インフラにダメージを受けた被災地では、汚物を通常通り流すことが困難になるためトイレが使えなくなり、至る所で大小便・トイレットペーパーなどの汚物があふれ、用を足す場所を求めて右往左往する —— 大災害ではこのような惨状が必ず起きる。人の命と尊厳に関わる重大な問題なのだが、トイレを使えないという状況が想像しにくいため、深刻さがなかなか伝わらない。しかし、災害はいつやってくるか分からない。「トイレ問題」を自分事として捉え、日頃から備えることが大切だ。
特集 被災地の伝えられない現実 「トイレ」の劣悪な環境は命と尊厳に関わる深刻な問題
構成/渡辺由子
私は、廃棄物管理とごみの3R(廃棄物の発生を抑制〈Reduce〉し、再使用〈Reuse〉を進め、再生利用〈Recycle〉すること)を専門とする研究者で、災害廃棄物処理および、災害時に発生するし尿処理についても調査研究を行っています。東日本大震災や熊本地震におけるトイレ問題について調査を行い、能登半島地震でも発災から約1カ月後の2024年2月、日本医師会、石川県医師会、日本財団の協力を得て、日本トイレ研究所が実施した、被災地の避難所におけるトイレ問題の調査に参加しました。
体育館の用具置き場にも汚物が散乱
能登半島地震では、津波警報が発令されたことから、沿岸部の多くの住民が発災直後に避難所へ避難し、2024年1月2日には石川県内で4万688人が避難所に避難していたと記録されています。
今回の調査で、計4日に分けて、能登半島の真ん中あたりの七尾市と半島の先端部に近い輪島市の避難所10カ所を回ったところ、断水に加えて、下水道管・下水処理場・し尿処理施設・浄化槽などの汚水処理施設が広範囲で壊滅的な状況となり、多くの地域で排水が一切できないことが問題となっていました。歯磨きの水すら流せず、吸水できるオムツにすすぎ水を吐き出すしかない過酷な生活を強いられ、それが半年近く続いた地域もあったとされています。
発災直後、多くの地域でトイレは上下水道不通のために、汚物を水で流すことはできません。1月2日の時点で、至る所のトイレの便器や床が、小便・大便・トイレットペーパー・ティッシュペーパー等であふれ、トイレではない所、例えば公衆トイレの建物の横や裏、避難所になった体育館の用具置き場などにも汚物が数多く散乱していたと、被災者から聞きました。トイレの便器やその周辺に汚物が散乱している惨状を目にした被災者が、公衆トイレや公園の植え込み、物陰を探し求めて右往左往する事態です。阪神・淡路大震災でも起こり、それ以降、「トイレパニック(散乱排泄物)」と呼ばれています。
高台にある小学校の避難所に多くの住民が避難し、校舎の1階にあるトイレが、1晩で汚物まみれになり、使えなくなりました。1階は臭くて近寄れなくなったのですが、被災者や自治体職員が、給食室からお玉を持ってきて汚物をすくい出し、プールの水を使って掃除したと聞きました。
能登半島地震では、トイレパニックが至る所で発生する事態となりましたが、この事実は広く知られてはいません。ニュースの映像で、汚物まみれのトイレなどの様子を伝えられないからだと考えています。
ところで皆さんは、小便・大便の便意を催してから、どのくらいの時間を我慢できますか。熊本地震の被災者へのアンケート調査では、発災後3時間以内に「トイレに行きたくなった」人が39%、6時間以内では34%でした(図1)。つまり、発災後6時間までの間に、73%もの人がトイレに行きたくなるのです。トイレ問題は水や食料、寝る場所の確保よりも「待ったなし」の状況になり、「もう我慢できない!」と叫びたくなるような切迫した事態に陥ることが、アンケートの結果からうかがえます。
図1 熊本地震時のトイレへ行きたくなった時間世界に誇るトイレ大国・日本では、地震による上下水道施設の停止でトイレ使用不可となり「トイレパニック」を招くことを想像しづらい。
仮設トイレはすぐには届かない
一方、東日本大震災で避難所に仮設トイレなどが行き渡るのに要した、日数ごとの自治体数を調べています(図2)。発災から3日以内と回答した自治体は10件で、全体の3分の1。4~7日が5自治体、8~14日が8自治体でしたが、1カ月以上要した自治体が4件もありました。
図2 東日本大震災時の仮設トイレ設置までの日数スピード感が求められる災害時のトイレ整備だが、発災当日にトイレは整備されないと考え、携帯トイレを使い慣れておく必要がある。
