ミトコンドリアの機能が老化で低下すると、脳卒中や神経変性疾患、心筋症、がんなどの病気を引き起こすことが知られている。このようなミトコンドリアと老化の関連は、健康寿命に関わる重要な研究テーマとなっている。老化の影響は多岐にわたり、古くなった細胞小器官やタンパク質を分解するオートファジーへの関わりも、その一つだ。オートファジーの機能低下は、古いミトコンドリアの蓄積を招き、細胞はダメージを受ける。機能低下を遅らせる物質の存在が注目されている。
特集 ミトコンドリアの存在感 老化による機能低下を遅らせ「健康寿命」の延伸を目指す
構成/菊地武顕
哺乳類の体内の真核細胞の中には、遺伝子を核膜で囲み遺伝子情報を管理している核の他に、ミトコンドリア、ゴルジ体(タンパク質を糖と結合させ輸送する小器官)、リソソーム(細胞内の不要物や老廃物を分解する小器官)など、いくつものオルガネラと呼ばれる細胞小器官があります。その中でミトコンドリアの機能は、生命活動のためエネルギーを作り出すことに特化しています。
老化でミトコンドリアの機能は低下
ミトコンドリア内に存在するミトコンドリアDNA(mtDNA)の遺伝情報はメッセンジャーRNA(mRNA)に転写され、ミトコンドリア内で合成(翻訳)されます。この翻訳機構が破綻すると、脳、心臓、筋肉などミトコンドリアが多く存在している臓器に悪影響を及ぼし、脳卒中や脳失調、心筋症、外眼筋麻痺、四肢の筋力低下などといったさまざまな、いわゆるミトコンドリア病と呼ばれる病気を発症します。
また、ミトコンドリアが機能障害に陥ると核内のDNAにも影響し、細胞のリサイクルセンターともいわれるリソソームの、不要な物質や損傷した細胞小器官、老廃物などの分解機構が低下します。
ミトコンドリア、核、リソソームの3者がクロストークし厳密に制御し合うことで、細胞の中の恒常性を保っているのです。この3者の関係が、ミトコンドリアと老化につながる話にもなります。
一般的に、老化に伴ってミトコンドリアの機能が低下することは分かっています。その低下につれて、わずかだったミトコンドリア機能障害が、だんだん増えていきます。機能障害が増すにつれ、メタボリックシンドローム、神経変性疾患、心筋症、がんが発症するということは既に知られています。また最近では、老化にはオートファジー(自食作用。細胞が自分自身の古くなったタンパク質や細胞小器官などをリソソームで分解・リサイクルすること)の低下や、血中のニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD+)量の低下などが関係していることが分かってきました。
ここで、オートファジーについて簡単に説明します。細胞が飢餓状態になると、細胞質に隔離膜と呼ばれる小胞が現れます。その膜が細胞内不要物を包み込みます。この膜をオートファゴソームと呼びます。オートファゴソームの内部にはミトコンドリアなどオルガネラが含まれています。オートファゴソームは膜外にあるリソソームと融合することで、包み込んでいる内容物を分解します。私たちは、オートファジーの分解機構について、特に融合する側のリソソームに着目し研究を行っています。
またNAD+は、体内のエネルギー生成を活性化するため、細胞機能の改善、老化遅延、認知機能や運動能力の向上、肌のハリ・ツヤの維持、免疫機能の向上など多岐にわたって影響を与えると考えられています。オートファジー機能やNAD+量の低下は、老化に伴う疾患の原因となることが知られています。特に最近は、細胞の老化を抑制して寿命を延ばす可能性を持つ遺伝子群であるサーチュイン遺伝子とNAD+との関与についての研究も進んでおり、サーチュイン遺伝子を活性化するためにNAD+の補充が必要であるとの見解も出されるなど、注目が高まっている補酵素です。
老化に伴うミトコンドリア機能障害がどの臓器にどう影響するかは、人によって違います。そのため、老化性疾患として機能低下を引き起こす臓器は個人によって異なります。私たちは老化に関係する臓器として、心臓に着目しました。心臓組織におけるミトコンドリア機能低下とオートファジー、とりわけリソソーム機能との関係を調べるべく、メタボローム解析という方法で心臓の組織を網羅的に解析しました。その結果、NAD+の量が下がることが分かりました。そこで、なぜNAD+量が減少するのか、その減少を止めるにはどうすればいいのかを中心に研究を進めています。
オートファジーの分解活性も低下
