食と健康 とっておきの話[02] 深夜の焼きサバ

イラストレーション/小波田えま

日本栄養検定協会代表理事

松﨑恵理(まつざき・えり)

北海道生まれ。日本栄養検定協会代表理事、栄養学博士、料理研究家。慶應義塾大学卒業。政府系金融機関に勤務した後、女子栄養大学(現・日本栄養大学)大学院に入学。在学中に日本栄養検定協会を設立する。LE CORDON BLEU(代官山校)料理課程を首席で卒業、グラン・ディブロムを取得。共著書に『認知症研究の第一人者がおしえる脳がよろこぶスープ』『不老長寿の食事術』がある。

どんなに忙しいときでも、どんなに疲れた夜でも、ちゃんと食べる

前職で会社のワンルームマンションタイプの独身寮に住んでいたときのことである。

その会社には、定時で帰るという概念がある人がほとんどいなかった。忙しかったということもあり、毎日、会社を出るのは夜の10時すぎ。晩ごはんも食べずに夜の10時まで仕事をするのは、なかなかつらいものだった。

空腹を抱えて帰った自分の部屋で、その日食べたいものを思う存分食べるのが、私の唯一と言っていい楽しみだった。冷蔵庫を開けて、今日は何を食べようかと考えるその数秒が、一日の中でいちばん幸せな瞬間だったかもしれない。

その日は、どうしても焼きサバとかぼちゃの煮物が食べたかった。お供はよく冷えたビールである。

冷凍庫にあった塩サバを解凍し、焼く。備え付けのグリルで焼くのは手軽だけれど、焼き魚はやっぱり、網で焼くのがおいしいよね、と思い、わざわざ買っておいたセラミック付きの魚焼き用の網で焼き始めた。

まるで居酒屋のような、おいしそうな焼きサバの香りが漂ってきたときには、なかなかの量の煙がキッチンに充満していた。おいしい焼きサバが食べられるなら、煙なんぞ、なんのその、である。

しかし。

あまりの煙に火災報知器が反応し、真夜中の独身寮に火災報知器の警報が鳴り響いてしまった。

慌てて、警報の停止ボタンを押しに1階まで駆け下りた。スリッパのまま、髪もぼさぼさのまま。やれやれである。火災消火用の天井のスプリンクラーで水浸しにならなかったのは、何よりだった。

警報の爆音を止めて部屋に戻ると、サバはちょうどいい焼き加減になっていた。結局、その塩サバは、この上なくおいしかった。達成感と共に食べるサバというのは、格別である。

ところで、なぜあの夜、体は塩サバを求めたのだろう。

栄養学的に考えてみると、なかなか興味深い。サバには、EPAやDHAといったオメガ3系の脂肪酸が豊富に含まれている。DHAは脳の神経細胞の材料になる脂肪酸で、判断力や集中力の維持に深く関わる。毎日頭をフル回転させて働いていれば、消耗しやすい成分でもある。さらにサバには、エネルギー代謝を助けるビタミンB群も豊富だ。疲れ果てた体が脂ののった魚を欲しがるのは、実は本能として、非常に理にかなっている。

さらに言えば、そのとき食べたかったかぼちゃの煮物も、実は理にかなっている。かぼちゃには、抗酸化作用を持つβカロテンやビタミンEが豊富で、ビタミンB群と共に疲労回復を助ける。残業続きの体は、無意識のうちに、必要な栄養素を組み合わせた献立を選んでいたわけだ。栄養学を学んだ今だからこそ言えるが、あの夜の「焼きサバとかぼちゃの煮物」という組み合わせは、疲弊した体への、なかなかのご褒美メニューだったと思う。

これが食べたいと思う感覚は、体のサインでもあるのだろう。

食事には心を癒やす力もある

広島の支店に勤務していたときも食に救われたことがある。

なぜだか、当時の上司と折り合いが悪く、いつも怒られてばかりでかなり精神的に追い込まれていたときのことである。ふと、もう仕事辞めようかなと思ったことも1度や2度ではない。精神的に弱り果てて自宅に戻り、仕事辞めようかなあ、とぼんやり考えながら、夕食を食べる。すると、食べ終わる頃には、まったく違う気持ちになっていた。「私ばかりが悪いというのは違う気がする。ここで私が仕事を辞めたら負けじゃないのか。そもそも仕事が嫌いなわけではない。なんとか切り抜ける方法を考えよう」。食べることで気持ちを切り替え、支店内で自分の味方になってくれる人を少しずつ増やしていくことにした。

その結果、最終的に精神的にきつい時期を乗り越えることができた。これも後から考えてみれば、辞めようかな、と追い詰められながらも、1日3食はしっかり食べていたことが大きかったと思う。しっかり食べることで元気を取り戻し、やけにならずに済んだのだ。

実は、支店内で自分の味方を増やす作戦も料理が関係している。休みの日に、みんなで料理を作る会を月に1回開催するようにしたのだ。私が声をかけて、支店の女子で集まってワイワイ料理をする、これおいしいね!と言って笑う。この時間がなければ、私はもしかしたら本当に仕事を辞めていたように思う。

今思えば、料理をし、食べながら笑うというのは、それ自体が立派なストレスケアだったのかもしれない。誰かと一緒に食べるという行為は、食事の栄養価そのものとは別の力を持っている。孤独感が薄れ、明日もやってみようという気持ちが、知らないうちに戻ってくる。1人で食べる食事も大切だけれど、誰かと笑いながら食べる食事には、また別の栄養がある。食事には、体だけではない、心を癒やす力もあるのだ。

毎日残業が当たり前という、なかなか激しい職場を40代後半まで耐え抜くことができたのは、いろんな失敗をしながらも、ひとえに、ちゃんと食べていたからだと思っている。

おいしいものが食べたい。この欲が、これまでの私の健康と人生を支えてくれた。

人間の欲というと、なんだかあまりよからぬもののようなイメージがあるかもしれないが、そんなことはない。欲があればこそ、人間は生き抜いていけるのだと思う。食欲万歳!である。

己の欲のままに、食べたいものをガッツリ食べることが、生きる活力につながる。そのときに「できるだけ手軽に」とか「カロリーが」などと考えてはいけない。飽くなき食材そのものへの欲であるのがいい。

私が会社員を辞めて大学院に進むきっかけの一つになったのは、女子栄養大学(現・日本栄養大学)の創設者、香川綾先生の「『食は生命なり』、食べることは生きること」という言葉に出合ったからでもある。

どんなに忙しいときでも、どんなに疲れた夜でも、ちゃんと食べることをやめなかったあの頃の自分を、この言葉は丸ごと肯定してくれるような気がした。

いま一度、問いかけてみたい。

——毎日、おいしく食べているか。

——空腹を満たすためだけの、雑な食事になっていないか。

毎日おいしく食べる、ということにこだわっていきたい。そしてもし、深夜に塩サバを焼きたくなったなら、網ではなく、グリルを使い、換気扇はしっかり回すことを忘れないようにしたい。

写真:イメージマート

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