魚の養殖と水耕栽培を1つの水の流れで結ぶアクアポニックスは、硝化細菌の働きで魚の排泄物を植物の養分に変え、排水をほぼ出さない閉鎖循環型の食料生産システムだ。農薬・抗生物質を使わず、病原体や寄生虫の侵入も遮断できる点で陸上養殖の課題に応える。さらに、体液に近い低塩分でも育つ海水魚の生理特性を生かし、海水魚と塩生植物を組み合わせた新たな可能性も探られている。一方、コスト高や認証制度の枠組みの不在など、産業化に向けた課題は残る。
特集 進化する日本の養殖 養殖と水耕栽培の閉鎖循環型食料生産
構成/飯塚りえ
「アクアポニックス」とは、養殖を意味する「アクアカルチャー(aquaculture)」と、水耕栽培を意味する「ハイドロポニックス(hydroponics)」を合体させた造語です。
魚の養殖というと、海に浮かべた生け簀を思い浮かべる人が多いでしょう。それに対して循環式養殖は、水槽内の水をろ過・殺菌して繰り返し再利用する陸上養殖システムです(図1)。病原体や寄生虫を遮断し、水温など外部環境にも左右されないので、安定的に魚を手に入れることができます。また、水を浄化して再利用することから、環境負荷の面でも優れているとされています。
図1 アクアポニックスにおける水の循環魚類飼育槽から出た飼育排水は、糞などを沈殿させて取り除き、その後水質浄化装置へ送られ、ろ材に付着した微生物がアンモニアを硝酸に分解する。水流ポンプで栽培ベッドに送られた水は、植物が養分を吸収し、浄化再生水として飼育槽へ戻る。
養殖と植物の栽培を同時に行う仕組み
しかし、課題もあります。水を再利用するので魚の排泄物は水の中にたまっていきます。糞などの固形物はフィルターで取り除くことができますが、水に溶け込んでいる、窒素やリンといった成分は取り除けません。このままでは水が汚れていくので、適宜、水を入れ替える必要があります。
他方、視点を変えてみると、水に溶けている窒素やリンといった成分は、植物にとって栄養そのものです。それならば、この水を水耕栽培の肥料として使えばいいと発想したのが、アクアポニックスです。野菜は養分を吸って育ち、水はきれいになって魚の水槽へと戻っていきます。養殖と植物の栽培を1つの水の流れでつなぎ、両方を同時に行おうという仕組みです。
この技術が広まったのは、1970年代のアメリカ内陸部です。きっかけは、新鮮な魚を食べたいという素朴な欲求でした。アメリカは国土が広く、内陸では新鮮な魚が手に入りません。しかも乾燥地帯が多く、水も貴重です。当初は、水をあまり使わずに淡水魚を育てられる循環式養殖が発達しました。加えて、内陸では水耕栽培による野菜づくりも盛んで、こちらも、養液の入れ替えなど排水の処理が課題となっていました。そこで考え出されたのが、アクアポニックスでした。
結果として、この仕組みは思いがけない利点を生むことになりました。同じ水の中で魚を飼っている以上、植物栽培に農薬は使えません。農薬に頼らない安全な野菜を作ることができ、排水も出さないという点が評価され、技術が確立することとなりました。育てられる魚は、水質の悪化に強いティラピアやナマズといった淡水魚が中心でした。
アクアポニックスのシステムでは、微生物が重要な役割を果たしています。魚が排泄する成分のうち、とりわけ問題になるのがアンモニアです。アンモニアは魚にとって毒性が高く、水槽にたまれば中毒を起こして死んでしまうこともあります。そこで硝化細菌という微生物が活躍します。硝化細菌はアンモニアを段階的に酸化し、まず亜硝酸に、さらに毒性の低い硝酸へと変えていきます。この硝酸をはじめとする成分は、魚にとって比較的無害であり、同時に植物の養分となります。
興味深いのは、この微生物を外から加える必要がない点です。魚の糞に含まれる腸内細菌から自然に供給され、淡水なら魚の飼育開始から2週間ほどで働き始めます。つまりアクアポニックスでは、「養分を吸う植物」「養分を出す魚」「その橋渡しをする微生物」という3者が生態系をつくり出します。理科の授業で習うような、生産者・消費者・分解者の関係を、水槽の中に切り出して目の前で眺められるといってもいいでしょう。
養殖が海の資源を使うというジレンマ
そもそも、なぜ今、陸上養殖に注目が集まるのでしょうか。
