特集 ミトコンドリアの存在感 ミトコンドリアの「乗っ取り」でがん細胞はT細胞を抑制する

構成/飯塚りえ  イラストレーション/小湊好治

がん細胞が自らのミトコンドリアをT細胞に送り込んで健全なミトコンドリアと入れ替える仕組みは、小誌291号「細胞と遺伝子」で紹介しているが、その後の研究で、具体的なメカニズムが明らかになってきている。反面、新たな謎も浮上してきた。例えばミトコンドリアDNAが変異すれば当然、細胞のエネルギー産生が減衰してがん細胞の成長は遅くなり、がん細胞にとっては不利だ。他にも解明されていない疑問はいくつかあり、がん細胞由来のミトコンドリア研究から目が離せない。

岡山大学学術研究院医歯薬学域腫瘍微小環境学分野教授

冨樫庸介(とがし・ようすけ)

2006年、京都大学医学部医学科卒業。同年、住友病院に勤務。2009年、京都大学医学部附属病院医員。2011年、同大大学院医学研究科助教。2012年、近畿大学大学院医学研究科博士課程(2015年、早期修了)。近畿大学医学部助教、日本学術振興会特別研究員、国立がん研究センター研究員、千葉県がんセンター研究所部長を経て、2021年から現職。2024年9月から岡山大学病院呼吸器内科教授(兼任)。

私は、がん細胞内のミトコンドリアが、周囲の免疫細胞であるT細胞に移行していき、免疫細胞としての働きを阻害することと、その結果、がん免疫療法の効果が抑制されることを報告しました。

もともと私は臨床医で、肺がんを専門としていました。その間、患者によって、「ゲフィチニブ(商品名:イレッサ)」の効果に差があることを実感し、著効する腫瘍からEGFR遺伝子変異が見つかったという背景を知りました。がん免疫療法の効果にも大きな差があることは実感としてありましたし、かつ論文でもその点を指摘するデータがいくつか出ており、なぜ差があるのかという疑問が強く残っていました。

ミトコンドリアは邪魔な存在だった

免疫チェックポイント阻害剤が実用化されたのは2010年代の初めごろです。2014年には「ニボルマブ(商品名:オプジーボ)」が発売され、その後、適応症が拡大されます。しかし、ここでもやはり患者によって効果に差がありましたので、臨床医時代に持っていた疑問を解消すべく研究を始めました。

がん免疫に関する研究を開始した当初は、私は制御性T細胞の研究室に所属し、ヒトの検体を用いて研究を進めることができました。この点は、後々、論文が評価される要因の一つだったと思いますが、私が研究室から独立した時点で、ニボルマブはすでに発売から相応の時間が経過しており、効果の差をテーマにした研究や、血液から効果の差を測るバイオマーカーの探索なども少なからずあったため、オリジナリティのある研究対象はないかと考えたのです。

いずれにしてもこのとき、がん患者のT細胞がミトコンドリア障害を起こすことや、ミトコンドリアがする話などを耳にしました。加えて、友人に、クローン性造血の研究者がいて、彼の話をよく聞いていたことも、がん細胞周辺のT細胞の遺伝子変異に着目するきっかけになっています。クローン性造血とは、遺伝子変異が生じた造血細胞がさかんに増殖するようになることで、将来、白血病などの原因になることもあります。

多くの研究がミトコンドリアではなく、やはり細胞核のDNAに注目していました。一つの細胞に数百から数千個と数の多いミトコンドリアは、いわゆるゲノム(細胞核DNA)解析の研究にとって邪魔な存在なので、データは捨てられてしまうことも多かったのです。私はミトコンドリアについて知見が少なかったことも幸いしたのかもしれませんが、ミトコンドリアのDNAを解析してみようと考え、観察を始めたところ、T細胞のミトコンドリアに、がん細胞ミトコンドリアと同じDNA変異が見つかったのです。2021年のことでした。

がん細胞とT細胞で共通の変異を観察

実験では、がん細胞のミトコンドリアを赤色に、T細胞のミトコンドリアを緑色に染色しました。これら細胞を一緒に培養すると、T細胞のミトコンドリアが黄色くなります。赤と緑が混ざって黃色になるというわけです。この状態は、双方のミトコンドリアが共存しているのですが、細胞の中には、さらに赤だけになったものもありました。赤くなるということはすなわち、がん細胞由来のミトコンドリアに置き換わったということが言えます(図1)。ミトコンドリアが伝播しているのではないかという当初の仮説は、がん細胞と周囲のT細胞で共通の変異が観察されたことから、「ある」という確信に近くなっていきました。

