
読者の皆さんは、どんなおせち料理で新年を寿いだのだろうか? 今回は、おせち料理の定番メニューのいくつかを取り上げて、おいしくきれいに作る「コツの科学」に迫ってみた。
文/茂木登志子 イラストレーション/山崎瑶実

読者の皆さんは、どんなおせち料理で新年を寿いだのだろうか? 今回は、おせち料理の定番メニューのいくつかを取り上げて、おいしくきれいに作る「コツの科学」に迫ってみた。
お正月といえば、おせち料理だ。また、おせち料理といえば重箱(お重)に詰めるのが定番だ。これは、「福が重なる」あるいは「めでたいことを重ねる」という縁起の良い意味があるからだと聞く。また、お正月には料理をしない。家々に新年の幸せをもたらす年神様をお迎えするので、煮炊きを慎むためだ。加えて、料理を作る人が骨休めできるようにという実用的な側面もある。だから日持ちする料理が多く作られ、冷めてもおいしく味わえる工夫がなされていた。ふた付きのお重は、そうした作り置きの料理を保存するのに最適だったのだ。
だが、最近では、お重に詰められた伝統的なおせち料理の他に、オードブルの詰め合わせや、フレンチ、中華、イタリアンなど趣向を凝らした料理の詰め合わせも多い。
「最近では、おせち料理イコールお正月のごちそうというイメージになっているのか、昔ながらのおせちの一つひとつの食材にいろいろな意味や願いが込められていることを知らない人が多いようです」
そんな風潮を少し憂いているのは、管理栄養士で料理研究家としてもさまざまな健康レシピを開発している棚橋伸子さんだ。
「私は管理栄養士を養成する大学や専門学校で、調理実習を指導しています。お雑煮とおせち料理は、私の授業では必修課題です」
すると、家ではお正月でもお雑煮を食べないとか、おせち料理を作って試食すると、甘すぎるとかしょっぱすぎるとか、初めての味覚体験を巡り、さまざまな感想が聞こえてくるのだという。
「そこで保存性を高めるために、砂糖や塩の濃度が高いことなどを教えるのですが……。実習で作ったものを、ぜひ自宅で再現して、家族に供してと伝えています。それも食文化継承の一助になるのではないかと考えています」
お雑煮や田作りくらいは作るが、あとはもっぱら市販品をお正月のごちそうとして購入する身としては、襟を正して傾聴するばかりだ。
というわけで今回は、手作り派も購入派も、誰もが楽しめるおせち料理の世界を探ってみることにした。棚橋さんの案内で、おせち料理の由来やおいしくきれいに作るコツの科学を学ぼう。
(おせち写真提供:棚橋伸子)
図 色彩豊かなおせち料理の数々棚橋さん自身は毎年おせち料理を作っている。「お重には詰めないで、料理ごとにお皿に盛り付け、取り箸で各自がいただくスタイルです」
なますというのは、古くから生の魚や肉を細切りにしたもの、またはそれを調味したものを指していた。今では野菜などの酢の物もなますと呼ばれる。おせち料理の紅白なますもその一つだ。ニンジンの赤とダイコンの白という色合わせが、お祝いの水引に似ていることから、めでたい料理とされている。
作り方は、至って簡単。まず、千切りにしたニンジンとダイコンに塩をなじませ、しばらくおいてから水気を絞る。
「塩を振ると水分が出てしんなりするのは、浸透圧の働きによる脱水作用のためです」
野菜の細胞は細胞壁という半透膜で囲まれている。野菜の表面に塩を振ると、細胞の外側の塩分濃度が細胞内よりも高くなる。そうすると、濃度を均一にしようとする浸透圧の働きにより、塩分濃度の低い細胞内の水分が塩分濃度の高い細胞外へ移動するというわけだ。
「水分が抜けると、ニンジンとダイコンはしんなりとして量が減りますが、食感が柔らかくなります」
しんなりとしたニンジンとダイコンに、砂糖と酢を合わせた調味液を加え、よく混ぜて味をなじませる。実は、ここにも味つけの科学が隠れているという。
「脱水したニンジンとダイコンの内部には隙間ができます。そこに調味料が吸収され、味がなじむのです」
塩や酢などの調味料は、料理の日持ちにもつながるという。
「脱水や浸透圧の作用で食品の水分活性を下げることで、菌が繁殖しにくい環境をつくり、食品の保存性を高めるからです」
酢と砂糖を合わせた調味液で味つけするおせち料理には、この他に酢ばすがある。スライスしたレンコンを歯応えが残るくらいにゆでて水気を切り、調味液に漬け込む。調味液で煮る方法もある。
「レンコンには穴が複数あり、そこから向こう側が『見通せる』ことから、縁起が良いとされています。『将来の見通しが良い1年になりますように』という願いが込められたおせち料理なのです」
この一品では、切ったレンコンを酢水にさらす。あるいはゆでるときに酢を加える。
「いずれの方法も、レンコンの褐変を防ぎ、白く仕上げるためです」
