肥満をきっかけに高血圧、高血糖、脂質異常となり、さらに動脈硬化、心筋梗塞、脳卒中、認知症、糖尿病などの重大な病気へと連鎖する―肥満はまさに生活習慣病の元凶と言ってもいい。健康寿命の延伸や医療費抑制のためにも肥満改善は喫緊の課題だが、効果的な対処法はこれまで存在しなかった。しかし、ミトコンドリアを多く含む褐色脂肪細胞をミトコンドリアを介して活性化させ脂肪燃焼を促進させるメカニズムが初めて解明された。肥満改善の切り札となるか、期待が高まる。
特集 ミトコンドリアの存在感 脂肪燃焼を促進させる褐色脂肪細胞の活性化
文/茂木登志子
ミトコンドリアを介した褐⾊脂肪細胞の⾃⼰活性化・脂肪燃焼メカニズムが発見され、創薬に向けた研究が続いている。研究チームの藤井雅一医師に取材した。
「メタボリックドミノというものを知っていますか?」
メタボリックドミノとは、肥満をきっかけに、高血圧、高血糖、脂質異常といったメタボリックシンドロームの状態になり、それがさらに動脈硬化、心筋梗塞、脳卒中、認知症、糖尿病、代謝機能障害関連脂肪肝炎(MASH)などの重大な病気へと、まるでドミノ倒しのように連鎖していくことを指している。
「ドミノ倒しの最初の1枚は、肥満です」
内臓脂肪の蓄積を防ぐことが最も効果的
肥満は、生活習慣による単純性肥満と、クッシング症候群や甲状腺機能低下症などの病気が原因で起こる症候性肥満に大別される。そして、ドミノ倒しの最初の1枚になる肥満には、単純性肥満が多い。
糖尿病専門医として多くの患者に接してきた藤井医師は、肥満の元凶を「食べ過ぎ」と「動かな過ぎ(運動不足)」だと指摘する。摂取エネルギーに比べて消費量が少ないと、余剰分は脂肪として体に蓄えられて肥満状態が続くというわけだ。
体に蓄えられた余分な脂肪は、皮下脂肪と内臓脂肪の2通りに分けられる。脇腹などに付いて指でつまめるのが皮下脂肪で、腹腔内の胃や腸などの周囲に存在しているのが内臓脂肪だ。メタボリックドミノを倒していくリスクが高いのは、後者の内臓脂肪だ。
「メタボリックドミノを食い止めるには、ドミノの“最初の1枚”である内臓脂肪の蓄積を防ぐことが最も効果的です。そのための最も安価で効果的な方法が減量です」
つまり、食べ過ぎを改め、適度に体を動かし、エネルギーの収支が“黒字”にならないように生活習慣を改めるということだ。だが、これが難しい。多くの場合、食事療法や運動療法などで一時的に減量はできる。だが、続かない。
「肥満症治療のための内服薬や注射薬は世界中で精力的に研究開発・実用化されており、日本でも保険診療として実臨床で使用されています。しかし、それぞれ適切な使用および副作用については十分な理解が不可欠です。また、食事療法や運動療法の遵守が非常に困難な重度の肥満症のケースでは、胃を切除して容量を小さくすることで摂取カロリーを減らし、肥満症を改善する外科的な治療法もあります」
1992年に肥満症治療薬として保険適用となったのがマジンドールだ。視床下部に作用して食欲を抑制する薬剤だが、薬理学的特性が覚醒剤と類似していることから、安全性・依存性・副作用に対する注意が必要だ。
現在の最も主要な肥満症治療薬として、2023年にセマグルチドが、2025年にはチルゼパチドが保険適用になった。いずれも2型糖尿病治療薬として承認されていたものが「医学的に肥満症」と診断され、使用施設条件を満たす場合に肥満症治療薬として保険適用されるようになったものだ。血糖値を下げる働きに加えて、脳の食欲中枢に作用して食欲抑制や満腹感の持続といった作用で減量につながる。だが、吐き気、嘔吐、便秘、下痢、腹痛、腹部膨満感などの消化器を中心とする副作用が見られ、また急性膵炎・胆嚢炎などの重篤な副作用が報告される場合もあるという。
