日本では年間2万人以上が入浴中に命を落としている。浴槽に肩まで浸かる入浴スタイルが深く関与しており、入浴死は事実上、日本特有の病態だ。原因はヒートショックだけでなく、持病や薬物の影響など複合的な要因が絡む。温暖なはずの鹿児島県で入浴死が多いのは、脱衣所に暖房がない住宅が多く、温度差が生じやすいためだ。気象データを解析して「危険な温度条件」を特定し、入浴死リスクを3段階で示す「入浴時警戒情報」の発信が予防の新たな手段として注目される。
特集 住環境の新たな課題 なぜ日本人は入浴中に命を落とすのか
構成/渡辺由子
私は法医学専門の医師で、ご遺体を解剖して死因を調べています。対象はご遺体ですが、「ご遺体から得られた情報を基に、生きている方に返す」、つまり「亡くならないようにすること」が最大の目標です。私たちは、特に「入浴死」をターゲットに、原因の究明や予防法を念頭に研究を続けています。
まず、入浴死という言葉はなく、「浴室内突然死」が正確な医学用語ですが、略して「入浴死」とします。入浴死は、入浴しているときだけでなく、入浴の前後も含まれます。また、ヒートショック=入浴死ではありません。ヒートショックは正確な医学用語ではなく俗語で、入浴死の一つの原因と捉えるほうが正しいと考えます。
日本特有の入浴様式が深く関与!?
日本全国で入浴死者数は、年間2万人以上といわれています。この数字は、あくまでも死亡診断書に基づいた死因統計の浴室内での溺死者数であり、浴室内での病死はカウントされていないため、実態はもっと多いと見ています。
わが国の入浴死者数は、諸外国に比べて圧倒的に多く、日本特有の病態とされています。諸外国では浴槽に浸からず、シャワーだけで済ませることが多いのに対して、浴槽の中に肩までしっかりと浸かる日本特有の入浴様式が、入浴死に深く関与していると考えられています。
入浴死に至る病態は、解明されていません。ほとんどが自宅の浴室内で起こるため、事件性がないと判断され、解剖で死因を究明する件数が非常に少ないのです。解剖によって死因を究明する監察医制度が敷かれているのは、東京23区、大阪市、名古屋市、神戸市の4都市のみで、他は、私たちのような大学の法医学分野の医師が担っています。日本では解剖の要否は警察官が判断していることに加え、監察医や大学法医学分野の医師の数が圧倒的に不足していることもあり、日本では解剖率が諸外国に比べて低くなっています。鹿児島県で入浴死の解剖例は、この十数年間で29例だけで、年2例程度しかありません。ほとんどは、外表上の検査や死後CT画像等を行う検案で、死因を医学的に判断しています。加えて、日本は文化的にも、解剖に抵抗のある方が多いことも、解剖にまで至らない要因の一つにあります。
入浴死の病態解明に向けて、2012年から2013年にかけて、入浴死を研究対象とする3つの学会、「日本法医学会」「日本救急医学会」と、温泉医学・気候医学・物理医学・理学療法を科学する「日本温泉気候物理医学会」で共同調査を行いました。日本法医学会は、法医解剖例のアンケート解析、日本救急医学会は救急搬送された生死の境にいるような方、日本温泉気候物理医学会は温泉場や高齢者施設などで事故に遭った方、というように、それぞれが異なる事象を対象としていることから、共通の見解は得られませんでした。
なぜ温暖な鹿児島県に入浴死が多いのか
一般的に入浴死の多くは、ヒートショックによると考えられています。冬季に暖かい部屋から移動して、暖房の入っていない寒い脱衣所で服を脱ぐと、血管が収縮し、急激に血圧が上昇。その後、脱衣所から浴室に入り、熱い湯に入ると、収縮していた血管が拡張して、血圧が急激に降下。一時的に意識を失い、水中に倒れ込んで、そのまま溺れてしまう。入浴してから、5分とたたないうちに亡くなったケースもあります。温度変化に伴う血圧の急激な乱高下で、脳や心臓の血流が低下することが、ヒートショックのメカニズムと考えられています。
入浴死の原因について日本法医学会としては、ヒートショックだけでなく、アルコールや薬物等による睡眠作用や、持病などが複合的に作用しているという見解です。東京都監察医務院が2002年に論文発表した入浴死解剖例の死因は、心筋梗塞などの虚血性心疾患が32.8%、溺死が29.8%、脳出血や脳梗塞などの脳血管障害が7.8%、その他の心疾患や溺死以外の外因死などで、解剖しても死因不明例もあり、致死性不整脈やてんかん等の機能的疾患の関与もあると考えられ、さまざまな要因が関わる入浴死の原因究明が求められています。
私たちは、2006年から2019年の14年間にわたり、鹿児島県内で発生し、警察が取り扱った入浴死の全検視例の記録を提供してもらい、解析をしました(図1)。1つの県で入浴死の長期間にわたる調査は、国内初のことでした。