レンコンにはポリフェノールの一種であるタンニンが含まれている。そのため、切って断面が空気に触れると、酸化酵素のポリフェノールオキシダーゼの働きによって酸化(褐変)し、黒ずんでしまうのだ。
褐変を防ぐ方法が3つある。
「一つは、水につけて空気中の酸素との接触を防ぐ方法。もう一つは、酸や食塩により酵素活性を抑制する方法。そして3つ目が、加熱して酵素を失活させる方法です」
酢水にさらしたり、ゆでるときに酢を加えたりするのは、これらを組み合わせた褐変防止の合わせ技といえる。
「それだけではありません。実は、レンコンにはフラボノイドという色素が含まれています。このフラボノイドは、酸性では無色あるいは白色ですが、アルカリ性では黄色になります。酢を使うことで白色になるので、この点でも酢の効果大ですね」
レンコンは白く仕上げるが、反対に黒く艶やかに仕上げるのが黒豆だ。黒豆の「まめ」という言葉には、「健康」「丈夫」「誠実」といった意味がある。また、古くから黒色は邪気を払うといわれ、魔よけの色と考えられてきたという。
「おせち料理の黒豆には、新年が無病息災でありますようにという祈りが込められています」
ふっくらと柔らかく、シワがよらないように煮るのは、手間がかかる様子だ。
「そうですね、ふっくら仕上げるには、弱火でじっくり加熱していくのがポイントです。また、シワがよらないように仕上げるには、水分調整がポイントになります」
まず、煮る前に1晩水に浸して、豆にしっかりと水分を含ませる。浸水が足りないと中心が硬くなり、これがシワの原因になるからだ。そして、煮汁と火加減も、水分調整とシワに関係している。
「黒豆のシワは、煮ている間に豆が煮汁から出て空気に触れることで生じます。豆がしっかり煮汁につかった状態を維持しながら煮るように、煮汁の水分量には気をつけましょう」
煮る時間は、自分の好みの柔らかさになるまで。煮ている間に煮汁が少なくなってきたら、豆が煮汁から顔を出して空気に触れないように、適宜水を加えるのが水分調整のポイントだ。
ところで黒く艶やかに仕上げるコツは?
「昔から釘を入れて煮ると、美しい黒色に仕上がるといわれています」
釘?
「そうです。黒豆の種皮には、ポリフェノールの一種であるアントシアニンが含まれています。アントシアニンは、黒豆の黒色の色素成分で、水に溶けやすい性質があります。そして、pH(酸性・アルカリ性の度合い)や金属イオンの存在によって色が変わる性質を持っています。酸性では紅色、中性では紫色、アルカリ性では青色に変化するという具合です。また、加熱によって退色します」
つまり黒豆を煮ている間に、アントシアニンのせいで色があせてしまうということだ。
「そこで、釘の出番です。なぜなら、釘を入れると微量の鉄イオンが煮汁に溶け出します」
黒豆には、金属イオンの存在によって色が変わる性質があるから!?
「その通りです。アントシアニンは、鉄イオンと結合して錯塩という安定な化合物を作ります。これは水に溶けにくいので長時間煮ても黒色が退色しにくくなるのです」
釘を使用する場合は、きれいに洗ってガーゼなどで包んでから煮汁に入れるそうだ。また、調理用の鉄球があるという。鶏卵くらいの大きさの、鉄の塊だ。ちなみに、この調理用鉄球をナスと一緒に漬けると、ナスの鮮やかな紺色が保てるという。これは、調理用鉄球から溶け出した鉄イオンがナスの皮に含まれる「ナスニン」という色素(アントシアニン系色素の一種)と結びつき、色を安定させるからだ。
おせち料理の人気ランキングがあるとしたら、伊達巻と栗きんとんは、きっと、いや絶対に上位にランクインしているだろう。伊達巻を食べるのは、その形が巻物(書画や文書などを横に長い紙につなぎ、端に付けた軸に巻き付けたもの)に似ていることから、学業成就を願うためだといわれている。
「栗きんとんは、漢字で栗金団と書きます」
金団には、金色の団子または金色の布団という意味がある。
「黄金色に輝く様子から、金運を上げる縁起の良いおせち料理の一品となったそうです」
栗きんとんは、クリとサツマイモを材料に、砂糖やみりんなどの調味料で作られる。クリとサツマイモ、どちらも黄色っぽいけれど、艶やかな黄金色とは異なる。黄色が艶やかな黄金色に変身する過程には、どんな秘密があるのだろうか?
「秘密を解く鍵は、クチナシと砂糖です」
クチナシというのは、クチナシの木になる実で、熟しても割れないことから“口無し”と呼ばれるようになったといわれている。
「クチナシの果実を抽出して作られる天然の着色料は広く使われています。たくあん漬けが身近な例でしょう。栗きんとんも、クチナシの実で黄金色に仕上げることができます」
すると、艶やかに仕上げるのは、砂糖の力?
