生活習慣病はさまざまなリスク要因が絡み合っており、気候変動はそのリスクを悪化させる。例えば、糖尿病患者は心疾患・脳血管疾患や腎臓病などの複数の生活習慣病を合併する可能性が高いとされているが、気候変動の影響が加わることでそれらのリスク要因が数珠つなぎ的に悪化し、生活習慣病の増加が加速化する―。酷暑環境下での身体活動の減少や睡眠障害も、心血管疾患はじめ、さまざまな疾患のリスク要因となる。生活様式を変えざるを得ない状況になってきた。
特集 気候変動と健康リスク 生活習慣病のリスク要因は数珠つなぎ的に悪化していく
構成/大内ゆみ イラストレーション/千野六久
生活習慣病は、食習慣・運動習慣・睡眠・喫煙・飲酒などの生活習慣が発症や進行に深く関与する疾患であり、加齢とともにそのリスクは増加していきます。生活習慣は、当然のことながら私たちを取り巻く環境が大きく影響します。近年の気候変動による自然災害の増加や食料生産への影響は、生活環境の悪化を招きます。そもそも、気温の変動や地球温暖化の要因とされる大気汚染への曝露は、私たちの体に直接的に影響するため、今後、生活習慣病の発症や悪化のリスクが高まることは想像に難くありません。
心血管と呼吸器疾患のリスクが高まる
気候変動により私たちに迫っている危機は、2021年8月9日に発表された、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書(AR6)第1作業部会報告書の政策決定者向け要約(SPM)により、「人間の影響が大気、海洋、及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない」と警鐘が鳴らされ、私も大きな衝撃を受けたのを覚えています。
- * IPCC:Intergovernmental Panel on Climate Change。世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)によって設立され、国際的な専門家により地球温暖化についての科学的な研究の収集や整理を行う政府間組織。
気候変動における生活習慣病のリスクは、2022年2月に発表された同報告書の第2作業部会報告書で示されています。この報告書を読み解くと、気候変動により増加が懸念される健康被害として、感染症、熱中症、精神疾患、生活習慣病があり、生活習慣病では心血管疾患、非感染性呼吸器疾患、がん、糖尿病を含む内分泌疾患などがあります(図1)。
石井一夫. 情報処理, 63: e26–e30,2022.より一部改変
図1 気候変動により懸念される生活習慣病心血管疾患と腎臓病は密接に関連し、また、糖代謝との関連から、生活習慣病は複数の疾患が併存している症例が少なくない。
中でも、私が特にリスクが高まると考えているのは、心血管疾患と非感染性呼吸器疾患です。心血管疾患は心臓と血管の疾患群で、心筋梗塞、脳卒中など死に至ることもある疾患です。実際に日本では、心疾患は死亡数が第2位で、脳血管疾患は第4位となっています(厚生労働省:令和6年人口動態統計月報年計)。
心血管疾患では、微小粒子状物質(PM2.5)やオゾンなどの大気汚染物質への曝露が、血管の傷害、炎症や血栓の促進、高血圧の反応を引き起こす可能性があるとされています。PM2.5は高湿度時に生成されやすく、高温ではオゾンの濃度も高くなります。また、気候変動により山火事の発生件数が増加することが予測され、山火事の煙は心血管疾患のリスクを高める可能性が示唆されています。
加えて、高温環境による身体活動の減少、睡眠障害、脱水などが心血管疾患リスクを増加させる可能性があります。さらに、多くの心血管疾患の背景には高血圧があり、血圧は気温に大きく影響されます。気温が低いと血管が収縮し血圧が上がりやすくなり、気温が高いと血管が拡張し血圧は下がりやすくなりますが、この変動が大きくなると、心疾患や脳血管疾患などを誘発します。この血圧の変動はヒートショックと呼ばれ、冬場では浴室と脱衣所の温度差によるリスクがよく知られていますが、夏場でも高温の屋外と冷房の効いた室内の温度差がリスクとして考えられます。
