特集 進化する日本の養殖 浮沈式生け簀とスマート漁業が開く未来

文/藤木信穂

沿岸養殖は適地の飽和・赤潮の頻発・海水温上昇という三重苦に直面し、養殖域の沖合展開が急務だ。空気と海水を均等置換する浮沈式生けは、台風級の高波にも耐えうる沖合養殖を実現。沿岸域では、深層水を循環させる海面半閉鎖循環式養殖システムが赤潮・寄生虫対策に有効だ。さらに、洋上風力発電との連携や多栄養段階統合養殖(IMTA)、センサーやAIを活用したスマート漁業を組み合わせ、エネルギー・食料・生態系保全を統合した持続可能な沖合海域の創出を目指す。

東京大学生産技術研究所教授

北澤大輔(きたざわ・だいすけ)

2002年、東京大学大学院工学系研究科環境海洋工学専攻博士課程修了。工学博士。同大生産技術研究所講師、助教授(2007年、准教授に呼称変更)を経て、2018年から現職。専門は海洋食料・エネルギー資源利用と生態系保全。海洋構造物が周辺環境に与える影響評価の研究などを経て、2007年ごろから沖合養殖に向けた海中給餌システムや生け簀の研究を開始。海洋生態系工学から持続可能な海洋資源の利用を目指す。

日本の養殖ではこれまで、主に静穏な沿岸域での生け簀を使った沿岸養殖が行われてきた。沿岸養殖は波浪による影響が小さく、陸からも近いため、安全面や作業のしやすさから現在も水産業の中心を担っている。一方で、貝類や魚類の養殖には排泄物が堆積しないよう適度な流れが必要だが、近年の赤潮発生や海水温上昇によって、養殖に適した海域は年々少なくなっている。陸域から栄養分負荷がもたらされるのに加え、排泄物がたまると海域が富栄養化して“自家汚染”を招き、赤潮や海中の酸素欠乏などが起こって生産性が著しく低下する。プランクトンが異常発生する赤潮によって、生け簀の魚が全滅し、甚大な損失につながることも珍しくない。

さらに、気候変動による海水温の上昇がこれに追い打ちをかけている。「宮城県のギンザケの養殖では、海面における養殖の開始時期が遅れたり、夏季の水揚げ時期が早まったりしています。他の海域でも、同様のことが起こる可能性があります」。

こう危惧するのは、海洋生態系工学の専門家である東京大学生産技術研究所の北澤大輔教授だ。船舶海洋工学の研究からスタートし、流体力学をベースとした海洋環境の数値シミュレーション研究などを経て、現在は養殖設備の開発に力を注ぐ北澤教授は、「日本で養殖できる場を広げたい」との思いから、次世代の生け簀の研究などに取り組んできた。

「沈める」ことで高波をかわす浮沈式生け簀

沿岸養殖が直面するそうした課題を工学的に解決しようとして生まれたのが、浮沈式生け簀と海面半閉鎖循環式養殖システムという2つのアプローチだ(図1)。

図1 養殖の場所と養殖システムの概念図沿岸域で行う従来の養殖に対し、シートを用いた海面半閉鎖循環式養殖システムと、浮体式洋上風車と組み合わせて沖合域で養殖可能な浮沈式生け簀を開発した。

まず、「これまで陸上と沿岸域に限られていた養殖を沖合でできるようにしたい」と北澤教授は考えた。しかし、沿岸養殖の生け簀をそのまま沖合に移すだけでは、沖合養殖は実現しない。沖合は波が高いため、波の力を受けると、沿岸養殖で使っている生け簀の枠はグニャリと曲がってしまう。既存の生け簀では沖合の厳しい環境に耐えられないことから、民間企業と共に研究室で考案したのが、生け簀を水中に沈め、波が集中する海面付近の力を受けにくくした「浮沈式」の生け簀だ。

そのコンセプトは古くからあったものの、実用化には技術的な壁があった。海外では、高密度のポリエチレンパイプを用いた衝撃に強い生け簀が普及しており、これを沖合で利用するために、浮沈機能を持たせることを目指した。ポリエチレンパイプ製の大きな円形の枠に網を垂らした主流の生け簀でも、パイプ内の空気と海水を入れ替えることで生け簀を浮上させたり、沈下させたりすることは可能だ。しかし、ポリエチレンパイプはたわみやすく、空気と海水を均等に置換することは難しかったという。

