特集 知られざる粘菌の世界 動物と植物の特性を備える細胞性粘菌

構成/大内ゆみ  イラストレーション/千野六久

生命は単細胞生物から多細胞生物へと進化してきた。細胞性粘菌は飢餓状態になると単細胞のアメーバが集合して多細胞体を形成し、24時間で胞子を作るという劇的な生活環を持つ。アポトーシスや細胞分化など、ヒトを含む多細胞生物に共通する遺伝子を備えながら、ゲノムサイズはヒトの100分の1。動物と植物、両方の特性を兼ね備えた独自の進化を遂げており、多細胞化の起源を探るモデル生物として世界的に重要視されている。多彩な二次代謝物は創薬への応用が期待される。

筑波大学生命環境系教授

桑山秀一(くわやま・ひでかず)

1994年、京都大学大学院理学研究科博士課程修了、博士(理学)。オランダ・フローニンゲン大学生化学科研究員、筑波大学生物科学系リサーチアソシエイト、大阪大学大学院生命機能研究科特任研究員を経て、2006年、筑波大学生命環境科学研究科講師、2013年、筑波大学生命環境系准教授、2022年から現職。研究テーマ:細胞性粘菌を用いた細胞運動のメカニズム解析など。

地球上の最初の生命は単細胞生物であり、動物、植物、昆虫などの多細胞生物に進化したと考えられています。単細胞生物の多細胞化という進化のステップは、刻々と変わる過酷な環境に適応し、より高度な生命活動を営むための戦略であり、生命進化における最も重要な転換点の一つとされています。この進化のステップをひもとくためには、単細胞と多細胞の生活を巧みに使い分けている生物を調べることが有効です。細胞性粘菌はこのための絶好の研究生物だといわれています。細胞性粘菌は、土壌に生息する真核生物の一種で、その一生を通じて単細胞として生活しながらも集合体、多細胞となってあたかも一つの個体として振る舞うことができます。それゆえに、細胞性粘菌は超高度な多細胞体であるヒトへの進化をひもとく重要なモデル生物として注目されています。

死の回避に多細胞体になるという戦略

細胞性粘菌は一生のうちに単細胞期と多細胞期がありながら、その生活環は非常に単純です(図1)。細胞性粘菌は150〜200種程度存在するとされますが、研究で用いられている最も代表的な菌種はDictyostelium discoideum(和名:キイロタマホコリカビ)です。

図1 細胞性粘菌(キイロタマホコリカビ)の生活環胞子より発芽したキイロタマホコリカビは、単細胞のアメーバとして増殖し、飢餓状態になると集合体となり、多細胞単体として運動する。運動を停止すると、子実体へと変化する。

この生物は実はありふれた生き物であり、見た目はヒトの白血球細胞に似た直径10㎛ほどの単細胞真核アメーバで、世界中の土壌に生息しています。バクテリアなどの自分より小さな微生物を取り込み(食餌)、消化・吸収し自らの栄養とすることで分裂して数を増やします。餌から分泌される葉酸を感知して積極的に餌のほうへ動くなど、賢い戦略で効率的に食餌をします。

しかしながら、自然界ではよくあることですが、すべてのバクテリアを食べ尽くしてしまう、つまり飢餓状態になると、死に絶えてしまう危険にさらされます。細胞性粘菌は、死を回避するために多細胞体になるという戦略をとります。この多細胞化への進化は、効率的かつ巧妙です。

まず、細胞性粘菌は多細胞になるため、周りにいる全細胞に協調するためのシグナル分子を分泌し始めます。分泌されるシグナル分子はアクラシンと呼ばれ、キイロタマホコリカビの場合は遺伝物質DNAに似た、ヌクレオチドの一種cyclic AMP(以下、cAMP)であることが分かっています。細胞性粘菌では、アクラシンは走化性物質として作用し、周りの細胞を引き付ける効果があります。この効果(走化性応答)により、細胞は集合し、多細胞化するのです。

