特集 進化する日本の養殖 海水を使用しない海水魚養殖が可能に!

構成/大内ゆみ

海水魚養殖は海水の確保が不可欠で、立地や水質管理の制約が大きい。岡山理科大学が開発した好適環境水はナトリウム・カリウム・カルシウムの3成分だけから成る人工飼育水で、海水魚と淡水魚を同一環境で飼育できる第3の水だ。浸透圧調整の負担軽減により通常比1.2〜3.1倍の成長促進が得られるほか、寄生虫や病原体リスクの低減も確認されている。完全閉鎖循環式陸上養殖との組み合わせにより、砂漠や内陸部での実用化が進む。宇宙食料生産への応用研究も視野に入る。

岡山理科大学生命科学部生物科学科准教授

山本俊政(やまもと・としまさ)

1958年、岡山県生まれ。1977年、非鉄金属総合研究所勤務。1989年、水族館設計・水槽製作会社設立後、代表取締役に就任。2003年、岡山理科大学専門学校アクアリウム学科長を経て、2009年、同大工学部バイオ・応用化学科准教授、2022年から現職。好適環境水を用いた陸上養殖技術の研究開発と社会実装に取り組む。日本水産増殖学会、日本水産学会に所属。

海には海水魚、川には淡水魚が棲む。一見当たり前のことですが、私たちが開発した好適環境水では、両者が共に泳ぐ姿を見ることができます。好適環境水とは、海水魚や淡水魚の飼育に必要不可欠な成分を調整した人工飼育水で、海水でも淡水、汽水でもない、いわば第3の水です。

海水魚の養殖には海水の確保が不可欠

そもそも海水とは何かというと、塩化ナトリウムをはじめとする塩類やミネラル(無機成分)が溶け込んだ水です。通常の海水の塩分濃度は約3.5%で、ミネラルの種類は私たちの研究結果によると放射性同位元素を除く約60種類にも及びます。

一方で、好適環境水の添加成分は、ナトリウム、カリウム、カルシウムのみ、それぞれの比率は29:1:1が基本的な組成で、実にシンプルです(図1)。塩分濃度は0.5~1%と海水よりも低く、水素イオン濃度(pH)は7程度と中性で、海水魚も淡水魚も棲むことができるのです。加えて、地下水、河川水、水道水にこれらの成分を添加するだけで作製できるため、基本組成を基に、それぞれの魚介類に適した成分に微調整することも可能です。

図1 好適環境水の組成好適環境水の塩分濃度は0.5~1%、pHは7程度と中性。サワラ(海水魚)と金魚(淡水魚)が共に泳ぐ姿が観察される。

この好適環境水をろ過・殺菌しながら循環させる「完全閉鎖循環式陸上養殖」により、陸上養殖技術の研究から実用化に向けた社会実装にも取り組み、これまでに養殖した魚介類は15種類以上に上ります(図2)。トラフグやクロマグロ、サワラ、ヒラメ、ベニザケなどでは、受精卵の孵化から稚魚の育成、一部の魚種では成魚まで育てる、一貫した飼育にも成功しています。

図2 好適環境水適合魚種・甲殻類の例市場価値の高い魚や天然の環境で減少している魚を中心に養殖が進められている。ニホンウナギは絶滅危惧種であり、養殖が難しいという。

海水や淡水そのものを用いる養殖は、古代から行われ、近代になると人工海水も使われるようになりました。一般的な海水魚の養殖では海水の確保が不可欠で、海、もしくは海の近くで養殖が行われています。

海水魚には海水が不可欠だという固定観念を覆すことができたのは、一人の学生の実験がきっかけでした。その実験とは、養殖魚の餌になる海産シオミズツボワムシを淡水で増やすこと。ワムシは海から汽水域に棲むプランクトンで、淡水で繁殖が不可能なことは容易に想像できました。しかし、研究施設は山の中にあり、当時は私が約25㎞離れた海から海水を調達していましたが、海水の取り合いで学生同士のけんかが起きるほど、常に海水が不足していました。しかも、餌である動植物プランクトンを育てるには、養殖魚よりもさらに多くの海水が必要です。そんな状況下で、彼は手に入りやすい淡水を利用したいと思ったのでしょう。

実際に実験を行うと、驚くべきことにワムシが増えたのです。しかし、2回目の実験では増えない。この結果の理由を探っていくうちに、最初の実験で用いたタンクは、洗浄が不十分でわずかに海水が残っていたため、極めて塩分濃度が低い水であったことが分かりました。つまり、海水でなくても海の生物が生きられる可能性が示されたのです。