ミトコンドリア内でタンパク質の翻訳を行う分子の一つであるp32というタンパク質を除いた心筋特異的p32ノックアウトマウスは、通常のマウス(寿命は約2年)と比べ寿命が短く、生存曲線を描くと、1年ほどしかありませんでした(図1)。そのマウスの心臓の機能をエコーで確認したところ、左室駆出率、左室内径短縮率が悪いことが分かりました。これは心臓の収縮機能が低いため、早期に拡張型心筋症を発症する可能性が高いことを示します。心不全マーカー(ANP、βMHC)での遺伝子発現や、マッソントリクローム染色を用いた心臓の線維化についても調べたところ、やはりノックアウトマウスの心臓機能の低下が証明されました(図2、3)。また心臓組織でミトコンドリアの翻訳に障害が起きており、タンパク質発現が低下したことも分かりました。つまりミトコンドリアが翻訳を行うに当たり重要な役割を担う分子の一つが欠損することで、心臓機能が低下し、寿命が短くなっていたのです。
Yagi M. et al: Cardiovascular Research 2017:113 1173–85
図1 心筋特異的p32ノックアウトマウス(p32cKO)の生存曲線心筋特異的p32ノックアウトマウスは、300日を過ぎた頃から急激に生存率が下がる。正常マウスとは異なり、寿命は1年程度しかない。
Yagi M. et al :Cardiovascular Research 2017:113 1173-85
図2 心不全マーカーの遺伝子発現量変化心不全マーカーであるANPとβMHCの遺伝子発現を調査。ノックアウトマウスは日がたつにつれ上昇し、徐々に心機能が悪くなることが判明。
Yagi M. et al: Cardiovascular Research 2017:113 1173–85
図3 心臓線維化の確認心臓の線維化をマッソントリクローム(MT)染色で確認したところ、ノックアウトマウスは2カ月齢から線維化が起き、徐々に線維化率が上昇していた。
このマウスの心臓組織内では、まずミトコンドリア翻訳障害が起こりました。その結果、核内の転写因子(遺伝子の発現を調節するタンパク質)HIF-1αの発現が上昇しました。HIF-1αは、細胞内に異常が起きたときに真っ先に発現する転写因子の一つとして知られており、がんや虚血性疾患などさまざまな病気の原因になることが知られています。このHIF-1αの発現が上昇し、NAD+の合成酵素であるNmnat3の発現が抑制されたことにより、NAD+の量が低下したと考えています。さらに、そのせいでオートファジーによるリソソームの分解活性も落ちてしまったのです。まさにミトコンドリア、核、リソソームの3者がクロストークして、心臓の機能が低下してしまったのです。
このノックアウトマウスのリソソームの形態は、通常のマウスのものと比べて形が大きく膨らんでいました。ということは、本来なら不要物を分解するはずのリソソームの中で、分解できずにたまっている物質があることを示唆しています。
そこでこの物質が何かを調べました。生きているマウスでは実験困難なので、培養細胞での実験を繰り返しました。その結果、ミトコンドリア機能障害によって細胞内の特にリソソームに鉄がたまっていることが分かったのです。さらに過酸化脂質も蓄積することを確認しました。これは細胞膜やオルガネラ膜にダメージを与え、細胞が損傷する原因となります。この現象は、鉄依存性の細胞死であるフェロトーシスを誘導することが知られています。つまり、フェロトーシスが誘導されて心臓機能が低下し、寿命が短くなったと考えられます。
「エネルギー源」の産生に関わる物質
私たちは普段、鉄分が不足すると疲労感、息切れ、めまいなど貧血の症状が現れるので注意しなければなりません。とりわけ女性は、鉄はたくさん摂るような指導がなされています。確かに鉄欠乏性貧血などの鉄分不足が原因の疾患では、鉄分を補うことが重要です。しかし、病因ではないにもかかわらず鉄分を過剰に摂取するのは危険であり、鉄分を摂取する際にはきちんとモニタリングすることが大事です。ノックアウトマウスの実験から、鉄分は適度に摂ることが大切であると再認識できました。
リソソームの機能を回復させて内部に鉄をためないようにすることが、このノックアウトマウスの心臓機能を回復させることにつながります。そのためにはNAD+量を保つようにすればいいわけですが、次に、どうすればNAD+量を改善できるのかを探りました。
そこでまず、リソソームの機能とNAD+を関連づけるのは何か探索しました。そこでたどり着いたのが、代謝経路の一つである解糖系でした。リソソームは、アデノシン三リン酸(ATP)という「生命活動のエネルギー源」と呼ばれる分子を利用して、分解酵素が働くための環境を維持しています。そのATPの産生にNAD+が深く関わっていることを、私たちは発見しました。ATP産生には、解糖系酵素が糖をエネルギーにする代謝の過程で生じるNAD+が必要だったのです。そのため、NAD+が減ると、リソソーム活性化に必要なATPの産出も減ることになります。
