細胞と遺伝子 第40回 「皮膚の老化」と「幹細胞の不均一性」の関係

イラストレーション/北澤平祐

河合香織(かわい・かおり)

ノンフィクション作家。『選べなかった命 出生前診断の誤診で生まれた子』で大宅壮一ノンフィクション賞受賞。近著にアンチエイジング研究の最先端を取材した『老化は治療できるか』(文春新書)がある。

皮膚の老化とは、細胞が一様に弱ることではないかもしれない。表皮には分裂の速い幹細胞と遅い幹細胞が異なる区画に棲み分け、役割を分担している。この「不均一性」こそが、皮膚の再生力と強さを支えているが、加齢に伴いそのバランスが崩れ、特定の集団が失われることで、傷が治りにくくなり表皮は薄くなって弾力を失っていく。老化は細胞の衰えではなく、多様な集団の構成比が変わることで起きる——そのような新たな視点が、老化研究に問いを投げかける。

九州大学生体防御医学研究所皮膚再生老化学分野教授

佐田亜衣子(さだ・あいこ)

2011年、総合研究大学院大学生命科学研究科博士課程修了(国立遺伝学研究所で研究)。アメリカ・コーネル大学博士研究員。2016年、筑波大学生命領域学際研究センター助教。2019年、熊本大学国際先端医学研究機構特任准教授。2023年から現職。専門は皮膚再生老化学。

年齢を重ねると、肌は薄くなり、ハリを失い、傷も治りにくくなる。こうした変化は細胞が一様に衰えるために起きるのだろうか。九州大学生体防御医学研究所皮膚再生老化学分野の佐田亜衣子教授の研究からは、もう少し複雑で興味深い姿が見えてきた。皮膚には性質の異なる幹細胞が棲み分けをしており、加齢とともにそのバランスが崩れていくというのだ。

幹細胞に起きる機能の棲み分け

私たちの皮膚は絶えず生まれ変わっている。表面を覆う表皮では、最も下層にある基底層の細胞が分裂し、その一部が上へ押し上げられながら分化して、やがてあかとなって剥がれ落ちる。この入れ替わりを長期にわたって支えるのが、自分と同じ細胞を生む「自己複製」と、役割を持つ細胞へ変わる「分化」の両方をこなす幹細胞だ(図1)。

図1 皮膚の幹細胞皮膚における幹細胞は、表皮の基底層には表皮幹細胞、毛包には毛包幹細胞が局在する。

皮膚には、毛をつくる毛包幹細胞と、表皮をつくる表皮幹細胞がある。毛包幹細胞はこの30~40年で盛んに研究され、性質が詳しく解き明かされてきた。一方、ヒトの皮膚を培養して移植する再生医療が早くから実用化された表皮幹細胞は、基礎的なことがよく分かっていなかった。佐田教授は、研究者の少ない、この「地味なほう」にこそ面白さがあると考えた。とはいえ、幹細胞を見つけるのは簡単ではない。特有の形があるわけではなく、自己複製と分化という能力によって定義されるからだ。研究者が古くから目印の一つとしてきたのが「分裂の遅さ」である。細胞のDNAに蛍光の標識を付けると、分裂のたびに2つの娘細胞へ分配されて薄まる。時間がたっても標識を濃く保つ「ラベル保持細胞」は、分裂の遅い幹細胞と考えられてきた。

ところが佐田教授は、表皮には分裂の遅い細胞だけでなく、頻繁に分裂する細胞の中にも、長期にわたって標識を維持する幹細胞が存在することを明らかにした。細胞に遺伝的な印を付け、その子孫を長期間追う「系譜追跡」を行うと、分裂の速い集団も遅い集団も、ともに表皮を支え続けていた。分裂の遅さこそ幹細胞の証しだという古典的な見方を覆す結果だった。