養殖に欠かせないものは、3つあります。魚の赤ちゃんである種苗、餌、そして水です。この3つのそれぞれに今、課題が突きつけられています。人工的に育てられない魚では、天然の稚魚を海から捕ってくることになります。餌は、天然の魚を原材料にして作られることも多くあります。つまり、海の資源の代わりを担う養殖が、海の資源を使ってしまうという側面があります。
さらに海水が汚れていくという課題もあります。海の生け簀で魚を育てると、排泄物はそのまま海へ流れ出します。天然の魚も同じように排泄しますが、広い海に散らばるため、1カ所で極端に濃度が高くなるということはありません。しかし、養殖では生け簀に集中するため、栄養が過剰になり、赤潮などを引き起こす原因にもなります。しかも生け簀がある海底には、排泄物が固形物として沈殿していきます。海底は掃除も回収も難しく、あまりに海底が汚れてしまうと生け簀を移動させるしかない、というのが実情です。あるチリのサケ養殖業者は、生け簀が汚れるたびに次々と場所を移し、陸の拠点からどんどん沖に遠ざかっていき、移動のための燃料も手間もかさむと、こぼしていました。海の中は見えにくいのですが、地上でいえば、作物を栽培し続けて土が痩せてしまい、その畑を捨てて、場所を移動する、といった途上国での農業の様子に似ているのかもしれません。ただ、漁業では養分が過剰になる「富栄養化」と、方向こそ正反対ですが、どちらの食料生産でも栄養の偏りが生じているのです。
こうした制約に加えて、漁業権を巡る調整の難しさからも解放され、環境をコントロールしながらどこででも魚を育てられる点に、陸上養殖への期待があります。日本でも2023年から陸上養殖の届け出制度が始まり、この分野はようやく本格的に動き出したところです。もっとも、陸に上げれば水温も水質もすべて人の手で管理しなければならず、相応のエネルギーがかかります。それでも、海よりも安定した環境を室内につくれることが、陸上養殖の最大の強みです。
病気や寄生虫が持ち込まれにくい環境
アクアポニックスが注目されるのは、この陸上養殖のいくつかの課題に答えを与えているからです。
まず、水をほとんど捨てません。循環式養殖だけでも水の使用量は大きく減りますが、完全に入れ替えが不要になるというわけではありません。その点、野菜の栽培によって水が浄化されるアクアポニックスでは、さらに水の使用量を減らすことができます。排水を出さないということは、環境への負荷が小さいということでもあります(図2)。
図2 アクアポニックスを活用した実験施設メキシコの乾燥地域で行われている実験❶。養殖施設でティラピアを飼育し❷、その循環水でフダンソウ(スイスチャード)を水耕栽培❸したうえで、さらに露地栽培の野菜などの灌水(かんすい)に利用している。灌漑(かんがい)用水から露地栽培へと向かう水の流れの途中にアクアポニックスを挟むことで、水を有効に使いながら生産性を高めることを目指す。
薬に頼らない点も見逃せません。閉じた水の中で微生物と植物が一緒に暮らしているため、抗生物質や農薬を使えば、肝心の微生物が死んでしまい、植物にも影響が出てしまうので、そもそも薬が使えません。外とつながっていない循環式の水槽には、天然の魚が入り込むこともなく、病気や寄生虫が持ち込まれにくいという環境も確立しています。結果として、薬に頼らずに魚を育てられます。これは、私たち消費者にとっての安心にもつながります。
野菜の味にも特徴が出ます。化学肥料は、植物を大きく育てるために、えぐみのある成分を多く含みます。ところが魚由来の養分は、そうした成分が少なく、その分、野菜本来の味がよく分かる、と私は感じています。
ここまでお話ししてきたアクアポニックスは、淡水魚と一般的な野菜の組み合わせが中心でした。しかし、日本の養殖の主役は、ブリ類やマダイなど海の魚です。海水では普通の野菜は育ちませんから、海水魚でアクアポニックスを行うには、大きな壁を越えなければなりません。
鍵を握るのは、魚の体の仕組みです。実は、魚の体液の塩分濃度はおよそ0.8〜0.9%と、人間と同程度に保たれています。一方、海水の塩分濃度はおよそ3.4%です。海の魚は、体に入り込んでくる塩を絶えず外へ出し、水分を保つために、多くのエネルギーを使っています。そのため、水の塩分を体液に近いところまで下げると、そのエネルギーを使わずに済むので少ないエネルギーで成長することができます。実際、沖縄で養殖されるヤイトハタというハタの仲間は、海水の4分の1程度の塩分でも元気に育ちます。養殖関連の研究者の間ではよく知られていることですが、「海の魚は、実はそれほど濃い塩水でなくてもよい」というわけです。