非感染性呼吸器疾患は、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、喘息、肺がんなどがあり、PM2.5やオゾンなどの大気汚染物質への曝露が発症や進行に大きく関与しています。加えて、高温環境は肺機能の低下を引き起こし、病態を悪化させます。中でもCOPDは、肺の生活習慣病やタバコ病とも呼ばれ、大気汚染やタバコの煙などの有害物質を長期間吸うことにより肺に炎症が起こる疾患です。気候変動の影響を直接的に受けるため、リスクが特に高まると考えています。
その他、糖尿病では、自律神経障害から発汗機能が低下するため、熱中症など熱関連疾患の発症や死亡リスクが高いとされています。特に心血管合併症を持つ糖尿病患者では、気温上昇は罹患率と死亡率を高めることが報告されています。
がんも多くの環境因子の影響を受ける疾患であり、言うまでもなく日本人の死因の第1位です(厚生労働省:令和6年人口動態統計月報年計)。IPCCの報告書では、リスクの増加の程度は不明としながらも、気候変動がいくつかのがんのリスクを増加させる可能性は高いとしています。例えば、降水量の変化に伴う紫外線への曝露の変化による皮膚がんの発症、大気汚染による肺がんの発症など、気候変動による既知の発がん物質への曝露の増加ががんのリスクを高めることが懸念されます。また、生活習慣の関与が大きいとされる膵がんや大腸がん、食道がん、胃がん、肝臓がんなどの発症リスクが高まる可能性も考えられます。
多疾患の合併によりリスクが増大
以上のように、気候変動はさまざまな生活習慣病に影響しますが、さらに問題なのは、糖尿病では心疾患・脳血管疾患や腎臓病など複数の生活習慣病を合併することが多い点です。そこに気候変動の影響が加わることで、数珠つなぎに悪化していく可能性があります。
加えて、同様に気候変動が大きく影響する熱中症や感染症、精神疾患も生活習慣病と相互に関連しています。感染症では、新型コロナウイルス感染症のパンデミックで経験したように、感染拡大は人々の生活様式を一変させます。外出制限は身体活動の低下につながり、不安やストレスにより、過度の食事や飲酒、喫煙など不健康な生活習慣に陥りやすくなります。さらに、生活習慣病を持つ人は感染症にかかりやすく、重症化することも指摘されています。また精神疾患は、心血管疾患や糖尿病と相互に関連することがさまざまな研究で明らかになっています。
中でも、高温多湿な環境で脱水などを背景に起こる熱中症は、気候変動の影響が如実に表れる疾患です。日本では、近年の記録的な暑さと高齢化も相まって増加傾向にあり、2024年には救急搬送者数が過去最多を記録しました。欧州でも2024年の熱波による熱中症関連死は、6万人以上と推測する報告があります。
そこで私たちは、この熱中症に着目し生活習慣病など他疾患との関連性について、レセプトデータを用いて、スーパーコンピュータにより解析を行いました。
レセプトデータは、保険診療の下で行われた医療に関して、医療機関が発行する診療報酬明細書のデータで、患者の傷病名、受けた医療行為、処方された医薬品などの詳細な情報が含まれています。国民皆保険制度下にある日本では、医療の実態が分かるビッグデータとして、現在、私たちの研究も含め、利活用が進んでいます。
対象としたのは、2011年から2019年に熱中症で外来を受診した患者で、熱中症に対する各種合併疾患とのオッズ比を求めました。オッズ比とは、ある事象が2つの群でどのくらい起こりやすいかを示す指標であり、この研究の場合、オッズ比が高いほど、熱中症患者は熱中症を発症していない人と比較して、その疾患になりやすいことを意味しています(図2)。
西尾 拓也ほか. 第21 回情報科学技術フォーラム.情報処理学会,2022.より一部改変
図2 熱中症に対する合併疾患(外来:2011年〜2019年)オッズ比1.0以上が、熱中症と合併しやすいことを示す。例えば、オッズ比1.5であれば、熱中症を発症していない人と比べて約1.5倍、その疾患になりやすい。