「したがって、これまでのところ、完璧な肥満の治療方法というのはありません」
その一方で、厚生労働省の「国民健康・栄養調査」(令和5年)によると、日本の20歳以上の肥満者の割合は、男性が31.5%、女性が21.1%となっている。男性では60歳代が35%と最も高く、年代が上がるにつれて肥満の割合も高くなる傾向が見える。また、2013年から2019年まで肥満者の割合が増加し、その後は増減が見られない。現在の社会状況の問題点から考慮すると、健康寿命の延伸や医療費の抑制のためにも、肥満改善は喫緊の課題となっているのだ。
「私たちが取り組んだ研究は、肥満改善の端緒となるものです。褐色脂肪細胞のミトコンドリアが活性化されることで生じる、脂肪燃焼促進のメカニズムを解明していきました」
褐色脂肪細胞はミトコンドリアを多く含む
ここで脂肪細胞について触れておく。脂肪細胞は白色脂肪細胞(white adipocytes:WA)と褐色脂肪細胞(brown adipocytes:BA)に分けられる(図1)。
図1 2種の脂肪組織左が白色脂肪組織で右が褐色脂肪組織だ。褐色脂肪細胞にはミトコンドリアが非常に多く存在し、熱の産生を行っている。
「褐色脂肪細胞は、細胞内にミトコンドリアが非常に多く含まれているため、肉眼でも褐色に見えます。そして、ミトコンドリアは細胞内で熱の産生を行っていることが知られています」
褐色脂肪細胞は新生児の体温維持のために存在していると、長く考えられていた。
「温かい胎内から出てきた新生児は、出生後の急激な寒冷環境においても体温を恒常的に維持していくために、褐色脂肪細胞で熱を産生しています」
寒冷刺激を受けると、脳は体温を維持するために、交感神経を介して「熱を作れ」という指令を出し、交感神経からノルアドレナリンが産生・分泌される。このノルアドレナリンが褐色脂肪細胞を刺激すると、蓄えられた脂肪が分解され、脂肪酸が生成される。脂肪酸はミトコンドリア内でエネルギー源となり、UCP-1(熱産生タンパク質)を介して熱を産生する。こうして体温を維持していると考えられている。
褐色脂肪細胞は乳児期にのみ存在し、成長するにつれ消退すると考えられていた。ところが2009年、褐色脂肪細胞が成人にも存在し、主に鎖骨の周囲や首、肩甲骨のあたりに分布していることが確認されたのだ。
「以来、脂肪を燃焼し熱を産生する働きをする褐色脂肪細胞の活性化に焦点を当て、肥満改善に役立てる研究が国内外で盛んに行われるようになりました」
しかし、現時点で肥満症治療薬として実⽤化されたものはない。そうした中で、九州大学大学院医学研究院臨床検査医学研究室では、2019年からミトコンドリアを介した褐色脂肪細胞の活性化による肥満改善研究に取り組むようになった。
「臨床検査医学研究室では、2005年に循環器内科との共同研究において、遺伝子操作でミトコンドリア転写因子A(TFAM)というタンパク質を過剰に発現させたTFAM高発現マウス(以降、TgTgマウス)では、心筋梗塞を起こしても、遺伝子改変していない野生型のマウス(以降、WTマウス)よりも左室機能が改善しており、生存率も高かったという論文を発表しました」
この研究では、TgTgマウスにおいてミトコンドリア機能が亢進していることが明らかにされている。また興味深いことに、TgTgマウスはWTマウスよりも体重が低く維持され、より長期間生存していたという結果も得られている。
「しかし2005年以降、TgTgマウスの体重がより低くかつ長寿であるのはなぜか、そのメカニズムの解明には未着手のままでした。私がアメリカ留学から帰国し、糖尿病研究室で肥満研究に従事していたことから、私は新たな共同研究チームの一員となり、TgTgマウスの抗肥満メカニズムの解明に取り組むことになりました」
