特集 住環境の新たな課題 新たな脅威として浮上した高湿度環境

構成/渡辺由子

高断熱・高気密の高性能住宅が普及する中、室内空気質への関心が高まっている。かつてシックハウス症候群の主因だった建材由来の化学物質は、法規制の整備で大幅に減少した。しかし現在、新たな脅威として注視されているのが「ダンプネス(高湿度環境)」だ。加湿器の使用や洗濯物の部屋干しが室内湿度を押し上げ、結露やカビを招く。その結果、カビの胞子やダニの死骸がアレルゲンとなって呼吸器疾患を引き起こす。気密性の高い住宅ほど、湿度管理が健康を左右する。

東京科学大学環境・社会理工学院建築学系教授

鍵 直樹(かぎ・なおき)

1994年、東京工業大学(現・東京科学大学)工学部建築学科卒業。1999年、同大大学院情報理工学研究科情報環境学専攻博士後期課程修了。同大助手を経て、2004年から国立保健医療科学院建築衛生部研究員、主任研究官、室長、同院生活環境研究部上席主任研究官(改組による)を歴任。2012年、東京工業大学大学院情報理工学研究科情報環境学専攻准教授、2016年、同大環境・社会理工学院建築学系准教授、2021年から現職。

建築環境工学において、建物内の環境を左右する「音、熱、空気、水、光」の5要素があります。このうち音、熱、水、光は、私たちが感じ取りやすい要素ですが、空気については、悪臭があれば感じ取って、その発生源を取り除いたり、換気して室外へ排出させたりできるものの、無臭では気づくことができません。目に見えず、臭いもせず、私たちが検知できないさまざまな汚染物質が浮遊する空気の中で、我々は選択の余地なく、その建物内で呼吸しています。

高性能住宅における「室内空気質」の見直し

2025年4月、改正建築物省エネ法が施行され、これにより、すべての新築住宅で断熱等級4以上の省エネ基準適合が義務化されました。同法は、カーボンニュートラルの実現を目標とするものですが、それ以上に私たちの健康に影響を与える、高性能住宅における「室内空気質」を見直すきっかけにもなると考えています。

住宅の室内空気質と健康問題で、第1に挙げられるのが「シックハウス症候群」ではないでしょうか。その歴史を振り返ると、1970年代のオイルショックが転機になりました。エネルギーの効率的な使用の観点から、建物自体の断熱性や気密性を向上させて、冷房や暖房で調整した空気を無駄に外へ逃がさないようにしました。これにより、室内で発生した汚染物質が空気中に滞留して高濃度になり、特に欧米では居住者の健康に影響を及ぼす「シックビルディング症候群」が問題視されました。

当時の日本には、オフィスビルなどの比較的大きな建築物に対して、衛生的環境の確保に関する法律である「建築物衛生法」があり、例えば、二酸化炭素濃度1000ppm以下、一酸化炭素濃度10ppm以下(現在は6ppm以下)の基準と測定の義務化に基づき、適切な換気と発生源の管理で室内の空気環境が維持管理されていました。欧米のビルでは、二酸化炭素濃度が5000ppmになっていたときもあり、それに比べて、日本では1000ppmを基準に室内濃度が管理されていたので、シックビルディング症候群は、欧米ほど問題になりませんでした。

一方、かつての日本の住宅は、畳、土壁、漆喰といった自然素材を用いた造りでしたが、高度経済成長期を境に住宅の欧風化が進み、それとともに住宅を形づくる建材の種類も変化してきました。住宅の建設や家具の製造の際に、大量生産や施工の効率化をかなえるために、ホルムアルデヒドやトルエンなどを主原料とする接着剤や塗料が多用されるようになりました。

それまで日本の住宅は気密性が低く、隙間風が通り、夏は窓を開け放して風を取り込むなどして、自然に換気が行われていました。新しい建材は、健康に悪影響を与える化学物質を放散していたかもしれませんが、自然換気で速やかに排出されて、さほど問題にはならなかったと考えられています。

しかし、次第に住宅の気密性の向上やエアコンなどの空調設備の整備が重視されると、室内で発生した化学物質が滞留して室内空気質が悪化し、そこに居住する人の健康に影響を及ぼすシックハウス症候群が、1990年代から2000年代にかけて大問題となったのです。

シックハウス症候群は深刻な問題だった

シックハウス症候群は、新築やリフォームした住宅に入居した人が訴える、目の痛み、鼻水、吐き気、頭痛、めまい、倦怠感などの体調不良の総称で、原因の一部は、建材や家具などから発生するホルムアルデヒドやトルエン、防虫剤や木材をシロアリの食害から守る防蟻剤などから発生するパラジクロロベンゼンやクロルピリホスなどの揮発性有機化合物(Volatile Organic Compounds:VOC)と考えられています。

