特集 ここまで分かったエピジェネティクス 獲得した性質が次世代に伝わる可能性

構成/飯塚りえ  イラストレーション/小湊好治

エピジェネティック修飾はDNAの塩基配列に影響を与えずにメチル化などで遺伝子の働きを調節することから、新たな個体が生まれるときにリセットされ、次世代に受け継がれないとされてきた。しかし受精後、子の体細胞で再びメチル化が始まるという研究結果が得られた。つまり、DNAのメチル化そのものが直接受け継がれているのではなく、メチル化を再起動させるメカニズムが機能したのではないかという。親が獲得した性質が次の世代に伝わる可能性は否定できない。

熊本大学国際先端医学研究機構特任准教授

高橋悠太(たかはし・ゆうた)

2011年、筑波大学大学院博士課程修了、博士(生物工学)。2012~2022年、アメリカ・ソーク研究所ベルモンテ研究室でDNAメチル化編集技術を開発し、マウスにおける世代間エピジェネティック伝搬を実証。2022年、アルトス社を経て、2024年から現職。エピジェネティック遺伝学研究室を主宰し、エピジェネティックな情報の世代間継承機構の解明に尽力している。

遺伝子は、基本構造である塩基配列が変わることなく、その機能を発現するかどうかをエピジェネティクスという機構によって制御されています。エピジェネティクスの機構があるために、同じDNA配列の細胞でも異なる性質を持ちます。

哺乳類では次世代に受け継がれない!?

植物など、エピジェネティクスが受け継がれる種はありますが、そもそも、哺乳類においては、エピジェネティクスは次世代に受け継がれない、とされています。この定説の出発点はおそらく、細胞の個性は一度リセットされないと新しい個体を作れない、という発想だと思います。私たちの体には、37兆個ほどの細胞があり、皮膚の細胞、肝臓の細胞、血液の細胞など、さまざまな種類があります。しかし、これらは元をたどれば、すべてたった1つの受精卵から増えていったものです。つまり、遺伝子の塩基配列そのものは、基本的にはすべての細胞で同じ情報を持っています。それにもかかわらず、細胞ごとに役割が違うのは、「どの遺伝子を、いつ、どの程度使うか」が細胞ごとに違うからです。この「遺伝子の使い方」を制御している仕組みがエピジェネティクスであり、個々の細胞はそれぞれ、自分の役割に応じたエピジェネティックな情報を持っています。

しかし、それでは生殖によって新しい個体が生まれることはできません。そこで細胞ごとの個性を一度まっさらに戻す必要があるという考え方から、「エピジェネティクスは基本的に次の世代には受け継がれない」と長く信じられてきたのです。

実際、始原生殖細胞や受精直後の胚を調べると、エピジェネティックな修飾が消去されていることが確認されています(図1)。

図1 生殖細胞系列におけるエピジェネティック・リプログラミング機構マウスの生活環におけるゲノム全体のDNAメチル化率。青線は、体細胞のゲノムDNAが高度にメチル化されていることを示している。このメチル化は、胚発生初期に確立される。一方、生殖細胞ではエピジェネティック・リプログラミングが起こる(黄線)。始原生殖細胞の形成時にゲノム全体のDNAの脱メチル化、卵子や精子になる過程で再メチル化、受精後に再び脱メチル化が起こる。

さらにこの考えを後押ししたのが、遺伝子のインプリンティング(刷り込み)です。多くの遺伝子は父母由来の両対立遺伝が両方発現、または抑制されるように制御されていますが、インプリンティング遺伝子ではどちらか一方がDNAメチル化によって不活化され、もう一方のみが機能します。このエピジェネティック修飾は、始原生殖細胞でいったん消去され、生殖腺で個体の性に応じて新たに付け直されることが知られており、このリセット機構の存在が、エピジェネティック状態が原則として世代を越えて継承されないことを示す根拠とされています。

  • 対立遺伝子:遺伝子は、父母由来の形・大きさが同じ相同染色体上の特定の位置(遺伝子座)に存在する。2本の相同染色体では、同じ遺伝子座に異なる種類の遺伝子が位置しており、このような関係にある複数の遺伝子を対立遺伝子という。

つまり、理論的にも、観察事実としても、新しい個体が生まれるときには、前の世代のエピジェネティクスはリセットされるという説は、長らく科学的な常識とされてきたのです。

