特集 「感覚」の基礎知識 固有受容器感覚の解明で効果的な運動機能再建に期待

構成/渡辺由子  イラストレーション/千野六久

私たちには「視覚」「聴覚」「触覚」といった外の情報を脳に伝える感覚の他に、固有受容器感覚と呼ばれる感覚が備わっている。固有受容器感覚は筋肉、けん、関節にある受容器で手や足の位置、角度、速度などを感知し情報を脳に伝え、体位や姿勢、筋肉の動きの制御に貢献する。脳や脊髄などの損傷で固有受容器感覚がうまく働かないと動作はぎこちなく不正確になる。こうした固有受容器感覚の仕組みの解明は、脳卒中発症後などの運動機能再建に向けた効果的なリハビリにつながる。

情報通信研究機構(NICT)未来ICT研究所
脳情報通信融合研究センター 脳情報通信融合研究室 室長

内藤栄一(ないとう・えいいち)

1991年、京都大学教育学部教育心理学科卒業。同大大学院人間・環境学研究科修了、博士号取得。同大総合人間学部助手、スウェーデン・カロリンスカ研究所文部科学省若手在外研究員、国際電気通信基礎技術研究所脳情報研究所主任研究員などを経て、2011年、情報通信研究機構(NICT)入所。同機構未来ICT研究センターバイオICTグループ研究マネジャー。2013年から大阪大学大学院生命機能研究科招へい教授を兼任。2021年から現職。

雑誌のページをめくる、グラスで水を飲む、階段を上り下りする……、私たちは、日々、自分の手足を自在に動かして生活をしています。例えば、雑誌のページをめくるには、脳からの「ページをめくりなさい」という指令によって骨格筋が収縮し、関節が動いて、その運動が行われます。このような運動の実現に大きく貢献しているのが、身体の筋肉や腱や関節などにある「固有受容器感覚」です。

固有受容器感覚は自己身体知覚の源

私たちの研究グループは、主に運動機能に着目し、身体運動を制御する脳の仕組みや固有受容器感覚についてさまざまな角度から研究を行い、スポーツのトレーニングや脳血管疾患後のリハビリテーション(以下、リハビリ)における、身体機能の向上の方法や機器の開発などを目指しています。

運動を行ううえで主要な感覚に、視覚と体性感覚があります。視覚は自分の手足や顔などに関する情報だけでなく、自分ではない他者や空間の情報の取得にも活用されています。体性感覚は、皮膚、筋肉、関節などに存在するセンサー(受容器)から引き起こされる感覚で、常に自己の身体に由来し、自己の身体を認識するために本質的で必要不可欠な感覚です。

体性感覚のうち皮膚感覚は、手に触れた物体の質感や特徴を抽出することが主な役割です。筋肉、腱、関節などに由来する感覚は、固有感覚(proprioception)や固有受容器感覚と呼ばれ、手や足など身体部位の位置変化や動きを感知し、体位や姿勢の知覚に深く関与しています。「proprio」はイタリア語で「自分の」という意味で、固有受容器感覚は古くから自己身体知覚の源と考えられてきました。筋肉、腱、関節などにある受容器から情報を収集する固有受容器感覚は、手や足の位置、角度、速度などを感知して、脊髄や脳にその情報を伝え、身体の位置、動き、姿勢の知覚に関わっています。固有受容器感覚は、大きく3種類に分けられ、筋肉の「筋」、腱の「腱紡錘(ゴルジ腱器官)」、関節の「関節受容器」です(図1)。

図1 3つの固有受容器感覚筋肉にある筋紡錘、腱にある腱紡錘、関節などにある関節受容器から、手足の位置や速度などの運動の情報が入力され、適切に動作できるようにコントロールしている。脳や脊髄に障がいがあり、固有受容器感覚が正常に働かないと、運動はぎこちなく、協調性を欠き、不正確になる。

筋紡錘は、基本的に筋肉が伸ばされたときに動きを感知し、脊髄にその情報を伝え、伸ばされすぎた筋肉が断裂するのを避けるため、無意識のうちに筋肉を収縮させることに役立っています。これは、脊髄の回路を使って収縮反応を引き起こす、脊髄反射の一つである「伸張反射(腱反射)」と呼ばれる反応です。運動の制御と姿勢の維持において、中心的な役割を担っている神経反応です。

筋肉と骨をつなぐ腱の中に存在する腱紡錘は、筋肉の収縮に伴って圧となって伝わった腱の張力を感知します。過度な筋肉の収縮によって腱が持続的に伸長されると、脊髄を介してその筋肉の収縮を抑制し、一方でする筋肉の筋活動を活発化させるなど、腱の断裂を防ぎ、調整する回路をつくっています。関節受容器には、圧に敏感な数種類の受容器が、圧の強さや方向などの情報を脊髄を介して脳に送っています。

