
災害に備えて、食料や水の確保をしている例は多いだろう。だが、意外に抜け落ちているのが、トイレ対策だ。なぜ、トイレ対策が必要なのか? どんな対策を講じればいいのか? 災害発生時のトイレ対策を調べた。9月は防災月間だ。トイレから災害対策を考えてみよう!
文/茂木登志子 イラストレーション/古泉香苗

災害に備えて、食料や水の確保をしている例は多いだろう。だが、意外に抜け落ちているのが、トイレ対策だ。なぜ、トイレ対策が必要なのか? どんな対策を講じればいいのか? 災害発生時のトイレ対策を調べた。9月は防災月間だ。トイレから災害対策を考えてみよう!
災害時には、水洗トイレが使えない。いや、使ってはいけない。さて、どうしよう? 災害時のトイレ対策を学ぶために訪ねた先は、東京都内にある日本トイレ研究所だ。代表理事で、『トイレからはじめる防災ハンドブック』の著者でもある加藤篤さんに、指導を仰いだ。
「使ってはいけないというよりも、正確には、“発災直後、水洗トイレは使えない可能性が高い”と言うべきでしょう」
発災直後とは、地震や風水害などの災害が発生した瞬間から、数時間〜数日間までの混乱期を指す。
「なぜなら、水洗トイレは単なる便器ではなく、排泄物を衛生的に処理する“システム”だから、です」
水洗トイレというのは、水を利用して、便器を洗浄しながら、排泄物を下水道や浄化槽まで運んで処理する仕組みだ。
「水はもちろん必要ですが、建物内の排水管などの排水設備や下水道や浄化槽、マンションなら排水ポンプを動かす電気といった、さまざまな設備・施設が正常に機能して初めて、水洗トイレは使えるのです」
地震では断水だけでなく、排水管の破損や下水道の損傷、停電などが同時に起こることがある。見た目には何も変わらなくても、排泄物を“流せない状態”になっている可能性があるのだ。
「厄介なのは、多くの人がこうした異変に気づくのは、排泄を終えた後、だからです」
便器の中に排泄物が残り、トイレが使えない状態であることに初めて気づく。そんなケースは、過去の災害でも少なくなかったという。食料や水の備蓄はしていても、トイレ対策には考えが及んでいないのではないだろうか。しかし、災害発生直後の被災者が最初に直面する生活上の問題は、“排泄”だと加藤さんは指摘する。
「能登半島地震の被災者調査(能登町)では、発災から3時間以内に半数以上、6時間以内には約9割の人がトイレに行きたくなっていました(図1)。食事は多少遅れても何とかなります。しかし、排泄は待ってくれません。だからこそ、トイレには初動対応が重要です」
出典:日本トイレ研究所(災害用トイレ普及・推進チーム)図1 地震発生後、最初にトイレに行きたいと感じた時間はどのくらいですか?発災直後どのくらいでトイレに行きたくなったかという調査では、「1時間〜3時間以内」が最も多く、次いで「3時間〜6時間以内」となっている。水や食料よりも、もっと早くトイレが必要になることが分かる。
トイレの初動対応に使うことを加藤さんが勧めているのが、携帯トイレだ。
「携帯トイレは、便器に専用の袋をセットし、その中に排泄する仕組みです」
発災後、誰かがトイレを使用してしまう前に、携帯トイレを設置しておく。
「そうすれば便器内に汚物が堆積するのを避けられ、いつものようにトイレ個室で排泄することができます」
いつも使っているトイレは、そこで生活する人が使いやすい環境が整えられている。例えば、体の不自由な高齢者は、便座に座る際にドスンと腰を落とすことがある。災害が起こっても便器が壊れていなければ、いつもと同じように、使い慣れた頑丈な便座に腰を落ち着けることができる。便器は床などに固定されているので便器がひっくり返ることはない。また、介助が必要な場合には手すりが設置されていたり、車椅子から移乗できる広さが確保されていたりする。このように、災害後の非常時でもいつもの環境を利用できるのは、安心と安全につながる。
「段ボールやプラスチック製の簡易トイレというのもあり、これはこれで大切な防災用品です。しかし、自宅のトイレが壊れずに残っているなら、その環境を最大限に活用したほうが、安心して排泄できる可能性は高くなります」
実は、災害時にトイレを我慢したり、トイレの回数を減らすために水分を控えたりする人が少なくないという。しかし、それらはかえって健康を損ねる原因になる。脱水症状を招き、血液が固まりやすくなってエコノミークラス症候群のリスクが高まるからだ。
「災害関連死(災害による直接的な被害ではなく、その後の避難生活での身体的・精神的な疲労や持病の悪化等が原因で亡くなること)の背景には、安心して排泄できない環境があることも少なくありません。トイレは単なる生活設備ではなく、健康を守るために欠かせないインフラなのです」
携帯トイレを使用する際には、普段と同じくトイレットペーパーが欠かせない。また、排泄後に使用済み携帯トイレを保管しておく袋や箱なども必要だ。乳幼児や介護用の使用済み紙オムツを収容する防臭ポリ袋は、使用済み携帯トイレの保管にも役立つ。なお、ポリ袋は直射日光に当たると劣化するので、ふた付きのごみ容器などで保管しよう。排泄後の手指衛生のためのペーパータオル、ウェットティッシュや除菌シート、アルコール消毒剤も必須だ(図2)。
携帯トイレその他は、ホームセンターやネット通販、ドラッグストアなどで購入できる。携帯トイレがぬれないように便器内にセットしたポリ袋は、厚手で口が広い70ℓ容量を購入したが、実際は45ℓでいい。ごみ箱内設置用防臭袋は、口を縛るために、容器の容量より大きい30ℓを用いた。使用済み携帯トイレを1回分ずつ収容する防臭用のポリ袋は、 “防臭”や“介護”の表示があるものを選ぶといい。ただし今回は、ペット用品売り場で大型犬対応のものを購入して使用した。
簡易トイレは、折り畳み式などの組み立て式や設置型の簡易的な便座と便器が一体となったトイレ本体を指す。段ボール製やプラスチック製など、素材によって耐荷重が異なる。携帯トイレは用を足すためのポリ袋と凝固剤または吸収シートのセットだ。簡易トイレに、携帯トイレをセットして使うのが一般的だ。なお、介護用などに用いられるポータブルトイレも、持ち運び可能な簡易トイレだ。本体中央の便座の下に排泄物を受けるバケツが設置されており、災害時にも利用できる。
図2 災害時のトイレ備蓄リスト
携帯トイレは、どのように選べばよいのだろうか?
「凝固剤タイプや吸収シートタイプなどがあります。どちらも便座等に専用のポリ袋をかぶせ、用を足す仕様です。使用後に保管しておいて、後日、可燃ごみとして廃棄します(自治体への確認が必要)」
凝固剤タイプは用を足した後に粉末の凝固剤を振りかける(用を足す前に入れる製品もある)。すると排泄物が固まる。吸収シートタイプは紙オムツや尿取りパッドなどと同じで、排泄と同時に水分を素早く吸収して固める。
「どれが正解ということではありません。大切なのは、自分や家族が使いやすいものを選ぶことです」
日本トイレ研究所では、安心して使える携帯トイレの規格を設け、規格適合評価を実施している。規格に適合した製品リストをウェブ上で随時更新公開しているので、参考にしてみよう(https://www.toilet.or.jp/activities/keitaitoilet_standard/)。
次は備蓄量の問題だ。安心できる備蓄量とは?
「決まりはありません。ただし、内閣府(防災担当)が作成した『避難所におけるトイレの確保・管理ガイドライン』によると、トイレの平均的な使用回数は1日5回となっています。また、国が定める『防災基本計画』では、最低3日分、できれば7日分の備蓄が推奨されています」
さらに加藤さんは、「買っただけ」で終わらせてはいけないと、助言する。
「ぜひ、一度、携帯トイレを使ってみてください」
加藤さんから大きな宿題をもらってしまった。実際に体験しておけば、いざというときに役立つ。それは分かるのだが、なかなか宿題を果たせなかった。心理的な抵抗感、失敗への不安、衛生面への懸念、そこはかとない羞恥心など、理由はいろいろある。そこで、携帯トイレの購入、使い方確認、保管方法と自治体のごみ出しルールの把握など、事前準備と心の準備を進めた。そして、いざ、決行! 「試してみた!」を参考に、読者の皆さんも携帯トイレを準備して、ぜひ一度、体験してみてください!

