特集 知られざる粘菌の世界 細胞性粘菌は「敵と味方を区別」する

構成/藤木信穂

脳も神経系も持たない変形菌が「かしこい単細胞」として注目を集めた。同じく粘菌と呼ばれる細胞性粘菌もまた、異なる化学シグナルで「敵と味方を区別」する巧妙な戦略を持つ。土壌表層に生息する細胞性粘菌は、同じ生息域の自活性線虫を胞子の運び屋(vector)として誘引する一方、地中深くに潜み運び屋に適さないネコブセンチュウは忌避させる。この仕組みを応用することで、最重要病害虫のネコブセンチュウから農作物を守りつつ、高毒性農薬依存から脱却する道が開ける。

上智大学特任教授

齊藤玉緒(さいとう・たまお)

北海道大学卒業後、高等学校教員を経て、北海道大学大学院理学研究科博士課程修了。理学博士。1996年、北海道大学助手、2002年、英国・MRC分子生物学研究所訪問研究員、2009年、上智大学理工学部物質生命理工学科准教授、2014年から教授。2026年4月から現職。専門は生物分子科学。細胞性粘菌をモデルに土壌微生物の生物間コミュニケーションについて研究し、抗菌物質や害虫の制御方法の開発に取り組む。

土壌にむ微生物は、さまざまな化学物質を作り出し、生物間で盛んにコミュニケーションをとりながら生きています。私はこれまで、土壌中の微生物間の“会話”ともいえるこうした化学コミュニケーションに興味を持ち、特に線虫と細胞性粘菌の関わりについて研究してきました。土壌では、植物由来の有機物をもとに、細菌や菌類、無脊椎動物などが安定した生態系を構成しています。細胞性粘菌は細菌を捕食しますが、線虫などには捕食されるという関係にあります。

有益な自活性線虫と病害虫のネコブセンチュウ

通常、細胞性粘菌は単細胞のアメーバとして生活し、土壌中のバクテリアを捕食して二分裂を繰り返しています。しかし、餌を食べ尽くすと飢餓状態となり、個々の細胞が集合して多細胞体を形成し、最終的には子実体を作ります。その過程では胞子になる細胞と、それを支えるになる細胞に分化します。このように、生活史の中に「単細胞」と「多細胞」の時期を持つ細胞性粘菌は、生物進化の観点からも重要なモデルになっています(図1)。

図1 細胞性粘菌土壌表層に棲む細胞性粘菌は、単細胞と多細胞の時期を持つ。自活性線虫と⽣息域が同じで、餌を巡って争う関係でもある。

細胞性粘菌は、餌のバクテリアが多く潜む地表面から地下3㎝までの土壌表層に数多く生息し、落ち葉の裏側など湿り気のある場所を好みます。これは当初、とても不思議だったのですが、細胞性粘菌を野外から単離して培養しようとすると、もれなく線虫が付いてくるのです。特に、ともに土壌微生物である細胞性粘菌と自活性線虫は生息域が同じで餌も同じ、場合によっては、バクテリアを巡って争うこともあります。この緊密な関係は何なのか。もしかすると、両者は互いに言葉を使ってコミュニケーションをとっているのではないかと考えました。

そこで、土壌にとって有益な自活性線虫と、植物の根をむしばむ寄生性線虫の一種であるネコブセンチュウを対象に、細胞性粘菌の子実体との関係性をそれぞれ調べました。その結果、細胞性粘菌は自活性線虫を誘引し、ネコブセンチュウは忌避させることが分かったのです。

同じ線虫でもなぜ、これほどまでに違うのでしょうか。自活性線虫は細菌が多く存在する地下の浅い所で生活しています。つまり、好気性で地下数㎝の場所に棲む細胞性粘菌と生息域が一緒であることから、粘菌は次の世代に命をつなぐ胞子を遠くに運んでもらうために、線虫を「運び屋(vector)」として使っていると推測されます。これに対し、地中深くを嫌う細胞性粘菌にとって、植物の根の付近である地下20~30㎝に潜るネコブセンチュウはvectorとして使えないため、忌避させていると考えられます。このように、細胞性粘菌は有益な線虫はおびき寄せて利用しつつ、有害な線虫は遠ざけるという、非常に巧妙な戦略を併せ持っているようです。

農作物の15~20%が被害を受けている

線虫は地球上で最も個体数の多い動物群の一つとされ、森林の土壌表層には、1㎡当たり1000万頭以上の個体が存在することも珍しくありません。線虫には自活性線虫と寄生性線虫がおり、モデル生物のシー・エレガンスに代表される自活性線虫は土壌の質を高め、土壌病害を抑えることから、農業においては“土壌の健康を守るパートナー”になります。一方、寄生性線虫は、ネコブセンチュウやネグサレセンチュウ、シストセンチュウなど土壌に生息する植物寄生性線虫と、アニサキスや回虫、フィラリアといった動物寄生性線虫に分けられます。

