特集 現代の「東洋医学」 集まる「エビデンス」——重要性を増す漢方薬の役割

構成/渡辺由子  イラストレーション/千野六久

漢方薬を処方する病院や診療所が増えてきた。現代医療の根幹となっている西洋医学では診断がつかず、治療が困難な不調や症状は数多く存在する。不調の多くは、体に備わっている自らを守る機能の不全に原因があるため、臓器単位で診断・治療をする西洋医学ではカバーしきれない部分が出てくる。漢方薬はそのような領域に効力を発揮する。漢方薬は数種類の生薬から作られるが、配合量がどのように決められたのかはいまだに不明で、それだけに、可能性は無限大なのだという。

富山大学学術研究部医学系和漢診療学講座教授、
同大附属病院和漢診療科診療科長

貝沼茂三郎(かいぬま・もさぶろう)

1993年、富山医科薬科大学医学部卒業。沼津市立病院内科、飯塚病院東洋医学センター漢方診療科、富山医科薬科大学を経て、2007年、九州大学病院総合診療科助教、2010年、同科診療講師、2012年、同大大学院医学研究院地域医療教育ユニット准教授。2021年、富山大学附属病院和漢診療科特命教授、2023年から現職。日本東洋医学会専門医・指導医・代議員、和漢医薬学会理事など要職を務めている。

日本の漢方医学、中国の中医学、韓国の韓医学など、東アジアの伝統医学で用いられる漢方薬は、世界の医療現場でも注目されています。

いわゆる西洋医学では、疾患に対して臓器ごとに分かれた診療科で原因を追究し、その原因に対する治療を行います。専門領域でを積んだ医師が、最新の高度な治療を提供することで、治癒できる疾患が増えてきているのは、たいへんに素晴らしいことです。

漢方医学的な診断に基づいて処方する

一方で、「頭が重い」「よく眠れない」「疲労感が取れない」などの症状を訴えていても、検査で異常が見つからずに原因を特定できない不定愁訴や、冷え性や虚弱体質といったその人の生まれつきの体質による症状があります。このようなケースでは、診断がつかないために、治療のガイドラインに沿った根本的な治療にはつながらず、鎮痛剤や睡眠薬やビタミン剤などを処方するといった、対症療法で様子を見るしかありません。なかには、複数の医療機関を受診しても診断がつかず、困っている患者も大勢います。

人の体は、臓器だけで成り立っているわけではなく、全身の血液や神経や免疫などが相互に関連し合うことで、健康な心身が維持されています。漢方医学では、この観点に立って、患者のこころを含めた全身を診ることを、最も大事にしています。西洋医学的な「診断がつく」「診断がつかない」に関係なく、患者のその時の状態を診て、状態に合わせた漢方薬を処方し、治療につなげることができるのです。漢方医学では、病名ではなく、漢方医学的な診断に基づいて処方する「随証治」を原則としているためで、これが西洋医学と大きく異なる点です(図1)。

  • 随証治療:患者の体質・病体の個性、心と体の状態を全体的に表した「証」に合わせて治療すること。

図1 西洋医学と漢方医学の融和を目指す医療西洋医学の現代医学的治療と、漢方医学の漢方薬を併用し、各長所を生かしながら、短所を補うことで、患者により良い医療を提供することを目指している。

西洋医学で診断がつかない方たちを診ることは、漢方医学の大事にしている部分です。西洋医学で足りなかった部分を、漢方医学ですべて埋められるわけではありませんが、隙間を減らせると考えています。

漢方医学では、人の体に備わっている自らを守る機能が、全身のバランスが崩れたときには働かなくなり、不調が生じると考えます。初診では、不調の原因となるバランスの崩れがどういう状態か探るために、患者に不足していること、過剰になっていること、身体的な面はもちろん、心理的な面、社会的な面、家族関係などに至るまで、あらゆる角度から診ていきます。さまざまな症状は、バランスの崩れによって自分で自分の不調を治す力がうまく働かなくなっているためで、治療に使う漢方薬は、バランスの崩れた部分を支える「つっかえ棒」であり、漢方薬を使った治療は、本来の治す力を取り戻すことを目的にしています。

新型コロナウイルス感染症治療に活用

漢方薬は、診断のつかない不調や体質の改善だけでなく、例えばがん治療の副作用を軽減させるために、西洋医学の治療に併用することが、近年特に増えてきています。西洋医学では、最初に手術や化学療法、放射線療法といった、患部を取り除いたり、小さくしたりする積極的な治療を行いますが、病状が進行し、積極的な治療による効果が期待できないと判断すると、緩和治療へとギアチェンジします。西洋医学は、攻めることは得意ですが、補うことは不得手です。補うことは漢方薬の得意な分野で、漢方薬は病状に応じて選択することが可能です。がん治療で、患者のつらい状態を軽くするような漢方薬を処方することがよくあり、がんやその治療に伴う副作用対策や、がんとの共生を進める「がんサポーティブケア」の一つとして、今や、不可欠な治療法となっています。

