日本茶、とりわけ緑茶が世界的ブームとなっている。奈良時代後期から平安時代初期に起源を持つとされる日本茶の文化は、長い歴史の中で時代の推移とともに製茶技術や飲用方法を変化させ、その奥深さを醸成してきた。現在は緑茶の優れた機能に注目が集まる。世界唯一の蒸し製法は浸出液中に成分が溶出しやすく、カテキン類、アミノ酸、カフェインなどを穏やかに摂取できるため、健康維持や長寿に寄与すると愛用されてきた。日本茶はまさに世界に誇るスーパーフードなのだ。
特集 茶のチカラ 進化する日本茶が世界で注目される理由
構成/渡辺由子
世界では、抹茶や煎茶などの日本茶の人気が高まっています。日本茶は、栄養バランスに優れ、健康に有効な成分を多く含むスーパーフードの一つとして、世界的な健康志向や和食ブームの追い風に乗っています。
3つの大きな分岐点を経て発展
茶の原料であるチャノキは、ツバキ科ツバキ属の永年性常緑樹で、中国の雲南から四川の西南地域が原産地とされています。チャノキの葉や茎(茶葉)を加工して飲む喫茶の習慣は、中国から日本を含むアジア、インド、中東、ヨーロッパへと広まっていきました。英国でアフタヌーンティーの文化が開花し、インドではミルクたっぷりのチャイ、北アフリカではミントティーが飲まれ、ロシアのサモワールやトルコのチャイダンルックといった独特の茶器が誕生するなど、各地の歴史や文化、食生活の中で多種多彩な茶が生み出されてきました。
摘み取った茶葉は、そのままでは酸化酵素の働きで発酵が進むため、その程度を調整する工程により、多彩で香味豊かな茶ができあがります。
生葉を蒸す、炒る、煮るなどの加熱工程により酸化酵素の働きを止めた「不発酵茶」(日本茶などの緑茶)、ある程度発酵させる「半発酵茶」(烏龍茶)、発酵させた「発酵茶」(紅茶)、酵素の活性を止めた後にカビやバクテリアなどの微生物の働きで発酵させる「後発酵茶」などがあります(図1)。
図1 茶の種類加工法の違いにより、各種の茶ができる。日本茶は、世界で唯一の蒸熱を利用して酸化酵素の働きを止めた不発酵茶だ。水色は透明度の高い緑色で、香りが高く、浸出液中に茶の成分が溶け出しやすく、うま味成分がたっぷり含まれていることが特徴。
日本茶の歴史は、奈良時代後期から平安時代初期に始まるとされ、長い歴史の中で時代の移り変わりに伴い、製茶技術や飲用方法が変化してきたことが、日本茶の奥深い魅力を形づくっています。
日本茶は、3つの大きな分岐点を経て発展してきました。まず、摘み取った茶葉を煮るなどして飲む喫茶法が漢民族により開発され、当初は心身の健康に役立つ薬として珍重されていました。そのお茶が、奈良時代後期から平安時代初期にかけて、遣唐使をはじめとする中国と交流する僧侶たちによって、団茶としてもたらされたのです。団茶は、新芽を蒸して臼でひいて固形にして乾燥させ、飲む際は火で炙り、薬研で粉にして湯でブクブクと煮立てたものでした。当時の先進国である唐の文化が、日本の僧侶や貴族たちの間でも流行したと思われます。
2つ目は、鎌倉時代に入り、臨済宗の開祖である栄西禅師が中国からチャノキの種と最新の飲み方を持ち帰りました。蒸した茶葉を乾燥させて石臼でひいて粉末にして湯を注ぐ、茶道(茶の湯)に通じる抹茶法で、有力寺院の僧侶や戦国大名などの社交に利用されてきました。
3つ目が、江戸時代初期に来日した中国の隠元禅師によって、急須の原形となる茶壺とそれで淹れる煎茶法が入ってきました。当時の中国で流行していた鉄釜で茶葉を炒る、香り高い釜炒り茶を茶壺に入れ、湯を注いで浸出する方法で、抹茶法と異なり、水色(茶の色)が透明でした。
日本でも釜炒り茶は、現在の九州の産地などに残っていますが、その後に宇治の茶業家の永谷宗円が、茶葉を加熱後に揉みながら乾燥させる製造方法を考案した煎茶が、日本茶を大きく変えていきます。鮮やかな緑の水色とうま味のある、現代の煎茶につながる茶です。茶の湯が上流階級で広まっていくのに対抗して、黄檗宗の僧、売茶翁を中心に文人たちが煎茶を愛し、煎茶道をつくっていきます。
急須と湯飲み茶碗から2ℓのペットボトルへ
上流階級で抹茶や煎茶が好まれてきたのに対して、庶民の間では、硬くなった新芽や茎を使った番茶を土瓶で煎じて飲んでいたのだと考えられています。急須の普及は、日本茶を代表する品種「やぶきた」の登場とも関係しています。明治時代後期に静岡県の篤農家により選抜された品種で、うま味と渋味のバランスが良く、香りも高く、しかも耐寒性に優れていることから広く栽培されるようになりました。庶民が急須で「やぶきた」を楽しめるようになるのは、昭和30年代から40年代の高度経済成長期まで待たなければなりませんが、以降、急須で淹れた煎茶が全国の家庭に浸透していきます。