携帯トイレの種類だが、紙オムツやペットシートの処理経験でなじみのある吸収シートタイプを選択。日本トイレ研究所の規格に適合しているものを購入した。保管用に防臭効果のあるポリ袋とふた付きのごみ箱も用意した。
温水洗浄便座使用の場合は、まず電源をオフにする。便座を上げて、携帯トイレがぬれないように便器内にポリ袋をかぶせる。便座の上から携帯トイレを取りつける。







携帯トイレの口を縛り、防臭力のある袋に入れて、その口も縛る。これをふた付きのごみ箱に入れて保管する。ごみ箱内には大きな防臭ポリ袋をあらかじめ設置しておき、使用済み携帯トイレを入れるたびにその口を縛るようにした。大小便を3日間保管したが、ごみ箱から悪臭は出なかった。
当該自治体では、災害時の使用済み携帯トイレは燃やすごみとして排出するルールだ。これに従って処理した。
不安は杞憂だった。違和感も羞恥心も不便さもなかった。逆に、しっかりと準備して、使い方を知っておいたことで、落ち着いて使用できた。
いつものトイレではあるが、普段とは違う方法を、災害という極限状態で初めて試すのは簡単ではない。だから、体験訓練が役立つ。読者の皆さん、今年の防災訓練は、ぜひとも職場や家庭などのトイレで、携帯トイレを使用してみよう!