そしてさらに、NAD+量を増加させることができれば機能が回復するのではないかと考えました。そこで、NAD+の前駆体(NAD+が生成される前の段階の物質)であるニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)を添加して、心臓機能が回復するのか調べました。心筋特異的p32ノックアウトマウスにNMNを飲み水に加えて摂取させると、マウスの寿命が延びました。心不全の診断や重症度評価に使われる心不全マーカーの発現が改善されたうえ、組織の線維化についても改善が見られました(図4、5)。また、減少したNAD+の量の改善も確認できました。そのためリソソームの機能にも好影響があり、鉄分がたまるという現象も改善されてフェロトーシス誘導細胞死も減少したと考えられます。NMNの投与により、ミトコンドリアの機能障害から発症する拡張型心筋症や心不全の予後が良くなり、病気の改善傾向が確認できたのです。NMNが、ミトコンドリア機能障害から生じる2次的なオルガネラ機能障害の改善、ならびに老化によって全体的に減ってしまうエネルギー供給を、少し底上げできる可能性があります。ただしNMNを投与しても、疾患の根本的な原因であるミトコンドリア機能そのものの改善にまではつながりませんでした。
Yagi M. et al: Life Science Alliance 2023. DOI: 10.26508/lsa.202302116
図4 NMN投与による心不全マーカー改善効果心不全マーカーであるANPとβMHCの遺伝子発現が増加したノックアウトマウスだが、NMN投与によって、双方とも改善した。
Yagi M et al: Life Science Alliance 2023. DOI: 10.26508/lsa.202302116
図5 NMN添加による心臓線維化改善効果MT染色を用い心臓組織を確認。ノックアウトマウスは青く染まる線維化部位が多かったが、NMN投与によって線維化が改善した。
ミトコンドリア機能障害が及ぼす影響
NMNは、体内で自然に生成されるビタミンB3由来の物質です。エネルギー生成やDNA修復を助けることで、細胞の若返りやアンチエイジング効果が期待されるとして、最近ではサプリメントとして発売されています。私たちの実験はノックアウトマウスを対象としたものですが、NMNに老化進行を遅らせる効果があるという説と合致した結果となりました。なおNMNは、微量ですが食材としては枝豆、ブロッコリー、アボカドなどに含まれているといわれています。
1つの細胞の中にミトコンドリアがどれだけあるかというのは、臓器ごとに異なります。また、ミトコンドリアDNAの変異や欠損による細胞への影響、老化への影響は、個人ごとに変わってきます。今後、臓器ごと、あるいは疾患ごとにミトコンドリアとの関連性を調べていく必要があるでしょう。
例えばパーキンソン病は、脳内のドーパミン神経細胞が減少する神経変性疾患です。ミトコンドリアの機能が低下すると、神経の突起の伸びが悪くなり、突起を包み込んでいる髄鞘を形成するオリゴデンドロサイトという細胞の機能が低下することで、神経突起による情報伝達がうまくできなくなるということが分かっています。また、パーキンソン病の原因となるPINK1などの遺伝子はミトコンドリアの機能とリンクしていて、ミトコンドリア機能障害によってオートファジーも機能障害が起こるという報告もあります。
老化については何かひとつ特定の原因があるというわけではなく、ミトコンドリア機能障害が例えば他のオルガネラにもなんらかの影響を与えて、恒常性を保てずに総体的に悪くなっていくのではないかと考えられます。老化性疾患というのは、いろいろな臓器や細胞小器官が連動したうえで機能が低下して起きるというのが我々の考え方です。疾患の原因となるミトコンドリアの機能障害を完全に補うことはできなくても、そこから派生した2次的障害は改善できるようになるかもしれません。
そのためにも疾患の原因を詳細に解析し、分子機序を明らかにすることはとても大切です。明らかになった分子機序に基づいて食材やサプリメントを摂取することで、自身の代謝を底上げして、病因の根本的な治療は困難であってもその後発生する障害を改善し、少しずつ良くしていく。これが老化を緩やかにし、健康寿命を延ばす秘訣だと思います。