仮設トイレの設置は、自治体で備蓄している場合を除き、レンタル会社からの貸し出しになります。レンタル会社と災害時の協定を結び、調達できるとしても、多数の避難所への設置を迅速に行うのは、困難です。被災により道路網が寸断し、救援ルートを切り開く道路啓開に時間がかかることもあります。本来ならば、発災当日から使用できる仮設トイレの確保が絶対に不可欠ですが、ただちに被災地に届かない、届けられないのが現状です。
東日本大震災では、避難所の体育館で雑魚寝をする人のすぐ近くに、段ボールで囲った簡易トイレが高齢者のために設置されていました(図3)。体育館の外のトイレまで歩くのが困難な足腰の弱い高齢者への配慮とはいえ、周囲に人がいる場所、人目のある場所で排泄をしなければならない状況は、あってはならないことです。
図3 東日本大震災時の避難所内トイレ東日本大震災時の体育館の避難所の片隅に設置された、段ボールで囲った簡易トイレ。現在は、トイレ環境はさまざまなタイプのトイレがそろい、整備が進んできているが、課題は山積している。
トイレ問題は、避難所が開設されるのと同時に、トイレが整備されているくらいのスピード感が求められるものですが、対応の遅れはトイレパニックの発生につながること、人の尊厳をないがしろにすることだと知っておく必要があります。
1959年の伊勢湾台風を機に、地域防災計画が策定されました。現在、全国の市町村および都道府県がそれぞれ地域防災計画や地区防災計画を立てており、その中で仮設トイレやマンホールトイレ、洋式トイレの設置を義務付けています。
災害用トイレのさまざまな問題・課題
災害用トイレにはさまざまなタイプがあります。既存の洋式便器等に便袋を取り付け、吸水シートや凝固剤で水分を固める「携帯トイレ」、室内に設置可能な小型の便器付きの「簡易トイレ」、汚物を自動で密閉する「ラップ式簡易トイレ」、イベントや建設現場などに設置され、汚物を便槽へ貯留してし尿をくみ取る「仮設トイレ」、下水道管路のマンホールに便器や仕切り施設等を設置する「マンホールトイレ」などです。また、自走式のトイレカー、けん引して運ぶトイレトレーラーなどもあります。
避難所に仮設トイレやマンホールトイレ、トイレカーやトイレトレーラーが無事に届き、設置されたとしても、さまざまな問題があります。
仮設トイレやトイレカー、トイレトレーラーでは、貯留槽のし尿のバキューム車でのくみ取りや、清掃などの衛生管理が必要なので、計画的な運用を行う必要があります。能登半島地震では、大規模災害で被災した市区町村のパートナーとして、総務省が特定の自治体を割り当て、さまざまな業務の支援を行う「対口支援」の本格的な導入がありました。例えば、輪島市のある避難所のトイレは、大阪府によって管理され、携帯トイレ、仮設トイレの他、トイレカー5台が設置されました(図4)。2時間置きに汚物のごみ袋の収集やトイレ掃除を、対口支援のパートナーの大阪府の職員が行っていました。
図4 輪島市のトイレ事情能登半島地震時の輪島市の避難所で、屋外に設置されたトイレカーや仮設トイレなど。屋内では、既存の便器で携帯トイレを使用。用を足すときに使う紙や汚物をまとめた袋は、衛生ごみに分別・集積し、輪島市が毎日収集する。
しかし、対口支援の職員が派遣されるまでは、被災者が当番を決めて掃除することになります。平時のトイレとは状況が異なる仮設トイレなどの掃除を行った被災者からは、「避難所のトイレ掃除は本当に大変、二度とやりたくない」という声が多数上がりました。
また、トイレカーやトイレトレーラーなどの構造上、入り口に階段があり、排泄を済ませて出てくるときに、段差で足を滑らせて転落するケースが多数報告されています。高齢者や足腰の弱い人には使いづらく、使用をためらうことにつながります。給水されていなければ、水洗用の水を入れたバケツを持って階段を上らなければならず、非常に不安定で危険です。
一方、最近注目のマンホールトイレは、仮設トイレのような段差がなく、車いすでも利用できるので整備が進んでいます。マンホールがあればどこでも設置できそうですが、実際は違います。一般的に設置できる下水道管路は公道下にあり、設置制限があります。阪神・淡路大震災以降は、公園や広場などの一時避難場所や避難所に、マンホールトイレの設置を目的に下水道管路の整備が進められています。しかし、雨の日は使いづらい、強風で仕切り施設が倒れやすいなどの弱点があります。