魚の養殖において、海水ほどの塩分濃度が必須ではないとしたら、アクアポニックスによって育てられる植物の選択肢も広がるかもしれません。ただ、水から塩だけをきれいに抜き取る装置の開発は難しいというのが現状ですから、塩分をぎりぎりまで減らし、その環境でよく育つ植物を選んで栽培することが現実的なようです。塩に強い作物は限られていますが、私たちは今、どの程度の塩分でどんな作物が育つのか、養分のバランスをどう整えれば魚と野菜の双方がうまく育つのか、その組み合わせを一つひとつ確かめているところです(図3)。
図3 ヤイトハタ循環式養殖排水を用いた塩生植物の栽培海水濃度4分の1でヤイトハタを養殖し、その飼育排水を耐塩性のある野菜の栽培に液肥として利用する非連結型のアクアポニックス。塩生植物を食用として普及させられるかが鍵となる。ヤイトハタは品の良い甘味のある白身魚。シーアスパラガス、ミルスベリヒユ、ツルナは、日本の海岸でも見ることができる。
例えば、塩の濃度が高くても育つシーアスパラガス(日本の海岸の湿地に生えるアッケシソウの仲間)のように、海水でも育ち、それ自体が塩味を持つ野菜もあります。ドレッシングなど不要なほど塩気のある野菜です。日本ではまだ一般的ではないかもしれませんが、これまでも外国原産の野菜が日本に導入され定着していった例は多くあり、新しい食の形も見えています。
アクアポニックスは日本でも少しずつ広がっています。牽引してきたのは神奈川県や新潟県の先駆的な企業で、今では全国で10社以上が手がけているといわれます。もっとも、その多くは魚よりも野菜の生産販売を主役にしています。魚1尾分の排泄物からは、その何倍〜数十倍もの野菜が育つためです。アクアポニックスでの生産を市場として確立するには、魚、植物の双方の流通量を増やす必要があります。
陸上養殖は海の養殖に比べてコスト高
現状の課題の一つは、アクアポニックスで生産した野菜の価値をどう伝えるかということです。アクアポニックスは、農薬を使わず、環境負荷も低いのですが、水耕栽培で土壌を使用しないため、日本の「有機JAS認証」には原則的に当てはまらず、認証の枠組みがありません。そこで、独自の認証制度づくりも始まっています。「アクアポニックスで育てました」という一言に、多くの方が価値を感じられるよう、試行錯誤しています。
また、陸上養殖は、海の養殖に比べて現状ではコストが高くなります。水温の管理にも水の処理にもエネルギーが要るため、採算を取るには、ある程度高く売れる魚を育てる必要があります。キャビアが採れるチョウザメや、琵琶湖原産の高級魚ホンモロコなど、付加価値の高い魚種が選ばれるのはそのためです。アクアポニックスの魚も同じような理由で、まずは価値を認めてもらえる嗜好品として届けるところから始まる、というのが現実的でしょう。
アクアポニックスが食物生産の手法として普及するには、越えるべき課題はまだあるかと思います。他方で、魚の養殖が海から陸へ上がり、かつ農業など、他の産業と連携することで、これまで水産と縁のなかった人々が、魚の養殖に関わる道が開けるという側面は注目すべきと考えています。これまでの養殖産業は、仕事として携わるのに困難だと感じる側面もあったかもしれませんが、農業と連携している分、福祉的就労が可能になるなど、経済活動だけではない場としても有用ではないかと思います。
そもそも、魚と野菜を一緒に育てるというアクアポニックスの装置は、どんな場所にも設置できるという利点があり、装置の規模も問わないので、アメリカでは数百の学校に導入されて、魚の飼育、微生物の働き、水質の変化、そして収穫から調理、販売まで、社会構造を学ぶ教材として使われています。家庭向けの小さなキットもあり、水槽の上でレタスを育てたり、庭先で観賞用の花を咲かせたりと、趣味として楽しむ人もいます。産業・教育・趣味という裾野の広さもアクアポニックスが世界に広まった理由です。
アクアポニックスは養殖産業の一選択肢であるとともに、その概念は養殖への理解を深める一助にもなるでしょう。今後、日本でも広まることを期待しています。