図1 年別の入浴死者数(鹿児島県)と平均気温入浴死検視例の記録を鹿児島県警察から提供してもらい、疫学的解析を実施。交通事故死の約3倍に上ることが判明した。
この調査では、入浴死は毎年200例前後あり、鹿児島県の警察が取り扱う死者、年間約2000人のうち、約10%に当たることが分かりました。交通事故死者数に比べると、3倍近い値だったことにも驚きました。また、人口10万人当たりの粗死亡率は、鹿児島県は12。秋田県、宮城県、東京都の過去の論文データでは8〜10で、鹿児島県の多さを示しています。
なぜ寒い地域ではなく、温暖な鹿児島県に多いのかは、まだ解明には至っていません。東北や北海道の入浴死者数が少ない理由は明らかで、もともと寒い地方では、住居の暖房設備はセントラルヒーティングなど、家全体を暖め、部屋間の温度差が少ないことにあると考えられます。
一方の鹿児島県は、温暖な地域なので脱衣所にまで暖房設備を付けている家庭は非常に少ないのです。調査では、浴室の形式についても調べており、いまだに母屋ではなく、離れに浴室がある家庭がありました。県内の離島に多く、南の地域は特に高温多湿の環境で、母屋に浴室があると湿度が高くなるので、あえて離れに造っていたそうです。寒い日に入浴するのに、一度外へ出なければならず、当然、ヒートショックは起こりやすいと考えられます。
疫学的な特徴として、65歳以上の高齢者が90%を占めており、男女差はありません。月別発生頻度は、11月から翌年2月が多く、冬季だけで約半数に上ります(図2)。入浴死の場所は、自宅が約85%で、これを防ぐことが第一だと、改めて考えさせられた結果です。他に鹿児島県には温泉が多いので温泉施設、銭湯もありました。温泉施設や銭湯は人の目があり、万が一の場合は救出できる可能性が高くなるので、私たちとしては高齢者ほど、このような施設を利用して入浴することを勧めています。
図2 月別の入浴死者数(鹿児島県)と平均気温入浴死の約半数が、11月から翌年2月にかけた寒い時季に発生。環境と大きく関わっている死因で、入浴環境の改善が予防につながる。
時間帯は、同居している家族の証言などから、16時から20時くらいに発生しています。鹿児島県の特徴として、男性は割と早い時間帯に、女性は男性よりも若干遅い時間に入浴する傾向で、「一家の長が一番風呂に入る(その日の最初に入浴する)」という、昔ながらの習慣が現在まで続いていることを示していると考えます。高齢者が入浴する場合は、日中の時間帯が良いでしょう。家族と同居しているならば、「お風呂に入るよ」とひと声かけ、家族も浴室からの物音に注意し、時には声をかけて確認するようにしてください。
急激な血圧上昇を招く過激なサウナ入浴
高齢者に多い入浴死は、わが国の高齢化に伴い、さらに増える可能性があり、予防は重要です。予防の第一は、入浴死の主な原因のヒートショックを減らすことで、「温度差をなくす」ことを目的に、脱衣所や浴室に暖房設備を設置することを推奨します。あるいは、浴槽にお湯をためる際はシャワーヘッドからお湯を出すことで、湯気で浴室全体が暖まります。高齢者の一番風呂は、脱衣所や浴室が暖まっていないので、避けましょう。経済的に余裕があれば、家全体の温度差を小さくする「断熱リフォーム」などの住環境を整えることも良いでしょう。
湯温は38~41℃までで、42℃は危険です。湯温が高いほど、入浴前後の温度差が広がるため、ヒートショックが起こりやすくなります。熱めの湯が好きならば、ぬるめの湯に浸かり、追いだきで温度を上げていくほうが安全です。浴槽に浸かったときの水圧についても注意が必要で、心臓への負担を減らすには、半身浴を勧めますが、せめて胸くらいまでにしましょう。浴槽に浸かっている時間は、10分以内。長湯は、熱中症のような状態になるので危険です。浴槽から出る際は、急に立ち上がると起立性低血圧を起こしやすいので、ゆっくりと立ち上がります。血液の粘度を下げるためにも、入浴前後にしっかりと水分補給をしましょう。
食事直後や飲酒後の入浴は危険です。食事については、消化のために胃などの消化管に血流が集中し、脳貧血を起こしやすく、また、拡張した胃が横隔膜を押し上げるために呼吸しにくくなります。高校生でも満腹になるまで食事した直後に入浴し、浴槽内で溺死した事例がありました。
入浴時の異変から脱出したり救出するための方法として、浴槽のふたを体の前に置いておくと、意識を失って前のめりになったとしても、水没を防ぐことができます。浴槽から救出するには、浴槽の栓を抜いて、大声で助けを呼び、直ちに救急車を要請し、必要に応じて心肺蘇生を行いましょう。