「幹細胞の中に、ダイバーシティというか、機能の棲み分けがあるんです」

その棲み分けを鮮やかに見せたのが、マウスの尻尾だった。皮膚研究者の多くは毛包が豊富な背中の皮膚を使うが、背中の表皮は薄く、表皮そのものを詳しく見るには向かない。耳も表皮が薄く、足の裏は歩行の刺激を受け続ける。アメリカ留学中、共同研究の学生から尻尾の皮膚を試すよう勧められ、観察してみると、驚くほど美しいパターンが現れた。尻尾の表皮をシート状に剥がすと、分裂の速い幹細胞と遅い幹細胞は、ばらばらに散らばってはいなかった。うろこの部分には分裂の速い幹細胞が、うろことうろこのあいだには遅い幹細胞が、それぞれ数百個ほどのまとまりをつくって、異なる区画で棲み分けをしていた。このような不均一性を持つ幹細胞は、平常時には各集団が自分の区画を保つが、皮膚に傷がつくと境界を越え、互いの領域へ入り込んで修復を助ける。

加齢とともに不均一性が崩れる

異なる幹細胞が共存することに、どんな意味があるのか。「そこが解けたら、私は引退って思うくらいです」と佐田教授は話す。多様性の機能的な重要性は、まだ完全には証明されていない。ただ、物理的な傷、加齢、炎症では、それぞれ応答する幹細胞集団が異なるという。「1種類しかないより、何種類も幹細胞がいたほうが、いろんな刺激に対して、いろんな応答ができる」。性質の違う集団が役割を分担していることが、皮膚の強さにつながるのではないか。軽い傷なら、いったん区画が交ざり合っても、治った後には元の配置へ戻る。不均一性とは、単なるばらつきではなく、機能を持った多様性なのである。

この不均一性は、年を重ねると崩れていく(図2)。ヒトの皮膚では、表皮とその下の真皮の境界が波のような凹凸をつくっている。表皮突起・真皮乳頭と呼ばれる構造で、2つの層がかみ合って、ずれや引っ張りに耐える力を生む。若い皮膚では分裂の速い幹細胞と遅い幹細胞が凹凸の異なる位置に偏って存在する。だが加齢とともに境界は平坦になり、特に分裂の速い幹細胞集団が失われていく。傷が治りにくくなり、表皮が薄くなって、弾力を失う。こうした変化は幹細胞の数や力が一律に下がった結果だけではないのかもしれない。組織を支える「選手」の総数ではなく、役割の異なる選手の組み合わせが変わり、チームとしての対応力が落ちている可能性がある(図3)。集団の構成比そのものが変わっているなら、細胞全体の増殖を促すだけでは元に戻らない。どの集団が減り、どの集団が増え、そのバランスを何が制御しているかを見る必要がある。

Sada et al., Nat Cell Biol. 2016 Raja et al., EMBO Rep. 2022

図2 加齢に伴って皮膚幹細胞のバランスが崩れる若い皮膚は分裂の速い幹細胞と遅い幹細胞が共存するが、加齢で分裂の速い幹細胞が失われ多様性のバランスが崩れる。

図3 何が皮膚幹細胞のバランスを制御しているのか環境因子や内因性因子が幹細胞のバランスを制御し、それが皮膚の再生力の維持や破綻につながると考えられている。

鍵の一つが、細胞の外側にある環境だ。皮膚にはコラーゲンやエラスチン、ヒアルロン酸などの細胞外マトリックスが豊富にあり、弾力や強度を支える足場となっている。それだけではない。細胞は足場の硬さや形を感じ、それに応じて増殖や分化の仕方を変える。佐田教授らは、細胞外マトリックスを構成するfibulin-7が、表皮幹細胞の不均一性を長く保つうえで重要であることを示した。fibulin-7を欠くマウスでは、分裂の速い幹細胞が減り、創傷治癒の遅れや炎症に関わる遺伝子の発現上昇など、老化に似た変化が早く現れた。近縁のfibulin-5も、加齢に伴う幹細胞集団のバランスを保つことが分かってきた。老化した皮膚では、幹細胞だけが単独で弱るのではなく、それを支える足場との関係が変わっているのだ。