エピジェネティクス継承の証明は難しい

一方で、過去には親のエピジェネティクスが子どもに受け継がれているのではないか、という例も報告されています。2012年に発表された、大腸がんを発症した女性の例では、5人の子どものうち2人が大腸がんになり、母親と同じ遺伝子に同じようなDNAメチル化が見つかっています(図2)。例外的に、エピジェネティクスが消去されずに残るケースがあるのではないか、という疑問が浮かび上がってきました。

M. Crépin et al., Human Mutation, 2012 Jan; 33(1): 180–188. から引用して改変

図2 親子で同様のエピジェネティクスが見られる大腸がんの例通常はメチル化されていないが、まれに異常なメチル化が発生し、大腸がんのリスクを劇的に高める。複数の大腸がんと腺腫を発症した女性は、この領域に異常なDNAメチル化を示していた。彼女の子どものうち2人も大腸がんを発症し、母親と同様の箇所にエピジェネティクス変異を持っていた。

エピジェネティックな修飾は、環境に応じて付いたり外れたりします。これは、必要な遺伝子を発現させることで、体の恒常性を保ち、環境変化に適応する役割を果たしているからです。もし、生活習慣や環境によって生じた異常なエピジェネティック修飾が次の世代に伝わるとすれば、将来の健康に影響を及ぼす可能性もあります。

そこで私は、このエピジェネティック修飾が本当に世代を超えて受け継がれることがあるのかを、マウスのモデルを用いて実験的に証明しようと考え、研究を進めてきました。

問題は、一見エピジェネティックに見える変異が、実はDNA配列そのものの変異による二次的な結果である可能性を、完全には排除できないことでした。実験によってマウスのエピジェネティクスが受け継がれているようだ、という報告もありましたが、その時点では、エピジェネティックな継承が起きていることを証明することは技術的に難しく、現象の報告にとどまっていました。例えば、ある遺伝子のDNA配列に変異が入ると、その影響で周囲のエピジェネティックな状態が変わることがあります。それまでの研究は、残念ながら、それがDNA配列の変異とは独立した、純粋にエピジェネティクスの継承であると証明するには至っていませんでした。

この証明を可能にするのが、私たちが2017年に開発した「DNAメチル化編集技術」でした(図3)。DNA配列は一切変えずに、特定の場所にだけDNAメチル化を導入する技術で、メチル化のスイッチを設置して、一度だけ押して遺伝子の状態を変え、そのスイッチ自体はすぐ外してしまうようなイメージです。この技術は、エピジェネティックな異常と病気との因果関係を調べるなどといったことに利用できます。例えば、がんなどの病気では、特定の場所に異常なメチル化が見られることがよくあります。しかしそのメチル化が病気の原因なのか、それとも病気になった結果なのかを確定することが難しかったのですが、この編集技術を使えば、正常な細胞に特定の異常なメチル化を人工的に導入して、病気の原因を探ることができるようになります。もしメチル化の異常が原因だと分かれば、その部分を標的にした治療法の開発につながる可能性があります。

Y. Takahashi et al., Science, 2017 May; 356(6337): 503–508.

図3 DNAメチル化編集技術CpGアイランドは、シトシン(C)の隣にグアニン(G)が並ぶ「CpG配列」が集中している、主に遺伝子のプロモーター領域。通常メチル化されていない。DNAメチル化編集は、CpGアイランドに、CpGを持たないDNA(CpGフリーDNA)を導入しCpGアイランドをメチル化する技術。メチル化された後、導入したCpGフリーDNAを除去しても、CpGアイランドは、メチル化されたままの状態を保つ。

情報が世代を超えて残る可能性

私たちはこの技術を用いて、遺伝子の継承とエピジェネティクスの継承とを切り分けた実験を試みました。エピジェネティックな情報は本当に世代を超えて受け継がれるのか、という問いを検証できるようになったのです。

実験では、DNA配列を変えずにエピジェネティックな情報だけを操作したマウスを作り、その情報が維持され、表現型に影響するかどうかを検証しました。すると、親のマウスの標的遺伝子はほぼ100%メチル化されていましたが、その子どもたちを調べると、父親からその対立遺伝子を受け継いだ個体では、約50%のメチル化が見られました。これはつまり、人工的に入れたメチル化が、生殖細胞を介して子どもに伝わったということを意味します。この結果から、エピジェネティックな情報は発生の過程で完全には消去されず、世代を超えて残る可能性があることが分かりました(図4)。