ヒトの血液と細胞の組成がヒントに

改めて海水について原始から調べ始め、魚が多様化したとされるデボン紀(約4億年前)では、まだ淡水魚・海水魚の区別はなく、海水は単純な成分から成り、塩分濃度も低かったことが推測できました。今でこそ多くの成分から成る海水ですが、海産生物の生命活動において、すべての成分は必要なく、必須の成分は限られているのではないか。そう考え、有用だと考えられる成分を真水に溶かした水で動物性プランクトン(L型シオミズツボワムシ)を育てたところ、繁殖できることが分かりました。

しかし、本丸である魚類へと応用すると、繁殖はおろか、あっという間に死に絶えてしまいます。単細胞のプランクトンと異なり、多細胞生物である魚では、さらに細かな成分の調整が必要だったのです。そこで、ナトリウムを基本成分とし、ミネラルの種類や比率を変えた膨大な条件下で稚魚を飼育し、生残率を評価する実験を繰り返しました。

毎晩、死んだ魚や化学式が夢に出て、うなされるほどの失敗の連続でしたが、ヒトの血液と細胞の組成がヒントになりました。ヒトの血液組成(無機物)はナトリウムをはじめとする多くのミネラルから成り、生命が海で誕生したことを表す痕跡をとどめているといわれています。一方の細胞中のミネラルは、主にカリウム、カルシウム、リン酸の構成になっています。そこから、海水魚も限られた成分の水で生きられるのではないかと考え、添加成分を絞り込んでいきました。その結果、前述した組成から成る水の中で、魚がいきいきと泳ぎ、3カ月以上、生存し続ける状態が確認できたのです。

海水がなくても、海水魚の飼育ができることが実証されましたが、持続的な陸上養殖を可能にするためには、水の交換による排水を抑えるとともに、水質や浸透圧、水温を適切に保ちながら水を循環させるシステムが必要です。特に魚類飼育では、排泄物中の有機物がバクテリアの働きによってアンモニア、亜硝酸を経て硝酸へと分解され、一定の濃度を超えると酸欠から貧血状態になり、死に至ります。

化学物質を用いれば硝酸を分解できますが、それではコストがかかり、安全性も懸念されます。そこで硝酸を分解するバクテリア(脱窒細菌)を利用しようとしましたが、養殖分野では前例がありません。水中のバクテリアでは見つからず、注目したのが土壌中の環境でした。畑では肥料由来の硝酸を分解するバクテリアが存在しているからです。無農薬の畑の土壌中から、有用なバクテリアを発見、ろ過技術に応用しました。こうした有害物質の除去技術を取り入れながら、換水を最小限に抑えた独自の完全閉鎖循環式陸上養殖システムを開発したのです。クロマグロの養殖では、飼育水を交換せずに34カ月間維持することに成功しています(図3)。

図3 クロマグロの養殖好適環境水センター内の140t水槽を遊泳するクロマグロ。幼魚は刺激に弱く、成魚に育つまでには多くの困難があったという。

病気や寄生虫が発生しにくいのもメリット

好適環境水による陸上養殖システムは、どこでも養殖が可能というだけではなく、複数の魚種で、魚の成長が1.2~3.1倍、早まることが分かっています。例えば、マツカワを対象に天然海水と好適環境水で成長比較試験を行ったところ、好適環境水の飼育では天然海水と比べて約1.3倍の成長が確認できました(図4)。また、マダイを対象に、ストレスを受けたときに増えるヒートショックプロテイン70の発現量を遺伝子解析した結果、好適環境水群では海水群よりもストレス値が約60ポイント減少しました。

図4 天然海水と好適環境水におけるマツカワの成長比較試験マツカワは、北海道から東北を中心に分布するカレイ科の海水魚。好適環境水で育ったマツカワは、海水よりも成長が早く、冷水系の魚類の中で好適環境水による閉鎖循環式陸上養殖に適した魚であることが分かった。

これらの結果の理由には、魚の浸透圧調整が関連しています。海水魚は、体内の水分が外へ抜け出さないよう、海水を飲んで水分を補給しながら浸透圧を調整しています。一方、海水には多くのミネラルが含まれているため、体内に取り込まれた余分なミネラルは、腎臓からエラなどを介して排出されます。この浸透圧調整には多くのエネルギーが使われるため、魚にとっては大きな負担になっています。好適環境水は塩分濃度が低く、不要なミネラルがないため、浸透圧調整にかかるエネルギーやストレスが軽減され、その分、成長が早まるというわけです。さらに興味深いことに、好適環境水中では、エラに存在し、体内の塩類濃度を調節する塩類細胞の頭頂部が消失する現象が確認されています。このことからも、好適環境水中では浸透圧調整に関わる代謝の負担が軽減されている可能性が考えられます。