褐色脂肪細胞を活性化させるある因子
謎解きの鍵は、TFAMだ。
「このタンパク質は、ミトコンドリアのDNAに絡みついていて、その構造を維持するような配置となっています。それによりミトコンドリアDNAの転写や複製などに関与していると考えられています。しかし、これら以外にもさらにさまざまな機能があると考えられていますが、依然としてすべての解明には至っていません」
研究に用いられたのはWTマウスとTgTgマウスで、TgTgマウスのTFAM発現量は、WTマウスの約2.5倍だ。
通常食を6カ月摂取した自然経過による体重の違いを見ると、WTマウスは40.4gであるのに対し、TgTgマウスは26gと顕著に低く、肥満抵抗性があることを示していた。
「次にTgTgマウスとWTマウスに高脂肪食(総カロリーに占める脂肪由来カロリー比率が約60%)を8週間与えたところ、WTマウスでは体重が増加し肥満を呈していきましたが、TgTgマウスでは体重増加が見られませんでした」(図2)
図2 TgTgマウスとWTマウスの体重変化⾼脂肪⾷を8週間与え続けると、WTマウスの体重は増加したが、TgTgマウスの体重は変化しなかった。
脂肪組織の様子を顕微鏡で確認すると、WTマウスは白色脂肪細胞の肥大が認められたが、TgTgマウスではそのような変化はなかった。
「肝臓を見ると、WTマウスは脂肪が蓄積して白っぽく見えるのですが、TgTgマウスには脂肪がつかないので血液の赤い色を呈しています」
次に、TgTgとWTマウスのそれぞれから褐色脂肪細胞を採取し、培養・増殖したものをWTマウスの褐色脂肪組織に隣接するように移植する実験を行った。すると高脂肪食下でも、TgTgマウスの細胞移植を受けたTgTg-tマウスはWTマウスの細胞移植を受けたWT-tマウスと比較して著明な体重増加抑制を認めた(図3)。これは、TgTgマウスの褐色脂肪細胞が、WTマウスの褐色脂肪細胞を活性化したことを示唆している。
図3 TgTg-tマウスとWT-tマウスの体重変化TgTgマウス・WTマウスから褐⾊脂肪細胞を採取、培養・増殖し、WTマウスの褐⾊脂肪組織に隣接するように移植。高脂肪食を8週間与えるとTgTgマウスから移植を受けたTgTg-tマウスにも抗肥満効果が得られた。
「この実験結果から推察すると、TFAMが高発現した褐色脂肪細胞が、何らかの液性因子を分泌し、オートクライン(細胞が分泌した物質をその細胞自身で受ける仕組み)またはパラクライン(細胞が分泌した物質を近傍の細胞が受ける仕組み)として褐色脂肪細胞の活性化を促進している、という可能性が考えられました。このような仮説の下、さらに実験を重ねていきました」
TgTgマウス由来とWTマウス由来の褐色脂肪細胞の間を、ある一定の大きさの物質しか通さない特殊な膜で隔てて培養液を交通させる、特殊な細胞培養法“共培養”を行ったところ、TgTgマウス由来の褐色脂肪細胞はもとよりWT由来の褐色脂肪細胞においても同様に細胞が活性化している所見が認められた。
褐色脂肪細胞の活性化を示すマーカーとしては、Ucp-1と Pgc-1αが知られている。褐色脂肪細胞は、寒さにさらされるなどの刺激で活性化し、熱を産生するためにUcp-1の発現量を増加させる。また、Pgc-1αはミトコンドリア機能を高め、Ucp-1の発現を促進する。共培養を行ったWTマウス由来の細胞においても、双方共に発現(遺伝子・タンパク質双方のレベルで)の増加が認められていた。
この特殊な膜を通過する物質は何なのか? その後の詳細な検討で明らかとなったのがエクソソーム(細胞外小胞)であった。TgTgマウスの細胞から過剰に分泌されたエクソソームが特殊な膜を通過してWTマウスの細胞にふりかかり、活性化させる、というメカニズムが明らかとなったのだ。