さて漢方薬というと、「じわじわ効く薬」「慢性病に効く薬」と考える方が多いのではないでしょうか。実は、漢方薬は急性疾患に即効性があることが注目され、新型コロナウイルス感染症でも漢方薬の効果を重視して、治療に活用されています。

西暦200年ごろに中国で書かれた『傷寒論』という古典には、急性熱性疾患に対する治療マニュアルとされる記述があります。風邪症候群やインフルエンザのような疾患に対する葛根湯小柴の記述があります。実際に、風邪症候群の初期治療に用いられる葛根湯は即効性があり、服用後5~10分程度で効果が表れます。他にも、こむらがえりが起きたときにすぐに服用すると効果のある芍薬は、中高年の方にはよく知られている漢方薬ではないでしょうか。

また、「漢方薬を使った治療は長期間になる」と考える方も非常に多いと思います。慢性疾患でさまざまな症状があり、その中で患者にとって一番困っている症状が漢方薬で良くなると、1番目の症状に隠れていた2番目が強く現れて、そのつらい症状を訴えるといったケースが多々あります。それら、次々と現れる症状に対応していると、長いお付き合いになる患者は少なくないことから、長期間になるイメージが強いと考えられます。

一方で、60代くらいまでの生産年齢人口に当たる方たちは、治療終了を目標とします。本来は強いはずの、自分の力で病気を治す治癒力や免疫の力が、バランスの崩れによって低下しているのを、つっかえ棒的な役割のある漢方薬を使うことで、元に戻します。バランスが元に戻れば、つっかえ棒は必要がなくなるため、それが漢方薬をやめるとき、つまり治療終了です。ただし、バランスを崩す背景にある、いろいろなストレスや生活習慣の乱れを改善できていることの確認が必要になります。

個人的な意見ですが、高齢者は漢方薬と長く付き合ったほうがよいと考えています。高齢者は生理的な老化に加えて、いろいろな病気を抱えていることが特徴です。漢方医学では、老化は、生命力の低下、エネルギーの低下であるとして「気虚」、さらには五臓(肝、心、、肺、腎)のうち、生命力が宿る腎の働きが弱くなる「腎虚」と見ています(図2)。補気剤や補腎剤など、漢方薬が得意とする、補ったり、温めたりしたほうがよい高齢者には、漢方薬は非常に適していると考えています。

図2 八味地黄丸が適応になる「腎虚」とは腎虚を示す腹証には、下腹部が軟弱無力で、圧迫すると腹壁が容易に陥没し、手や指を使って体に圧をかける按圧(あんあつ)をしたときに、指が腹壁に入るような状態などがあり、臍下不仁と呼ばれる。高齢者や、足腰や下半身の弱い人に見られる。

エビデンス構築に最適な日本の漢方薬

日本の漢方薬(漢方製剤)とは、植物の葉・茎・根や動物、鉱物の中で、薬効があるとされる一部分を乾燥させたり蒸したりして加工した生薬を、漢方医学の考えに基づいて、基本的に2種類以上を定められた量で組み合わせた薬を指しています。日本の漢方薬は高品質で、均一化されていることから、臨床研究を行ううえで、再現性が高く、さまざまなエビデンスの構築に貢献しています。ここで、私たち研究グループによる、最新研究についてご紹介しましょう。

わが国は、4人に1人が高齢者という超高齢社会を迎え、これに伴って、急増する認知症患者が大きな医療・社会問題となっています。認知症には、アルツハイマー型認知症(Alzheimer’s disease:AD)、血管性認知症、レビー小体型認知症が挙げられ、なかでもADの有病率が急速に上昇しています。軽度ADには、治療薬として3種類のアセチルコリンエステラーゼ阻害薬が承認を受けています。いずれも症候改善薬と位置づけられていますが、内服遵守率の低さなどが指摘されており、軽度ADに対する新たな症候改善薬が必要とされています。

そこで私たちは、漢方薬のに着目し、軽度ADに対する認知機能の低下のスピードを遅らせることができるのではないかと考え、有効性や安全性について、多施設共同研究を行いました。八味地黄丸は、漢方医学的な腎虚に伴う、さまざまな諸症状に有効とされている漢方薬で、認知機能の低下も一つの加齢性の変化ではないかと見て、その効果を調べました。