ところが、1985(昭和60)年に世界初の缶入り煎茶が発売され、1990(平成2)年にはペットボトル入りの緑茶飲料が登場。急須と煎茶で喉を潤していたのが、わずか20年ほどで激変します。昭和の頃は、茶の間には土瓶や急須と湯飲み茶碗と茶筒をセットした茶の道具が置いてあったのが、今や、冷蔵庫に2ℓのペットボトル入り緑茶飲料が常備される時代になりました。最近では、ティーバッグやスティックタイプの個包装など、さまざまに進化した日本茶を楽しむことができます。
茶は、穏やかに作用して日々の健康や長寿に寄与すると愛用され、1000年以上にわたって飲まれ続けてきました。今に伝わる日本茶は、世界で唯一の蒸し製で、湯水の浸出液中に成分が溶出しやすいことが特徴であり、世界に誇るスーパーフードの称号にふさわしいと考えています。
茶には、食物繊維を含む炭水化物、たんぱく質、カテキン類、ミネラル、カフェイン、ビタミン類や脂質などの機能性成分が含まれています。湯水に溶け出しやすい水溶性成分のカテキン類、アミノ酸、カフェインなどと、湯水に溶け出しにくい不溶性成分の食物繊維、ビタミンE、βカロテンなどがあります。水溶性成分は煎茶のように浸出液を飲用することで茶成分を取り込めます。一方、不溶性成分は、抹茶のように茶葉全体を飲むことで摂取できます(図2)。
図2 茶葉の成分茶に含まれる成分は、水溶性成分と水不溶性成分に区別できる。緑茶は湯水で浸出して飲む場合、水不溶性成分を摂れないが、加工した茶葉を石臼でひく抹茶は、すべての成分を摂取できる。
茶の成分のうち、味に関わる三大成分のカテキン類・アミノ酸の一種で茶特有のテアニン・カフェインは、機能性に対する研究も国内外で進んでいます。まずポリフェノールの一種である茶のカテキン類には、渋味や苦味を感じるエピカテキン(EC)、エピカテキンガレート(ECg)、エピガロカテキン(EGC)、エピガロカテキンガレート(EGCg)などが含まれています。EGCgが半分以上を占め、緑茶で特に多く含まれています。緑茶のカテキン類は、ポリフェノールのなかでも、ワインやコーヒー、ブルーベリーなどに含まれるものに比べて最強の抗酸化作用があるとされています。抗がん、抗酸化、抗動脈硬化、血中コレステロール抑制、脂肪吸収抑制、抗菌、抗ウイルス、虫歯予防、腸内フローラ改善、消臭、血圧上昇抑制など、さまざまな機能性についての研究が進んでいます。
茶特有のアミノ酸であるテアニンに注目
うま味、甘味、酸味などのもとになっているのが、茶特有のテアニンです。乾燥茶葉中に0.6~2%程度含まれ、特に上級煎茶に多く含まれています。ここ10年くらいで、その効果が注目されるようになりました。テアニンは、抗ストレス作用、血圧低下、脳神経機能調整、血管性認知症予防作用、肝がん細胞浸潤抑制作用などについての研究が進み、その成果が相次いでいます。なお、テアニンはチャノキの根で生成され、葉で蓄えられ、一部は太陽光を浴びると渋味や苦味のもととなるカテキンに変化します。そこで玉露や抹茶の原料となるチャノキは、収穫前の一定期間は太陽光を遮るために被覆され(遮光栽培)、うま味成分のテアニンを増加させ、カテキンを減少させる工夫をしています。
当センターの客員研究員で食品栄養科学部の海野けい子客員准教授は、緑茶に含まれるテアニンのストレス軽減効果や、EGCgによる脳の老化予防や認知症リスクの低減の研究などに取り組み、その成果を報告しています(図3)。今後の研究の進展に期待を寄せています。
海野けい子. 緑茶のストレス軽減および抗うつ作用. 化学と生物. 2021. 59(1): 30–35
図3 低カフェイン緑茶とストレスの関係20~90代の被験者に対し、テアニンの効果が表れやすい低カフェイン緑茶と、普通煎茶の飲用比較試験を実施。ストレスマーカーである唾液アミラーゼ活性の数値は、低カフェイン緑茶で低くなった。
