそうではない。食品に含まれるさまざまな栄養素や機能性成分は、基本はチームで働く。例えば、1つの栄養素が体の何かの代謝に必要だったとしても、その1つの栄養素だけでその代謝が正常に動くことはほとんどない。例えるなら、素晴らしい能力を持ったスター選手で固めたサッカーチームでも、ポジションの配置バランスが悪ければ必ずしも優勝するとは限らない。一人ひとりが自分の役割をきっちり果たしチームの力を発揮できなければ勝つことは難しい。食品に含まれる成分は、まさにチーム戦なのだ。どれか1つの成分だけで健康に行き着くわけではない。
食事には、全体像を知ってバランスを整える、という作業が必要なのだ。そして、もう一つ、スポーツは選手がそれを楽しんでいる、ということが大切だ。苦しいだけのスポーツは続かない。
食事も同じだ。おいしいこと、楽しいことが絶対に必要だ。
このような理由から、私は「健康的な食事」や「健康的に食べる」をテーマに活動しているものの、今でもフランス料理が大好きなのである。
イラストレーション:木村智美