運動を支える固有受容器感覚の働き

一般的に、視覚からの情報を遮断しても、自分の手足がどこにあるかが分かり、自在に手足を動かすことができます。身体各部の固有受容器感覚を基に、脳内には「身体図式(ボディスキーマ)」が形成されます。脳はこれを上手にコントロールすることで、運動が可能になると考えられています。

では、脊髄や脳の運動野に障がいがあり、固有受容器感覚が正常でない場合は、どうでしょうか。例えば、手を5㎝くらい前方へ動かす場合、健康な人は、目標位置を確認しておけば、目を閉じていても、ほぼ目標に到達できます。しかし、固有受容器感覚に障がいがある人の場合、目を開いて自分の手と目標が見える状態では、視覚の助けによって目標に手を動かすことができますが、目を閉じると、1分後には目標からずれ、さらに時間が経過するにつれて、動作は不正確になります。つまり、固有受容器感覚が働いていない運動は、ぎこちなく、不正確になることを示しています。日々の何気ない運動は、固有受容器感覚の働きに支えられており、固有受容器感覚は運動の制御や運動の学習において重要な役目を果たしています。

私たちのグループが特に注目しているのは、固有受容器感覚を担う筋紡錘の働きと脳との関係です。筋肉の中にある筋紡錘は、通常、四肢の動きに関連して、筋肉が伸ばされた場合、その速度に依存して神経活動を増加させます。

私たちの研究では、健康な被験者の腕内側(上腕二頭筋)の腱の部分にバイブレーターを当て、周波数80Hzくらいの振動刺激を与えました。上腕二頭筋とは、腕の力こぶの筋肉で、前腕を自分のほうへ寄せて曲げていくときに働く屈筋です。被験者が目を閉じて、肘を机に置き、肘の角度を100°くらいに自分で保ちます。この状態で、実験者が腕の上腕二頭筋の腱に振動刺激を与えると、腕は実際に曲がってきます。これは、無意識で起こる脊髄の伸張反射です。

次に、被験者の前腕の下にタオルを積み重ねて置き、肘の角度を100°くらいにしたまま、完全に腕をリラックスさせます。この状態で、再び腕の上腕二頭筋の腱へ振動刺激を与えると、被験者は、腕が伸展して関節角度が大きくなっていく動きを体験することができます。このとき、実際の腕の動きは伴わないので、これは運動錯覚と呼ぶことができます。腱への振動刺激は、その親筋肉にある筋紡錘を活性化させます。筋紡錘は「筋肉が伸展している」という情報を脳に送っているので、上腕二頭筋の腱への振動刺激によって、上腕二頭筋が伸びている、つまり腕が伸びているというリアルな固有受容器感覚の体験ができます(図2)。

図2 運動錯覚中の神経回路実験では、上腕二頭筋の腱への振動刺激で筋紡錘が活性化し、腕が伸展したように感じる運動錯覚が起こった。その運動錯覚中には、実際に運動を実行する際に使用される脳の運動野経由の回路が動員されていた。

脳の部位で、運動のコントロールに関与する大脳皮質運動領野は、大きく「第一次運動野」「補足運動野」「運動前野」に分けられます。補足運動野と運動前野で、どのような運動をするかなど運動のプログラムをつくり、そのプログラムを身体の各部位を動かす神経細胞が集まっている第一次運動野が受け取ります。運動野は脊髄の運動ニューロンに、運動の指令を出し、骨格筋を制御して手足を動かしています。

運動錯覚を体験しているときの脳の働きを、脳活動に関連した血流動態反応を計測できるfMRI(functional Magnetic Resonance Imaging:機能的磁気共鳴画像装置)で調査しました。その結果、体性感覚野だけでなく、第一次運動野や補足運動野といった運動領野ネットワークで活動が増加することが分かりました。この研究が行われるまでは、運動野は運動するための指令を出す場所であるとされてきましたが、筋肉からの感覚情報を処理している場所でもあることを、ヒトの脳で、初めて確かめることができました。

この運動錯覚を応用した、脳や脊髄などを損傷した患者の運動機能再建リハビリの有効性が、国内外の研究によって報告され、現在では脳卒中後のリハビリの一つに採用されています。

運動錯覚の惹起で麻痺手の痙縮軽減

食事、排泄、入浴など、日常生活は「立つ」「歩く」に大きく支えられています。脳卒中発症後のに対するリハビリは、まずは下肢を重視するリハビリが重点的に行われています。一方で上肢については、麻痺側の手を使わずに健常な側の手で作業することが多くなるため、より一層、麻痺側の手を使う頻度が減り、麻痺側の手の運動機能回復が課題となっています。