皮膚の凹凸そのものにも意味があるのではないか。佐田教授らは新潟大学などとの共同研究で、表皮と真皮の境界の凹凸を再現したコラーゲン製の足場をつくり、その上でヒトの表皮細胞を三次元培養した。細胞も培養条件も同じで、違うのは足場が平らか、凹凸を持つか、だけである。すると凹凸のある足場では、より整った表皮組織が形成され、分裂する細胞が凹凸の下側に偏る傾向が現れた。ヒトの皮膚細胞を皿の中で育て、シート状の組織をつくる技術はすでに実用化されている。ただし通常の培養皮膚には血管や神経、免疫細胞、毛包などがなく、生体の皮膚を再現しているわけではない。だからこそ、構造や細胞を1つずつ加え、何が組織形成に必要なのかを切り分けて確かめることに意味がある。凹凸を再現した培養系は、ヒトでは直接操作できない皮膚の「形」の働きを検証するための道具なのである。

加齢した皮膚では、凹凸と同時に他の条件も変わるため、生体を観察するだけでは「凹凸そのものの効果」を切り分けにくい。あり・なしを直接比べる培養系だからこそ、形の効果を示せたのである。凹凸は、皮膚を物理的に強くするだけでなく、細胞が受ける力に場所ごとの差を生み、性質の異なる細胞を適切な位置へ置く「地形」として働いているらしい。加齢による凹凸の平坦化は、老化の結果であるだけでなく、幹細胞の多様性を失わせる一因かもしれない。

老化した臓器を再生するというと、外から細胞を移植する再生医療を想像しがちだ。しかし佐田教授は、「幹細胞は、私たちの体にある再生力をちゃんと備えた細胞です」と話す。その細胞を適切な環境に置けば、臓器の機能を再生できると考えている。皮膚は細胞の入れ替わりが盛んな分、心臓のようにほとんど再生しない臓器に比べれば、機能をよみがえらせやすいと考えられる。ただし、不均一性を回復させれば本当に老化が改善するのかは、まだ証明されていない。多様性を生み出す因子を特定し、それを増減させたときに組織がどう変わるのかを調べることが、現在の課題である。

「うちはもう、尻尾のラボにしよう」

もう一つの焦点が、炎症性皮膚疾患だ。薬剤で一時的な炎症を起こすマウスを使い、幹細胞の不均一性がどう変わるかを調べている。しかしこのモデルは1週間ほどで自然に治り、ヒトの慢性疾患とは違う。どの疾患で不均一性が崩れるのか、それはどの免疫細胞やサイトカインに依存するのか。まず対象となる疾患を探すところからの研究だという。基礎で見つけた現象を病気の理解へつなぐには、一過性の炎症と、患者の体で続く慢性炎症との隔たりを埋めなければならない。

佐田教授は最初から皮膚科学者を目指していたわけではない。中学生の頃、レイチェル・カーソン著『沈黙の春』などを読み、環境問題を研究したいと思った。静岡大学理学部の生物地球環境科学科へ進み、地層を見るため中国へ出かけたこともあったが、地学にはあまり興味を持てないと気づいた。卒業研究で肝臓の発生を調べるうち、細胞が集まって臓器をつくる発生生物学に引き込まれた。岡田節人著『細胞の社会』にも魅了された。国立遺伝学研究所では、生殖細胞に働くRNA結合タンパク質NANOS2を研究し、精子のもとになる幹細胞の維持に欠かせないことを突き止める。こうして「幹細胞の世界にどっぷり浸かって」いった。

