野本先生の腸内細菌と健康のお話49 土壌と腸管 —— 環境調節の重要性

イラストレーション/小波田えま

元東京農業大学生命科学部教授

野本康二

ひょんなきっかけで現在、鋼材製造工程で発生する余剰成分である鉱さい(スラグ)の再利用プロジェクトに関わっている。すなわち、鉄の原料である鉄鉱石は、コークスや石灰石などと共に製鉄所の高炉内に投入され加熱されて溶融し液状になるが、高炉や続く転炉における製鋼過程において、鉄より比重の小さい不純物はの表面上に分離する。この不純物は、炉からすくい取られ、冷却されて固形のスラグとなる。スラグは、通常は産業廃棄物として処理されるが、一方で、セメントや路盤材などの原料として再利用もされてい。また、肥料にも応用されており、肥料取締法では、含有成分の差異により「鉱さいけい酸質肥料」「副産石灰肥料」「鉱さいりん酸肥料」に規格化されてい。本誌293号に掲載された、犬伏和之先生の「製鋼スラグによる土壌中のメタン発生の抑制作用」は興味深かっ。鉄鋼スラグを10~100 t/ha施肥することにより水稲栽培土壌からのメタン発生を抑制できた、と報告されてい。スラグ中に含まれる鉄分により土壌中の嫌気環境が乱され、嫌気性の古細菌によるメタン産生が抑制される、ということであ

一方で、東京農業大学の後藤逸男名誉教授は長年、「転炉スラグ」を土壌改良剤として利用する農作物の成長環境の整備に尽力されてき。潤沢に含まれるカルシウムやマグネシウムの陽イオン交換容量(Cation Exchange Capacity:CEC)は、土粒子の周囲をマグネシウムやカルシウム分子で置き換えることにより塩基飽和度(CECに占める石灰、マグネシウム、カリウムの割合)を高め、酸性土壌の水素イオン指数(pH)を上昇させ。これにより、酸性土壌における病害(アブラナ科作物〈ハクサイ、キャベツ、カブ、カリフラワー、ブロッコリー等〉における根こぶ、ウリ科作物〈スイカ、メロン、カボチャ、キュウリ等〉におけるホモプシス根腐、フザリウムなど)に対する顕著な防除効果が発揮され。転炉スラグは、副産石灰肥料に含まれ、「アルカリ分」(カルシウムとマグネシウムの総合的な含有比率)が35%以上含まれるものと規定されてい。筆者は、食べすぎや飲みすぎの際によく胃薬を服用するが、マグネシウム類はこれの主成分でもあり、消化管内の酸性pHを調整してくれる。植物が養分を吸収する場である土壌と、我々が栄養を得る腸内はともに、環境が良好に保たれることが宿主の健康に肝要であることは共通している。可能であれば、スラグがプレバイオティクス的作用により土壌微生物叢および環境を改善する可能性を調べてみたい。

  • 注1) 根こぶ病:原因菌である糸状菌(カビ)のPlasmodiophora brassicae(プラスモディオフォラ・ブラシカエ)によって引き起こされる。
  • 注2) ホモプシス根腐病:糸状菌の一種Phomopsis sclerotioides(ホモプシス・スクレロティオイデス)によって引き起こされる。
  • 注3) フザリウム病:Fusarium oxysporum(フザリウム・オキシスポルム)の寄生によって生じる導管病や、F. solani(フザリウム・ソラニ)の寄生によって生じる根腐病などの総称。

随分前に、聖路加国際病院の消化器外科のグループとの共同研究において、大腸がん患者の新鮮便の腸内フローラを調べ。その結果、同時期に人間ドックを受診した健常者と比べて、大腸がん患者は最優勢の嫌気性菌群の数が有意に少ないことが分かった。興味深かったのは、便のpHである。大腸がん患者の便のpHは、健常者のそれより明確に高いのである。すなわち、健常者の新鮮便は弱酸性を示すが、大腸がん患者のそれはアルカリ性に偏っていた。しかも、がんの進捗度(ステージ1〜4)に応じた層別解析において、進行期の患者のみならず、初期のステージ1の患者でも便のpHは高かった。ご担当のO先生と、腸内環境の変化ががん化の起因となっている可能性について、興奮してお話ししたことを覚えている。O先生によると、「大腸がんのマーカーとして便潜血がよく参考にされるけれど、便潜血はが原因である場合が多い」とのことであった。

健常な日本人女性の腟内は、最優勢菌群の乳酸菌が産生する乳酸の働きで酸性(pHが4.5程度)に保たれているが、腟内微生物叢の異常な状態を示す細菌性腟症では、腟内pHが有意に上昇していることが知られてい。上記の便pHについては、採取された便にpHメーター端子を挿入して測定した。腸内や腟内のpHの異常を検知することが各部位の疾病(大腸がんの発生や進展、早産や不妊症など)の予防的診断につながるのであれば、日常的にこれらの部位のpHをリアルタイムで精度よく、かつ簡便に測定する方法の開発が有効と考える。

  • *1 日鉄スラグ製品ウェブサイト. 鉄鋼スラグとは? https://www.slag.nipponsteel.com/beginning.html
  • *2 伊藤公夫. 製鋼スラグの肥料用途. 新日鉄住金技報, 399: 132–138, 2014.
  • *3 犬伏和之. メタンの排出を抑制しつつ収穫量を上げる技術開発. ヘルシスト, 293: 6–9, 2025.
  • *4 Furukawa Y, Inubushi K. Feasible suppression technique of methane emission from paddy soil by iron amendment. Nutr Cycl Agroecosyst, 64: 193–201, 2002.
  • *5 Furukawa Y, Inubushi K. Evaluation of slag application to decrease methane emission from paddy soil and fate of iron. Soil Sci Plant Nutr, 50: 1029–1036, 2004.
  • *6 伊藤公夫. 水田からのメタンガス発生抑制技術. 新日鉄住金技報, 399: 148–152, 2014.
  • *7 後藤逸男. 転炉スラグの農業利用技術の開発と普及. 植物防疫, 70: 209–214, 2016.
  • *8 JA全農 肥料農薬部. CEC(陽イオン交換容量). 土壌診断なるほど!ガイド, 10–11. https://www.zennoh.or.jp/members/pdf/gijyutu_1_01b.pdf
  • *9 後藤逸男. 土と施肥の基礎知識 その15転炉スラグの特性と使い方. 農業経営者, 3: 46–47, 2017.
  • *10 Ohigashi S, Sudo K, Kobayashi D, et al. Changes of the intestinal microbiota, short chain fatty acids, and fecal pH in patients with colorectal cancer. Dig Dis Sci, 58: 1717–1726, 2013. doi: 10.1007/s10620-012-2526-4.
  • *11 Ohigashi S, Sudo K, Kobayashi D, et al. Significant changes in the intestinal environment after surgery in patients with colorectal cancer. J Gastrointest Surg, 17: 1657–1664, 2013. doi: 10.1007/s11605-013-2270-x.
  • *12 Ito M, Kataoka M, Sato Y, et al. Diverse vaginal microbiota in healthy Japanese women: a combined relative and quantitative analyses. Front Cell Infect Microbiol, 14: 1487990, 2025. doi: 10.3389/fcimb.2024.1487990.

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2026年1月10日発行
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