脳卒中の後遺症の一つに痙縮があります。これは、無意識に伸張反射がし、筋肉が持続的に収縮した状態で、特に上肢の痙縮は、伸筋に対して屈筋が強く収縮して、肘の屈曲、手や指の収縮となって現れます。さらに痙縮を放置して関節が硬くなって動かなくなる拘縮に進むと、日常生活に大きな影響を与えるため、早期の治療が望まれます。

私たちは、脳卒中患者の麻痺側および非麻痺側の手のひらへの振動刺激により、運動錯覚を惹起させ、これを利用して麻痺手の痙縮軽減を図る研究を行いました。手のひらに電気マッサージ器で111.7Hzの振動を60秒間加え、それぞれ前腕の伸筋群と屈筋群の活動について、筋肉上の皮膚面に貼付した表面電極で、筋活動(表面筋電図)を計測しました(図3)。

図3 手のひらへの振動刺激手のひらへの振動刺激による、運動錯覚を利用して、脳卒中患者の麻痺手の痙縮の軽減を図る実験。総指伸筋の筋活動を増大させることが分かり、脳の運動野経由の回路が作動して、痙縮を起こす脊髄伸張反射を抑制していると考えられる。

その結果、手のひらへの振動刺激は、麻痺側、非麻痺側のいずれにおいても、前腕の屈筋群の筋肉活動よりも、伸筋群のほうが有意に大きいことを確認しました。これは、振動刺激を与えた前腕の屈筋群に拮抗する伸筋群の興奮性の上昇を示し、伸筋群の筋肉活動が増強していることを意味しています。手のひらへの振動刺激という固有受容器感覚入力により、運動錯覚が惹起され、脳の運動野経由の回路が作動して、亢進している脊髄伸張反射を抑制していると考えられます。

脳が正常に機能するためには、神経系の興奮と抑制のバランスが重要で、左右の大脳半球に存在する運動野間にも抑制機構が存在しています。健康な成人の脳では、片手の運動は、主に反対側の運動野によってコントロールされ、同時に、左右運動野間の半球間抑制によって同側の運動野は抑制されます。例えば、右手の運動中には、意図しない左手の運動が起きないように、右運動野が抑制されています。ところが、脳卒中などで片側の運動野が損傷された場合には、脳はこの半球間抑制を解除して、手と同側の運動野を動員することで機能回復を図ろうとします。

私たちは、この自発的な脳の機能回復戦略を活用したリハビリを提案しています。これは、麻痺手の筋活動を誘発するために、正常な非麻痺手を自発的に動かしてもらい、この動きに同期して受動的に麻痺手を動かすという方法です。この方法の有効性について、まず健康なボランティアで検証しました(図4)。

Nakano, Tang, Morita, Naito. Front Neurol, 15: 1408324, 2024.

図4 脳の左右両側の運動野活性化を利用した筋活動の誘導麻痺手の筋活動誘導のために、非麻痺手の人差し指の能動的伸展に同期して、麻痺手人差し指の受動的伸展を行う実験を健康なボランティアで検証。麻痺手の筋活動の増大が確認でき、fMRIでは脳の左右両側の運動野の活性化を確認。脳の機能回復戦略を利用したリハビリへの応用が期待できる。

まず、右利きの健康な若年成人が、左手の人差し指を自発的に動かすと、右の運動野が活性化し、半球間抑制によって、左の運動野は抑制されます。このとき、右手を麻痺手と想定して、右手人差し指にテープを巻き、左手人差し指の能動運動に同期して、実験者がテープを持って右人差し指をつり上げました。すると、右手人差し指の受動的な伸展に伴い、筋活動が増大することが分かりました。このときの脳活動をfMRIで計測すると、半球間抑制がなくなり、両側の運動野が活性化していることを確認しました。現在、この効果を脳卒中片麻痺患者で検証しており、脳卒中後の体系的な手の運動リハビリへの応用を期待しています。この検証実験では、両手指にロボットを装着して行っています。患者には、非麻痺手と麻痺手で同じ指動作を行ってもらいますが、ロボットを通して、非麻痺手の動きで麻痺手の動きを支援します。これは、固有受容器感覚や視覚など、感覚を総動員した運動訓練で運動機能改善を目指すものです。

脊髄損傷で運動機能や感覚を失った患者への、iPS細胞を使った再生医療が進展し、2025年3月にはiPS細胞を移植し、世界で初めて運動機能の改善が見られた症例の報告がありました。今後は、実用化に向けた治験など、安全性と効果の高い治療法の開発に取り組むとしています。

私たちは、脳や固有受容器感覚の仕組みの解明というアプローチから、脳卒中発症後の機能改善につながる治療法やリハビリの開発、機器の開発に取り組んでいます。近い将来、このようなリハビリと再生医療との融合が大幅に運動機能改善を促進すると期待しています。

(図版提供:内藤栄一)

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2025年7月10日発行
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