Y. Takahashi et al., Cell, 2023 Feb; 186(4): 715–731.

図4 DNAメチル化編集マウスを使ったDNAメチル化編集の技術を用いて、DNAメチル化編集マウス胚性幹細胞を作製し、次にDNAメチル化編集マウスを作製。DNAメチル化とそれに伴う表現型が子孫に継承されるかどうかを調べた結果、DNAのメチル化状態と肝臓におけるLDLR mRNAとタンパク質の発現が抑制されていた。さらに、子孫はコレステロール値が上昇。DNAメチル化とそれに伴う表現型が次世代に継承されることが示唆される。

この実験により、メチル化が次世代に受け継がれる可能性があることは分かりましたが、さらに大きな疑問が生まれます。このメチル化がどのように受け継がれているのかということです。前述したように、細胞は発生の過程でエピジェネティックな情報が2段階でリセットされる、いわゆるエピジェネティック・リプログラミングの仕組みがあり、本来なら、メチル化はそこで消されるはずです。

そこで私たちは、この実験のマウスの生殖過程において、発生の途中で最初の大きな脱メチル化が起こる始原生殖細胞でのメチル化の状態を詳しく調べる実験を行いました。その結果、細胞のメチル化はいったん消去されていることが分かりました。

ところが、その後、興味深いことが起きました。例えば、F1世代の精子では遺伝子にメチル化は見られません。しかし、その精子から生まれた子どもを調べると、体細胞では再びメチル化が現れていたのです。しかも、それは安定して維持されていました。つまり、精子や卵子は「非メチル化」の状態のDNAを次世代に運んでいるのに、受精後、体細胞の中でその遺伝子にもう一度メチル化が起きている、ということになります。ここから私は、DNAメチル化そのものが直接受け継がれているのではなく、もう一度そこにメチル化を入れ直すための何らかの記憶、いわばエピジェネティックなメモリーが残っているのではないかと考えました。その情報が次世代に運ばれて、結果として同じ異常なメチル化が再び生じているのではないか、というわけです。例えるなら、遺伝子には癖のようなものがあって、一度メチル化が外れても、なぜかまた同じ状態に戻ってしまう、という現象が起きているようにも見えます。そのエピジェネティックなメモリーが何なのかが、現在の研究テーマの一つとなっています。

ダーウィンとラマルクの考え方

遺伝や進化の考え方を説明するとき、長い間対比され議論されてきたのが、チャールズ・ダーウィンとジャン゠バティスト・ラマルクの考え方です。ダーウィンの考え方は、生物には最初から個体ごとのばらつき(個体差)があり、その中で環境に適合したものだけが生き残りやすいというものでした。キリンの例でいうと、生まれつき首が長いほうが高い葉を食べられて生き残りやすく、その遺伝子が残っていくというものです。これに対してラマルクの考え方は、生物は生きている間の努力や経験によって体を変化させ、その変化が子孫に伝わるというものです。「高い木の葉を食べようとして首を一生懸命伸ばすキリン」が結果的に、首が長くなり、それが子どもに遺伝するという考え方です。

ラマルクの考え方が正しいかどうかは置くとしても、私たちの実験によって示された、エピジェネティックな変化が受け継がれるという現象に限っていえば、親が獲得した性質が次の世代に伝わる可能性はあるということになります。

エピジェネティクスの異常は、遺伝子の突然変異と同じように、偶発的に起きる場合もあれば、行動や環境の影響で変化する場合もあるでしょう。ただ、それが世代を超えて受け継がれる現象が起こり得ることが実験で示された、ということになります。

このような世代間をまたぐエピジェネティックな変化が、ヒトにも起こっているのかどうか、例えば、悪い生活習慣によって生じたエピジェネティックな情報が、本当に子どもへ受け継がれるのか、また、そうした生活習慣が生殖細胞のどのエピジェネティクスに影響を与えるのか、現時点ではまだ分かっていません。だからこそ重要なのは、その仕組み、つまりメカニズムを理解することだと考えています。メカニズムが分かれば、どんなエピジェネティックな情報が消去されるのか、どんな情報は次世代まで残るのかを区別できるようになるかもしれません。生活環境と遺伝の関係を、本当の意味で説明できるようになるための第一歩が、そこにあると考えています。

(図版提供:高橋悠太)

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