走化性応答は、個々の細胞がcAMP分泌に同期することで驚異的な効率で行われます。これはcAMPリレーと呼ばれ、非常に遠くの細胞を引き付けることに役立っています。また、走化性応答は極めて敏感であり、細胞表面のわずか数個の走化性分子の空間分布の違いを認識し、走化性応答を行うことが知られています。

走化性応答により、約10万個のアメーバが集合体を形成、さらに細胞表面から多糖類(粘液物質)を分泌し、ナメクジのような個体(移動体)を形成します。このナメクジ体は、多細胞個体として運動します。移動体は先端部で光を感知しながら移動できたり、わずか前後0.5℃の温度差を識別できたりするなど、高感度なセンサー特性を備えながら積極的に運動を行います。

多細胞体形成はわずか24時間で完了

光を受けるなどの刺激によって移動体は多細胞運動の最終段階に向かいます。この段階で移動体は運動を停止し、子実体と呼ばれる最終形態へとトランスフォームします。子実体とは、ひもにつながれた風船のような形をした高さ1㎜ほどの構造体です。頭頂部の袋の部分は胞子に、それを支えるの部分は柄細胞に細胞分化しています。

子実体形成過程では、移動体は立ち上がり、先端が柄細胞となりながら上方に向かって細長い茎状の構造を形成していきます。このとき、柄細胞は細胞壁だけを残して死滅し、植物の茎に見られるセルロース性の強靭な骨組みを形成します。これを足場としながら残りの胞子となるアメーバが登っていき、最上部で丸い塊を作ります。この塊が形成されると同時に、全予定胞子細胞が一斉に胞子に分化し、風や他の生物によって拡散されます。

胞子は直径5㎛程度の体構造です。それ自身が増殖・分裂しない休眠状態になって生存し続け、硬い殻のおかげで乾燥や低温・高温などの悪環境に耐えることができます。水分や温度、栄養などの環境条件が良くなり、餌であるバクテリアの増殖が期待される状態になると胞子壁が破れ、内部からアメーバ細胞が出ていき、再びアメーバとして増殖を始めます。

以上のような細胞性粘菌の生活環における多細胞体形成は、わずか24時間で完了します。この短い時間で、単細胞から多細胞への遷移、つまり細胞の集合体の形成、さらに多細胞生物には必須な細胞分化が見られます。以上が、真核単細胞でありながら戦略的に多細胞体制を形成する非常に原始的な生き物である細胞性粘菌が、「多細胞体制獲得の進化過程の謎」をひもとく重要なモデル生物として注目されている理由です。

近年の全ゲノム配列の解読によると、進化系統学的には細胞性粘菌キイロタマホコリカビは動物や植物が出現するより以前に分岐し、現在、真核生物の「アメーボゾア」というグループに属していると考えられています。このことは、動物や植物の多細胞化とは別に独立して進化したことを示唆しています。しかしながら、そのゲノムを丁寧に解析すると、細胞性粘菌は、多細胞化に必要な生き物すべてに共通する細胞間や細胞内の情報伝達に関与する遺伝子、細胞運動に関与する遺伝子、細胞接着に関与する遺伝子、細胞分化の制御に関与する遺伝子など、さらに、植物の構造維持に必要なセルロースを合成する遺伝子も含み、まさに動物と植物の両方の特性を兼ね備えています。

細胞性粘菌は、進化により多細胞化するための特別な遺伝子を得ただけでなく、単細胞のときにすでに保有していた遺伝子が多細胞化の過程で再利用され、その機能を高度化したとも考えられています。しかしながら、現在の単細胞に細胞性粘菌の多細胞化に関する遺伝子を単純に発現させても多細胞化することはできないことから、多細胞化するためには複合的かつ統合的な遺伝子制御機構の進化が必要だったと考えられています。