前述したように、私が主に使用してきたのは、農業に深刻な被害を与える植物寄生性線虫、とりわけネコブセンチュウです。この線虫は体長0.5~1㎜と小さく、肉眼では見えにくい大きさですが、植物の根に寄生して「コブ」を作る最重要病害虫です。普通の細胞の何倍もの大きさの巨大細胞と増殖した周辺の細胞からなるネコブができると、根からの吸水や養分の吸収を阻害するため、植物は慢性的な栄養不足に陥って葉の黄化や生育不良を引き起こします。葉や茎に付く病害虫と異なり、ネコブセンチュウは根に侵入するため、地上部に症状が現れた時点ではすでに被害が進行していることが多く、そうなるともう手の施しようがありません(図2)。

図2 ネコブセンチュウの寄生による農作物(ニガウリ)への被害根に形成されたコブが水分や養分の吸収を阻害し、農作物の生育を妨げる。地上に異変が見え始めた頃には、地下で被害が深刻化していることも少なくない。

さらに、このネコブセンチュウは寄生範囲がとても広いという特徴を持っています。自然界において、寄生生物と宿主の関係は決まっていることが大半ですが、ネコブセンチュウはほぼすべての農作物に寄生するため、農業全体に及ぼす影響は非常に大きくなります。例えば、ネコブセンチュウが寄生すると、青枯れ病などの土壌病害の発生も助長され、植物の生育が阻まれて根は腐敗し、脱落してしまいます。世界的に見ても、農業生産物の15~20%が線虫による被害を受けていると推定されており、その損失は無視できるものではありません。加えて、気候変動に伴う地球温暖化によって線虫の生息域が拡大し、世代交代が早くなることで、被害がさらに増大する可能性も指摘されています。

細胞性粘菌と線虫との関係を探る研究を始めた当時は、1996年に論文が1つ出ていたくらいでした。その論文では、「細胞性粘菌の子実体は自活性線虫を誘引する」ことがダウアー幼虫で示され、一方で、成虫の個体は子実体の足元の部分に集まっていることが示唆されています。

線虫は細胞性粘菌アメーバを捕食します。しかし、粘菌もただ食べられるだけではありません。アメーバは、何らかの化学物質によって線虫を忌避させているようです。片や、胞子は仮に食べられたとしても、線虫の体の中では消化されず、そのまま排出されてしまいます。それなのに、なぜ線虫は胞子に引きつけられるような行動を取り、胞子を食べてしまうのでしょうか。

この仕組みの詳細はまだ分かっていませんが、恐らく化学物質によるコミュニケーションがあるのではないかと考えています。線虫は消化できない胞子を誤って食べてしまうなどして、やがて新たな場所に到達すると、そこで細胞性粘菌が再び増殖を始めます。つまり、粘菌は線虫を利用して胞子を運んでもらうことで、自らの活動範囲を広げていると考えられます。両者の生息域と餌が同じだからこその、生物の“賢い生き残り戦略”といえるでしょう。

粘菌の抽出液を置いた根に感染は見られない

一方、ネコブセンチュウと細胞性粘菌との関係はこの逆で、細胞性粘菌はネコブセンチュウを忌避させる、すなわち「近寄らないで」というメッセージを発していることを発見しました。シャーレの中にネコブセンチュウと細胞性粘菌を入れると、ネコブセンチュウは一斉に粘菌を避けるように移動したのです(図3)。さらに、ろ紙の上に粘菌を置いて子実体を形成させた後、ろ紙ごと剝がして実験した結果も同様でした。ネコブセンチュウの行動の足跡が細胞性粘菌から分泌される物質の濃度によって変化することが分かり、そこから粘菌が分泌する化学物質がネコブセンチュウを忌避していることを突き止めました。この頃から、農業への応用を模索し始め、次に粘菌から取り出した物質を植物の脇に置く実験に着手しました。

図3 細胞性粘菌を避ける線虫の行動ネコブセンチュウが細胞性粘菌を避けるように移動し、細胞性粘菌が「近寄らないで」というメッセージを発していることが分かった。

細胞性粘菌から抽出した成分をろ紙に染み込ませ、これを隣に置いた植物の根と、何も置かない根の端からそれぞれ1㎝離れた所に50頭のネコブセンチュウを置いて、2日間培養しました。すると、粘菌の抽出液をそばに置いた根にはネコブセンチュウの感染がほとんど見られなかったのに対し、何も置かなかった植物の根には大量のネコブセンチュウが感染していました(図4)。ネコブセンチュウを忌避させる細胞性粘菌の抽出液によって、植物の根をネコブセンチュウの感染から守ることができたのです。そこではまた、抽出成分の濃度が高いほど、ネコブセンチュウの忌避行動が強くなることも示しました。これが2018年に発表した論文の内容です。