前述した建築物衛生法については、住宅は適用範囲外としており、住宅には換気などの維持管理についての規定はありませんでした。住宅の欧風化や建材などの材質の変化、気密性の向上による自然換気量の低下など、さまざまな要素が重なり、室内における汚染物質の濃度の上昇により、日本ではシックハウス症候群は深刻な問題になりました。

近年、シックハウスやシックハウス症候群の問題は、大きく取り上げられることが少なくなっています。住宅のトラブルに関する解決の支援を行う、「住宅リフォーム・紛争処理支援センター」が毎年発表するデータによると、2000年から2005年にかけて、シックハウス関連の相談が、年間300~500件に上りましたが、現在は70件前後と、大幅に減少しています(図1)。

出典:住宅リフォーム推進協議会「令和7年度 シックハウスに関する動向調査業務報告書」 2-1.住宅相談統計年報

図1 シックハウスに関する相談件数の推移日本では、2000年代に住宅建材等によるシックハウスが問題となり、多数の相談が寄せられていた。近年は国の対策や住宅メーカー等の努力により、シックハウス問題は減少傾向だが、一方で、家庭に持ち込む物による、新たなシックハウスが広がっている。

シックハウスやシックハウス症候群への国の対策として、2002年に建築物衛生法が改正されて、建築物におけるホルムアルデヒドの基準値の設定や測定が義務化。2003年には建築基準法が改正され、住宅などにおいても換気設備の設置の義務付けやホルムアルデヒド発散建材・防蟻剤の使用制限などが定められました。このような流れから、日本で流通する建材は、VOCなどの発生量は低く抑えられるようになったのです。国や住宅メーカー・建材メーカーなどの努力により、実際に室内における汚染物質の濃度は確実に下がってきています。

実は、シックハウスやシックハウス症候群を招く室内空気質の汚染源は、今では居住者の「持ち込む物」や「住まい方」へと代わり、それらを含めてシックハウスやシックハウス症候群を捉えるようになってきています。居住者が持ち込む物とは、芳香剤、消臭剤、アロマオイル、防虫剤など家庭製品の過度な使用や、新型コロナウイルス感染症のパンデミックを契機に在宅勤務が普及し、家庭での使用機会が増えたコピー機やレーザープリンターなどの事務機器から発生する化学物質や超微粒子、あるいは調理時に発生するオイルミストや燃焼ガスなどの微小粒子のことで、建物の高断熱・高気密化が進んだ高性能住宅では、それらが深刻な汚染源となる可能性があります。また、海外から輸入した家具や調度品から、化学物質が発生している可能性もあります。

つまり、建物は人の健康を損なわないよう、安全に造られるようになりましたが、その後に居住者が何を持ち込むかによって、室内空気質はガラリと変わるようになったのです。例えば、同じ構造の部屋が並ぶマンションであっても、住まい方が変われば一部屋ごとに空気質が異なっているのが、現状です。

過剰な湿気は結露やカビを発生させる

住まい方の点では、「ダンプネス(Dampness)=高湿度環境」が健康に対するリスクを上げる要因として注視されています。2009年にWHO(世界保健機関)は室内空気質ガイドラインを策定して、ダンプネスとカビ対策に言及しています。ダンプネスは、結露やカビを発生させ、カビの胞子やカビを餌とするダニの死骸などがアレルゲンとなって呼吸器疾患を招くとされ、欧米では1990年代から警鐘を鳴らしてきました。

日本の最近のトレンドに、洗濯物の部屋干しや観葉植物の設置など、高湿度環境になりやすい生活スタイルがあります。加湿器の使用や洗濯物の部屋干しによって、室内の湿度は、建築物衛生法で定める基準値の40~70%を簡単に逸脱します。結露については、部屋の入隅部のような断熱が弱い箇所で、冬季の局所的な温度差により結露が生じやすくなります。高断熱・高気密で計画的な換気装置を設置している高性能住宅であっても、冬季に乾燥対策で加湿器を使用したり、部屋干しをするといった、過剰な湿気は、知らず知らずのうちに、見えない場所に結露やカビを発生させているかもしれず、シックハウスのリスクになることを考えなければなりません(図2)。

図2 窓のロールスクリーンのカビ住宅の高断熱・高気密化が進むが、24時間作動の換気扇を止める、洗濯物の部屋干しなど、居住者の行動が高湿度環境につながりやすい。

ダンプネスに関連して、近年は集中豪雨や大型台風、内水氾濫による浸水被害が急増しており、注意が必要です。万が一、浸水被害に遭ったとしても、基本的には濁流が押し寄せて住居を破壊されなければ、構造上は問題ないかもしれません。水が引いた後に泥をかき出し、掃除をすれば、再び住むことはできます。しかし、建材が水に浸かって湿ってしまうと、浸水被害後に時間が経過してから、ダンプネスの状態になりシックハウスになるリスクが高くなります。重要な財産でもある住宅を、一から造り直すのは難しいのですが、建材をしっかりと乾燥させる、断熱材を取り換えるなど、カビを発生させない処理や対策が必要だと考えます。

