暮らしの科学 第67回 寒くて長い冬の夜は体の芯から温まりたい!

文/茂木登志子  イラストレーション/孫 元気

季節の植物を湯船に浮かべるのは、端午の節句の菖蒲湯と冬至の湯だけかと思っていた。ところが、新年にもそんな季節の行事があり、不老長寿の象徴として知られる松の葉を用いると、体が芯から温まるという。今回は東洋医学の視点から、薬湯を探究してみた。

〈今月のアドバイザー〉根本幸夫(ねもと・ゆきお)。1947年生まれ。薬学博士。1969年に東京理科大学薬学部および東洋鍼灸専門学校を同時に卒業後、竹山晋一郎氏に師事して鍼灸を、楊日超氏より中医学を学ぶ。現在は、漢方平和堂薬局店主として日々、多くの人の健康に寄与する一方、横浜薬科大学客員教授として後進の指導に当たっている。主な著書は『やさしくわかる東洋医学』(かんき出版)、『40歳からの家庭漢方』『台所漢方の事典』(いずれも講談社)、『症状別 よくわかる東洋医学』(PHP研究所)。監修書としては『食草・薬草・毒草がわかる ハンディ版 野草図鑑』(朝日新聞出版)。

正月に松を飾るのは、常緑樹で一年中青いことから不老長寿の象徴として縁起が良いとされているからだ。そのせいか、年末に販売される切り花のセットは、正月にふさわしい縁起の良い花や枝葉が束ねられているのだが、松も含まれていることが多い。実際、花瓶に生けておくと、花が枯れても、最後まで松は青々としていて元気だ。

ところが花瓶の花を新しく取り替えるときに、この松の始末に困る。青々と生きているのに捨てるのは忍びなく、かといっていつまでも正月気分ではいられない。毎年どうしたものかと思案に暮れていた。すると、松の葉を浴槽に入れて入浴する縁起の良い習慣があることを知った。

少し調べてみると、縁起担ぎだけではなく、実用的な効果もあるようだ。松葉を入浴剤にすると、普通の風呂に入るよりも体が温まるというのだ。寒い冬、これはとてもいい。そして、薬草を入れた風呂を「薬湯」ということを知った。

薬湯は、「くすりゆ」あるいは「やくとう」と読む。薬草に関する植物図鑑を探してみると、昔から意外に身近な植物が薬草として用いられているようだ。松の葉の使い方も知りたいし、薬湯についても知りたい。寒い時期、体を温める身近な薬草とその使い方も知りたい。そこで向かったのが、都内の漢方薬局だった。

漢方薬局の店主である根本幸夫さんは、横浜薬科大学の客員教授であり、日本に薬膳を知らしめた漢方界の重鎮としても広く知られている。

ドラッグストアで漢方薬を購入して服用したことはあるが、漢方薬局に足を踏み入れるのは初めてだ。少しドキドキしながらの訪問となった。

入浴と薬湯の歴史

根本さんの解説は、入浴の歴史から始まった。

「入浴の目的は清潔の保持です。入浴の歴史も、心身を清めることから始まりました」

太古の昔から日本では、死者が出ると冷水で清めて不浄を除く習慣があったという。これが神道のみそぎ(身を清めること)となった。6世紀半ばに仏教が伝来すると、みそぎが神仏一体化して、寺院内で行われるようになり、大湯屋(浴場)が造られるようになった。奈良県の東大寺には、この大湯屋が現存している。

初めは僧侶だけだったが、一般大衆も大湯屋を使うようになった。室町時代には寺院内大湯屋とは別に、もっぱら大衆が入浴する町湯が誕生したという。町湯は繁盛し、入浴料を取るようになった。これが銭湯の始まりだという。

「一方で、薬湯の歴史は平安時代にさかのぼります。空海(弘法大師)が、平安時代に薬湯を設けたのが始まりといわれています」

当時、すでに塩を湯に入れて入浴すると体が温まることが分かっていて、薬湯として利用されていたそうだ。

鎌倉時代には広く薬湯が親しまれるようになった。薬草を入れた湯が、医療の一端として利用されるようになったのだ。ちなみに、当時は、現在の入浴のことを「湯」と呼び、風呂といえば「蒸し風呂」を指していたそうだ。さらに江戸時代になると、松葉や大根の葉、柚子、いちじくなど、身近な植物を湯に入れていろいろな症状を緩和させていたという(図1)。

みかん

みかんは皮に薬効がある。乾燥させた皮は「陳皮」と呼ばれ、漢方の生薬として入浴剤のほか、風邪薬や健胃剤などに用いられる。

柚子

料理に使うのはもちろん、湯船に入れると風邪予防、疲労回復、リウマチ、冷え性、神経痛などに効果があるとされている。

松の葉

生薬としても知られるアカマツの葉は、入浴剤などに用いられる。冷え性、滋養強壮などに効果的だ。

大根の葉

葉も皮も根も、大根にはすべてに薬効がある。また、春の七草の一つで、スズシロともいわれる。葉を干して入浴剤に用いると、よく温まる。

よもぎ

干した葉は生薬として用いられる。出血性疾患に有効とされ、入浴剤としては肩こり、腰痛、神経痛、冷え性に効く。

図1 薬用植物と薬効

明治の文明開化を経て、時は流れ、浴室の仕様も変わった。今日では、風呂は沸かすものではなく、浴槽に湯をためて入るスタイルが多い。夏場などは湯船に身を沈めることなく、シャワーだけという人もいる。それでも、植物の薬効を生かした薬湯は、端午の節句の菖蒲湯や冬至の柚子湯のように、一般庶民の季節を彩る行事として受け継がれている。