「そうですね。砂糖の量で艶っぽさが変わります。実習などで学生を指導する際には、サツマイモに対して砂糖の量は50%から70%くらいと幅を持たせて好みの甘さになるようにしています。ただし、砂糖が多くなれば、艶々とした栗きんとんに仕上がります」
学生たちが作る栗きんとんの艶やかさは、一目瞭然だという。
「70%の砂糖をしっかり入れたものは、本当に艶やかに仕上がります。甘さを控えると、艶やかさも控えめになります。ビジュアル重視だったら多めで作るのがおすすめです。しかし、甘さは好みがありますし、健康志向で砂糖を減らす傾向もあります。手作りする場合は、作る人や食べる人の嗜好を反映させて決めるといいでしょう」
棚橋さんは、サツマイモの皮のむき方にも色よく仕上げるコツがあると教えてくれた。
「皮を厚くむいてください」
サツマイモを切ると、白いネバネバした液体が出る。これはヤラピンというサツマイモに特有の成分で、空気に触れると酸化して黒く変色するのが特徴だ。ヤラピンには腸を刺激して便通を促す作用がある。サツマイモは便通を良くする食品として知られているが、その理由は、豊富に含まれる食物繊維に加え、このヤラピンの作用があるからだ。
「ヤラピンは、サツマイモの皮近くに多く含まれており、水分や栄養素を運ぶ維管束の乳管から白い乳液状の液体として分泌されます。ですから、皮をむく際は、維管束の内側まで厚くむきましょう。また、切ったサツマイモを水にさらしてアク抜きをしておくことが、えぐみや苦みを取り除き、きれいな色の仕上がりにもつながります」
棚橋さんに簡単な黄金色の栗きんとんの作り方を教えてもらった。その結果はコラム「試してみた!」をご高覧ください。おせち料理には、新年を健康に過ごすための願いが込められていること、そしておいしくきれいに作るコツの科学がたくさんあることが分かった。手作りしない場合でも、おせち料理を囲みながら、うんちくを傾けるのも食文化の伝承になるに違いない。読者の皆さんにとって、健康で、おいしさを楽しめる日々でありますように!
| おせち | 意味・由来 |
|---|---|
| エビの塩焼き | 焼いて腰が曲がり、ひげが長く伸びているような見た目から「長寿」の願いが込められている。 |
| お煮しめ | 「家族が一緒に末永く繁栄しますように」という願いが込められた縁起の良い料理。この具材にも意味がある。親芋から子芋、孫芋と次々に増えていくサトイモは、「子孫繁栄」や「一家の繁栄」を願う象徴だ。こんにゃくは、手綱結びにすることで、「良縁」や「結びつき」を願う意味が込められている。 |
| 数の子 | 数の子はニシンの卵。「多くの子宝に恵まれますように」という願いが込められている。 |
| 紅白かまぼこ | 「紅白」はおめでたい色であり、形が「初日の出」を連想させることから、新年の門出を祝う縁起物とされている。 |
| 昆布巻 | 「こぶ」を「よろこぶ」とかけて、お祝いの気持ちを込めた縁起もの。 |
| 田作り | 「五万米」という漢字を当てて「ごまめ」とも呼ぶ。ごまめはカタクチイワシを干したものだ。ごまめを田畑の肥料にしていたことに由来し、「五穀豊穣」を願う。 |
| ブリの照り焼き | ブリは成長するにつれて名前が変わる出世魚だ。おせちにブリの照り焼きを加えるのは、「立身出世」を願う意味が込められている。 |

初心者向けに電子レンジで作る方法を教えてもらった。黄金色に仕上げるコツは、事前に「クチナシみりん」を作っておくことだ。少し黄色味を帯びたみりんにクチナシの実を浸しておくと、紅色に変わっていた。これを加熱したサツマイモに注ぎ、マッシャーでよく混ぜると全体が黄金色になった。出来上がった栗きんとんは、もちろん、おいしゅうございました!
色づけ用の「クチナシみりん」を作っておく。クチナシの実はお茶パック等に入れておくと使いやすい。ここでは色の変化が見えるようにあえてお茶パックを使用しなかった。なお、サツマイモに注ぐ際は茶こしを使用した。



ヤラピンによる黒ずみを防ぐために、厚く皮をむいて切ったサツマイモを水にさらす。かぶるくらいの水を加えて電子レンジで加熱。やわらかくなったら水気を切って、中央にクチナシみりんを注ぎ入れる。

栗の甘露煮のシロップと砂糖を加え、再び電子レンジで加熱。熱いうちにマッシャーでつぶす。栗の甘露煮を混ぜ合わせたら出来上がり!