細胞性粘菌から生命現象に関する遺伝子の同定

私たちヒトも、もともと1種類であった細胞(卵細胞)が増殖の過程でさまざまな臓器や組織へと分化し形態形成する高次な多細胞体でありながら、多細胞化や細胞分化に使用している遺伝子の多くは細胞性粘菌に含まれる遺伝子と共通しています(図2)。細胞性粘菌の分化は柄細胞と胞子のみというわずか2種類の非常に単純なものであるにもかかわらず、約1万2500という非常に多くの遺伝子を1つの細胞で所有しています。これはヒトの遺伝子の約半分にも相当し、多細胞化にはいかに多くの遺伝子が必要であり、ヒトのような超高度な多細胞体に進化するためには、爆発的な遺伝子数の増大は必要ではなく、遺伝子の使い回しが行われてきたことを物語っています。一方、ゲノムサイズ(総遺伝子量)はヒトの100分の1とコンパクトであることから、多細胞化のシステム構築の原理を探求するためには細胞性粘菌は格好のモデル生物であるといえます。

図2 細胞性粘菌(キイロタマホコリカビ)とヒトの遺伝子キイロタマホコリカビは、1つの細胞にヒトの約半数に当たる遺伝子を持ち、多くの遺伝子がヒトと共通している。高度な多細胞体への進化では、遺伝子が巧みに使い回された可能性がある。

現在、細胞性粘菌は多細胞化システムの解明のためのモデル生物として、最先端の遺伝子編集技術(CRISPR/Cas9)、RNA解析などの遺伝子解析技術、蛍光タンパク質を用いた細胞イメージング技術など、最新のバイオテクノロジーを駆使した研究が進められています。私たちの研究でも、ヒトの細胞も有している脂肪の蓄積に関与する遺伝子であるRabGAPを破壊すると、細胞性粘菌の寿命が短くなることを発見しています。逆に、同遺伝子を過剰に発現させると、寿命が長くなることが明らかになりました。この研究結果は、RabGAPが持つ細胞の脂肪の蓄積制御機構が、寿命という重要な生命現象につながっており、このことはヒトのような高度な生物にも引き継がれていることを示唆しています。

以上のように、細胞性粘菌から普遍的かつ重要な生命現象に関する多くの遺伝子が同定され、その働きが明らかになりつつあります。今後は、遺伝子の時空間的発現制御機構とその遺伝子の分子機能を解明することにより、個体としての多細胞体の機能制御やそれらの統合の仕組みにおける未解明な部分が明らかになると期待されます。

細胞性粘菌が生息する土壌は、土粒子、多種多様な微生物、水分、酸素や窒素等の大気成分など局所的な環境が複雑に絡み合った生態系を持ちます。細胞性粘菌の多細胞化は、複雑な土壌で生き残るための生存戦略ともいえるでしょう。しかしながら、土壌には細菌や酵母、アメーバ、ゾウリムシなど多くの単細胞生物が現在も生存しています。その中で、なぜ細胞性粘菌は飢餓状態になると多細胞化するという進化を選んだのでしょうか。しかも、胞子を高い位置へと押し上げるために、柄細胞は自らの死をもって犠牲になるというアポトーシスのシステムを持っています。アポトーシスは、個体の発生や異常細胞の除去、恒常性維持など生物が高度化するために獲得したシステムですが、その制御が乱れると全体の死につながるというリスクもはらんでいます。実際に、アメーバの状態で、柄細胞になるスイッチを強制的に入れると、すべての細胞が死ぬことが分かっています。ヒトの場合もアポトーシスのシステムが壊れたり、過剰になったりすると、細胞のがん化、免疫低下などの障害につながります。