「これらのことから、TgTgマウス由来の褐⾊脂肪細胞では、ミトコンドリア機能の亢進によりエクソソームの細胞外への分泌が増加し、培養液を通じてWTマウス由来の細胞に到達し、その細胞の活性化に寄与しているということが確認されました」
体内に生理的に存在しているエクソソームは、細胞から分泌されるカプセル状の物質で、その中にはタンパク質などの成分やRNAなどの細胞に関する情報が入っている。体内では、エクソソームがこれらを運ぶことで、細胞同士が連携し、細胞の修復や再生、活性化などに役立っているという。
その後もさまざまな実験が続いた。最終的に、次のことが分かった。TFAMすなわちミトコンドリア転写因子Aが高発現した褐色脂肪細胞では、ミトコンドリアの機能が高まり、エクソソームの分泌が促進される。より多く分泌されたエクソソームは、自身や周囲の細胞に取り込まれる。その結果、褐色脂肪細胞が活性化して脂肪燃焼(熱産生)を促進し抗肥満効果を示している、というメカニズムが世界で初めて解明されたのだ(図4)。
図4 褐色脂肪細胞の活性化と脂肪燃焼のメカニズム上は研究で明らかになったメカニズム、下は通常のメカニズム。TFAM(高発現)褐色脂肪細胞ではミトコンドリアの機能が亢進し、エクソソームの分泌が促進される。それが分泌した細胞自身やその周囲の細胞に取り込まれ、褐色脂肪細胞の活性化遺伝子・タンパク質発現が上昇する。この自己活性化メカニズムによって持続的に熱産生が上昇し、強力な抗肥満効果を示している。
創薬を視野に入れた研究の進展
研究成果は大きな話題を呼んだ。従来の食欲抑制などによる作用ではなく、脂肪自体を燃焼させる根本的な肥満症治療薬の開発につながると期待されたからだ。
「現在も、臨床応用すなわち創薬を視野に入れ、研究を継続しています。これまでの基礎研究を踏まえ、①ヒトの脂肪細胞由来のエクソソーム自体を投与する、②ミトコンドリア機能を亢進させてエクソソーム分泌を誘導する薬剤を探索する、③エクソソーム内の含有物で抗肥満効果を示す物質を同定し創薬へつなぐ、等エクソソーム研究を応用した創薬へのオプションを多方面で考えています。これらによって肥満症患者さんの体内で脂肪を燃焼させることが可能な、これまでにない肥満症治療薬が実現できるのではないかと考えています」
ミトコンドリアの機能亢進を介した抗肥満のメカニズムでは、遺伝子を改変したTgTgマウスが用いられた。しかし創薬を視野に入れた現在は、より生理的な遺伝子操作のないWTマウスの褐色脂肪細胞由来のエクソソームに視点を置いた研究に取り組んでいるという。
「現在、WTマウスの褐色脂肪細胞から抗肥満因子とも言うべきエクソソームを抽出し、その細胞学的効果を検証しています。また、細胞分裂回数に上限がなく、半永久的に増殖し続けられるよう不死化細胞株(本来は有限である細胞が、無限に増殖できるようになった細胞株)を構築し、安定したエクソソーム供給体制を確立しました」
さらに大量のエクソソームを精製・濃縮する方法も確立しているという。
「エクソソームにはさまざまな機能性タンパク質が含有されています。それらの中で抗肥満効果を示す含有物が何なのかを、突き止めておく必要があります。現在、研究チームはこの課題にも取り組んでいます」
すでに臨床試験に至る確かな青写真が描かれている。ゴールは、メタボリックドミノの連鎖を止めることだ。
「ドミノ倒しの連鎖が起きなければ、肥満から始まるさまざまな病気を予防したり、改善したりすることができるでしょう」
研究成果への期待が高まる。