図1 ミトコンドリアの移動がん細胞の赤がT細胞に移動していき、緑と混ざって黄色くなり、一部は赤に置き換わった。

では、このミトコンドリアの伝播はどのように起きているのでしょうか。

ミトコンドリアの伝播は、主に2種類あります(図2)。1つは、細胞が、伝播する対象の細胞と接触してチューブ状の構造(トンネルナノチューブ:TNT)が伸び、それを通ってミトコンドリアが伝わっていく方法です。2つ目は細胞がちぎれたときに分泌されるエクソソームなど、細胞外小胞にミトコンドリアが入っていて、それを通じて移動していくものです。マクロファージのような細胞がチューブを伸ばして、がん細胞にミトコンドリアを入れるといったケースもあるようで、こうした観察によってか、周囲の細胞からがんに何かを供給してがんが活性化するという報告が多く、がん細胞から周囲の細胞に伝播するという報告は主流ではありませんでした。

図2 ミトコンドリア伝播の方法T細胞とがん細胞からそれぞれTNTが伸びてミトコンドリアが移動したり、細胞外小胞の中のミトコンドリアが移動したりする。

しかし、私たちには、がん細胞やそのミトコンドリアのDNAが何らかの変異を受けるというような発想がなかったのです。「変異」は主にがん細胞に存在する現象であり、がん細胞とT細胞の双方に同じ変異があるなら、その変異はがんから移ったと考えるのが自然です。

もしも周囲のT細胞から正常なミトコンドリアが供給されることが、がん細胞にとって有利に働くとしたら、がん細胞のミトコンドリアDNAは野生型になるはずですが、実際の検体の4割程度では、がん細胞のミトコンドリアDNAが高頻度に変異している状態を示しました。

ミトコンドリアはがん細胞からもT細胞からも、双方に伝播するのですが、私たちは、正常細胞からがん細胞に伝播したミトコンドリアが、あまり生き残れないことを観察しています。がん細胞側の酸化ストレスが大きいせいではないでしょうか。

がん細胞ではマイトファジーが阻害される

今回の研究で最も難しかったのは、なぜT細胞のミトコンドリアががん細胞由来のものに置換するのか、なぜこんなことが成立するのかを示すことでした。

一つ考えられるのは、がん細胞における強い酸化ストレスです。正常なミトコンドリアであれば、酸化ストレスを受けるとマイトファジー(ミトコンドリアの自食作用)によって排除されます。ところが、酸化ストレスの強いがん細胞の中でも生きているということは、そのミトコンドリアは、酸化ストレスへの耐性を持ち、がん細胞内のマイトファジーの働きが阻害されているのではないか、という仮説です。

そして、耐性を持ったミトコンドリアが周囲のT細胞に伝播すれば、正常な細胞はマイトファジーによって死滅して数を減らしても、他方、がん細胞由来のミトコンドリアは生き残っていく、そしてミトコンドリアは入れ替わっていき、ミトコンドリアの「乗っ取り」が起きるということだと考えています。

ミトコンドリアが入れ替わってしまうと、T細胞の働きは劇的に下がり、老化して長く生きられなくなります。この状態でがん免疫療法の効果が落ちることは、マウスやヒトの検体での実験で確認しています。さらに、化学療法を実施しておらず、免疫チェックポイント阻害剤の治療を受けた患者の検体を調べたところ、がん細胞のミトコンドリアDNAに変異がある患者の場合、がん免疫療法の効果が長続きせず、また生存率も落ちてしまうことが分かりました(図3)。

図3 免疫チェックポイント阻害剤の効果とミトコンドリアDNAの変異の関連抗PD-1(免疫チェックポイント阻害剤の一種)抗体治療を受けた患者の効果持続期間は、ミトコンドリアDNAに変異がある群で明らかに短いことが分かった。

改めて、この研究では、変異したがん細胞ミトコンドリアが周囲のT細胞に伝播し、本来のミトコンドリアから置き換わること、それによってがんの免疫療法の効果が下がるということを示しました。しかし、ミトコンドリアの変異とがんの関係では、まだまだ謎は残っていると感じています。

