〈シリーズ〉がんから身をまもる 
第7回 がん治療の光と影 
「サバイバー」との対話から浮かび上がるがん治療の現実
[特別対談] 垣添忠生(日本対がん協会会長)× 野澤和之(映画監督)

構成/飯塚りえ  写真/佐藤佳穂

日本のがん5年生存率は7割に迫り、もはやがんは治る病気だ。しかし一方で、治療費の高額化という問題が浮上している。治療の進化と医療費の高騰という対立軸はどこに向かうのか。社会はこの問題にどう向き合えばよいのか。垣添忠生・日本対がん協会会長が「みちのく潮風トレイル」を歩く姿を追ったドキュメンタリー映画『Dr.カキゾエ 歩く処方箋』では、東日本大震災の被災者やがんサバイバーとの対話が描かれている。垣添会長と野澤和之監督が、それぞれの活動を通して見える現実を語り尽くす。

映画監督

野澤和之(のざわ・かずゆき)

1954年生まれ。立教大学大学院文学研究科修了後、短編映画、テレビのディレクターを経てドキュメンタリー映画の監督として活動開始。作品に、在日韓国人の半生を描いた『HARUKO ハルコ』、フィリピンのストリートチルドレンを描いた『マリアのへそ』(SKIPシティ国際Dシネマ映画祭ノミネート)、瀬戸内海に浮かぶ島のハンセン病療養所で暮らす夫婦の物語『61ha 絆』(文化芸術振興費補助金・文部科学省選定)、『がんと生きる 言葉の処方箋』(文部科学省選定・厚生労働省推薦)他。

日本対がん協会会長

垣添忠生(かきぞえ・ただお)

1967年、東京大学医学部医学科卒業。国立がんセンターにて、中央病院長、総長などを歴任。法に基づくがん医療の展開を訴え、「がん対策基本法」の策定に注力。自身ががん患者・がん患者遺族となった経験を持ち、グリーフケアやがんサバイバー支援のための取り組みを精力的に行っている。

野澤 僕は、フィリピンのストリートチルドレンやハンセン病患者、認知症患者など、社会の主流から外れ、中心から排除された“周縁”の人々の生き方をテーマにドキュメンタリー映画を製作してきました。社会的に孤立しがちながん患者たちの生き方もその延長線上にあるテーマの一つです。2018年には、「がん哲学」を提唱した順天堂大学の先生とがん哲学外来カフェに集う人々を追ったドキュメンタリー映画『がんと生きる 言葉の処方箋』を製作しました。垣添先生のことを知ったのは、その頃です。ある新聞記事で、先生が自身に影響を与えた書籍の一つとして、『ウォークス』(レベッカ・ソルニット著)を挙げていました。この本は歩く行為を通して世界を捉えようとするもので、私も感銘を受けていました。そこで先生が歩きながら、東日本大震災の被災者やがん患者らと対話するという今回の映画の構想が浮かんだというわけです。

被災者とがんサバイバーを支援する旅

垣添 私は、若い頃から歩くことが好きでした。最愛の妻をがんで失った悲しみを癒やそうと四国霊場を歩いたり、日本対がん協会の「がんサバイバー・クラブ」認知度向上を目的に、全国のがんセンターを行脚して回ったこともあります。次にどこを歩こうかと思案していた矢先、野澤監督から声を掛けられ、ぜひ「みちのく潮風トレイ」を歩きたいと答えたのです。東日本大震災から丸12年ですし、津波の被災者とがんサバイバーを支援するような旅にしたいと思ったのです。

  • *1 みちのく潮風トレイル:東日本大震災からの復興を目指し、青森県八戸市から福島県相馬市まで太平洋沿岸をつなぐ、1000㎞を超える長距離自然歩道。

野澤 撮影開始は2023年3月末。垣添先生は「がんサバイバーを支援しよう 3.11を忘れない」と書いたのぼりを手に青森県八戸市をスタートし、福島県相馬市まで約1000㎞の「みちのく潮風トレイル」を約2カ月かけて南下しました。