「諸外国は従来のポリエチレンパイプの生け簀を沈めることを諦め、生け簀の形そのものを大幅に変えて、沖合向けに設計し直す方向に進んできました。ただし、それはコストが高く、普及のハードルも高くなる。私たちは、これまで使ってきた生け簀をなるべく生かしながら、確実に浮かせたり沈めたりできる構造を作ろうと試行錯誤してきました」

そこで開発したのが、汎用的なポリエチレンパイプ内部の構造を仕切り、空気と海水の置換効率を高めることで浮力と沈力を向上させた大型の浮沈式生け簀だ。ポリエチレンパイプ内を複数の区画に分け、沈下させる場合は各区画の下側から段階的に給水し、上部から排気することで着実に入れ替えられるようにしている。直径50ⅿ、深さ23.5ⅿのマグロ養殖用の浮沈式生け簀として、実際に高知県・柏島などの実海域で利用し、「生け簀を沈ませることで、台風などの高波にも耐えられることを実証している」そうだ。仕切り方式によるこの浮沈式生け簀は、民間企業と共同で開発し、特許も取得した。現在、国内の養殖現場のほか、フィリピンなど海外でも導入が進んでいる。

浮沈式生け簀にはもう一つ、パイプ内のホースで空気の出し入れを制御し、生け簀を確実に浮沈させるホース方式もある。民間企業と協力してこのホース方式の浮沈式生け簀と共に水中給餌システムを開発し、ギンザケを養殖している宮城県・女川湾で実証実験を行った(図2)。ギンザケは海水温が21℃以上の日が続くと死んでしまうため、海面で飼育する場合は7月をめどに出荷を終える必要があるが、浮沈式生け簀の導入によって、海水温の低い深度10~20ⅿ付近でも養殖が可能になることから、秋サケ漁が始まる直前の8月半ばくらいまで生産期間を延ばせるようになる。さらに、ホース方式を改良し、生け簀をつなぎ止めておくためのロープの張り方を工夫して浮力を変化させ、深さを自由に変えられる可変深度型の浮沈式生け簀も開発している。

図2 浮沈式生け簀高密度ポリエチレンパイプ内のホースへの給排気によって、大型の生け簀を確実に浮沈させる。

これに加え、近年より力を入れているのが、浮沈式生け簀と洋上風力発電との連携だ(図3)。洋上風力発電は今後、普及が見込まれることから、沖合に設置した風力発電施設の近傍に生け簀を置き、養殖と発電を組み合わせるという発想だ。「浮沈式生け簀の開発は進んできたが、餌やりなどの生け簀や魚を管理する仕組みはまだ整っておらず、浮体式の洋上風車を、生け簀内の魚に配合飼料を与えるプラットフォームとして活用できないか」と北澤教授は模索している。

図3 浮体式洋上風車との連携浮体式洋上風車の近傍で生け簀養殖を行うための研究では、実験場のプールの中央にある風車(写真では風車の羽などは取り外した状態)のそばに3つの生け簀を設置して、実海域に相当する波を起こして風車と生け簀の運動の変化を計測している。

現在は、風車の周辺に生け簀を置いた際に、互いにどのような影響を及ぼし合うかといった安全性評価に向けた基礎研究に着手した段階で、実海域での実験にはまだ多くの課題がある。それでも、組み合わせの条件によっては、風車の発電収入と魚の販売収入がおおよそ同規模になると試算されることから、「せっかく遠い沖合まで風車のメンテナンスに行くのであれば、同時に餌の補給や魚の管理をすることで、海域の経済的価値は現在の2倍以上に高まるだろう」と期待している。

深層水を送り込んで海水を循環させる

一方、流れの弱い沿岸養殖に向けては、従来の網に替え、海水を通しにくい素材のシートを用いた海面半閉鎖循環式養殖システムを提案した(図4)。通常の網の生け簀では、海水が自由に出入りする。これは排泄物の浄化を自然に任せられる利点がある反面、プランクトンや寄生虫なども外洋から入り込んでしまう欠点がある。これに対し、開発した海面半閉鎖循環式養殖システムは、シートで生け簀を覆って外と内の海水を分けるという新しいアイデアだ(図5)。生け簀の内部には、プランクトンや寄生虫の濃度が低い深層水をくみ上げて送り込み、そこで海水を循環させながら魚を養殖する。

図4 海面半閉鎖循環式養殖システム海水を通す通常の網ではなく、海水を通しにくい素材のシートを使い、プランクトンや寄生虫の濃度が低い深層水を循環させて養殖する、新たなアイデアを提案。科学技術振興機構(JST)による未来社会創造事業の一つ、「持続可能な社会の実現」領域本格研究「日本型持続可能な次世代養殖システムの開発」によって実施された。