住まい方の問題で重要なのは、換気です。日本でシックハウス症候群が顕在化した後、前述の建築基準法改正による、新築住宅の24時間換気装置設置の義務化で、適切に換気が行われるようになりました。高気密の住宅でも、給気口と排気口を適切に設計すれば、各部屋に新鮮な空気を届け、汚れた空気を確実に排出することができます。これを「計画換気」と呼び、現在の新築住宅では、0.5回/h(1時間当たりに室内の空気の半分が入れ替わる量)の換気設備の設置が義務付けられています。

しかし、居住者の意思で、給気口を家具で塞いでいる、冬季に冷気が入るのが嫌で給気口を閉じた、電気代を惜しんで機械式換気装置のスイッチを切ったなど、正常に換気装置を作動させない行為によって、換気が適切に行われていないケースが多々あります。

他にも、例えば、高性能住宅ではエアコンによる暖房・冷房の空調で十分なはずですが、昔から使い慣れた石油やガスのファンヒーターで足元を暖めたいといったケースも見られます。気密性の高い住宅なので、燃焼式のヒーターから二酸化炭素、一酸化炭素、窒素酸化物が排出されると、室内での濃度も高くなってしまいます。また多くの水分を発生させるため、ダンプネスの状態になります。

このような居住者の住まい方の不備は、現在も改善されておらず、高性能住宅で健康的に暮らすには、居住者による住まい方のリテラシー向上は不可欠だと考えています。衣食住のうち、「住」は誰でもできることで、あまり意識されません。そのため、家を新築しても、それまでの住まい方を踏襲することが多いようです。住宅の様式が変わるのであれば、本来は、住まい方を住宅の性能に合わせて変えるべきだと考えています。

また日々の生活の中で、熱中症予防を温度計でチェックするように、自分の住まいの温度や湿度の状況を把握することも必要で、温湿度計を備えてほしいと考えています。

小学校5年生の家庭科では、住生活領域で住まい方について系統的な学習がされていますが、幼少期から快適な住まい方を意識し、実行することは大切です。商品を購入したら取扱説明書を確認するように、住宅についても、新築、リフォーム、引っ越しなどを行ったら、一回立ち止まって取扱説明書を確認することは、これからの時代において、大切だと考えています。

注目している新たな室内環境汚染物質

冒頭で触れたように、空気は見えないため、室内空気質の汚れを正確に感知できないことが、室内空気質管理の障壁となっています。そこで、私は室内空気質の「見える化」をテーマに、研究に取り組んでいます。 まず、汚染物質が存在するのか、ホルムアルデヒドのように古くから知られている物質以外に、新しい発生源から新しい汚染物質があるならば、発生量やどのような作用をしているか、除去の方法は単純に換気でよいのか、空気清浄機で取れるのか、健康に被害があるのかなど、情報を収集しています。

現在、注目している新たな室内環境汚染物質は、PM2.5などの微小粒子、ハウスダストに吸着して浮遊する準揮発性有機化合物(Semi Volatile Organic Compounds:SVOC)、カビなどの微生物から発生する微生物由来の揮発性有機化合物(Microbial Volatile Organic Compounds:MVOC)です。

また、このような汚染物質を一般家庭でモニターするのは、現状では困難ですが、将来的には家庭でも日常的にモニターできればと考えています。室内空気質を汚染する物質について、単に数値を表示するだけでなく、それが健康面で安全なのか、危険なのかを直感的に理解できる指標として、発信したいと考えています。

例えば、欧米や中国・韓国では、大気中の汚染の程度を示す指標である、「空気質指数(Air Quality Index:AQI)」を発表しています(表)。AQIは室内空気質を汚染する複数の物質を総合的に評価し、信号機のように「緑・黄・赤」で、室内空気質の状態を示す仕組みです。同時に、換気量を増やすなど、住宅のシステムに連動させることもできればと考えています。ただし、「室内環境を良くするために、自ら行動した」ことは、満足感にもつながるので、システムで100%のアシストをするのではなく、居住者が行動する余地を残す必要があると思います。

表 アメリカAQI区分と行動目安

アメリカでは、大気の状態を数値で示す「AQI」に基づいた行動基準を、気象情報やスマホアプリで通知。呼吸器や循環器に持病のある人たちの活動を支えるなど、日常生活に身近な存在となっている。

身の回りには、たくさんの汚染物質が浮遊していて、問題にならないことも多い一方、それがひとたび高濃度になると問題が生じてきます。高断熱・高気密の住宅は、正しい使い方をすれば、極端に室内空気質の汚染物質濃度が上がることはなく、健康被害を招く原因にはなりません。調理のときは換気扇を回す、浴室を使用した後は浴室乾燥機を使用してしっかりと乾燥させるなど、住まい方や居住者の行動も非常に重要であることを理解しましょう。それが、改正建築物省エネ法が施行された今、「健康な住まい」を実現させると考えています。

(図版提供:鍵 直樹)

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