図4 細胞性粘菌の抽出物がネコブセンチュウの植物感染を阻止抽出成分を染み込ませたろ紙を植物の根の近くに置いたⅠは、ネコブセンチュウの感染が大幅に抑えられ、細胞性粘菌由来の化学物質が植物を線虫被害から守ることが示された。一方、ろ紙から離れた場所に置いたⅡとⅢでは、ろ紙からの距離にかかわらず、それぞれ大量の感染が見られた。

細胞性粘菌が、土壌病害を引き起こすネコブセンチュウを忌避させる化学物質を分泌しているのであれば、これを利用して農作物を保護することができるのではないか。そう考え、以後は実用化を視野に、細胞性粘菌の抽出液を大量に培養する手法の開発に取り組んできました。初めは数十mlの抽出液を作るのにも苦労していましたが、細胞の培養方法を平板培養から液体培地へ変え、抽出法なども検討した結果、大幅な効率化を達成し、得られる忌避成分を含む培養上清(conditioned medium:CM)の量を30倍に増やせることを確認しました。単位重量当たりの忌避活性は従来の抽出法に比べ1.6倍となり、この増殖スピードの早い変異体を作成しました。忌避活性を大量に作成するこの技術で特許を取得しています。高濃度のCMにはネコブセンチュウを忌避させるだけでなく、卵のふ化を阻害し、幼虫を死滅させる効果もあります。

企業と共同で、このCMをトマト圃場にまいて63日間(約2カ月)にわたり調査したところ、ネコブセンチュウの高い防除効果(防除価)が得られるとともに、作物の成長が促進される効能が確認できました。CMによりネコブセンチュウの作物への侵入が抑制され、防除価75%と農薬に必要とされる防除価の基準(50%)を十分に満たすことも分かりました。収穫した作物の地上部の平均重量はなんと2倍以上に増えていました。ネコブセンチュウの中でも、サツマイモなどに寄生するサツマイモネコブセンチュウを主に使用しましたが、これ以外の線虫にも同様の効果があることを確かめています。

14種類の忌避活性を持つ化合物を特定

これと並行して、CMの組成の解明を目指し、ネコブセンチュウを忌避する細胞性粘菌由来の成分の同定にも成功しました。CMの水溶性成分を分析した結果、14種類の忌避活性を持つ化合物が特定できました。これらはL型塩基性アミノ酸やL-アスコルビン酸など、自然界に存在する既知の化合物で、すべて安全な物質です。

その化合物を単独、または組み合わせた複数化合物で効能を検証したところ、14種類すべてを混合したものと、リジンを除く13種類の混合物が特に高い効果を持つことが分かりました。わずか0.05㎎の混合物で、CM5㎎と同等の忌避活性が得られ、それぞれCMの約100倍の忌避効果が現れることを示しています。

現在、植物寄生性線虫に対する唯一の有効な防御手段が農薬の散布です。ただ、言うまでもなく農薬は毒性の高い化学物質であり、土壌環境への影響や作業者の安全性、さらには地下水への影響も懸念されます。農薬は一般に粒剤を土にまきますが、この散布作業は手間がかかるうえ、散布直後は毒性が残るために、一定の期間を置いてから作物を植える必要があります。それでも、線虫は土中深くの微細な隙間に潜んでいることから、薬剤が十分に行き渡らず、結果的に現存した線虫が再び増殖し、被害の拡大を繰り返すケースが少なくありません。

また、農薬は作付け前にしか使えないため、これまで長期に栽培する作物をネコブセンチュウの感染から守ることは困難でした。一方、CMによる方法は作付け後に使えるうえ、植物の成長を促すこともできます。こうした利点を生かし、統合的害虫管理(IPM)における新たな防除法を開発し、高毒性農薬への依存から脱却する道を開きたいと考えています。地球温暖化が進み、世界的に土壌の温度が上昇するにつれ、ネコブセンチュウの防除の重要性は今後さらに高まると予想されます。生物によるものづくりは副産物が少なく、効率的で環境負荷が低いのが特徴です。作物への線虫感染を持続的に抑制しながら、農薬の使用量を減らし、土壌を健全にする防除法を実現できれば、次世代型のサステナブルな農業に役立てられると信じています。

土壌は、多種多様な生物が複雑に関わり合うダイナミックな環境です。その中で繰り広げられる化学コミュニケーションに目を向け、その言葉に耳を傾ければ、生物は互いに助け合ったり、時には争ったりしながら生き延びていることが分かるでしょう。このような生物の“会話”を一つひとつ読み解いていくことで、持続可能な農業の確立や新たな医薬品の創出など、大きなイノベーションにつながる未来が開ける可能性があるのです。

(図版提供:齊藤玉緒)

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2026年7月10日発行
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