結果、特にオッズ比が高かったのは、精神疾患のうつ病エピソード、睡眠障害、アルツハイマー病で、熱中症と精神疾患との関連を示唆するデータが得られました。生活習慣病では、虚血性心疾患、高血圧、高血圧性腎臓障害、脳血管疾患、脂質異常症、肝機能障害、高尿酸血症、糖尿病が熱中症との合併を示すオッズ比となり、生活習慣病を患っている患者が多いことが示されました。一方で、がんや統合失調症についてはオッズ比が低いという結果でした。つまり、この研究結果からは、生活習慣病を患っている人は熱中症になりやすいことが示唆されました。
また、気温の上昇で起こる健康問題として、睡眠障害があります。暑くて眠れなくなるという経験は誰にでもあることでしょう。先述した研究と同様に、レセプトデータを用いて睡眠障害に併発する疾患を調べた研究では、睡眠障害の患者と睡眠障害がない患者とを比較して、パーキンソン病や認知症のオッズ比が顕著に高く、生活習慣病でオッズ比が高かったのは、虚血性心疾患、脳血管障害、動脈閉塞、高血圧性腎臓障害でした(図3)。パーキンソン病は症状として睡眠障害があり、睡眠障害と認知症の関連は以前から指摘されています。生活習慣病は認知症の発症に関与していることも分かっており、これらの疾患は互いに関連していることが推測されます。
図3 睡眠障害患者に対する合併疾患
(外来:2011年〜2020年)睡眠障害があると、パーキンソン病や認知症になりやすく、生活習慣病では、虚血性心疾患、脳血管障害、動脈閉塞、高血圧性腎臓障害になりやすい。
以上のことから、生活習慣病では、気候変動によって増えると予測される疾患を発症するリスクがあり、さらにその罹患を契機に重症化するリスクがあると考えられます。
気候変動は地球の生活習慣病
そもそも生活習慣病の多くは、現在において、すでに増加傾向にあります。特に心疾患は、最終的な病態である心不全の増加が、高齢化と生活習慣病の増加に伴い顕著になっています。2025年には団塊の世代が75歳以上となり、心不全の好発年齢に当たることから、以降、爆発的に心不全が増加することが予想され、“心不全パンデミック”と呼ばれています。
また、心血管疾患や腎臓病、糖尿病との合併が多い高血圧は、日本人の約40%の有病率と推定されています。今後、気候変動の影響が加わることで、生活習慣病の増加が加速化することが予想されます。
患者数が増加すれば、医療費がさらに上がり、医療機関の負担も増え、医療経済や医療体制が逼迫するという問題もあります。また、生活習慣病は慢性疾患であり、薬物療法など継続的な治療が必要です。異常気象により自然災害が増えると、医療アクセスが断たれ、適切な治療が受けられず重症化するというリスクも考えられます。
現在、すでに課題となっている、医療費の適正化、災害時に備えた医療アクセスの整備を推進することが重要であり、医療ビッグデータを用いた医療経済の評価、ドローンを活用した薬品の輸送などの研究も進めているところです。
これまで述べてきたように生活習慣病はさまざまなリスクを包含している疾患であり、気候変動がそのリスクを全体的に押し上げていきます(図4)。しかし、何といっても気候変動は地球の生活習慣病ともいえ、温室効果ガスの抑制など、私たちの社会システムや生活様式を変えなければ、根本的な解決には至りません。こうした地球規模の対策と並行して、個人が自身の健康においてできることは、やはりより良い生活習慣を心がけることです。
図4 気候変動による生活習慣病のリスク気候変動による健康リスクが、生活習慣病のリスクを増加させ、さらなる罹患者の増加や疾患の重症化が危惧される。
実は、先述のIPCCの報告書の発表直後、地球温暖化における健康被害について講演を行ったことがありますが、人々の関心度はあまり高くないような印象でした。ちょうどコロナ禍の最中で他の問題に目を向ける余裕がなかったからかもしれません。現在では、日々、豪雨や熱波被害の報道を耳にするようになり、危機的な状況が明らかになってきています。そんな今だからこそ、自身の生活習慣を見直す機会だと捉えてほしいと思います。
私たちの研究としては、これからも医療ビッグデータの活用とともに、将来的には量子コンピュータでさらに詳細な解析を行い、生活習慣病の発症や重症化の予防に寄与していきたいと考えています。