図5 海面半閉鎖循環式養殖システムの概念図実証実験では、生け簀に一定数のサバを入れ、海水温、塩分、溶存酸素濃度などの水質、波高、流速などを測りながら、魚の行動を水中カメラでモニタリングした。

「ノルウェーでは、サーモンの養殖時に、寄生虫の侵入や魚の逃亡を防ぐため、こうした技術が検討されていますが、日本では赤潮対策や水温管理という異なるニーズがあります。既存の生け簀にかぶせて使える簡易なシート状にすることで導入コストを抑えつつ、赤潮などの被害を一時的に回避して生産性を高めることを意図しました」

シートは常時、閉じておく必要はなく、赤潮の発生時など、緊急時のみかぶせるといった運用も可能だ。この海面半閉鎖循環式養殖システムにより、夏場でも生け簀内部の海水温を下げることができ、茨城県の那珂湊漁港などで行ったサバの飼育実験では、実際に魚の成長が良好になることが示された。

こうした新しい養殖システムの延長線上に見据えるのが、養殖魚の排泄物を他の生物に吸収させ、環境保全と生産性の向上を両立する「多栄養段階統合養殖(Integrated Multi-Trophic Aquaculture:IMTA)」だ。一般に養殖では、与えた餌が魚の成長に活用されるのは全体の最大30%程度で、残りは排泄物などとして環境に放出されてしまう。この自家汚染を解消するためにも、複数の生物を組み合わせて養殖するIMTAの試みは、大きな可能性を秘めているといえる。

「排泄物を“廃棄物”ではなく、“資源”として循環させることで、持続可能な養殖業が成り立つ」と北澤教授は将来を見通している。例えば、ノルウェーでは、養殖施設の周辺で海藻を育て、魚の排泄物を海藻に吸収させる取り組みが進んでいるという。研究室でも、ギンザケの生け簀の下でナマコを飼い、ナマコに魚の排泄物を食べさせて成長を促す実験を始めた。周辺環境を詳細に解析したうえで、排泄物がどのように拡散していくか、どこにナマコや海藻を配置すれば、最も効率よく吸収されるかなどをシミュレーションで解析しているそうだ。

海洋資源全体が豊かになるようにしたい

北澤教授は、海洋生態系工学の観点から、海洋資源開発と生態系の調和を図ることを第一に活動してきた。例えば、超大型浮体式構造物(メガフロート)は、海上都市などに使われることが期待されているが、周辺環境への影響を事前に評価しておくことが欠かせない。過去には、東京湾のメガフロートが環境に及ぼす影響について、流れ場と生態系を結合した数値モデルを開発し、メガフロートの底面に付着した生物による水質の変化を予測した。

「メガフロートは海上に浮かんでいることから、埋め立てに比べると流れ場への影響は小さくなると予想されますが、メガフロートの下部に巨大な影ができるため、一次生産や水質に影響を及ぼす可能性があります」

海洋には、洋上風力の他にも、波力や潮流、海流、温度差、塩分濃度差、潮汐などさまざまな再生可能エネルギー資源があり、その中でも、北澤教授は波エネルギーを収穫し、揺れを抑えて推進力を高める小型船を開発するなど、波力発電に関する研究も進めてきた。沖合養殖では、餌や燃料の補給のために定期的な船の往来が必要だ。波力発電で得られた電力を現地へ往来する船の動力源として応用できれば、運用コストや二酸化炭素排出量を下げられるかもしれない。「洋上風力発電施設が沖合に増えることで、その周辺に自然の生態系を創造することもできるのではないか。環境の変化や災害に対応する養殖システムをつくるだけでなく、海洋資源全体が豊かになるようにしたい」と北澤教授は考えている。

その先に描くのが、エネルギーと食料、生態系保全を1つの海域に統合した、“持続可能な海上都市”構想だ。日本では、「里山」や「里海」といったように、人が適度に関わることで生態系をより豊かにする知恵が根づいてきた。担い手の高齢化や過疎地域での労働力不足が深刻化する中で、こうした計画を沖合の海で展開するには、センサーやロボット、AIなどを活用して漁業や養殖業のスマート化をさらに進めながら、同時に工学と水産学、生態学をまたぐ人材を育てていくことが求められる。

(図版提供:北澤大輔)

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2026年9月10日発行
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