「これらは本来、一年の節目の日に神々をるみそぎいと、魔よけ、そして薬効の3つが融合して生まれた習慣といえるでしょう」

そうした来歴が知られていなくても、いまだに菖蒲や柚子を浮かべた風呂を楽しむ人々が多いのは、こうした入浴が心地よいからだろう。

体を温める身近な薬用植物

松の葉を使った薬湯について、教えてもらった(図2)。

図2 身近な植物で入浴剤を作ってみよう!ぬるま湯で松葉の松やにを洗い落とす。簡単なのは、布袋に入れてそのまま湯船に投じる方法だ。かぶるくらいの水で煮出し、煎じ液を湯に注ぐ方法もある。松葉も、布袋に入れて湯船に浮かべるといい。

「生の松の葉を200〜300ɡ用意してください。松葉をガーゼなどの布袋に詰めて、そのまま湯船に浮かべてもいいでしょう。しかし、これを煮出して、その液をお湯に入れるともっといい。布袋に松葉を入れて、煎じ液と一緒に入れてもいいですよ」

花瓶に挿してある松だけでは、葉の量が足りない気がする。お風呂は難しいけれど、足湯なら、なんとかなりそうだ。

「薬効として、神経痛や腰痛、関節リウマチなどに効果的とされていますが、その理由は体を温める効果が強く、湯上がり後いつまでもポカポカしているからです。ですから、冷え性の人にも良いです」

寒い冬の夜は体を芯から温めたい。松の葉以外にも、体を温める効果のある植物はあるのだろうか?

を知っていますか? 大根の葉を茶色くなるまで干して乾燥させたものです」

これなら自分でも作れる。葉付き大根を買ってきて、きれいに洗ってから、軒下で干しておけばいい。

「干葉を100ɡほど布袋に詰めて、お湯に浮かべてもいいし、煮出した液を入れても、体が温まります」

根本さんによると、みかんの皮を乾燥させたもの(七味唐辛子にも入っている陳皮)や冬至の湯に使う柚子も、体を温める効果があるという。

系の植物には、体を温める作用があるからです。みかんを食べると皮を捨ててしまいますが、実にもったいない。干す手間を省いてそのままでもかまわないので、布袋に入れてお風呂に浮かべてみてください。爽やかな香りが立ち込めます。何よりも、皮に含まれているペクチンには肌の角質層に水分を保持する効果もあるため、肌をしっとり滑らかにする作用もあります。柚子湯と同じように香りを楽しみ、体を温め、皮膚をすべすべにします」

根本さんは、よもぎの葉を乾燥させたものも、冷え性に良いと教えてくれた。女性が煎じて服用すれば、温補増血作用があり、生理出血過多に効くという。

「おに用いるもぐさも、よもぎの葉から作られているくらい、温める作用が強いのです」

ちなみに、よもぎの葉をきれいに洗って乾燥させ、葉の裏側の綿毛だけを集めたものが、もぐさなのだという。

「乾燥させたよもぎの葉100ɡを布袋に入れ、湯船にそのまま入れます。一度煎じてからその煎じ液と一緒に使うとより効果的です」

薬湯でより健やかに

入浴の目的は清潔維持だが、それ以外にも多くの効能がある。その一つが、ここで取り上げている体を温める効果だ。

「体が温まるというのは、皮膚から体の中に熱が伝わるのではありません。皮膚で温められた血液が体内を循環し、熱を移動させるために体全体が温まるのです」

これが、入浴で体の芯から温まる仕組みだ。また、体が温まると、筋肉のこわばりや痛みなどが和らぐ。

「温熱効果というのですが、湯の温かさで血管が拡張し、血流量が増えます。血液は熱と酸素と栄養を全身に運ぶので、新陳代謝が活発になり、老廃物や疲労物質などが排出されやすくなります。それで、こりや痛みなどが和らぐというわけです」

水道水を沸かしたばかりのお湯を、さら湯という。

「さら湯でも入浴の効果は得られますが、ここで紹介したような植物を入浴剤のようにして湯に入れると、その薬効も加わって、より入浴効果が高まります」

また、体を温めることを目的とするなら、入浴のタイミングを計ることも大事だと根本さんは教えてくれた。

「冷え性の人、夜間排尿のある高齢者、夜尿症のある子どもは、寝る10分前に入浴してください」

私たちは立って活動しているので、水分は下半身にたまっている。寝ると体が水平になるので、下半身にたまった水分も水平に広がる。その水分がを圧迫し、かつ冷えが加わることによって、夜間排尿や夜尿症につながるというのが漢方の見立てなのだという。