垣添 道中、被災者にも、がん経験者にも、あるいは両方を経験したという人にも会いました。私自身、非常に過酷な経験をした人たちが、あるいはがんを告知されて苦しい思いをしている人たちが、どうやって立ち直るのかを勉強させてもらおうと、歩いていました。津波によって児童と教職員計84人が死亡・行方不明となった大川小学校では、その犠牲者の一人である児童のお母さんがガイドを務めておられました。気仙沼(宮城県)で酒店を営んでいた女性は、津波でご主人と義理の両親を失いながらも店を再建し、祖父の夢だった創業100年を目指しておられた。乳がんを患って15年治療を続けているという方は、今回の旅のことを知ってわざわざ会いに来てくれました。

野澤 僕は、宮城県立がんセンター総長の山田秀和先生がおっしゃった「私はがんで死ぬほうがいい」という言葉が非常に心に響きました。誤解されてはなりませんが、これは、がんが、突然体の自由を奪われたり亡くなったりする病気ではなく、考える時間が与えられる病だという意味です。僕も、まったくその通りだと感じました。がんの専門家がおっしゃっているあの発想は、多くのがん患者に接してこられたからこその、前向きながんの捉え方です。

(⑥を除く写真提供:©2024 Dr.カキゾエ歩く処方箋映画製作委員会)

道中で出会った人々、風景❶がんの治療を15年続けているという女性。垣添会長の活動を知って「会いたい」と駆けつけた。句は、垣添会長がこの患者との出会いを詠んだもの。 ❷垣添会長が50年前に亡き妻と訪れた思い出深い場所。 ❸気仙沼で再開した酒店。「負げねぇぞ気仙沼」のラベルに力がこもる。 ❹児童と教職員合わせて84人が亡くなった大川小学校。 ❺宮城県立がんセンターで治療を受けたがんサバイバー。しなやかな風情に強さを感じる。 ❻垣添会長が着ているのは、みちのく潮風トレイルのスタッフTシャツ。

がんと言われたら信頼のある情報に頼る

垣添 人生観もありますし、山田総長が専門家として多くの知見をお持ちだからでもありますね。インタビューに協力してくださった女性は、宮城県立がんセンターでしっかりとした体制のもと治療されたせいか、非常に穏やかな顔をしていらした。がんを告知された患者や家族は、不安に駆られてか、インターネットにしがみついてしまうのです。ところがネットの情報は、ご承知のように玉石混交です。うっかりしていると、科学的根拠のない療法や健康食品に誘導され、命を落としてしまう患者もおられます。がんだと言われたら、国立がん研究センターなど、信頼のおける機関の情報に基づいて考えるということが、心の安定のためにも大切なことだと思います。

野澤 加えて、「私は生きようと思った」というご本人の言葉も印象的でしたね。強い意志を持っていらっしゃる。がんサバイバーの方々には、レジリエンと呼ばれる立ち直りの過程が見えるように思います。岩手県宮古市の大沢漁港で出会った若いお母さんの話は、考えさせられるものがありました。当時、高校生で、ご自身のお母さんが迎えに来てくれたので、すんでの所で助かった、そうでなければ津波にのまれていたとおっしゃっていました。

  • *2 レジリエンス:困難や危機的な状況に直面した際に、立ち直る「回復力」や「復元力」、「弾力性」。

垣添 その方が生き延びて2人のお子さんに恵まれているというのは素晴らしい話だと思いますね。今回、本当につらい経験をされた多くの方が、希望を持って生きていく様を知ることができました。私はレジリエンスというと、雪に埋もれて倒れかけている竹が、雪をバサッとはねのけて立ち上がる、そんなイメージがあります。そういう力がやはり人間にはあって、過酷な体験をした中でも、ほんの少しでも視線を上げて、日々の生活を一生懸命頑張ろうとする人の肩に、そっと「希望」が舞い降りてくるのだと思います。私は当初、がんを経験した人の回復と被災した人の心の回復は別物と考えていました。しかし、歩き続け、さまざまな方のお話を聞くうちにその2つが重なることが分かったのです。