実は、細胞性粘菌の中にはアポトーシスの機構を持たない種も存在しています。Acytosteliumは、セルロース性の柄を作りますが、無細胞性で細く短いうえに強度は低いのです。柄細胞はなく、すべての細胞が胞子になりますが、柄が脆弱なため、支えられる胞子の数は限られ、胞子拡散の効率は劣ります。一方でこの特徴は、細胞性粘菌の多細胞化には、必ずしもアポトーシスが必須ではないことも示唆しています。多細胞化だけではなく、一部の細胞性粘菌がアポトーシスという機構を進化させ、多細胞化を高度化したことは、ヒトの細胞を含め、なぜ細胞が“個”としての利益より、協調性をもって集合体の維持を優先する方向へ進化したのか、その仕組みがどう成立していったのか―そうした謎を象徴する現象であり、私としても深い関心を抱いているところです。

代謝物から薬理作用を持つ物質の発見

また、私の研究では細胞性粘菌の不思議な現象も捉えています。本来、アメーバから多細胞体になるために走化性物質cAMPにより集合体を形成します。この走化性を失った突然変異株では、各細胞がバラバラに移動し、多細胞体を形成しないはずです。しかしながら、一部の変異株では細胞が集まって複数の「波紋状の細胞塊」を作り、一定の形を保ったまま移動する現象が観察されました。通常、何らかの塊が互いにぶつかると、単に崩壊するだけですが、水面波などでは衝突しても形を保つ物理現象が見られ、ソリトン波と呼ばれています。このソリトン波に似た現象が細胞運動でも見られ、衝突時は細胞塊が一時的に混ざるものの、その後、同じ形に戻ります。さらに不思議なことに、塊の中の細胞が衝突の前後で入れ替わる現象も見られました。つまり、個々の細胞が固定的な役割を持つのではなく、集団としての形が記憶されていて、衝突後も再構成されているのです。多細胞体には記憶があり、また細胞接着により集合体を作ることから、走化性物質のような信号が必ずしも多細胞化に必須ではない可能性があることが考えられます。現在、この現象の分子レベルでの解明にも挑んでいるところです。

細胞性粘菌のモデルは、多細胞生物の進化の解明のみならず、創薬の研究でも期待されています。細胞性粘菌はすべての生物と同様に、糖などの自身が生きていくための一次代謝物と、それ以外の二次代謝物を作ります。二次代謝物を作るためには、ポリケチドシンターゼという酵素が必要で、細胞性粘菌は40種類以上ものポリケチドシンターゼの関連遺伝子を持ちます。40種類というのは真核微生物としては非常に多い数で、創薬資源として有用なカビでさえも10種類程度しかありません。つまり、細胞性粘菌では約40種の遺伝子をベースに、より多彩な二次代謝物を作り出せる可能性があるというわけです。走化性物質のcAMPも二次代謝物に含まれますが、他にも生存に不利な生物を寄せ付けないための忌避物質や、他の生物と相互作用するための物質など、さまざまな代謝物を作り出していることが分かっています。中でも、キイロタマホコリカビの柄細胞への分化誘導因子であるDIF-1とDIF-3は、抗腫瘍効果を持つ可能性があるとされ、研究が進められています。

古くは抗生物質のペニシリン、その後の免疫抑制剤のタクロリムスも、土壌中の微生物の代謝物から開発された薬剤です。細胞性粘菌は、現在、発見されている種以外にも多く存在すると推定されており、既知・未知を問わず、代謝物からヒトの健康にとって有用な薬理作用を持つ物質が見いだされる可能性が高いと考えられます。

これまで述べてきたように、細胞性粘菌は研究対象として大きな可能性を秘めた生物です。近年、遺伝子解析自体は比較的容易になりましたが、代謝物の実態はゲノム情報だけでは明らかになりません。実際には、大量培養した粘菌から化合物を抽出し、その構造を一つひとつ解析する必要があります。このように細胞性粘菌の研究には多大な時間と労力を要するにもかかわらず、現状では研究者人口が少なく、研究体制が必ずしも十分とはいえない点が課題となっています。今後も、研究者の育成とともに、ヒトの進化の基盤を解明すべく、研究を進めていきたいと思っています。

(図版提供:桑山秀一)

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