気になる人の「気にする食卓」第97回 小橋建太

構成/編集部  写真/細田 忠

HEALTHIST INTERVIEW

小橋建太 (こばし・けんた)

(元プロレスラー)

1967年3月27日生まれ。京都府福知山市出身。1990年代後半からプロレスラーとして一世を風靡し、数々のタイトルを獲得。GHCヘビー級王座は13度の防衛に成功し、「絶対王者」と呼ばれる。2006年6月に腎臓がんが発覚するも、2007年12月に奇跡の復活を果たす。しかし、2013年5月に現役を引退。現在は、プロレス解説やプロデュース、フィットネスジムの経営、講演会などを行っている。

何事も諦めずに挑戦することが大切
体を毎日動かして健康寿命を延ばしましょう

小学生のときに憧れたプロレスラーの夢を諦めきれず、サラリーマンからの転身で1988年2月26日にプロレスデビューした小橋建太さん。過酷なトレーニングや努力を積み重ね、トッププロレスラーへと駆け上がり、「絶対王者」と呼ばれるようになる。その絶頂期に腎臓がんが発覚し手術を受けるも、不屈の精神で現役復帰を果たした経験を持つ。

小橋さんにまずは、幼少期の食生活にまつわる思い出を伺った。

母は料理が上手で何でもおいしかったので、小さい頃から好き嫌いはなく、お米は母の祖父母が農家で送ってくれていたからたくさん食べていました。そのおかげで、小学6年生で160㎝オーバーと周囲より一回り大きかったですね。だから、小学校の給食では毎日お代わりをしていたし、牛乳もよく飲んでいました。

小学生時代は野球に熱中するが、テレビで観たプロレスに憧れ、中学では友達に誘われ柔道部へ入部する。

小学生時代は野球に夢中だったのですが、5年生の夏休みにテレビ中継でジャンボ鶴田対ミル・マスカラスの試合を観て、プロレスラーに憧れるようになりました。それで、鶴田さんがバスケットボールで背が伸びたことをプロレス雑誌で知り、中学ではバスケ部へ入部する予定でした。しかし、クラスで偶然隣の席になった子から柔道部の見学に付き合ってくれと言われ、そのまま一緒に入部してしまったのです。プロレスラーを目指すなら、格闘技の柔道をやっておくことも必要かなと思い、高校卒業まで柔道を続けたものの、京都府大会で3位というのが最高成績でした。

高校卒業後、憧れのプロレスラーへ挑戦する勇気が一歩足らず、就職する道を選択する。

高校卒業後の進路で、プロレス団体に履歴書を送る勇気がなく、地元の企業へ就職しました。でも夢を諦めることができず、約2年後に全日本プロレスへ履歴書を送ったのですが、不合格通知が届きました。その理由が知りたくて電話をすると、格闘技での実績がないからダメだと言われました。諦めきれず、知り合いのツテをたどってジャイアント馬場さんに面接していただき、なんとか入門することができました。

病気を乗り越えて奇跡の現役復帰

憧れのプロレス団体に入門するも、練習だけでなく、先輩の食事を作るなど、想像以上に厳しい世界だった。

合宿生活では、朝早くから3〜4時間練習をした後に若手は食事のちゃんこの準備、掃除、洗濯などをやり、その後再び練習と、気を抜く時間はありませんでした。練習だけでなく、先輩の指導も厳しいため、しっかり食べているのに入門から2週間で10㎏以上も痩せましたね。でも、時間とともに体も慣れて次第に基礎が出来上がり、入門から約8カ月でデビュー戦を迎えました。馬場さんからは、練習で大事なのは食だということを教わりました。食べて体をごっつくするためには、腹から大きくしろと言われました。

ある日の夕食は、鶏肉のガーリックソテー、豆と野菜のトマト煮、菜の花のおひたし、ミニトマト、ポテトサラダ、ブロッコリー、大学芋、ご飯、具だくさんの味噌汁、いちご。納豆・バナナ入りヨーグルト(右上)は、朝にも大きなどんぶりで食べているという。(写真提供:小橋建太)

その後、三冠ヘビー級王座など数々のタイトルを獲得し、2000年にプロレスリング・ノアへ移籍する。

トレーニングを積み重ね、GHCヘビー級王座を13度防衛するなど頂点を極めていたときに、ノアで健康診断を受診したら腫瘍が見つかり、2006年6月に腎臓がんと診断されました。当初は手術をしないと言っていたのですが、先生から、蹴られたり殴られたりし続けたら、腎臓が破裂して全身にがん細胞が広がるかも、と言われました。また、自分で決断されて試合をするなら止めませんが、試合に送り出した会社、家族は責任を問われますよ、と。それで手術の決心をしたのに、7月の手術前日に、腎臓の半分を摘出し現役復帰したスポーツ選手はいないと先生から聞かされました。手術後の復帰を夢見ていたのでショックでしたが、家族のためにも生きることを優先し、腹腔鏡による右腎臓摘出手術を受けました。手術後、プロレス復帰という目標を失い、がんの再発という恐怖もあり、不安だらけで精神的につらかったですね。それを支えてくれたのが、当時付き合っていて2010年に結婚した妻でした。

手術後、食事は腎臓に負担をかけない腎臓病食になり、たんぱく質摂取を控える必要があった。

腎臓は、老廃物をろ過する役割があるため、片方だけだと負担が大きく、たんぱく質の摂取を控える必要があるのです。そのため食生活は病気前とガラリと変わり、筋肉質だった体もブヨブヨになってしまい、自分の体を見るのもつらかったですね。しかし、もう一度だけリングに上がりたいという思いを持ち続け、担当医の協力もあって2007年12月2日に、546日ぶりの復活を果たすことができました。あのときは、本当にうれしかったです。

数々のケガやがんを乗り越えて現役復帰を果たし、絶対王者と呼ばれたが2012年に引退を決意。2013年5月11日に日本武道館で開催された引退試合には、1万7000人のファンが詰めかけた。(写真提供:Fortune KK)

がんを乗り越え、スポーツ選手で前例のない現役復帰をした小橋さんに、読者へのアドバイスを伺った。

現在は超高齢社会といわれていますが、常日頃から体を鍛えていれば病院へ行く回数も減り、健康寿命も延びていくと思っています。トレーニング=体をガンガンに鍛えること、と思っている人が多いようですが、毎日少しずつでいいので体を動かす努力を続けることが大切なんです。あれこれ頭で考えるのではなく、年齢に合わせた方法で、体を動かしてください。

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