野澤 僕が、映画制作のテーマの一つとしてがんを選ぶのは、今、がんの問題は単に治療法にとどまらず、差別や偏見など、社会的にも大きな問題になってきていることが理由でした。2018年に公開された『がんと生きる〜』の撮影では、親類縁者にがん患者がいるとお見合いの成功率が低いという話を耳にしました。それは親類縁者に被爆者がいると差別されたのと同じ状況であり、差別によって生きる力を奪われてしまう。そういう意味でがんは偏見の病でもあります。この映画の撮影時には、カメラの前で自分ががんだと語ってくれる人がとても少なかったのです。それが、映画を見て「がんだということは恥ずかしくないと思えた」という人がたくさんいました。

垣添 私も、がんのイメージを変えたいと考えて活動をしてきました。がんは今、一生のうち、2人に1人がかかる病気といわれています。しかも、今やがんの(5年)生存率が7割近くになり、治る病気になってきているのです。例えばすい臓がんは昔、手術できるケースがせいぜい1割程度で、それ以外の患者はまるで図ったように1年くらいで亡くなっていました。しかし今は、4年、5年と比較的元気に過ごす患者もおられ、難治がん中の難治がんといわれた病気にも医療の手が届きかけています。がんは「誰でもかかる普通の病気の一つ」と理解が進めば、差別も消えていくのではないかと思います。

がんが治る病気になっている一方で、治療費の問題が浮上しています。日本には、高額療養費制度がありますが、先にお金を自分で払って、後で払い戻しを受ける仕組みなので、そのお金が払えない人もいます。2018年、がんサバイバー支援のために全国行脚したときに、抗がん剤など長く続く治療の費用に対して、どうすればいいんだという質問を多くの方から聞きました。私はそのとき、答えを持っていませんでしたが、個人にとっても、また最終的に医療費を負担する国庫にとっても、がん問題が経済問題だということを痛切に感じました。

最近の免疫チェックポイント阻害剤などは、効果は高いのですが、薬価も高額です。また乳がんなどはそうした治療薬を5年、10年と長く使用し続けることになり、経済的に大きな負担です。どの程度継続して薬を使用し続けるべきかを、適切な科学的根拠に基づいて検証し、少しでも医療費の増大を防ぐような対策を講じる必要があります。がん治療における経済の問題は、医師の間でも認識されるようになってきましたが、一番深刻で難しい課題です。

日本の医療は大きな転換期を迎えている

野澤 僕は以前、映画の撮影中にがんが発覚し、手術をしたことがあります。術後、先生に「保険は適用されませんが、念のために抗がん剤を使用しますか?」と聞かれました。結局、一切、抗がん剤治療をしませんでしたが、今、この場で仕事ができています。

垣添 これまでは、大きな手術の後、少しでも再発の可能性があれば、一律に抗がん剤を投与する提案をしていました。しかし、今はリキッドバイオプシーと言って、がん細胞から血液中に放出されるDNAの断片を検査することによって、再発の可能性をある程度判別できるようになってきました。その検査で陰性となれば、抗がん剤の治療を行う必要がなくなります。こうした医学の進歩は明らかに経済毒性を軽減するうえで、大きな意味があると思います。

野澤 僕が手術をした当時はそういう技術がなかったから、自分で判断するしかありませんでした。その検査は今、どこでも受けられるのですか?

垣添 少しお金がかかりますが、いわゆるがんの拠点病院で行っています。がん遺伝子パネル検などは、副作用が少ない治療を選択できるなどのメリットもあります。ただ、自宅近くにがんの拠点病院がないという患者は不便です。以前から、居住地によって受けられるがん医療に差がありすぎることに患者から強い不満がありました。2006年にがん対策基本法が制定されて、ようやくがん医療の均てんに道筋ができ、全国に拠点病院がつくられました。それでもカバーしきれない地域があり、問題は残っています。今、病院の約7割は赤字だという話があって、病院の統廃合や医師の偏在による診療科の廃止なども少なくありません。日本の医療は大きな転換期を迎えていると思います。

  • *3 がん遺伝子パネル検査:がん組織から採取したDNAを分析し、がんの原因となる遺伝子変異を網羅的に調べる検査。
  • *4 均てん化:全国どこでもがんの標準的な専門医療を受けられるよう、医療技術等の格差の是正を図ること。

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ヘルシスト 294号

2025年11月10日発行
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