最も深刻な問題が、屋外に設置される仮設トイレやマンホールトイレは、停電などで照明がないと、トイレ周辺が真っ暗になり、女性や子どもが性犯罪の被害に遭うリスクが高まることです。暗い環境で起こる性犯罪は、阪神・淡路大震災の頃から指摘されてきました。屋外のトイレだけでなく、例えば学校の体育館が避難所になり、使えるトイレが離れた校舎にある場合も、同様のリスクがあります。避難所では、女性や子どもは1人ではトイレに行かない、防犯ブザーを身に着けるなどで対処するしかありません。災害のたびに繰り返されている避難所の性犯罪は、広く知られていないことと、被害そのものがなくならないことが、非常に残念です。
仮設トイレなどの数については、女性は男性よりも使用時間が長くかかるため、女性のトイレ利用時間は男性の約3倍とされています。男性と女性の待ち時間を均等にするには、女性用トイレの数を男性用よりも3倍用意することが求められていますが、まだまだ男性用トイレのほうが多かったり、仕切りがなく隣り合わせだったりと、ただ設置すればよいわけではないことについての理解が進んでいません。
トイレの構造とその周辺の環境に問題があるせいで、トイレに行く回数を減らすように、飲食を我慢してしまう人は少なくありません。その結果、脱水症状やエコノミークラス症候群を発症し、最悪の場合、命を落としてしまうケースにつながります。災害時にエコノミークラス症候群を発症した人の性別を調べると、そのほとんどが女性という報告がありました。能登半島地震では、地震の影響により心身に負荷がかかり亡くなる「災害関連死」の数が、建物の倒壊などによる「直接死」の数よりも多く、トイレ問題が少なからず影響しているのではないかと見ています。避難所でのトイレ事情は他にも、し尿処理の問題、清掃の問題など、実にさまざまな問題・課題を含んでいます。
35回分の携帯トイレを備蓄しよう
前述したように、避難所に仮設トイレやマンホールトイレ、トイレカーやトイレトレーラーが設置されるまでには、日数を要します。発災から仮設トイレなどの設置までのタイムラグをしのぐには、自宅や避難所で簡易トイレや便座等が破損していないトイレに携帯トイレを設置したり、オムツやペットシートや新聞紙などを敷いて汚物を受けたりして使用することになります。
覚えておいてほしいのが、災害が発生し、断水や下水道が不通になったとき、最初に、トイレパニックの発生を阻止するための行動が重要だということです。例えば、避難所の開設の際は、受付窓口を設置するよりも前に、その避難所にあるすべてのトイレに45ℓサイズのごみ袋をかぶせ、便器にたまっている水から遮断して、便器やその周辺が汚れるのを防ぎます。この処置をしておけば、その後にトイレを使う人は、携帯トイレの便袋で汚物を受けてごみとして処理すればよいし、もしもごみ袋の中に直接排泄してしまったら、ごみ袋ごと取り換え、再び便器にごみ袋をかぶせればよいのです。
また、防災対策の中で、トイレ問題に意識を向けてほしいと思います。第一に、家庭や会社などの事業者は、携帯トイレを1人当たり1日5回の排泄として3日間分の備蓄をしておきましょう。できれば1週間分あると、より安心です。つまり、1人当たり、1週間35回分の携帯トイレの備蓄です。さらに、携帯トイレは使い慣れていないと失敗することもあり、いざというときのために、携帯トイレを使う訓練をして使い慣れておくことも、災害対応力を強化するのに役立ちます。市販の携帯トイレにはさまざまな種類があるので、使いやすいものを選び、スムーズに使えるようにするためにも、慣れておくようにしてください。
そして、携帯トイレと共に備蓄しておきたいのが、トイレットペーパー(1人1週間で1ロール〈一般家庭用シングル60m前後〉を消費するとされている)、45ℓサイズのごみ袋(便器にかぶせて水から遮断する)、脱臭袋(汚物をまとめる臭いを遮断する)、大きめの段ボール箱(ごみの収集が再開するまでの期間は汚物をまとめたごみ袋を保管するため)、ゴム手袋、除菌シートや消毒液などです。
トイレ問題は、単なる衛生問題ではなく、人の命と尊厳に関わる重大な問題です。この問題の深刻さがなかなか伝わらないのは、トイレは私たちの生活の根幹にあるにもかかわらず、普段、当たり前に快適なトイレがあり、それが使えなくなったときの状況を想像しにくいからだと思います。
能登半島地震の発生から2年が過ぎた今、大災害に備えて、平時から積極的な備蓄を含め、トイレ問題を自分事として考え続けてほしいと思います。