「ですから、こういう症状に該当する人は、寝る直前に入浴して、体を芯から温めるようにしましょう。そうすれば、例えば夜間排尿に3回くらい起きる人は、1回分くらい減るでしょう」

湯船に身を沈め、ゆっくり、じっくり浸かると体が温まると聞いて、夕方の食事前に実践したことがある。温まるというよりも、汗ばむくらい暑くなったが、夕食の支度をしたり、後片付けをしたりとあれこれ過ごしていたら、結局、寝る頃にはすっかり入浴で得た温かさは消失していた。就寝時間と入浴のタイミングは重要だと、実感を持って根本さんの話に聞き入った。

「清潔目的の入浴を済ませて、シャンプーした髪もしっかり乾かしておいて、体を温めるために、寝る前に足湯をするという方法もあります」

足湯で温められた血液は、足元から心臓に戻っていく間に体を芯から温める効果がある。

「今度は入浴での禁止事項をお話ししましょう」

次のような場合は、入浴を避けるべきだと、根本さんは言う。

「飲酒後の入浴はいけません。また、消化不良など胃腸の調子が乱れるので、食事直後も避けること。十分に食休みをしてから入浴しましょう。運動直後も心臓に負担がかかるので、休息をとってから湯船にかりましょう。風邪をひいている人や、などの呼吸器疾患がある人の場合も、症状が悪化する恐れがあるので、入浴は禁止。心臓病の人も、心臓に負担がかかるので要注意です」

こんな注意事項もある。

「薬湯に入って肌がピリッとする場合は、刺激が強すぎるということ。普通の湯でしっかり洗い流して出ましょう」

そして、リウマチなど痛みの症状を伴う疾患や腰痛などで痛みがある場合も、入浴は避けるべきだという。

「痛いということは、体のその部分で炎症が起こっているということです。入浴は炎症が落ち着いてからにします。ただし、急性期を過ぎて、血流が悪く冷えて慢性の痛みがある場合には入浴で痛みを和らげましょう」

冬の夜は、寒くて長い。新年の健康を願いつつ、薬湯に親しむのはいかがだろうか。

●行ってみたい! 薬草の植物園

薬草とは、薬用に用いる植物の総称だ。身近な植物にも薬効を持つものが少なくない。一般読者向けの薬用植物図鑑も刊行されている。図鑑を見ながら近隣を散策するのも楽しい。また、薬学部を持つ大学には、薬用植物園を設置することが義務付けられている。一般公開されている施設もあるので、図鑑片手に見学がてらの散策もいいだろう。東京都小平市にある東京都薬用植物園では薬草に関わるさまざまなイベントも開催している。

●ミネラルたっぷりの塩湯

平安時代には、すでに塩湯で体が温まることが知られていた。ミネラルたっぷりの天然塩があれば、自宅で簡単に塩湯に入れる。湯船に30〜50ɡ程度の塩を入れ、よく溶かすだけだ。冷え性で、足が冷たくて眠れないような人は、手軽にできる塩の薬湯を試してみよう。

●冬が旬! 柑橘系の薬湯

冬至は過ぎても、柚子湯で温まり、香りで気分をリフレッシュするのはいいものだ。柚子を3~5個用意する。柚子を輪切りにするか半分にカットして、種を取る。ガーゼの袋などに入れて、口を縛り、湯船に入れる。こうすると、皮だけではなく、果肉や果汁もお湯に触れるので、成分や香りが出やすい。ガーゼの袋の代わりに、水切りネットを使うのも便利だ。みかん湯の場合、干したみかんの皮を布袋に入れて湯船に入れるか、5個ほどを丸ごと入れる。

●薬湯の後始末

柚子湯でガーゼなどの袋を使うのは、皮や果肉が浴槽内に散乱したり、風呂釜を汚したりするのを防ぐためだ。植物を使った薬湯では、追いだきや保温といった機能も使用してはいけない。植物のが細菌や微生物の餌となり、繁殖しやすくなるからだ。入浴後は、すぐに風呂釜内と浴槽内のお湯を流してきれいに洗い流しておこう。また、薬湯の残り湯は洗濯には使えない。衣類に色が移ってしまう恐れがあるからだ。

●漢方系入浴剤

漢方薬の原料を「生薬」という。薬草も生薬の一つだ。そうした生薬を用いた「漢方系入浴剤」も市販されている。 「医薬部外品」として取り扱われていて、 原材料はもとより効果・効能や用法・用量もパッケージに記載されている。また、生薬として用いられる乾燥よもぎは漢方薬局で販売している。これを利用して自宅でよもぎの薬湯に浸かるのもいい。

薬湯で足湯

薬草を入れた湯に、足首(くるぶしより少し上まで)を浸して、じっくり体を温めるのが足湯だ。足浴(そくよく、あしよく)ともいう。バケツやタライ、フットケア用のバケツなどを利用するといい。乾燥よもぎの漢方系入浴剤で、足湯を試してみた。昼食後の休憩時間に両足を浸すこと10分。冷え性なのだが、その日はずっと爪先までポカポカと気持ちよく過ごせた。かかとがツルツルになったのもうれしい。

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2025年1月10日発行
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