コーネル大学への留学では、当初は毛包幹細胞を研究した。しかし2つのプロジェクトは成果につながらず、3つ目の表皮幹細胞だけが動き始めた。「毛包はみんなやっているし、違うことをやりたいという下心もあったんです」。結果に背中を押され、次第に表皮へ軸足を移す。その選択を決定づけたのが尻尾だった。それでも、尻尾を研究の中心に据えるかどうかを10年ほど迷った。2016年に帰国して筑波大学で細胞外マトリックスや三次元培養に取り組み、2019年に熊本大学で独立した頃、ようやく腹を決めた。2023年には九州大学へ移り、皮膚再生老化学分野を立ち上げた。創傷、老化、炎症も、すべて尻尾の皮膚で解析する。「うちはもう、尻尾のラボにしよう、と。今ではテールスキン・バイオロジストって名乗っちゃってるくらいです」。多くの研究者が背中を見る中、尻尾を見たからこそ表皮幹細胞の区画と不均一性が見えた。主流から少し外れた場所が、未開拓の「ブルーオーシャン」になったのである。

研究生活は平坦ではなかった。アメリカでのポスドク5年目、ビザとフェローシップの期限が迫る中、論文を改訂しながら職を探したが決まらず、掲載を期待していた論文も不採択になった。帰国まで残り3カ月という年末、ようやく筑波大学の職を得た。「決まっていなかったら本当にここで研究者終わりでしたよね、多分」。その後も任期や研究費の不安は繰り返し訪れたが、表皮幹細胞と尻尾という材料を手放さなかった。

支えてきたのは、静岡大学時代の同級生で、在宅で働くプログラマーの夫である。家事や子育ての多くを担い、アメリカ、筑波、熊本、福岡と続く引っ越しにも、「次どこ行くの?」と動じないという。コロナ禍の2020年ごろから、娘の希望でウーパールーパーも飼っている。6㎝ほどだった個体は、今では大きく育った。皮膚の研究のためかと聞かれることもあるが、「してないですよ」と佐田教授は笑う。

皮膚から考える老化改善に向けた新たな戦略

佐田教授が皮膚を研究するのは、美容のためだけではない。皮膚は外から観察しやすく、傷の修復も追える。そこで見つかった不均一性の原理は、腸や血液など、他の臓器にも共通する可能性がある。近年はシングルセル解析により、同じ種類とされていた細胞の中にも多様な集団が見えるようになった。ただし細かく分ければよいわけではない。遺伝子の違いが、傷への応答や組織維持といった機能の違いにつながってこそ、別の集団として理解する意味がある。

老化研究には、もう一つ難問がある。「若返った」と何で判断するかという物差しだ。病気なら炎症や症状の程度を数値化できるが、老化には決定的な指標がまだない。DNAのメチル化状態から「生物学的年齢」を推定する方法は有力だが、一つの指標だけでは足りず、複数を組み合わせる必要があるという。ヒトでは個人差も大きい。同じ年齢でも、遺伝的背景、食生活、睡眠、紫外線、喫煙などの条件が異なる。年齢も数ある要因の一つに過ぎず、佐田教授は、多数の要因から何を抽出するかは「本当にAIとか使って、ビッグデータでやるしかない」と話す。

皮膚を若く保つ特別な近道が見つかったわけではない。佐田教授自身が心がけるのも、食べすぎず、適度に運動し、規則正しく眠るという王道である。皮膚については紫外線を避け、保湿することが大切だという。ただし皮膚に現れる老化の原因が、皮膚だけにあるとは限らない。食事、睡眠、ストレス、神経、免疫、腸内環境など、全身の状態が皮膚に映し出される。

かつて『細胞の社会』に魅せられた一人の学生は、今、性質の異なる細胞がそれぞれの役割を担い、必要なときには境界を越えて支え合う仕組みを、皮膚という窓から読み解こうとしている。老化とは、細胞が一様に弱ることではなく、体を支えてきた多様な集団のバランスが崩れることなのかもしれない。そのバランスをもう一度整えられたら、どんな未来が見えるのか。佐田教授は間を置かずに答えた。「ずっと若いんじゃないですか」。マウスの小さな尻尾から、人生100年時代の体を見つめ直す新しい視点が見え始めている。

(図版提供:佐田亜衣子)

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