まず、そもそもミトコンドリアDNAの変異はがん細胞に有利なのか、という点です。

既報の研究に、ミトコンドリアDNAに変異を入れた細胞をテーマにしたものがあります。ミトコンドリアDNAが変異を起こすことによって、細胞内の酸化ストレスが増大し、それに伴い転移しやすいといった主旨でした。私たちも、その細胞の実験と、またマウスでも実験を行い、確かにミトコンドリアDNAに変異が入っている細胞のほうが転移しやすいことを観察しました。しかし一方で、がん細胞の成長が非常に遅くなります。ミトコンドリアは細胞のエネルギー産生を担いますから当然の帰結といえます。成長が遅くなるのはがん細胞にとってはネガティブな事象ですが、かたや転移をしやすいというポジティブな側面があります。ミトコンドリアDNAに変異が入ることは、がん細胞の成長、増殖の観点からすると恐らく不利なのですが、それでも、なぜ変異が入ったミトコンドリアが優勢になるのかという疑問が残ります。

例えば、肺の上皮細胞の中に1000個のミトコンドリアがあったとして、少なくとも最初の変異は1個、つまり全体の1000分の1です。その異常なミトコンドリアは、マイトファジーによって排除されるはずで、優勢になるとは考えられませんが、がん細胞の中では、優勢になっていくものがあるのです。

100年ほど前、ワールブルク効果という現象が報告されました。一般の細胞は酸素の多い場所でミトコンドリア呼吸によるアデノシン三リン酸(ATP)産生を行いますが、がん細胞については酸素が多い環境でも、なぜかミトコンドリア呼吸よりも解糖系を用いてATP産生を行っているというのです。

解糖系は原始的なATP産生方法で、産生効率も15分の1以下になりますが、反応が早いことと、ATP産生の過程で核酸や脂質といった物質を作るという利点があり、がん細胞にとって、これがメリットなのではないかと考えることもできます。

がん細胞でマイトファジーといった自浄システムが阻害されて機能しなくなった結果、変異したミトコンドリアを駆逐できなくなったと先述しましたが、実はミトコンドリアの変異そのものが、がんにとってはエネルギー産生の反応の早さやその他の物質の産生などで、有利に働くのかもしれません。まだ、明解な答えは出ていません。

影響を与える分子の全容は不明

他にも、ミトコンドリアDNAの変異には、いわゆるホットスポットがありません。ホットスポットとは、変異が集中しているDNA領城を指します。がんの変異に関していうと、増殖に有利な領域に変異が入ると同様の変異がばっと増えるのです。がんとの関わりが知られる、細胞の増殖を促すEGFRやKRASといった遺伝子にはホットスポットがあります。がん細胞に利点があるからには、変異のホットスポットがあってしかるべきなのですが、ミトコンドリアDNAの変異は比較的均一に入っています。

現状では、T細胞のミトコンドリアDNAの変異について、1つずつの変異が何をもたらすのかが分かっているわけではありません。そのため、野生型との比較において変異があったことは報告したものの、実際、変異があっても機能には影響しないものがある可能性は否定できません。

また、今回の報告では、T細胞のマイトファジー機能が阻害され、変異ミトコンドリアが優勢を占めるとしましたが、では、どのように阻害されるのでしょうか。

今回、私たちは、がん細胞由来のミトコンドリアが、T細胞に入ってもマイトファジーが起きにくく、他方、T細胞オリジナルのミトコンドリアは、そもそも正常なのでマイトファジーの影響を受けること、結果として酸化ストレスの強い環境下では、がん細胞由来のミトコンドリアが優勢になるという報告をしています。論文ではこの現象のデータを示すことは早々にできたのですが、なぜこうした現象が起きるのか、具体的に影響を与える分子の全容はまだ分かっていません。現在、可能性のある因子を探索しています。

私たちの報告は、ミトコンドリアに着目し、ヒトの検体で観察したことで成果を得られましたが、この先には、がん細胞由来のミトコンドリアDNA伝播が他の免疫細胞にも起こっているのではないかなど、さまざまな展開があると考えています。がん細胞由来のDNA変異を持つミトコンドリアという視点で、今後、がん免疫療法の効果を高めるような研究が広がることを期待しています。

(図版提供:冨樫庸介)

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ヘルシスト 295号

2026年1月10日発行
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