近年のサウナブームで、利用中の入浴死について質問される機会が増えました。サウナ入浴でのケースは、解剖例でもほとんどありません。サウナ入浴は、熱いサウナ室から、水風呂などで体を冷やすので、血管の拡張から収縮へと、血圧が上がる方向に作用します。意識消失は、脳への血流が低下する血圧低下で発生しやすいので、基本的にサウナではヒートショックは起こりにくいと考えられます。ただし、アウトドアでサウナ室から雪原や川にダイブする過激なサウナ入浴は、通常のサウナ入浴とは異なる著明な血圧上昇を引き起こし、脳出血やくも膜下出血などを招く恐れがあるので、避けてほしいと思います。
私たちは、入浴死への関心を高め、予防に役立ててもらおうと、毎年、さまざまなメディアに「今年は、鹿児島県内では入浴死でこのくらいの人数が亡くなった」と報道してもらうことで、予防の重要性を訴えてきましたが、なかなか減りません。年別の入浴死者数の傾向をみると、気温が低い年は少し増え、高い年は少し減り、環境と大きく関わっている死因だと推測できます(図1)。発生頻度は、気温が低ければ低いほど上がり、さらに1日の気温の温度差が大きければ大きいほど上がります。つまり、「寒い日と日内気温差が大きい日は、入浴しないほうが良いでしょう」と、警戒アラートを発出することを考案しました。
そこで、前述した2006年から2019年の警察から提供を受けた入浴死の全検視例から、発生日・性別・年齢などのデータを整理し、気象庁のデータから発生日の最高気温・最低気温・平均気温等を抽出して統計解析を行い、入浴死の発生頻度が有意に高いと予測される「危険な温度条件(警戒温度)」を特定しました。これは、日本で初めての試みです。
鹿児島県は南北に長く離島も多いので、警察署の管轄19カ所に分けて、各地域の危険な温度条件の3つの指標(最高気温、最低気温、日内気温差)から、「入浴時警戒情報」を発信することにしました。3つの指標すべてを満たす日は「危険」、2つは「警戒」、1つあるいはゼロは「注意」としました。
鹿児島県のローカルテレビ局、南日本放送(MBC)のニュース番組内での発信と、同局や私が所属する鹿児島大学の法医学分野のウェブサイトでの発信とし、2023年11月にスタートしました。
MBCから毎日気象予報データの提供を受け、そこから3段階で入浴の危険度を評価しています。本分野のスタッフが描いた、西郷隆盛のイラスト「西郷どん」の入浴する様子で、危険度3段階を表示し、一目で分かるように工夫しています(図3)。また、発信当日と翌日の2日間の入浴時警戒情報を出しており、「今日は危険日だから入浴を控えても、明日は入れそう」と考えてもらえるように配慮しました。
図3 西郷どんの入浴時警戒情報気象情報のように、入浴死が起こりやすい危険度を発信。鹿児島県内を19の地域に分け、「注意」「警戒」「危険」の3段階を西郷どんの入浴の様子で評価。「分かりやすい」と好評だ。
「入浴時警戒情報」で入浴死から身を守る
この情報発信は好評で、次第に他の放送局や南日本新聞という地元の新聞社でも情報発信をすることになりました。現在、11月1日から翌年2月末までの4カ月間、毎日更新しています。
ただし、課題もあります。テレビのニュース番組や新聞での発信は見逃されることが多く、放送局・新聞社や本分野のウェブサイトは、当事者自ら情報を得ようとしないと、見られません。そこで、LINEアプリを開発し、住所などを入力すると、その土地に合った情報を毎日16時に通知するようにしました。
入浴時警戒情報を発信して3シーズンを終えたところで、発信による効果を検証しました(図4)。発信以前の冬季の入浴死者数と比較してみると、残念ながら、大きな減少は見られません。しかし、60代以下に絞ると発信前と比較して発信後では統計学的に有意に入浴死者数が減少しており、60歳未満は発信以降にゼロ人で推移しています。この背景には、60歳未満の方々はテレビや新聞、本分野ウェブサイト、LINEアプリ等で入浴時警戒情報をしっかりと確認しているためと推測しています。
図4 年代別の冬季入浴死者数の年次推移(鹿児島県)入浴死警戒情報の発信前後の比較では、有意な減少が見られなかった。一方、60代以下は発令後に有意に減少し、60歳未満はゼロになった。
さらに広報活動として、私たちが高齢者施設などに出向いて、入浴事故防止の講習会を開催し、LINE登録のお手伝いをして、配信を受けられるようにすることもあります。郷土の誇り、西郷どん人気もあり、とても喜ばれています。
LINEアプリのシステムの改良を重ね、現在の登録者数は700人を超えています。他にも、広報のためのアンケート付きチラシを作成し、県内の保健福祉課、保健センター、銭湯、病院等に配備しています。
今後は、鹿児島県にとどまらず、他県でも同様の解析を実施したいと考え、現在、山口県警察からデータを入手し、解析を行っています。いずれは、日本の各都道府県・各地域の警戒温度を特定して、全国展開し、1人でも多くの人を入浴死から守りたいと考えています。