また、好適環境水では、自然由来の細菌や原生動物などの病原体がないため、病気や寄生虫が発生しにくいのも大きなメリットです。例えば、サケなどにはアニサキスが寄生し、加熱や冷凍が不十分な状態で食べるとアニサキス症を引き起こすことがよく知られていますが、好適環境水で卵から飼育したサケにはアニサキスの寄生が見られません。同様にフグ毒も海水中の細菌に由来していますが、天然卵から育てたフグの肝臓からも毒性は検出されませんでした。さらに、完全閉鎖循環式陸上養殖では、海水飼育と比較し魚類にとって猛毒となるアンモニアがほぼ出現しないため水質管理が容易であり、食用として安心・安全な魚を高密度で養殖することが可能で、生産性も向上します。

養殖魚では当然のことながら食味も重要です。クロマグロ、ニホンウナギ、ベニザケなど実際に出荷した養殖魚では、好評を得ています。特にニホンウナギは評価が高く、私自身も、身がやわらかく甘味があり、臭みがないと感じました。天然のウナギと脂の量を比較したところ、約1.4倍の脂の量を有していました。

好適環境水による養殖は、当施設を超えて、国内の研究機関や自治体、そして海外へも展開されています。タイやカンボジアではエビ、モンゴルの砂漠地帯では初の海水魚(ハイブリッドハタ)の養殖実験を実施しました。水や養殖施設を稼働するための電力の確保など課題はありますが、現地の環境に合ったシステムをつくることにより実験は成功を収め、産業として成立する可能性を見いだしています。

さらに、水産養殖だけではなく、植物の栽培を同時に行うアクアポニックスの研究も進めています。塩分濃度が低い好適環境水は、海水魚を飼育した水でも水耕栽培に転用しやすいことがメリットで、これまでに10種類以上の野菜を育てることに成功しました。

そして、私たちの次なる目標は宇宙養殖です。現在、アメリカのNASA主導で、月面に長期滞在可能な基地をつくり、宇宙開発の拠点とする有人宇宙探査計画「アルテミス計画」が進行中です。ここで、大きな課題となるのはエネルギーや水、そして、食料の確保です。エネルギーでは小型原子炉による発電が構想され、水は月面に氷や分子の形で存在することが確認されています。

加重力・微小重力下での養殖も可能に

私たちの陸上養殖システムは、長期間換水が不要で、アクアポニックスへの応用が容易といった特性から、月面基地での魚や植物の生産に貢献できると考えています。そこで、私たちは当大の理工学部と共に、まずは国際宇宙ステーション(ISS)の環境を想定し、疑似微小重力下で卵または仔稚魚から生産するための養殖実験を始めています。成魚からの養殖では、莫大な輸送コストがかかるためです。これまで、加重力でマダイの孵化、微小重力下でヒラメの卵が孵化し仔魚が遊泳する姿が観察されました。さらには、加重力あるいは微小重力環境下を通じバナメイエビのプレゾエア期(孵化直後の幼生が過ごす極めて短い期間)から稚エビへの変態、クルマエビの稚エビの摂餌行動が確認されています(図5)。加えて、初期の餌に用いるプランクトンも加重力・微小重力下でも問題なく培養・生育が可能であることも確認されました。

図5 微小重力下でのクルマエビの摂餌行動独自に開発した微小重力に近い環境を再現する装置(クリノスタット)の中で、稚エビが餌を食べる行動が確認できた。

これらの実験は世界初の観察事例となり、宇宙養殖の未来を予見するものとなりました。また、魚類・甲殻類の幼生期は刺激に弱いのですが、打ち上げ時の加重力や微小重力下でも餌をきちんと食べ生育が可能であることや、プランクトンも同様に培養・生育が可能であることが示されたのは、非常に重要な点でした。さらにクルマエビの実験では、遺伝子発現量の解析結果からエビの外骨格が薄くなる可能性が示されました。人間では、微小重力環境によって骨量減少が起こることがよく知られています。今回、甲殻類においても同様の変化が生じる可能性を示す現象が、世界で初めて確認されました。

宇宙養殖の実験はスタートしたばかりで、まだまだ課題も山積みです。しかし、振り返ってみれば、好適環境水の開発も試行錯誤の連続でしたが、実用化までに至りました。その原動力となったのは、従来の常識や限界にとらわれず、新たな価値を生み出そうとするイノベーションの力でした。

現在も、学生一人ひとりが明確な目的意識を持ち、いきいきと研究に取り組んでいます。今後も次世代を見据え、好適環境水の可能性をさらに広げる研究に挑戦していきます。

(図版提供:山本俊政)

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2026年9月10日発行
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