研究では、軽度ADの標準治療であるアセチルコリンエステラーゼ阻害薬を既に投与されている患者に、八味地黄丸を上乗せして6カ月間治療を受ける群と、アセチルコリンエステラーゼ阻害薬のみ継続投与を行い、経過観察した群との間で、比較検討を行いました。その結果、認知機能の変化を経時的に評価することを目的とした検査で、見当識、記憶、言語機能、行為・構成能力を見る「Alzheimer’s Disease Assessment Scale-cognitive component – Japanese version(ADAS-Jcog)」の変化量において、両群間の有意差は認められませんでした。

しかし、部分集団解析において、女性や65歳以上で、八味地黄丸を投与した群では、ADAS-Jcogの変化量で有意な改善が得られたことから(図3)、八味地黄丸に認知機能改善効果がある可能性が期待できます。今後も研究を継続してエビデンスを報告していきたいと考えています。

図3 軽度AD患者に対する八味地黄丸の多施設共同研究軽度AD患者に対して、アセチルコリンエステラーゼ阻害薬を服用する標準的治療群と、標準的治療に漢方薬の八味地黄丸を上乗せする群とに分け、有効性や安全について多施設で検討した。性別の部分集団解析を行った結果、女性の八味地黄丸上乗せ群で、有意な改善が認められた。

また、乳がんの術後ホルモン治療による、つらい副作用を軽減する漢方薬の探究も行っています。乳がんの7~8割は、女性ホルモンのエストロゲンががん細胞の増殖を促進させるエストロゲン受容体陽性とされており、乳がんの切除後にホルモン療法で再発を防ぎます。ホルモン療法で使われる治療薬により、ほてり・多汗、感、関節痛など、さまざまな症状の副作用が出現します。臨床研究によって、投与期間5年間と10年間を比べると、10年間のほうが死亡・再発リスクがやや低下することが分かっています。長期間にわたるホルモン療法によるつらい副作用を、少しでも軽減できる漢方薬を探し求め、現在、ある程度のめどがつくところまで来ており、研究の成果を発表できる日も近いと考えています。

そして、生薬を何種類か配合して生まれた漢方薬は、配合する量がどのように決まったのか、古典に遡っても不明、謎なのです。それだけに、漢方薬の可能性は無限大で、さまざまな疾患や症状に対する臨床研究がいっそう進むことを願っています。

漢方薬を処方する医師側の課題

漢方薬が、西洋医学の治療薬と併用して、もっと広く使われるには、いくつかの課題があります。日本では、西洋医学の多くの臨床医が漢方薬を処方しており、葛根湯や芍薬甘草湯をはじめ、何らかの漢方薬を処方された経験のある方も多いと思います。最近、興味深い研究結果が報告されました。

福島県立医科大学会津医療センターの畝田一司准教授らの研究グループは、国内の医師685人を対象とした漢方診療の実態を調査。その結果、回答者から初期臨床研修医を除いた652人のうち、86.7%にあたる565人の医師が、日常診療に伝統的医薬品の漢方薬を活用している実態を明らかにしました。興味深いことに、漢方薬を活用する医師の約半数は、漢方薬の処方根拠として、漢方医学的診断(証)を考慮せず、西洋医学的診断のみを根拠に漢方薬を処方していることが判明しました。

いわば、「病名投与」とされる処方ですが、実情を考えると、致し方ないことなのです。6年制の医学部教育で、漢方をはじめ東洋医学を必修化していますが、各大学によって取り組みはまちまちです。医学部のある大学、全82校のうち、漢方は実臨床の医学になりますが、臨床実習で体験できるのは、17校しかありません。これ以外の医学部では、ほとんどの大学で4年生までの座学で漢方の学びは終わりです。医師国家試験の試験問題にも出ないため、講義のレベルで学びを終えているのが残念です。研修医になってから臨床現場で活用されている漢方薬に興味を持ち、漢方薬の勉強を始める医師は少なくありません。医学部から継続的に学べるような体制の見直しが必要だと考えています。

漢方薬の製剤については、現在、原料や生薬のほとんどが、中国からの輸入品です。国内生産の機運も高まっていますが、人件費などの問題があり、順調にはいきません。今後、日本独自の漢方医学を継続していくためには、非常に重要な課題だと考えています。

欧米で1980~90年代に代替医療、補完医療のブームが起こり、国内外で漢方薬を活用したエビデンスが集まりつつあります。西洋医学と漢方医学が融合され、漢方医学的に病態を捉えて漢方薬を併用し、病気に至らない元気な方が増えてほしいと考えています。

(図版提供:貝沼茂三郎)

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ヘルシスト 293号

2025年9月10日発行
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