カフェインは、新茶の若い部分の葉に多く含まれ、テアニンと同様に遮光栽培で増加するため、被覆して作られる玉露や上級煎茶には多く含まれています。カフェインはアルカロイドの一種で、中枢神経を興奮させるなどの薬理作用を示し、「目覚めの成分」とも呼ばれ、覚醒作用、強心作用、大脳の刺激、利尿作用などがあります。三大成分は、茶の種類や淹れ方によってもコントロールできるので、茶の量、湯温、浸出時間によって飲み分けることが可能です。
今後、日本茶はどう発展していくか、2つの方向性を考えています。一つは、煎茶は香りが高く、爽やかさを強調したライト志向へ進んでいくのではないかとみています。玉露のような強いうま味を好む人は残るものの、若い世代を中心にした好みの変化を考えると、香りを重視した方向へ進むことが考えられます。
もう一つが、機能性に特化した茶です。特定保健用食品(トクホ)や機能性表示食品として、メタボリックシンドロームの予防や血糖値上昇を抑える効果が期待できる緑茶などが登場しています。また、緑茶を飲みすぎると興奮して睡眠を妨げると、近年はカフェインを避ける風潮が強まっている感があるので、カフェインレス茶や低カフェイン茶も需要があります。一方で、「気分をシャキッとさせる」と、カフェインを多く含んだエナジードリンクが若者に大人気であることから、高カフェイン茶や、渋味を抑えた緑茶などの茶飲料の商品など、機能性を強化した茶の展開が期待されています。
育種については、茶の1つの品種が育成されるまでには25〜30年かかり、5万個体くらいの中からたった1つが選抜される程度です。1つの品種を作るのに、金額にして3~5億円かかり、広い土地も必要なため、企業が取り組んでも採算が取れません。現在、茶の品種育成は日本の基幹産業として、国や産地の自治体の研究機関が行っています。
日本茶の魅力を若い世代に知ってほしい
最後に、私がセンター長を務める静岡県立大学の茶学総合研究センターを紹介しましょう。当センターは、本学の各学部で専門性を活かし、静岡県の特産品である茶に関する研究が行われてきたことから、2013年5月に日本で初めて開講された「茶学総合講座」が原点になります。翌年4月に茶学総合研究センターへ改称してセンター化し、大学内の茶に関する研究情報を一元化。加えて、他大学や研究機関など産学官民と連携して、茶の栽培・加工から機能性の研究、販売、経営手法まで総合的に科学し、茶業振興に寄与することを目指した取り組みを進めています。
具体的には、次の4本柱を掲げています。①緑茶の機能性の強化と各種疾病との関連を調査する「緑茶の機能性及び疫学に関する研究」、②「茶の都、静岡」をけん引し、茶の総合的知見を有する人材を育成する「茶学教育と人材育成」、③茶の品質特性の評価と嗜好の変化に基づいた販売促進戦略を構築する「茶葉及び茶飲料の嗜好特性の解析」、④消費者の視点に立ったマーケティング戦略を調査研究する「茶の高付加価値化とマーケティング」です。
特に、急須を持たない人が増えているなかで、茶学教育や茶を広める人材の育成といった課題解決に注力し、茶の持つ多様性の評価と、その多様性を付加した育種や、新商品の開発に積極的に取り組んでいます。
また、本学では全学部、全学年を対象にした講座「茶学入門」があり、毎年200人近い学生が受講しています(図4)。一般にも門戸を開き、遠方からの聴講生もいます。この科目は、お茶に関する文理融合を目指し、「茶の歴史・文化」「茶の生産現場から~多彩な品種と新しいお茶~」「茶のカテキンを活かした最新の商品開発」「静岡県の茶業振興」等々、テーマにふさわしい研究者や企業の方に講義をお願いしており、学生にも大好評です。
図4 茶学入門講座茶学入門は、茶に関する広範な知識と教養を身に付けることを目的にした講座。歴史、文化、経済、茶の多用途利用・商品化など広範な項目を、茶関連研究の第一人者をゲストスピーカーに招いて講義を行う。
センター設立から十数年が過ぎ、世界中からさまざまな情報が集まり、多彩な分野で利活用されるようになりました。一方、近頃の気候変動、地球温暖化は、日本茶の生産に大きく影響し、憂慮すべき問題です。私は日本全国に広がった「やぶきた」偏重から脱却し、天候不順でも安定生産が可能な品種や、社会の要請に沿った品種育成の重要性がますます増加していると考えます。
日本茶は、その時代の文化を反映する側面があります。歴史や文化を振り返り、現在の生産現場の状況を知れば知るほど、「次の時代の茶は何だろう」と想像が膨らみます。世界に誇る日本茶の魅力を、若い世代を中心に知っていただくために、これからも大いに発信していきたいと考えています。







